義兄・真紘への初恋を拗らせていた比奈は、義父からの見合い話がきっかけで、想いを断ち切るために別人になりすまして真紘を誘惑することに! 「全部俺が教えてやる」義兄の熱く大きな身体に抱かれ、一度きりの濃密な夜を過ごす比奈。だが、真実を知らないはずの真紘が再び甘く溺愛してきて…!?そんな中、比奈の前に見合い相手の大鷲が現れ――。
「またお会いしましたね」
大人びた笑顔を浮かべる比奈は、まるで電話での会話などなかったような素振り。完全にモモになりきっている。
真紘は逸る気持ちを必死に抑え込み、隣の椅子を引いて彼女に座るよう促した。
「音沙汰がないから振られた気分でいたよ」
なぜ連絡をよこさなかったのかという恨みつらみは、彼女が来てくれたことであっさり消える。
(俺も随分とちょろい男だな)
自虐しつつ、軽く手を上げスマートにバーテンダーを呼び寄せる。
「この前と同じでいい?」
「ええ」
前回、真紘が彼女に勧めたダイキリを注文した。
「レオさんならほかにいくらでもお相手がいるでしょう?」
振られた気分になるまでもないと言いたいのだろう。比奈は一瞬目を泳がせたが、相変わらず真意は掴めない。
レオが真紘だとわかったうえで、この前の電話でここへ来ると知ったから来たのか、それとも正体を知らないまま偶然ここへ来たのか。電話で話したときに彼女がどことなく狼狽えた様子だったのが、真紘を惑わせていた。
(いや、俺が真紘だとわかっていたら、ここへ来るわけがないだろう。だいたい、あの夜だって義兄の俺を誘うはずがない。だとすれば今夜もたまたまなのか)
正体に気づいたうえでここへ来たのであれば、比奈も真紘と同じ気持ちということになる。そうならいいのにと願うあまり、つい勘繰ってしまうのだ。
いっそ今ここで自分は真紘だと明かしてしまおうか。
不意にそんな考えが浮かんだ。
そうすれば一番知りたい比奈の気持ちが一発でわかる。
「俺が――」
口を開きかけたが、土壇場で思い留まった。
今ここで暴けば、せっかく会えた夜を台無しにする可能性がある。義兄だと知り、比奈はこの場から逃げ去ってしまうかもしれないのだ。拗らせた恋心を募らせた真紘にしてみれば、それは絶対に避けたい。
(こうして会えただけで十分じゃないか。モモと名乗っていようが関係ない)
比奈を前にした喜びが真紘の目を曇らせる。今さえよければそれでいい。
「俺がモテるって?」
「違う?」
ふふふと笑う愛らしい彼女を前にすれば、真実を告げようとした考えなど、すぐに葬り去られてしまう。長年にわたり醸成された想いが、真紘に目の前にある幸せだけしか見えなくさせた。
「店内の女性客の視線を独り占めしてるのに気づいていないんだとしたら、レオさんって鈍感なのね」
「それを言うならキミのほう。俺には男性客たちの嫉妬に満ちた目が突き刺さってる。〝あんな美女に声をかけられて妬ましい〟ってね」
これは本当だ。バーテンダーでさえ、彼女の前にダイキリを置きながらポーッとしていた。
「相変わらずお上手なんだから」
比奈は色白の手を伸ばして真紘の腕に軽く触れた。
さりげないボディタッチひとつだけで胸が疼く。半袖から伸びる華奢な腕が妙にそそるからいけない。
ぽっちゃりしていたときの比奈ももちろんかわいかったが、強く触れたら壊れてしまいそうなほどのか細さが庇護欲を煽る。細いわりに豊満な胸というアンバランスさもいけない。
この前の情事が鮮明にフラッシュバックして動悸に襲われたため、ジントニックを飲み干して誤魔化した。
今があればそれでいい。刹那的な想いに塗りつぶされ、胸を躍らせた楽しいひとときがあっという間に経過していく。
とにかく今夜だけはレオとモモでいい。
だが真紘は頭の片隅で、いつまでもそのままではいられないのはわかっていた。義理の兄妹が、正体を明かさずに逢瀬を重ねていくことなど土台無理なのだから。
次に会うときにはすべてを明かそう。そしてモモは比奈だとわかったうえで抱いたのだと。
