働くイケメン男子の魅力がいっぱいの〈極上自衛官シリーズ〉待望の短編集!
これまでのヒーローたちのその後の溺愛生活や、キュンがつまった番外編をお楽しみください!
さらに、2026年1月刊行の最新作『エリート海上自衛官のひたむきな独占求愛~恋に臆病な彼女は蕩けるほど甘やかされる~』の試し読みも特別収録。
◆〈シリーズ第1弾〉『陸上自衛官に救助されたら、なりゆきで結婚して溺愛されてます!?』
山で遭難した若菜は、救助してくれた陸上自衛官の大地とスピード婚。結婚から始まった不器用な恋だったけど、あれから10年。「可愛すぎて。俺、君に出会った瞬間からもうだめになってるんだよ」3人の子供に囲まれ、大地の若菜への愛もますます深くなり――。
◆〈シリーズ第2弾〉『契約結婚ですが、海上自衛官のこじらせ執着愛に翻弄されてます!?』
海のトラブルをきっかけに、海上自衛官の蒼介と契約結婚をした美波。両片思いのすれ違いを経て、心も身体も結ばれたふたりは可愛い女の子を授かる。「もはや君、俺にとって女神みたいなもんなんだよ」長い航海から帰ってきた蒼介に、たっぷり可愛がられて…!?
◆〈シリーズ第3弾〉『航空自衛官と交際0日婚したら、過保護に溺愛されてます!?』
航空自衛隊の花形部隊〈ブルーインパルス〉のパイロットとして活躍していた有永は、片想い相手の佳織とひょんなことから交際0日婚を果たす。親との縁に恵まれなかった有永だけど、愛する妻と心を通わせ、家族に恵まれた何気ない日々に幸せを噛みしめる。
◆〈シリーズ第4弾〉『過保護な航空自衛官と執着溺愛婚~記憶喪失の新妻ですが、ベタ惚れされてます!?~』
交通事故に遭い記憶を失った萌希は、常連客で航空自衛官の鷹峰と急接近。「ごめん。萌希が好きすぎて俺、変なんです」記憶がないことで常に不安が尽きない萌希は、鷹峰から溺れるほど愛されてようやく安心感を得る。だけど、彼も何か深い悩みを抱えているようで!?
◆〈シリーズ第5弾〉『こわもてエリート陸上自衛官は、小動物系彼女に絶対服従! ~体格差カップルの恋愛事情~』
陸上自衛官の峻岳から告白され、お付き合いすることになった海結。初々しい体格差カップルもついに結婚式を迎え、「俺ってもしかして、世界一幸福なのでは?」頭の中がハートでいっぱいな峻岳は、初夜で愛する新妻を思いっきり啼かせることに!?
◆2026年1月刊行・最新作試し読み〈シリーズ第6弾〉『エリート海上自衛官のひたむきな独占求愛~恋に臆病な彼女は蕩けるほど甘やかされる~』
とある事情で男性不信の紬実の元へ、海上自衛官の浬が訪れる。彼の手にあった1本のボトルメールには、海で戦死した紬実の曾祖父に宛て、曾祖母が書いた手紙が入っていた。時を超えて届いた手紙をきっかけに、交流を深めるふたりだけど…!?
「君のためなら死ねる。そう言ったら笑うか?」
かつて、亜熱帯の島で妻に伝えた言葉。暗くしっとりと湿った静かな空気の中、密やかに舞う蛍に囲まれ俺を見上げた綺麗な瞳。草いきれと泥の匂い、微かに入り混じる南国の花の香り。
熱帯の木の葉の隙間、今にも降るような星々が覗いていた。呆然とした妻を引き寄せるようにかき抱き息を吐いた。腕の中にすっぽり包むことのできる華奢な体温、確かに感じる鼓動、妻の甘い匂い。生きていてくれた、それだけでよかった。
俺は君のためなら死ねる。強く強く、そう思った。
──あれから十年近く経つ。だが、この気持ちは変わらない。変わらないどころか、深まり続けている。
「パパー、ママがすぐ来てって言ってるよ」
自宅マンションの台所にひょこっと顔を出したのは、長女の星菜だった。三姉妹の一番上で、小学四年生になったばかり。俺は食器を洗う手を止め「分かった」と頷いた。
「何があったんだ?」
「分かんない、わたしもソファで本読んでたの。そしたらパパ呼んで~って声がして」
読みかけなのだろう、中学年女子向けの本を持ったまま星菜が答える。
俺は首を傾げた。今の時間、最愛の妻である若菜は寝室で生後半年の三女の明日菜を寝かしつけているはずだった。
とりあえず向かおうと手をタオルで拭いていると、若菜の小さな「きゃあ」という悲鳴が寝室から聞こえた。
