執愛の元彼御曹司×?身売り結婚間近の真面目女子
叔母の店を救うため結婚を決めた陽菜の前に、突然、学生時代に喧嘩別れした元彼の大智が現れる。ホテルに攫われ、離れていた5年を埋めるように甘く激しく抱かれて。戸惑いながらも大智のプロポーズを受ける陽菜。だが、同居後も自分の存在を公表しない彼に不安が募り――。そんな時、街中で大智と女性秘書が、親密にしているのを見かけてしまい!?
「うん、まずは乾杯しようか」
並んでソファに座り、ボトルを取り上げた大智は、手慣れたしぐさでフルートグラスに注いだ。淡い金色で満たされたグラスが、無数の小さな気泡を上らせている。
グラスを渡された陽菜は、上目づかいで大智を窺った。
「再会に……?」
「再出発に」
再出発──それは、陽菜とやり直すつもりだということだろうか。しかし、陽菜はもう別の男性との結婚を決めてしまっている。黙っているのは大智に対して誠実ではない気がして、陽菜は口を開きかけた。
しかし、この時間が壊れてしまうかと思うと言葉が出てこない。けっきょくなにも言えなくて、黙ったままグラスを合わせた。
喉を滑り落ちていくフルーティな香りと味わいに、グラス半分ほどを飲み干してしまって、喉が渇いていたのだと気づいた。
大智がつまみ上げたイチゴを陽菜の口元に持ってきた。躊躇いは一瞬で、陽菜は口を開く。
「わ、美味しい……シーズンじゃないのに」
「それはよかった。ここのフルーツは美味いのを揃えてるらしいよ」
微笑を浮かべた大智はグラスを干すと、それを置いて代わりにジャケットの内ポケットからなにかをつまみ出した。
「あ……」
親指と人差し指で挟まれているのは、大粒のダイヤモンドの指輪だ。控えめなルームライトにも燦然と輝いている。夜景のきらめきよりも、もっと強く。
「俺と結婚してほしい」
まさか婚約指輪が用意されているとは思わず、陽菜の視線は指輪と大智を何度も行き来した。
「……大智、私は実は──」
「ノーは聞かない。俺はずっとそのつもりだった。学生時代からその気持ちは変わらない。陽菜に受け入れてもらえる人間になったと思ったからプロポーズしてる」
でも……。
「俺のことが嫌いならそう言ってくれ。顔も見たくない、って。そうすれば二度ときみの前には現れない」
断るなんてできない……。
叶うはずもない夢が、今だけ現実になるのだ。そして、一生忘れられない思い出に。
陽菜は、これからの時間を思い出作りに費やすことに決めた。マイナスな感情も言葉も、すべて今は必要ない。
「……ありがとう」
指輪は左手の薬指にぴたりと収まった。つきあっていたころ、大智にはたくさんのプレゼントをもらったけれど、指輪はなかった。どうやってサイズを知ったのだろう。誂えたようにぴったりで、それがまた喜びを湧き起こす。
「嬉しい──」
顔を上げた瞬間、大智の顔が近づいて、先ほど未遂に終わったキスをされた。
ああ、大智だ……。
キスの角度も唇の感触も、陽菜が知る唯一のものだった。ひとりで思い出そうとしても記憶はあやふやだが、こうして触れているとそうだったと蘇る。
唇だけでなく互いの身体に手を伸ばし、抱き合いながらキスを貪った。喉が渇いていたと気づいたときよりも、このキスが恋しかったと思い知らされる。
「──陽菜」
息が上がった陽菜の顔をじっと見つめて、大智は我慢できないというように強いハグをしてきた。
「やっと、取り戻せた……」
ボトルの中身が半分ほどになったころ、大智に風呂に誘われた。
