仕事に疲れ気味の花衣の癒やしは部屋に居着いたイケメン幽霊の「ユウ君」。自堕落になりがちな花衣に自炊を勧め、親身に説教してくる世話焼きの彼とこのままいっしょに居たい……不毛だと知りつつ彼に想いを寄せる花衣。だが、ある日、倒れた彼女のことを心配して、『生身』の彼が現れ求婚してきた! 大企業の御曹司とこんな経緯で電撃結婚って――!?
「花衣の気持ちがちゃんと俺に向くまで、待つよ」
などと悠君が約束してくれたのだ。ストーカーのくせによく分からない紳士っぷりである。
つまり、ここでの生活は、諸々のクオリティが異常に上がった以外は、悠君が幽霊だった頃と何も変わらない。
ただ、そこに悠君の実体と温度が加わっただけ……のはずだったのだが。
とんでもない。そんな簡単な話ではなかった。
一緒にキッチンで肩を並べて料理を作っているとき。
私の頭頂部に顎を置かれ、背後からそっと手元を覗かれたとき。
仕事から疲れて帰ってきて、ぴーぴー愚痴ってその背中を優しく撫でられたとき。
そこに温もりと触覚があるだけで、心拍数が一気に跳ね上がるのだ。
おそらくは、私の体も心も、彼とのそれ以上の接触を望んでいるのだと思う。
私は、悠君のことが好きだ。もちろんちゃんと、男性として。
そりゃ想いの重量では、彼にはまるで敵わないと思うけれど。
それでも、間違いなく私は彼のことが好きだ。それは彼が幽霊だった頃から変わらない。
だから、せっかく触れることができるのなら、触れたいし触れられたいと願ってしまう。
それは、彼が生きているからこそ湧き出る、生々しい望みだった。
けれど私は、まだ彼に想いを伝えていない。
彼が欲しいのなら、私は私の言葉で彼にちゃんとこの想いを伝えなければならない。
なんという難易度の高いミッションだろうか。
これまた彼が幽霊だった頃は、あっけなく口にできた『大好き』と言う言葉が、この頃どうしても喉奥から出てきてくれない。
自分の意気地のなさに、深いため息が漏れる。
「はあ……」
「どうした、ため息なんてついて」
すかさず心配して覗き込んでくる顔が、今日もいい。
なんでこんなハイスペックな人が私なんかを好きなのか。正直それもいまだによくわからない。
今日の夕飯はクリームシチューを作った。驚くべきことに、ルーを使わずホワイトソースからの手作りだ。もちろんそのへんは悠君が担当した。私は野菜を切って炒めるくらいしかしていない。
そして出来上がったシチューは絶品だった。
悠君は毎日仕事で忙しくしているはずなのに、帰ってきてから家事まできっちりとやってくれるのだから、本当にすごい。
悠君と暮らし始めてから、さらに少し体に肉がついた気がする。由々しき事態である。
これ以上私を肥えさせて、どうするつもりなのだ。つい、恨みがましい目で彼を見てしまう。
綺麗な所作で口元にシチューを運ぶ悠君は、そんな仕草すら惚れ惚れするほど格好良い。
そしてその形の良い口にシチューが吸い込まれる様を、私はじっと見つめる。
その唇に触れることを想像する。それはどんな感覚なのだろうか。
「花衣? どうした?」
訝しげな目で見られ、慌てて私は目を逸らす。その唇を見てうっかりエロいことを考えてました、なんてとてもではないが、言えない。
生きることだけに精一杯で、恋愛なんて一切してこなかった。だから、どうしたらいいのかまるでわからない。
私の恋愛スキルは、救いようのないくらいに低かった。
食べ終えて、二人で仲良く食器類を片付ける。
そして、その間に沸かしておいたお風呂に、促されるまま入る。
ゆっくり体を温めてからお風呂を出れば、バスタオルを手に今日も悠君が待っている。
「ずっとやりたかったんだ」
そう言って彼は私の髪をふかふかのバスタオルで拭き、ドライヤーで乾かしてくれる。
鼻歌まじりに楽しそうに私の髪を乾かす彼は、とても幸せそうだ。
なんでも霊体の時から、悠君は私の世話がしたくてたまらなかったらしい。よくわからない欲求である。おそらく彼は、尋常ではない世話好きなのだろう。
髪の隙間から地肌を滑る彼の指が、心地良くて私は思わず目を細める。
「花衣、別に今更無理して下着をつけなくてもいいぞ。見慣れてるから」
「そういうことを言わないで……」
こうしてリビングにいる際は、悠君から贈られた着心地の良い柔らかな素材のルームウェアの下に、マナーとしてちゃんとブラジャーをつけている。