「若菜?」
廊下を小走りになりかけた俺の脚に、寝室から飛び出てきた小さな影がぶつかる。四歳になったばかり、次女の瑠菜だ。目元が若菜そっくり。
「ぱぱ、たいへん!」
「どうした」
「みて!」
寝室を覗き込めば、ベビーベッドを見下ろす若菜が小さく拍手をしていた──すぐそばで、明日菜がまだ短くむちむちの手をバタバタと動かし、初めての寝返りにチャレンジしているところだった。
「大地さん! 見て、寝返り成功しそう!」
にこっと笑う妻の姿に肩から力を抜き、俺も抱き付いてきた瑠菜を抱っこしながら「おお」とつい感嘆の声を上げた。
「頑張れ、明日菜」
「ぁぅ~」
返事をするように可愛らしい声を上げ、けれどそのままコロンと明日菜は仰向けに戻った。小さな指を口に入れ、寝返りのことなんかすっかり忘れた顔をして俺たちを見上げ、にっこりと天使みたいに笑う。
「ああ、もうちょっと」
「頑張ったなあ」
夫婦で顔を見合わせると、『惜しかったなあ』と唐突に嗄れた声がした。目を丸くして振り向くと、寝室の入り口にスマホを持った星菜が立っていた。スマホの画面には政界を引退したばかりの元総理、孫の若菜とひ孫たちを溺愛するお義祖父さんの姿があった。星菜は肩をすくめる。
「この間会ったとき、寝返りしそうでしなかったでしょ? ひいおじいちゃん、成功するところ見たがってたからテレビ電話したの」
『はっはっは、曾祖父想いのひ孫を持って幸せだなあ』
「でしょ? ところでひいおじちゃん、わたし、欲しい服があるんだけど東京でしか売ってなくて~」
大人びた口調でにっこりと笑う星菜に、お義祖父さんは目尻をこれでもかと下げる。
『おう、いいぞ、いいぞ。どれが欲しいんだ、なんでも送ってやる』
「も、もう星菜、ちゃっかりして……おじいちゃんもあんまり甘やかさないで!」
唇を尖らせる若菜に、お義祖父さんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
『いいじゃないか、ひ孫なんか甘やかしてなんぼ……あ!』
「おじいちゃん、どうしたの?」
振り向いた若菜に釣られ、俺たちもお義祖父さんの視線の先に目を向ける。その先はベビーベッドで、……うつ伏せで顔を上げ、キョトンとした顔をしている明日菜がいた。
「明日菜ちゃん、ねがえりしてるっ」
瑠菜が拍手をして、俺と若菜は顔を見合わせて笑った。まったく、曾祖父想いのひ孫たちだ。
「うーん、見たかったなあ明日菜の初寝返り」
「お義祖父さんに見せられたんだから、よかったんじゃないか」
「まあねえ」
俺と若菜は、マンションのベランダでのんびりとお茶を飲みながら笑った。部屋の中で三姉妹は夢の中だ。
見上げる長崎の夜空には、春の大三角。
「あれ、スピカ?」
若菜が俺に寄り添うようにして空を指さす。
「そう」
「じゃあ、乙女座だ」
俺の影響で、少し天体に詳しくなった若菜が笑う。
「このあたりは星がよく見えるね」
「だな」
俺は若菜の肩を抱き寄せて頷いた。五月が近いとはいえ、まだ少し夜は冷える。
──俺の転勤で、昨年にここ、長崎の港街に引っ越してきたばかりだ。旧海軍と共に発展してきたこの街には、海上自衛隊だけでなく、俺が所属する陸上自衛隊のとある部隊の駐屯地がある。
医官──医師であり陸上自衛官でもある俺は、その駐屯地にある医務室に勤務していた。
「あれ、また落ちてる」
若菜がベランダの床を見下ろして目を瞬いた。何かと思えば、ツツジの花だ。パッションピンクがリビングからの灯りを受け鮮やかだった。
「また、って?」
「最近、ツツジの花が落ちてるの。多分、下の植え込みのものだと思うんだけど」
若菜は花びらを拾い、ベランダから駐車場を見下ろす。
「風で上がってくるわけがないしな。星菜か瑠菜?」
「違うと思う。あの子たち、植え込みのは摘まないし。謎」
ツツジをベランダの小さなテーブルに置いた若菜はくすっと笑い、続けた。
「それにしても、明日からの訓練、昼間はかなり暑そうだねえ。気をつけてね」
若菜に言われ、頷きながら彼女を引き寄せていた手に力を込めて、すっかり腕の中に閉じ込めた。
