父の訃報を受け、留学先の英国から帰国した希羽は、義兄の周と十年ぶりの再会を果たす。実父を亡くした希羽に常に寄り添い、昔と同じように溺愛してくる周に惹かれるが、この想いは義兄に対して抱いてはいけないもの。それなのに、「今夜だけでいい、私を受け入れてくれ」ある晩、周から乞われ、一度だけと決めて彼に身を任せるけれど……!?
「……雨がうるさい」
外は雨。
ベッドの上に座りこみ、周が低い声で、呻くように訴える。
「……ひどい夢を見た……」
「にいさま、お顔が真っ青よ……」
周の大きな手は、すっかり強張ってしまっていた。
希羽はその強張りを解こうと、周の手を両手で包みこんだ。
「……希羽。寒い」
「本当ね。手も、こんなに冷えちゃって……どうしよう……」
夢の余韻なのか、周の手は小刻みに震えている。手を離すことも、思い詰めたような表情の周から目を離すこともできないまま、希羽は膝立ちになり、両手を伸ばした。
大きく、たくましい周の肩から背中にかけて腕を回し、力いっぱい抱き締める。
「希羽?」
「じっとしててね。温めてあげるから」
希羽がそう言って指先を黒髪の中に指先を潜りこませると、さらりとした洗いざらしの髪は見た目よりずっとやわらかく、かすかにシャンプーの香りがした。
小さな子どもをあやすように、周の頭を、希羽の肩に抱き寄せる。
希羽は意識していなかったものの、その抱擁は、ふたりが初めて出逢ったときとよく似ていた。
どれくらい、そうしていただろう。
周の肩が、小さく震える。
「にいさま? どうしたの? まだ寒い?」
見てみると、周は希羽の肩に額を預け、必死になって笑いをこらえていた。
「ちょっと、にいさま?」
「すまない……が、あまりにきみの肩が小さくて……ふふっ」
どうにも、笑いをこらえきれなくなってしまったらしい。
肩を揺らして笑い続ける周に、希羽は安堵した。もう、いつもの周に戻ったようだ。
「笑えるようになったなら、大丈夫ね。びっくりしたんだから」
「悪かった。笑わないから、続きを頼む」
「だめ。もう、ハグしてあげない」
希羽がぷいっと顔をそらした途端、周の胸の中へと強引に引き寄せられた。
そのまま、息もできないくらいの力で抱きすくめられる。
「……!?」
一瞬、本気で抱き潰されてしまうのではないかと思った。
それくらい、強い力だ。遠慮のない力加減でぎゅうぎゅうと抱き締められて、背骨が軋む。肺が押し潰されて、息ができない。
「にいさま、苦し……っ」
懸命に声を絞り出し、腕を精いっぱい突っぱねて、訴える。
「だめだ」
周の声は厳しかった。
「今の言葉は撤回しなさい。撤回するまで離さない」
「……………………」
希羽は周の胸に頬を押しつけられた姿勢のまま、しばらく黙った。
周は希羽を強く抱き締め続け、それでも、希羽の呼吸ができる程度には力を調整してくれているようだった。そうでなかったら今ごろ、希羽の背骨は、折れてしまっているに違いない。
苦しいはずの抱擁が、何故か、ひどく甘く感じられる。
小さく息を吸いこみ、目を瞑って――希羽は、周に全神経を集中させた。
酒を飲んだときよりも身体がふわふわして、心地よい。
周のそばにいるだけで、希羽の心は酔いしれて理性を失いそうになってしまう。
――ほんの少しの間だけ、こうしていたい。
本音を、そのまま口にすることはできなかった。
だって、兄妹でこんなことをするなんて変だ。
希羽も周も、もう子どもではないのだから。
仲の良い兄妹で済ませられる年齢ではないのだから。
――このことは一生、秘密にしなくてはだめ。私がにいさまに恋していることを、知られてしまってはだめ。
希羽の初恋は始まりもしなければ、終わりもない。
周の呼気を肌で感じ取りながら、自嘲する。
――ロンドンで、他の誰かを好きになれるかと思っていたけれど……無理だった。
親しくなった男子生徒たちから、デートを申しこまれたことは何度もある。
でも希羽は、彼らを恋愛対象として見ることができなかった。
初めて会ったあの日から今まで、希羽の心の真ん中には、周がいる。
周しかいない。
でも、と希羽は想う。
――一生誰とも結婚しないで、にいさまへの恋心をそっと胸にしまっておくくらいのことは、許されるよね……?