幽霊だった彼の前で、いつでもノーブラ短パンタンクトップというかなり終わっている格好で、フローリングに直接あぐらをかいて座って、ストロング系発泡酒を一気に煽っていたどうしようもない過去を、できるならば消したい。
背中に触れ合った部分から、笑いを堪える彼の震えが伝わってくる。それにすら、ぞくぞくとなにやらもどかしい熱が体に走るのだから、おそらく私は欲求不満なのだろう。辛い。
「ほら、終わったぞ」
彼に丁寧に乾かしてもらった髪はサラサラで艶々だ。ちゃんと手入れをするとこんなにも差が出るんだなあと思う。ひとりで暮らしていた時なんて洗い晒しがザラだった。
悠君の織りなす丁寧な暮らしの前に、私の健康指数とお洒落度数はうなぎ上りだが、女としてのプライドはズタボロである。
入れ替わるように、悠君がお風呂にはいる。
私は素晴らしき低反発の大きなソファに寝っ転がって、まったりと彼の戻りを待つ。
こんなずぼらな女と一緒に暮らしていて、彼は本当に嫌にならないのかと心配になるが、いつも幸せそうに私の世話をしているので、まあ、多分問題ないのだろう。
私から動かなければ、私たちの関係は、きっといつまで経ってもこのままだ。
それはそれで幸せなのだろうが、肉体がある以上は、ちゃんと欲もあって。
ぼうっとこれからについて考えていると、悠君がお風呂から出てきた。
さっきのお返しにと、私は悠君をソファーに座らせて、ドライヤーで彼の髪を乾かす。
彼の髪は真っ直ぐで、サラサラで、指通りもいい。
「どこかおかゆいところはございませんかー?」
美容院のノリでそんなことを言ってみれば、彼はまたクスクスと笑ってくれた。
この体勢なら、彼の顔は見えない。勇気を出して、言ってみようか。
ふと、心の中に魔が差した。
「……ねえ、悠君」
少し緊張に震える声で、彼の名を呼ぶ。すると彼はすぐに顔を上に向けた。
思いの外、顔と顔の距離が近くて、私は動揺する。
悠君も驚いたのだろう。こんなにも間近で目が合うなんて初めてのことだ。そして、吸い込まれるように、彼の顔が近づいてきて————。
「っ! あぶなかった……」
悠君が慌てて自分の手で口を塞いだ。私は夢から覚めたような心持ちになる。
もう少しだったのに、と。そう惜しむ自分がいた。
「……同意なくこういうことをしちゃダメだよな。ごめん」
そして悠君は、肩を落として今日も紳士的に謝ってきた。どうやら彼から私に顔を近づけてきたらしい。
————それはつまり、あなたは私にキスをしたかったってことでしょう?
そう考えたら、もうたまらなかった。私だって、したかったから。
「……ねえ、悠君」
「……ん? !!」
名を呼んで、振り返った彼のその無防備な唇に、私は勇気を振り絞って、自分の唇を触れ合わせた。
拙い、本当に触れるだけのキスだ。彼の唇は思った以上に柔らかく、温かかった。
そっと離れてその表情を窺ってみれば、悠君は信じられないとばかりに目を見開き、固まっていた。
その視線に堪えられなくなった私は、もう一度彼の唇に自分の唇をぐっと押し付ける。
すると、それまで固まっていた悠君の唇が、まるで何かを食むように動き出した。
驚いて身を引こうとすれば、知らぬ間に伸ばされていた彼の手によって、後頭部を拘束され逃げられなくなっていた。
「んっ! んん——っ!」
やがて、私の口腔内に彼の熱い舌が入り込んでくる。そして思わず怯えて喉奥へ逃げ込もうとした私の舌を絡め取り、吸い上げて、引きずり出す。
くちゅくちゅといやらしい水音が聞こえる。流し込まれた彼の唾液を受け止めきれず、口角からこぼしてしまう。
唇を重ねたまま、悠君が笑う気配がした。途端に我に返った私は恥ずかしくなってしまう。
そんな私の心の動きに気づいたのか、また彼の舌が私の中へと伸ばされる。
上顎をくすぐり、歯の列をなぞり、隙間なく丹念に、口腔内を探られる。
「はっ、あ……」
呼吸が苦しくて、何やら卑猥な声が漏れてしまう。
ようやく解放されたときには、私は脱力してしまって、ヘナヘナとリビングの大理石の床にへたり込んでしまった。
初めてのキスなのに、なんでこんな濃厚な事態になってしまったのか。
「花衣……」
どろりとした甘ったるい声で名前を呼ばれ、私は彼を見上げた。いつも穏やかな彼の目が、獰猛な光を宿していた。
その目に、私はこのまま彼に食べられてしまいたいと思った。