「大地さん?」
「若菜成分を補充してる」
腕の中、若菜が少し上目遣い気味に俺を見た。結婚して十年経つというのに、まだ彼女は照れ屋で初心だ。耳まで赤くして「もう」とはにかんでいる。
「いいだろ。しばらく会えないんだ」
俺は訓練によく駆り出される。というのも、俺は医官ではあるがレンジャー資格を取っている。レンジャーとは部隊ではなく、陸自の特殊な訓練をクリアすることで得られる資格のことだ。そのため訓練などでも重宝がられていた。
「……ん。じゃあ私も、大地さん補充しておく」
若菜は俺の背中に手を回し、微かにその腕に力を込める。しばらくそうしたあとで、彼女は俺を見上げ「ふふ」と俺の眉間に手を伸ばす。
「可愛い。この癖、直らないね」
「あー……」
嬉しいのが顔に出るのが気恥ずかしく、我慢すると眉間にしわが寄る。そんな癖が昔からあり、若菜にはその癖をしっかりと把握されているのだ。
「可愛いって思うと、もうダメなんだって」
「何が?」
「好きすぎるって意味で……ひゃあ」
俺は若菜の可愛い唇をキスで塞ぐ。ならとっくにもう、何年も前から俺はダメになっている。初めて出会った日から、俺は若菜が可愛いと思っていたのだから。『あれがベガ』とふたり並んで夜空を眺めたあの日から。
──彼女と出会ったのは偶然だった。
それでも惹かれた。ただ、自分の感情も理解できないうちにとある理由から彼女にプロポーズし、結婚して、愛を自覚し、でも俺がちゃんと説明しなかったせいで誤解させた。たくさん泣かせて、それでも若菜は俺をまた受け入れてくれた。
「愛してる、若菜」
「私も。大好き、大地さん」
若菜の穏やかな声。俺は彼女の頭に頬を寄せながら、狂おしいほどの愛情を感じている。
「誰だ、鈴木撃ったやつー!」
俺の部下、看護師でもある衛生隊の及川が鈴木二等陸曹を泥の上で引きずりながら叫んだ。鈴木の迷彩戦闘服の背中には、戦闘時に動けなくなったときのため、運搬用のつかみが付いている。これは他の部隊にはあまり付いていないものだ。鈴木が所属している──というか、俺が今回駆り出されている戦闘訓練を含む大規模演習は、水陸機動団という陸自の精鋭部隊を中心とするものだった。俺たちはこの演習中、患者の受け入れ及び処置の訓練を行う。
「お前本当にでかい、でかすぎる。重いんだよー!」
鈴木とは細かい装備が違う戦闘服姿で及川が呻く。俺もまた同じように迷彩姿だ。当然ヘルメットだって被っていた。なにしろ敵の脅威下を想定した訓練だ。
「へへへ、さーせん」
顔面をドーランで灰がかった緑色に塗り潰した鈴木が、及川に向けて快活に白い歯を見せて笑う。鈴木は身長自体俺より少し高い百八十センチ後半なうえに、鍛え上げられた筋肉のせいで体重も百キロ近い。
「文句を言うな、及川。代わるからあっちの消毒頼む」
「了解です」
俺は及川と交代し、鈴木を肩に担ぐ。ただでさえ重いのに装備もあってずっしりと重い。半長靴がぬかるんだ地面に沈んだ。
「しかし、珍しいな鈴木。お前がこういう訓練で撃たれるの」
今回の訓練では、交戦訓練装置という機械が使われている。赤外線の発生器を小銃の先につけ、受信機をつけた相手を撃つことにより被弾したのか、被弾したとすれば軽傷なのか重症なのか、あるいは死亡なのか、そういった判定が出る。もちろん実際には無傷だ──山野を走り回っているため、虫刺されやかすり傷くらいはあるだろうが、まあそんなものは日常茶飯事。カウントしない。
とにかくその受信機の判定に合わせ、俺たち衛生隊は選別を行う。軽傷判定はしばらくうちで待機後に戦線復帰させ、重症はトラックに積んだ医療用シェルターに運び込み外科手術あるいはヘリで後方の病院に搬送、予想値に基づき死亡判定が出る仕組みだ。
「普段、無傷で生還してくるくせに」
なんとか手術車の前まで引きずり、座らせる。収容完了だ。
「あー……なんか集中できなくて。さーせん」
トラック前で立ち上がった鈴木が泥とドーランでパリパリになった頬をかき、ややバツの悪そうな顔で笑った。
「いや、俺に謝ることでもないんだが」