「急だったんだもの。ひとりで入らせて。お先にどうぞ」
言外の意味を読み取ったらしく、大智は軽く笑って陽菜の手を握った。
「俺は全然気にしないけど」
それをやんわりと押し返す。
「私が気にするの。こんな格好なんだから、せめて中身は磨いておきたいでしょ」
渋々ながらも頷いてリビングを出ていく大智を見送って、陽菜はわずかに口元を緩めた。
以前の彼ならもっと食い下がっただろうし、入浴をすっ飛ばしてベッドに連れ込まれたかもしれない。五年を経て見せる落ち着きや余裕に気づいたのは、陽菜もまたその間に多少はおとなになったということだろうか。
でも、予告もなしに現れて、「攫いに来た」なんて言ってここに連れてきたけど。
それを、突拍子もなくて子どもじみているというよりは、決断力と行動力と感じてしまうのは、やはり自分は大智が好きなのだと思う。
陽菜はスマートフォンを取り出して、叔母に電話をかけた。まだ店にいるだろうと思っていたとおり、留守番電話に切り替わる。むしろそれを期待していた。
「陽菜です。急なんだけど、出かけるね。明日帰るか、せいぜい数日のつもりだから、連絡がつかなくても心配しないで」
それだけを言って、通話終了のアイコンをタップした。叔母が出ていたら追及されるだろうし、嘘をつく自信がない。心配させてしまうだろうが、陽菜はそのままスマートフォンの電源を落とした。
交代して入浴し、少し迷った末に、着てきたものを着るより備えつけのナイティーを身に着けた。髪を乾かしてから、ドレッサーに敷いたハンドタオルの上の指輪を手にして、リビングに戻る。
ソファに座っていたバスローブ姿の大智は、陽菜に気づくとすぐに立ち上がって、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して渡してくれた。
「ありがとう。あの、ケースかなにかある? このまま置いたら、疵がつかないか心配で──」
大智は指輪を取り上げると、陽菜の指にはめた。
「つけたままでいいじゃないか。結婚指輪に替わるまで、ずっとつけていてほしいな」
その言葉に胸がギュッとしかけたけど、無理やり心の底に押し込んだ。
「それは……寝るときも? よけい疵になりそうなんだけど」
「ああ、意外に寝相が豪快だったな」
「そんなふうに言わなくてもいいでしょ。安心して熟睡してたの!」
気まずい別れと、五年の空白期間を感じさせないやり取りの間に大智にさりげなく誘導され、気づけば寝室に移動していた。先ほど偶然確認したはずのベッドが目に入って、陽菜の足が止まる。
「どうした? まさか嫌だとか言わないよな?」
「嫌だなんて」
即座に否定して、しっかりかぶりを振る。嫌だなんてとんでもない。絶対に誤解されたくない。
ただ、あまりにも空白期間が長すぎて恥ずかしい気もするし、大智が今の陽菜をどう思うかがとても気になる。
もう二十四だし、あのころのピチピチさはないよね? 痩せたって言えば聞こえはいいけど、やつれた感もあるし、最近はお手入れも怠りがちだったし……。
もう何度目になるのか、どうして大智は事前に知らせてから攫ってくれなかったのだろうと思い、ちょっと恨めしい。
そのとき大智が陽菜の肩に額を押しつけた。
「──ごめん」
「大智……?」
「やっぱり俺、ちょっと焦ってるな。陽菜がここにいると思ったら、現実だってわかってるのに、もっとちゃんと確かめたくなる」
大智も同じなんだ……私と会って、信じられないくらい嬉しいと思ってくれているから──だよね?
