「そんなこと、どうでもよくなるようにしてやる」
片思い相手の幼馴染・夏生の会社に、受付として派遣された千珠。喜んだのも束の間、自分の嘘が原因で、女除けが欲しいという夏生の同僚・田乃家健太郎と偽装恋人になることに!? ゴージャス&強引な田乃家は、出会ったばかりなのになぜか千珠のことにやたら詳しい。本当の恋人のように迫ってくる田乃家の甘い誘惑は、千珠の心も体も蕩かせて――!?
田乃家に手を引かれてそのまま近くのラブホテルに入った。
ドアが閉まってロックがかかった瞬間、田乃家が強引に千珠の体を抱き寄せて、覆いかぶさるように口づけてくる。
「あ……んっ」
千珠の唇から声が漏れる。
田乃家のキスは少し強引だった。
ほんのりとアルコールの香りが残っている彼の舌は燃えるように熱く、千珠の口内を激しくかき回す。もつれるように抱き合いながら、ベッドへと倒れ込んだ。
のしかかる田乃家はまるで彼自身が発熱しているような圧があり、一瞬体が強張る。
これは会議室でしたキスとは全然違う。本気のキスだ。
(これってやっぱり、するってこと……だよね)
頭の隅で冷静な千珠が囁く。
生まれてこの方いまいちな男ばかり選んできた千珠だが、こう見えていわゆるワンナイト的な経験はない。人生において『恋人』と呼べる男としか寝たことはなかった。
(いや、一応田乃家は彼氏だから……いい……のかな……)
キスはしたが、なぜかそれ以上進むことはないと思っていた。
好き合っているわけでもない。これまで千珠が付き合ってきた男性とさして立ち位置は変わらないはずなのに、妙に身構えてしまう。
ホテルに入っておいて拒むつもりはないが、あまりにも展開が早くて戸惑いが隠せない。
「ま、待って、あのっ……」
唇が離れた一瞬を見計らって彼を見上げると、田乃家はスーツの上着を身もだえするように脱ぎ捨てて、ネクタイに指をひっかけほどいているところだった。
彼は、戸惑い体を強張らせる千珠を両ひざの間に閉じ込めて、
「待てって、なにを?」
と低い声で囁く。
「だ、だから……えっと」
「――」
田乃家はじっと千珠を見おろしながらネクタイをほどくと、今度は両手首の白蝶貝のカフスを丁寧に外していく。
無言のまま最後に手首に嵌めていたシックな時計を外した。
去年まで、ファッションデザイナーのもとで秘書兼雑用のようなことをやっていた千珠は、知っている。彼がつけているドレスウォッチの覇者と呼ばれるシンプルなスイス製の時計は、千珠の年収の何倍もすることを。
一方田乃家は、ベッド横にあるサイドボードにネクタイとカフスと時計を丁寧に並べると、今度はベストを脱ぎ、シャツのボタンに手をかけた。
「ちょ、どんどん脱いでくのやめてっ」
「もしかして着衣でやるほうが萌える口?」
田乃家はふふっと笑って、切れ長の目を細める。
「そ、そうじゃなくて……」
田乃家がどういう環境で育ったのか知らないが、彼はスラックスにベルトはせず(要するに彼のスーツは彼の体ぴったりに作られたフルオーダーということだ)、上品な白蝶貝のカフスをつけるような育ちのいい男なのは間違いない。
これまで若干『治安の悪い男』ばかり選んできた自覚があるので、なんだか妙にドキドキしてしまう。
「す、するの?」
千珠がかすれる声で絞り出すと、彼はふっと笑ってあっという間に上半身裸になってしまった。
「するよ」
田乃家はさらりと答えて、それから今度は千珠が着ているブラウスのボタンを外し始める。
「本当はボタン引きちぎりたいくらい興奮してる」
その発言を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。
「や、やめてよっ! このブラウスお手製なんだからっ」
千珠は慌てて彼の手を振り払い、上半身を起こし小さなくるみボタンに手をかける。
(引きちぎられるくらいなら自分で外そう……!)