今回【搬送後死亡】の想定に引っかかった鈴木は、今からは後方で別の訓練に駆り出される。死んでも休めないのは、わざと死亡判定が出ないようにするためだ。ここは陸自でも最精鋭部隊のひとつだが、それでもさぼるやつはさぼる。
黒いシールを貼ってやると、鈴木は微妙な顔をした。
「まあそんな顔をするな。俺もそれ、何回も貼ったことがある」
「いやまあ、気持ちいいもんじゃないですね。というか、西ケ谷三佐も軽傷受けてるんすね」
俺の胸についた受信機を見て鈴木が目を丸くした。
「医官を撃つなんて」
「戦場でそうも言ってられないだろう」
受け答えの間に敵ゲリラに扮した数名が医療トラックの向こうから襲撃してくる。目出し帽を被っていた。
「悪いが行ってくる」
応戦している隊員に交じり89式小銃の引き金を引く。弾ではなく赤外線が発射される仕組みだ。ゲリラ役のひとりが弾切れだったのか元からそういう想定なのか――なにしろこちらには相手の想定は知らされていない――大型のナイフで切りかかってくる。もちろんゴム製の黒い模擬ナイフだ。振り上げられた右腕に視線を向けつつ、視界の隅で腹のあたりに隙ができているのが見えた。そこに向かって右足で中段蹴り、すかさずしゃがんで足払い、相手がバランスを崩したところに回し蹴りを放つ。
「うっ」
ゲリラ役が呻き、俺は小さく苦笑した。バラクラバを被っていたため気がつかなったが、顔見知りの隊員だ。
「いってえ、折れてますよこれ、三佐」
「大丈夫だ、アーマー着てるだろ」
「着てても痛いんです、よっ」
言いながら再びナイフを振りかざした隊員に、及川が背中から飛びつき、拘束した。
「俺に集中しすぎだ」
頭に小銃を突きつけ、捕虜用のテントに連れて行く。軽傷判定で待機中だった他の隊員も加勢に入り、ゲリラ戦はなんとかこちらの勝利のようだった。人的被害なしで報告を上げる頃には汗だくで、ヘルメットの隙間から汗が伝い落ちてきていた。
「三佐、やりますね。よかったら今度」
トラック前に戻ると、そう鈴木に声をかけられた。俺は顔をしかめ「お前なあ」と奴の肩を小突く。
「俺、もう四十近いんだぞ。格闘徽章持ちのお前とガチでやったら、靭帯くらい切れる。だいたい、俺は医者だ」
「そうですかねえ」
そう言って笑う鈴木は、やっぱりいつもと様子が違う。本来、明るくカラッとした男なのに。
「鈴木」
「なんですか」
「何かあったのか」
鈴木は一瞬目を瞬き、それから曖昧に首を横に振り、無線に耳を傾けたあとに立ち上がる。
「呼ばれてるんで、行きます」
鈴木は20式小銃を手に眉を下げた。
「ああ」
俺はそのまだ若い背中を見送る。もがいているのが丸分かりだ。仕事についてか、それともプライベートについてか、そこまでは分かりかねるけれど──もがいて、苦しんで、悩んで、焦りと自意識だけ膨らんで、でもどうしたらいいのか分からなくて。
なんとなく、その気持ちが分かる。俺も通ってきた道だから。
「青いなあ」
俺は医療シェルターに向かって歩き始めながら独りごちた。
「ただ、どこまで踏み込んでいいものか分からないんだよな」
自宅のベランダから夜空を見上げ呟いた言葉に、若菜が「そうだねえ」と頷いた。空ではスピカが輝いている。
演習が明け、ゴールデンウイークも目前。俺も休みをもらっているため、家族で帰省予定だ。
「それにしても大変なお仕事だよね。隊員さんのメンタル管理にも気を配って」
若菜の労りの言葉に肩をすくめる。若菜はベランダに置いたキャンピングチェアに座り、のんびりとハーブティーを飲んでいる。俺は手すりによりかかり、若菜を見下ろして笑った。
「まあ、仕事というより、親しい後輩が気になるだけかもな」
「普段明るい人が落ち込んでると心配だもんねえ」
「そうなんだよな」
うーん、と空を見上げる。
「ちょっと俺に似てるから、気にかかるのかもしれない」
「そうなの? その隊員さんには会ったことないけど」
「なんていうんだろうな。自分に合う仕事を見つけて、それだけで生きていこうと思ってたのに、ある日突然割り込んでくるんだよ」
「何が?」
「自分より大切なもの」
俺は視線を若菜に戻す。若菜はキョトンとしたあと、照れたように目を細めた。
「それって私?」
「ん」