「そろそろ失礼するわ」
一時間ほど経った頃、比奈は突然席を立った。
(なぜだ。この前は濃密な時間を過ごしたじゃないか。今夜は置き去りにしようというのか)
焦りを覚えて気が動転する。冷静さを失いそうになる一歩手前でなんとか踏ん張った。
「このまま帰れると思ってる?」
彼女の手を掴み、その目を視線で射貫く。
比奈は一瞬怯んだが……。
「もうここへは来ないつもり」
無情にも彼女はそう告げた。感情を感じられない言葉が真紘の胸を貫く。
だが、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。決別ともとれる突然の発言にショックを受けながらも、彼女の手を取った。
「そうはさせない」
強く握ったまま素早く支払いを済ませ、バーをあとにする。
「どこへ行くの!?」
戸惑う比奈を半ば強引にエレベーターに連れ込み、タッチパネルの最上階ボタンに触れた。
「帰すつもりはない」
「どうして」
「そんなのキミもわかっているはずだ」
今夜、比奈がここへ来ようが来まいがチェックインだけは事前に済ませていた。それは一種の賭けのようなものであった。
*****
比奈は、戸惑いながら真紘に手を引かれてエレベーターを降りた。ぎゅっと繋がれた手から彼の気持ちを読み取ろうと躍起になる。
レオになりきって二度目のアバンチュールを楽しもうというのか。一度抱いた女なら、二度目もたやすいという打算が働いてもおかしくはない。
それともそこに好意が存在しているからなのか。純粋にモモを欲しいというのか。
(もしかして、真紘さんが電話で言っていた好きな女性ってモモのこと……? ううん、まさかね。出会ったばかりの人に体を許す女は遊ぶにはもってこいだけど、恋愛にはならないはずだもの)
一度きり、あの夜限りと心に誓った比奈だったが、真紘が今夜あのバーにいると思うと居ても立っても居られず急いで駆けつけた。
お見合いの前にもう一度だけ会いたかった。一緒にお酒を飲んで他愛のない話をして、それで本当に終わりにしようと。
でも比奈自身もそれで終われるはずはなかったのだ。のこのこ来たことを後悔しながらも、真紘に強く求められてうれしいと感じてしまっている。
繋がれた手を無理に解き、彼を押しのけて逃げられるのに、抵抗せず彼に従っているのだから。
遊びでいい。愛なんてなくていい。モモのままでいい。
真紘にもう一度だけ抱いてもらいたい。
そう願ってしまったのだ。
前回と同じ部屋に入るなり真紘に唇を塞がれた。呼吸を根こそぎ奪うようなキスが、比奈を一気に陶酔の世界に引きずり込む。
口腔内を舌でかき混ぜられ、熱い息を交わし合う。部屋の奥へ足を進めながら、貪るように唇を吸い合い、舌が絡み合う。
裾から忍び込んだ手が巧みに白いブラウスを脱がし、ブラジャーのホックまで外す。零れ落ちたやわらかな膨らみを包み込まれ、堪えきれずに吐息が漏れた。
「んん……っ」
それ以上歩けなくなり、その場で足が止まる。円を描くように胸を撫でられ、その頂を指先で弾かれ、背筋が弓なりになる。
「あんっ!」
形が変わるほど揉まれているのに、痛いどころか気持ちがいい。
たぶんそれは、真紘のどことなく性急な手つきのせいだろう。強く求められている気がするから。
「モモ……会いたかった」
キスの狭間に甘く囁く吐息が熱い。その熱だけで体が溶けてしまいそうになる。
事実、体の中心部分は痺れ、じくじくと疼き出す。
「私も――」
続く言葉は言わせてもらえなかった。舌を強く吸われ、意識まで持っていかれそうになる。
彼が会いたかったのがモモでも、彼の瞳に映っているのがモモでもよかった。
比奈のままでは決してできなかったことだから。
スカートをまくり上げた彼の手が、比奈の丸いヒップラインを優しく撫でては指が食い込むほどに揉みしだく。それだけでは飽き足らず、ショーツの中に潜り込んできた。