陽菜は大智を振り返って、その肩に両腕を回した。そうだ、こんなふうに少しつま先立ちしなければ、ちゃんとハグできなかった。
大智は陽菜の背中を包むように抱き返しながら、押し殺したため息を洩らす。
「……訂正、嫌がられてないようだ」
「当たり前でしょ。少し……恥ずかしいだけ」
「わかった。それなら少し話をしよう」
片方のベッドに、枕を背もたれにして並んで足を伸ばした。大智がキャップを開けてくれたボトルを口に運ぶ。
「ああ、そうだ。とりあえずこの部屋は三日間リザーブしてあるから、拠点にして出かけよう。行きたいところはある?」
「うーん、考える。仕事はだいじょうぶなの?」
「休みを取ってある。働きづめだったから、あっさり休ませてくれたよ」
誰にも頼らずに自立したと言っていたから、親の会社には入らなかったのだろうか。陽菜の言葉が影響を与えてしまったなら気になるけれど、見るからに充実した生活を送っているようだし、どんな道に進んだにしろ力を発揮したのに違いない。
「頑張ってるんだね、すごい」
「いつかきみを取り戻すって決めてたからな」
あのとき、気持ちに余裕がなくて八つ当たり気味に言い散らしたのに、それでも大智は陽菜とやり直そうと考えてくれていたのか。意地を張ったり臆病になったりして、一方的に連絡を断ったことを後悔しても遅い。
「ごめんなさい……私、ひどいことを言って。その後も──」
「いや、あれがあったから、今の俺になれたんだ」
大智はそう言って微笑み、陽菜の手を握った。こともなげに返すけれど、当時の大智がショックを受けたことは間違いなく、そう思うと胸が痛い。
もう、考えちゃだめだ……。
目を閉じた陽菜の頬を、大智の手のひらが包んだ。
「きれいになった。いや、前から美人だったけど」
「会えるとわかってたら、もっときれいにしてたのに。ごめんね、こんなで」
「なに言ってるんだ、きれいだよ。スタイルもいいし。ちょっと痩せた?」
頬を滑り下りた手が、ナイティーの胸元に触れた。膨らみを覆うように包んでから、指先が中心を擦る。
「あっ……」
「やっぱりなにも着けてなかったか。ハグされたときにもしやと思ったけど」
やわやわと刺激されて、陽菜は身じろいだ。口が開いたボトルを持ったままなので、こぼしそうで抗えない。いや、拒むつもりもないけれど。
「それ、は……着替えもないから……」
「ごめん」
着替えを用意する間も与えなかったことになのか、ボトルで手を塞がせていたことになのか、大智はそう言って、陽菜の手から取り上げたボトルをナイトテーブルに置いた。返す手で陽菜を抱きすくめ、ベッドに横たわる。
「てことは、こっちも──」
腰を撫で下ろした手が、ナイティーの裾から忍び込んで這い上がってきた。
「きゃっ……」
直にヒップをまさぐられ、陽菜は大智の胸に額を押しつけた。バスローブの前がはだけて、大智の肌の匂いがする。それを嗅いで、恋しかったのだと気づき、泣き出したいくらいだった。
嬉しい。会えて嬉しい。言葉を交わせて嬉しい。触れられて嬉しい──。
後ろから秘裂をなぞった指が、襞の間でぬるりと蠢く。
「拒まれなくてほっとした。すごく濡れてる……」
「言わ……ないで──あっ……」
指先に蜜を絡めるようにしながら撫で擦られて、陽菜は腰をびくつかせた。いつの間にか前に回った手で花蕾をつままれ仰け反ると、ナイティーのボタンが外されていく。露わになった胸元に、大智は顔を埋めた。
「また大きくなった?」
乳房を食みながら、そんなことを言う。平均以上のバストは、自意識過剰と言われようと他人の視線が気になって、陽菜自身にはメリットがない。
しかし大智はお気に入りだったようだ。裸を見るまではそれほどとは思っていなかった、と否定していたけれど。
「……変わらないっ、よ……」
「そうか、ウエストが細くなったから相対的なもんかな」
「やっ……、す、吸わないで……」
「無理、もう止まらない。それにきみだって──こっちも硬くなってる」
反対の乳頭をつままれて、陽菜は疼痛に喘いだ。五年ぶりだというのに、身体は早くも大智に与えられる快楽を思い出しているようだ。
だって……もう触れられないと思ってた……。
きっとその喜びが、過分に陽菜を昂らせているのだ。
大智は身を起こしてバスローブを脱ぎ捨てると、陽菜のナイティーも引きはがした。思わず脚を閉じようとしたが、膝を掴まれて左右に開かれた。そして大智が下腹に顔を伏せる。
「ああっ……」
口での愛撫は初めてではないけれど、その甘美な刺激に全身を任せたくなる。花蕾を掬い上げるように舐められて、陽菜はたちまち上りつめてしまった。
大きく胸を上下させながら、大智のものに手を伸ばそうとすると、「しなくていい」と押し返された。
「でも……」
数えるほどしかしたことはなく、おそらく上手とは言えないけれど、いつも大智は喜んでくれていた。
喜んでいたふりで、実は全然よくなかった、とか……?
そんなことを考えていた陽菜は、大智に組み伏せられた。見下ろしてくる顔が、心なしか焦って見える。
「そんなことされたら暴発する。陽菜が欲しいんだよ」