希羽が答えるまで、周は何も言わなかった。
ただ希羽をきつく抱き締め、返事を待っている。その間、腕の拘束は緩まない。
周の手が、肩から腰の下部へ、するりと撫で下ろす。
希羽はかすかに悲鳴を上げた。
「……っ、撤回する。撤回するから離して、にいさま」
仮にも自分は妹なのだから、こんな情熱的な抱擁はしないでほしい。
ところが、周は止まらなかった。
「周にいさま?」
周の指が希羽の肩甲骨を悩ましく指先で辿り、首筋に熱い唇を押し当てられる。
お互い薄着で、薄い布一枚しか隔てるものがない。希羽は慌てた。
「ちょっと待ってにいさま、そんなふうにしないで」
背中を反らして一所懸命、周から逃れようとすることを、周は許さない。
長い腕が希羽に巻きつき、唇が希羽のこめかみに、額に、頤の先に。
耳の後ろのやわらかな皮膚に、寝間着から覗く鎖骨に。
希羽の薄茶色の髪の手触りを楽しむように弄り、耳たぶを舌先でくすぐって、寝間着を胸が剥き出しになるくらい引き下ろされる。
希羽が抵抗する暇もないくらい、流れるようなしぐさだった。
「に、……………………」
にいさま、と呼ぼうとした唇も塞がれてしまった。
唇同士を擦り合わせるようにして顔を動かし、周が希羽の唇を強引に開かせ、舌を絡め合わせる。
希羽にとってのファーストキスは、未だかつて想像したことすらないほど濃厚で、頭がくらくらした。
――にいさまが私にキスしてる……? どうして……?
周のリードは彼と同じように強引でそしてあまく、彼の唾液を口の中に送りこまれて飲みこまされる。同様に希羽の唾液を周が強く吸い上げて飲みこむ音を聞いたときは恥ずかしさのあまり、全身の血が沸騰するかと思った。
「っは、ふ…………っんぅ……」
熱くて獰猛な獣のような舌が、希羽の口の中を楽しんでいる。
あらゆるところを舐め、味わい、口腔の熱さや感触を堪能している。
希羽は半裸にされた状態でいつのまにかベッドに押し倒されていて、手首をがっちりと押さえこまれていた。
名残惜しげに口づけを解いた周の舌が、希羽の顎を辿り、首の付け根、そして胸もとへと、熱い痕を残しながら降りていく。
「待ってにいさま、やめて」
希羽は、震える声を絞り出す。怖くて震えているのではない。
生まれて初めての官能的な触れ方に、どうしたらいいのかわからないだけだ。
「怖いかい?」
周の静かな問いかけに、きっぱりと答える。これだけは、はっきりしている。
「ううん。にいさまがすることだから」
希羽は周になら、殺されたって構わないのだ。
――にいさまが、そうしたいのなら。
「……無理をしなくてもいい」
周が希羽の手首を取って、やわらかい内側にキスをした。
希羽の肩が、びくっと跳ね上がるのを見て苦く、男臭く笑う。
「……怯えているね」
希羽は、ふるふると首を振った。
「違う、びっくりしただけ……私、にいさまになら何をされてもいいの。でも、これ以上はだめ。私たちは、兄妹なんだから。こんなことをしたらだめ」
ガウンを脱ぎ去った周が、剥き出しになった希羽の胸に顔を埋める。
「あっ」
周の動きには躊躇いがない。
そして縋る。
「お願いだ、希羽。私を受け入れてくれ――今夜だけでいい。私には、きみが必要なんだ」
涙を出さずに泣いているようなその声が、希羽の胸をひどく締めつけた。
雨はまだ止まない。
深く傷ついているこの人を慰めたい、と、心から思う。
たとえそれが、道徳に背く行為であろうとも――周が、望むのであれば。
「今夜、だけ……?」
希羽が、躊躇いがちに、戸惑いがちに、吐息に混ぜて囁く。
周はそれには答えず、物狂おしいほど滾った双眸で希羽を見つめていた。
一夜だけなら、許されるだろうか。
――明日になって、また、普通の兄妹に戻れるなら……。
希羽には自信がない。
でも、今のこの周を放っておくことはできなかった。
だから、頷く。
次の瞬間、感極まったような口づけが降ってきた。
周を受け入れるべき場所を、長い指が犯す。
映画や小説から得た知識で、希羽は性行為を、もっとさらりとしたロマンチックな触れ合いだと解釈していた。
実際は汗と唾液と愛液とが混じり合い、みっともなく恥ずかしくて、獣じみている。
心臓は破れそうなくらい激しく脈を打っているし、一体この先どうなることかと思うと怖くて全身落ち着かない。
一糸まとわぬ姿で周の腕に抱かれ、太腿に周の手が這うなど初めてだ。
下着を取り去った下肢を大きく開かされるととても心もとなくて、不安になる。
――裸をまじまじと見られるのって、恥ずかしすぎる……!