俺は若菜の横にしゃがみ、彼女を見上げる。
「君のせいで人生めちゃくちゃだ」
かつて亜熱帯の森の中、彼女に告げたのと同じ言葉を口にした。若菜も覚えていたのか、小さく頬を緩める。
「私だって」
若菜はカップをキャンピングチェアのサイドテーブルに起き、俺に向かって手を伸ばす。出会った頃より十年を経た手、子供三人育てている愛おしい手。その優しい指が俺の髪の毛をかき混ぜるように撫でる。それが心地よくて目を閉じれば、そっと眉間を撫でられる。
また、しわを寄せていたらしい。
目を開く。優しく細められた目が、慈しみ深く俺を見つめている。
俺は彼女の手首を掴み、自分のほうに引き寄せた。若菜は抵抗することなく、椅子から俺の身体に身を寄せた。
ベランダの床にあぐらをかいて、すっぽりと若菜を腕の中に閉じ込める。
ちゅ、と頭にキスを落とす。それからこめかみ、頬、顎や鼻先にも。くすぐったそうに身をよじる彼女の吐息が、とてもあえかで淫らだ。つい低く笑いを漏らしながら、首筋に唇を這わせる。
「もう、なんで笑うの」
「可愛すぎて。俺、君に出会った瞬間からもうだめになってるんだよ」
答えながら柔肌に吸い付く。ビクっと肩を揺らした若菜が「痕つけちゃだめ」と唇を尖らせた。
「分かってるよ」
優しく答えながら微かに歯も立てる。食べてしまいたいくらい可愛くて愛おしい。ゆっくりとTシャツの裾に手を入れ、腹を撫でる。
「……あのね。明日菜生まれたあと、お肉、落ちてくれなくて」
唐突に言われ、目を瞬いて眦を下げる。
「気にしてるのか? まだ無理だろ」
「うーん、でも体重落ちる人は落ちるからなあ。母乳なのに痩せない……」
「健康のほうが大切だろ」
俺は若菜のこめかみにキスを落とし、そのままひょいと抱き上げ立ち上がる。
「わあ、重いでしょ」
「重くないよ。羽みたいだ」
「嘘」
若菜がクスクスと笑う。俺はカラカラと掃き出し窓を開きリビングに入る。ソファに若菜を丁寧に下ろして窓を閉めた。
「そういえば、知ってるか? スピカは連星なんだ」
「連星……って、アクルックスみたいな、ふたつで一つの星? 南十字星で、一番明るいあの星」
新婚当時、ふたりで見た。基本的に、南半球でしか見られない、その星。北半球にある日本でも春先、南西諸島あたりで見ることができる。
「ん」
「そっか。なんか、石垣島を思い出すなあ。すっごい大喧嘩だったよね」
「ほとんど俺が悪いんだけどな」
「まだ言っているの? あれは私が」
目を丸くし口にする若菜の唇をキスで塞ぐ。そのままソファに押し倒し、口内を舌で貪る。
「まだ、時々夢に見るんだ。あの森の中で、必死に君を探す夢」
「え?」
「でも毎回、ちゃんと見つけられる。蛍の群れの中に君がいて、俺を見上げている夢。目が覚めて、君が子供たちと眠っているのを目にして、本当に幸せだと思う」
「大地さん」
「君のためなら死ねるって言ったよな。今もそう思うよ」
「私は……」
若菜は目を瞬き、それから微笑んで彼女のほうから俺の唇にキスをした。
「私は、それより、ずっと一緒に生きていてほしいな」
「若菜」
「おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと一緒にいたい」
「……ん。そうしような」
キスを繰り返しながら、お互いの服を脱がせる。一糸まとわぬ姿になったところで、一度ただ強く抱きしめ合った。素肌と素肌が重なる。愛おしい人が腕の中にいる幸福、俺みたいなやつと一生一緒にいたいと言う妻が愛おしい。
「ずっとこうしてたい」
若菜がぽつりと呟き、俺は苦笑して肘をついて身体を軽く起こし、彼女の顔を覗き込む。
「生殺しだ、それは」
俺はそう言いながら彼女の下腹部に、すっかり硬くなった昂りを押し付けた。先端からはとろりと先走りが溢れている。若菜ははにかみ笑う。
「疲れてないの? 帰ってきたばかりなのに」
「だからこそ、みたいなところはあるかな」
俺はそう言いながら若菜と指を絡ませて手を繋ぎ、キスを深くする。生ぬるい口の中でゆっくりと舌を這わせていけば、若菜の舌が微かにわななく。その舌に自らのものを絡ませ、舌の上を撫でる。