悠君に向けて両腕を差し出せば、彼は私を軽々と抱き上げた。ああ、こんな風に彼に抱き上げてもらうのは二度目だったと思い出す。一度目の時は熱でほとんど覚えていないけれど。
「……すき」
私はあの時のように彼の首にしがみつき、その耳元に、そっと呟いた。こくりと、彼の喉が音を立てて嚥下する。そして、彼は私を抱き上げたまま歩き始める。
その目には余裕がないのに、私を運ぶ手つきは丁重そのものだ。万が一にも私を傷つけないよう、宝物のように、大切に運んでくれる。
そして、悠君の部屋へと連れ込まれた。その中央に鎮座するのは、クィーンサイズの大きなベッドだ。
その上へゆっくりと下され、すぐに覆いかぶるように彼がのしかかってくる。
私の心臓が跳ね上がり、あまりの緊張に頭の中で思考がぐるぐると空回りし、そして重大な事実に気づいた。
私は慌てて悠君の胸元に両手を当てて、必死に押し留めようとする。
その瞬間、彼の目に悲しみの色がよぎるのを見て、勘違いされたくなくて、私は叫んだ。
「だめ……! 私、今、下着の上下が合ってない……!」
悠君の目の悲しみの色は吹き飛び、そして点になった。
形も柄も色も見事にバラバラだ。こんなことになるなんてまったく思ってなかったから、完全に油断していた。
とてもお見せできるものではないと、思わず声に出してそう嘆けば、悠君は噴き出して、声を上げて笑った。
「大丈夫だよ。そんなの、可愛いだけだ」
笑いすぎて滲んだ目を拭い、そして彼は容赦無く、するりと私のルームウェアをまくり上げてしまう。
そして剥き出しになった私の肌を、彼は眩しげに目を細めて見つめる。
「しかも私、この年齢でまさかの初めてでして! ご迷惑をおかけするやも……!」
私は恋愛にはとんと縁がなく、運もなく。二十六歳に至るまで、全くそういった経験がない、まっさらな体だった。
すると悠君は目を見開いて、そしてまた噴き出した。
「大丈夫だよ。そんなの、嬉しいだけだ」
本当に嬉しそうに笑って、彼は私の体へと手を伸ばす。
「恥ずかしいなら、いっそとっとと外してしまおうか」
そしてそんなことを言って、器用に私のブラジャーのフックを外してしまうと、ルームウェアごとひとまとめにして私の首から抜き取り、脱がしてしまった。
ふるりとこぼれ出た大きくもなければ小さくもない、ごく平均的な私の胸を、やはりじっくりと見られる。
なにやら余計に恥ずかしい事態になっている。男性に自分の胸を晒すなんて、もちろん生まれて初めてだ。
思わず手で隠そうとすれば、悠君は左手で私の両手首をひとまとめにして、頭の上で拘束してしまった。
なんとか身をよじってそこを隠そうとすれば、むしろ彼に向かって胸を突き出すような形になってしまう。
「綺麗な薄紅色だね。色が白いから、まるで花弁みたいだ」
悠君はそんなことを言って、私の胸の頂きをペロリと舌で舐め上げた。
「んんっ!」
痛痒いようなツンとした感覚とともに、ぷっくりと乳首が膨れるのがわかる。まるでもっと舐めて欲しいと請うように、色を濃くしてその存在を主張する。
そんな自分の体のいやらしい反応に耐えられず、私は思わずギュッと目をつぶってしまう。
「こっちもちゃんといじってあげるね」
すると彼は、空いている方の右手で、やはり空いている方の私の胸を優しく揉み上げ、そして指の腹で、勃ち上がった乳首を擦り上げた。
そのまま悠君は私の胸をしつこく吸い上げ、歯を当てたり、舌を色づいた一帯にそって舐めたりと執拗に愛撫し続ける。
始めはくすぐったさが勝っていたのに、次第に甘い疼きばかりを拾い始め、なぜか触れられてもいない下腹部から、きゅうきゅうと体の内側に向けて締め付けられるような感覚がする。
思わず膝を擦り合わせたくなるような、うずうずとした熱が脚の隙間に集まり始めた。
「ん、あ、ああっ!」
腰を揺らし、必死に溜まっていく快感に耐える私を、悠君は幸せそうに見ている。
「ねえ、下も触っていい?」
そんなお伺いにも、私は情けない顔でこくこくと頷く。一刻も早くそこに集まる熱を、解放して欲しかった。
彼は私の下肢に腕を伸ばし、やはりルームウェアとショーツを一緒に下ろして足から抜き取ってしまうと、その剥き出しになった太腿の隙間に腕を差し込み、私の脚を大きく開かせた。
そして、そこに自分の体を滑り込ませ、冷たい外気に触れてわななく私の秘所にそっと指を這わせた。
触れるか触れないかという強さで、そこにある割れ目をそっと撫でてくれる。そのたびに腰がびくびくと跳ねてしまう。
「あ、んーっ!」