そうやってちまちまとボタンを外していると、頭上から田乃家が手元を覗き込む。
「これ、自分で?」
まるでスイッチを押すように、外していないボタンを指先で撫でる。その少し子供っぽい仕草に、肩から力が抜けた。
「そうよ。私はこういうの作るの大好きなの。……似合わないでしょ。知ってるからなにも言わないでね」
見た目が派手だから、愛人顔だから。女の子らしい家庭的なことは似合わない。
今まで何度も言われてきたことだ。
千珠が若干ふてくされ、半ば諦めながらそうつぶやくと、
「あんたかわいいもの好きだもんな」
とさらりとした答えが返ってきた。
「――」
ボタンを外す千珠の手が止まる。
ビックリして顔をあげると、大人しく待っている田乃家と目が合った。
「なんで?」
「なんでって……」
田乃家がくすっと笑う。
「見ればなんとなくわかるだろ。既製品のハンカチの隅っこに刺繍入れてたら、そういうの好きなんだなって」
確かに千珠は自分が使うハンカチに、ひそかに刺繍を入れるのが趣味だ。
まさかそんなものを見られていたとは思わなくて、腹の奥がそわそわし始める。
もずくといい刺繍といい、なぜこの男は、千珠の隠している部分を的確に指摘してくるのだろう。
「似合わないでしょ。刺繡とか、お裁縫とか……」
ごにょごにょとつぶやいたら、なんだか虚しくなった。
思わず手が止まったところで、
「だから、なんで」
田乃家が苦笑しながら、千珠のボタンをまた外し始める。
「似合うとか似合わないとか、他人の評価はどうでもいいだろ。自分の好きなことしてるだけなんだから」
シャツのボタンがすべて外されて、エアコンの風が汗ばむ肌をひんやりと撫でる。
「なぁ、俺があんたを抱きたいって思うの、そんなにおかしいか?」
「え……?」
驚いて顔をあげると、田乃家はどこか切羽詰まったような顔をしていて。
私たち、こないだ会ったばっかりだよね、とか。
そもそも私はただの女除けでしょ? とか。
それだけのスペックだったら、女の子なんかよりどりみどりでしょう、とかいろいろ頭に浮かんだけれど。
(もしかしたら恵まれてるように見える田乃家にもいろいろ悩みがあって、問題を抱えてるのかも……)
そう思うと、すとんと腑に落ちた気がした。
(だって、私もそうだもん……)
これまで夏生に何度も失恋した。
それでも夏生が好きで、好きで。諦められなくて。
でも彼は絶対に千珠を女としては見てくれなくて――。
ずっと、自分のモノではない、無駄な人生を生きているような気がして。
そして誰でもいいわけではないが、今目の前にいる、夏生とは正反対みたいな男がその虚しさを少しでも薄らげてくれるなら、ほんのひと時でも紛らわせてくれるなら、すがりたいと願ってしまう。
そんな孤独を千珠は知っている。
「田乃家……あなたにもいろいろあるってことよね?」
手を伸ばして彼の頭に触れる。
よしよしと撫でると、田乃家は切れ長の目をまん丸に見開いて固まったが、しばらく千珠が撫で続けているとふっと肩から力を抜くように笑って。
「なんかお前、勘違いしてる気がするけど……まぁ、いいか」
と笑ったのだった。
シャワーを浴びた千珠がバスローブ姿で戻ると、先に済ませた田乃家がベッドでごろっと横になったままスマホを見ていた。バスローブを一応羽織ってはいるが、鍛えられた胸筋は丸見えで、一瞬ドキッとしてしまう。
(すっごい体……)
彫刻のような体を生で見たのは初めてだった。余計な脂肪はいっさい付いておらず、かといって作り込んだようなわざとらしさもない。神様が思う『自然美』をそのまま形にしたような肉体だ。
千珠のかつてのボスであるデザイナーが見たら、狂喜乱舞するような美しさである。
上から覗き込むと眉間のあたりに深いしわが刻まれている。
「すごい顔してる」
思わず指でそのあたりをぐいっと押さえると、田乃家はスマホをヘッドボードの上に置いて、千珠を抱き寄せた。
「悪い。仕事のメール見てた」
彼はそう言って大きな手で千珠の首の後ろをすり、と撫でて耳元で囁く。
「やるか」
「――そうだね」
ふふっと笑うと同時に首の後ろの田乃家の手にわずかに力がこもる。唇が重なると同時にぐるりと視界が回転して、サテンのシーツの上に押し倒されていた。
「んっ……」
田乃家はキスが好きなのだろうか。すぐに唇を塞いでくる。バスローブの前が開かれると同時に、
「下着付けてると思った」
と田乃家が軽い調子で囁いた。
「女性の下着を外すのに萌える口?」
先ほどの着エロ云々に絡めて千珠がからかうと、田乃家がふっと笑う。
その笑った顔――切れ長でどちらかというと怖そうにも映るその目が優しげに細められるのを見て、確かにこの男は威圧感があるが、笑った顔とのギャップが一部の女性を狂わせそうだと、そんなことを思った。
田乃家は千珠のバスローブを脱がせたあと、両手で乳房をつかむと、柔らかく揉み始める。
その瞬間、肌の表面をぴりっとした快感が走る。
「あっ……」
背が高いのでわかっていたが、彼の手はかなり大きい。
千珠は全体的にスレンダーで、胸に関しては長年にわたって『お前は胸である』と言い聞かせての寄せて集めてのCカップだ。
なんだか無性に恥ずかしくなって、
「あの、あんまり大きくなくて、ごめんね……」
この男はなんとなく巨乳が好きそうだなんて思いながら口にすると、
「俺は慎ましいのも好きだよ」
と言われて、複雑な気持ちになった。どう聞いても慰めになっていない。
思わず唇を尖らせたところで、彼の指先が千珠の胸の先を優しくつまむ。
「あっ……!」
「本当なのに。信じてないな」
田乃家は甘い声で囁いて、そのままゆっくりと舌で先端をちゅうっと包み込んだ。
「敏感でエロい。かわいい」
「んっ……あっ」
田乃家の黒髪がさらさらと千珠の肌の上を滑っていく。くすぐったいような焦らされているような、不思議な感覚だ。
田乃家は胸の先だけではなく舌全体を使って乳房を舐めあげたり、谷間ににじむ汗を舐めとるように舌を這わせ、それからゆっくりと右手の甲でふとももをすりあげ、そのまま手を両足の中へと差し入れた。
指先が淡い叢をかき分けて花芽に触れる。優しく撫でたあと、そのまま中指と薬指が蜜口へと吸い込まれていった。