すぐに足の付け根を目指した指が、そこに溢れる泉の存在に気づく。
比奈自身も潤み具合に驚くほど。もしもショーツを穿いていなければ、太腿を伝ってフロアを濡らしていたに違いない。
「びちょびちょだ」
「そんなふうに言わないで」
恥ずかしさが増長して、さらに蜜が溢れる気がした。
「モモも俺とこうしたかったんだな。帰るなんて言っておいて、ここをこんなに濡らして」
「ちがっ」
「俺を煽るためにつれない態度をとったわけだ」
「だから違うの」
決してそうではない。真紘の執着心を煽るために帰ろうとしたのではない。
あのときは本気で帰るつもりだったのだから。あれ以上一緒にいたら、あの夜のように抱いてほしくなるから。
「それじゃどうしてこんなにトロトロに?」
〝ほら、見てごらん〟とばかりに、比奈の蜜で濡れた指先を顔の前に突き出す。それは照明が反射してツヤツヤに光っていた。
自分のいやらしさを見せつけられて居たたまれない。
「レオさんの意地悪」
頬から耳にかけて真っ赤になった顔を逸らす。
「おかげで俺も我慢の限界だ。今すぐここで挿れたい」
「えっ?」
真紘は比奈の体を反転させ、壁に手を突くよう指示した。
「ここでするの?」
「ベッドまで待ちきれない」
「すぐそこなのに」
寝室はこの通路を奥まで進んだ左側だ。スイートルームだから広いとはいえ、歩いてすぐの距離にある。
「それくらいモモが欲しい」
そこまで切羽詰まって乞われたら比奈だって拒めない。むしろ喜びさえ感じる。
トラウザーズを寛がせ、ボクサーパンツをずらした途端、中から彼の滾ったものが勢いよく飛び出した。
天井を向いた猛々しいなりに思わず息を呑む。
ポケットに忍ばせていたのか、真紘は小さな包みの封を噛み切り、取り出した薄い皮膜を自身の高ぶりに被せた。
「お尻を突き出して」
「……こう?」
言われるまま野性的なポーズをとると、真紘はスカートを腰まで持ち上げ、ショーツを腿まで下ろした。間髪容れず、露わになった比奈の泥濘に逸物を突き立てる。
「――ああっ……ん、ん~っ……やっ、ハァ」
強烈な圧迫感はすぐに快楽を生み、蜜を溢れさせながら比奈の最奥を穿つ。瞬間、目の奥に閃光が走った。生々しく、甘美な刺激だ。
真紘からも切なげな吐息が漏れた。
「ヤバいな、挿れただけでイキそうなほど気持ちがいい」
彼は比奈の腰に手を添え、ゆっくり抽送をはじめる。緩やかなのは最初だけ。形が馴染むに従いスピードを上げていく。
「ぁ、レオさっ……や、ダメ……んん……」
ふたりが繋がった部分からは、くちゅくちゅという水音と肌同士がぶつかり合う乾いた音が響く。強弱をつけ、ときに角度を変え、比奈の弱点を探る動きにされるがまま。もはや役目を果たさないブラジャーは中途半端にぶら下がり、たわわな胸が毬のように弾む様子は全裸よりも卑猥だ。
「モモ、最高だ……。締まりも絡みつく襞も、全部俺のためにあるみたいだ」
「……レオさんのためにあるのっ」
比奈は体も心も真紘に捧げたのだから。たとえ一緒になれなくても、一生分の愛を彼に――。
「本当にかわいい女性だ。たまらない」
「ああっ! レオ、さ……」
ぐいと切っ先を突き立てられ、一瞬意識が飛びそうになったが懸命に手繰り寄せた。
彼との貴重な時間は、どの瞬間もはっきりと覚えていたい。
冷たい壁に爪を立て、与え続けられる刺激を余すところなく受け止める。
(今夜だけだから。こんなことはもうこれで終わり。最後にするの。だから……)
「もっとしてっ……!」
髪を振り乱して彼にねだった。
いっそ体が壊れるほどめちゃくちゃにしてほしい。真紘と繋がり壊れるなら本望だとすら思う。
「望むところだ。ただし俺もそこまで持ちそうにない。一緒にイこう」
「いやっ、まだ終わりにしたくない……からっ」
「これで終わらせるわけが……ない、だろう? ッ……夜はまだはじまったばかり……だっ」
真紘は最後の言葉に合わせてズンと比奈を突き上げた。