それなのに、いやだとは思えないのだ。
希羽は耐えきれなくなって、両手で顔を覆った。
「にいさま……もう、や……恥ずかしい……」
周は希羽の下肢を弄りつつ、上半身に覆い被さるようにしてのしかかり、白い胸を舌で吸ったり転がしたりと、淫猥な悪戯を続けている。
真上から希羽の裸体にのしかかり、肌という肌を密着させる。
その重み、湿度、匂い、感触。
希羽は、茫然としながら、周のすることに翻弄されていた。
男の素肌は筋肉質で引き締まり、鋼のように固くて重いのに――触れているだけで、胸がどきどき昂ぶるのと同時に安心する。
恥ずかしい。
やめないで。
もうやめて。
もっと、して。
さまざまな感情が一気に押し寄せてきて、目が回りそうだった。
世の中の女性たちは初めて男性に抱かれるとき、皆、こんな複雑な感情に耐えているのだろうか。
希羽が両腕を目の上でクロスさせ、喉の奥で、何かを訴える。
それに気づいた周が、希羽の胸に手を這わせたまま顔を上げた。
「ん? 何だい、希羽?」
「胸、吸っちゃ、だめ……」
希羽は周に顔を見られないよう隠し、いやいやをするようにぐずる。
「そこを吸われると、変なところが、じんじん熱くなるからだめ……」
周が、一瞬目を丸くする。
それから、凶悪なほどにあまく微笑んだ。
「変なところって、どこ?」
羞恥のあまり、きゅ、と唇を噛んで、希羽が声を絞り出す。
「……お腹の、奥…………」
「――いいね。そんなことを言われたら、もっときつく吸ってあげたくなる」
有言実行。
派手な音を立てて、きつくきつく吸い上げられる。
「あー……っ!」
希羽は悲鳴を上げながら大きく仰け反った。
「やっ、やめてって言ってるのに、どうして……っ」
左右の乳首を交互に、痺れが走るくらいに吸われ続ける。
希羽の背中が痙攣して、息が絶え絶えになって、目の端に涙が浮かぶ。
力が抜けてしまった身体では、抵抗らしい抵抗をすることもできなかった。
「やあ、やだ、やだってば…………!」
希羽の声が涙混じりになってきたことに気づき、周が上半身を起こした。
ベッドに肘をついて希羽の顔を真上から覗きこみ、微笑する。
「私を煽るようなことを言うきみが悪い。それとも、もっと手荒にされたいか?」
希羽が、小さく息を飲んだ。
全身から雄の凶暴さを漂わせた周は、今まで希羽が見たことのない『男』の顔をしていたからだ。
獲物に狙いを定めた肉食獣のような瞳をしているのに、男の濃厚な色気が希羽を捕らえて酔わせる。何度も何度も、角度を変えて、強さを変えて。
右の胸も左の胸も、長い時間をかけて丁寧にじっくりと愛撫されて、くっきりとしたキスマークが花びらのように散らされる。
白い胸の先で、散々に吸い上げられて真っ赤に充血させられた乳首が、男の唾液に濡れ光ってつんと尖る。
「可愛いね。こんなに感じて……食べてしまおうか」
乳首にも乳房にも、周が遠慮なく歯を立てる。
「ひ…………っ! …………っ!」
希羽の身体が、びくんびくんと跳ね上がった。
身体に走るびりびりとした感覚が痛みなのかそれとも快楽なのか、わからない。
周が吐息だけで笑って、希羽の肩を押さえつける。
「だめだよ、希羽。じっとしていなさい。足がもっと痛くなってしまうよ」
テーピングを巻いた上から、周の手がそっと希羽の足首を愛おしそうに撫でる。
「――だって……」
希羽の顔は真っ赤で、はあはあと肩で息をしていた。
胸を刺激されるのももちろんのこと、足を開きっぱなしにされているのも恥ずかしい。
足の間に周が陣取り、剥き出しの熱塊を希羽に押しつけているのは、もっと恥ずかしかった。
濃い下生えの中で立ち上がる熱塊がどれだけ熱を帯び、激しく脈打っているかが、見なくてもじかに伝わってきてしまう。
何もかもが初めての希羽には、刺激が強すぎた。
「ずいぶんと色っぽい顔になった。希羽が、胸をいじめられるのが好きだとは知らなかった。私の天使は、ずいぶんと感じやすい身体をしていたんだね」
「違う……私、天使なんかじゃないし、感じやすくなんて……」
そう言おうとしたのに、周はまたしても希羽の胸に顔を埋めてしまう。
「これで、感じてないって言うのか? 嘘をつくのが下手だな」
小さく尖った乳首を舌先で転がされ、希羽は耐えきれずに首を左右に大きく振って暴れた。
「ん、んぅ、んー……っ」
「こら、暴れない」
足首を掴まれ、周の腰に絡みつけるように誘導される。
「私に胸を触られるのは嫌なのか?」
「いや……痛いし、恥ずかしい……」
「痛い? 本当に?」
周が肉厚の舌を尖らせ、敏感になりすぎた乳首の先端をこりこりと嬲る。
「やあ、それ、だめ! そんなふうにするの、や……!」
かすれた悲鳴を上げた希羽が咄嗟に身体を捻って逃げようとするのを許さず、情熱的な目が希羽の瞳を支配した。
「言ってごらん、希羽。『もっと強く吸って、希羽をいじめて』と」
「や! そんなの、絶対言えない! にいさまの馬鹿、変態!」
周の漆黒の双眸が、きらりと光る。
「――ふうん?」
片方の乳首に舌を絡ませて、ちゅ、ちゅ、と軽く吸われる。
「あ、あ、あ」
優しい愛撫に希羽の身体が蕩けだしたところで、激しく、容赦なく吸い上げる。
緩急自在の攻めに、希羽はなす術もない。
「希羽の身体は、どこもかしこもあまいね。舌が蕩けそうだ」