「もっと深くまでキミを教えて」移動販売の生花店を営む美桜は、自分を庇って事故に遭い記憶を失くした想い人・玲の婚約者と間違えられ、彼のサポートを任されることに。「もっとキミを知りたい」――婚約者として甘く触れてくる玲に戸惑いつつも、彼を愛する気持ちに抗えず、密な時間を重ねてしまう。彼の愛に溺れ、婚約者を演じるたびに美桜の切ない気持ちは募っていき…。
「もっと美桜を知りたい。いや、思い出したい」
囁くように言い、玲は美桜の肩を引き寄せ唇を合わせた。
温室でしたキスとは温度が違うのがわかる。唇の合わせ目はすぐに割られ、そこから玲の舌が侵入を果たす。緩んだ歯の隙間から伸ばされた舌は、すぐに美桜のそれを見つけて絡みついた。
「……っふ」
美桜の肩を引き寄せ、より密着を促す。美桜を右手で抱き込み、左半身がぴたりと彼にくっついた。
たぶん心臓の高ぶりは彼に容易に伝わっているだろう。少し冷えた彼の体温が、美桜の体温で中和されていく。
そのぬくもりを感じている隙に玲は美桜の口腔内を好き勝手に貪っていた。頰の裏から上顎、下顎とくまなく舌が這い、美桜の呼吸を弾ませる。ねろりとした舌の感触が気持ちよく、それでいていやらしさを孕んでいた。
「玲、さ……」
キスの合間に名前を呼ぶと、彼も「美桜」と呼び返す。そのかすれた声が耳孔をくすぐり、脳神経を麻痺させる。陶酔に近い感覚でふわりと体が浮きそうだ。
そんなキスに夢中になっているうちに、玲の手が美桜のセーターの裾から潜り込んできた。とっさにキスを解き、戸惑いいっぱいに彼を見つめる。
「もっと深くまで美桜を教えて」
「……深く?」
「記憶を失くす前にしていたように」
つまりキスのその先と言いたいのだろう。
「で、でも、体がまだ……!」
突然迎えた展開に焦って言い訳を探す。彼の体が万全でないのはもちろん、なにしろ記憶を失くす前にもそんなことはしていない。
「最後まではしない。ただ美桜に触れたいだけだ」
最初の言葉が必要以上に美桜の鼓動を弾ませる。動揺してなにも返せないが、好きな人にそう懇願されて断れる人はそうそういないだろう。
気持ちを落ち着けるために控えめに深呼吸をした。
「……少しだけなら」
素肌に触れる程度であればと頷く。恋人なのに拒むのはおかしい。
玲は熱のこもった目元にわずかに笑みを浮かべ、美桜の唇を再び塞いだ。
彼の手が一度侵入を止めたセーターの裾から忍び込む。少しひんやりした手のひらが背中を撫で、すぐに美桜の体温に馴染んでくる。そうなると意識は自然とキスに注がれるようになり、玲の舌に応えようと必死に自分のそれを動かす。
彼に誘導されるがまま絡め、吸われ、荒くなる呼吸。美桜は肩を上下に弾ませ、彼のセーターをしっかりと握る。普段穏やかな玲からは想像もつかない情熱的な口づけに、完全に酔っていた。
そんなキスに没頭していると、唐突に胸に解放感を覚える。ブラジャーのホックが外されたのだと気づいたときには、玲の手が美桜のやわらかな膨らみを包み込もうとしていた。
「――ま、待って」
唇を解き、彼の手を思わず摑む。
「どうして?」
玲が不思議そうに見つめた。美桜がストップをかけたのがまるで理解できないといった目だ。
「触れるだけじゃ……」
〝ないんですか?〟が続かない。
「そうだけど?」
騙してはいないだろう? と、その目が言っている。
たしかに噓は言っていない。背中だろうと胸だろうと触れること自体、動作は同じだ。
「……じゃ、ちょっとだけ」
丸め込まれた気がしなくもない。
「そう、ちょっとだけ」
玲は妖しく微笑み、美桜の言葉を繰り返した。
彼の手がウエストラインから胸元にツツツと上がってくるのを、息を詰めて待ち構える。
男性とこういった行為をするのは初めてのため全身に緊張が走り、背中がピンと伸びた。
いざ膨らみに到達したときには、無意識に息を吸い込みそのまま呼吸を止める。優しく包み込まれ、壊れ物でも扱うように揉み上げられたそのとき、美桜の唇から震えがちな吐息が漏れた。
円を描くようにゆっくりと思えば、少し強めに揉まれる。美桜の緊張が解れるのを待っているのか、それともやわらかさを楽しんでいるのか、しばらくその膨らみを堪能したあと――。
真ん中に存在する蕾を親指がくにゃりと押し潰した。
「きゃっ……!」
思いも寄らない刺激を与えられて背筋が反る。そのせいで彼に胸を突き出す格好になり、まるで〝どうぞ〟と自分から差し出したみたいだ。
その反応で好感触を得たか、玲は尖端をカリカリと指先で引っ掻いては上下左右にくにくにと弄びはじめた。
「……ぁっ、玲さ……いや……っ」
二十七歳にして初めての恋愛なら、こんな状況も初。どうしたらいいのかわからなくて、体をよじらせて玲にしがみつく以外にない。
「いやっていう反応じゃないのはわかってる?」
決してからかうふうではないが、クスリと笑われて恥ずかしさが込み上げる。
美桜だってわかっている。現に玲が触れた場所から快楽が生まれそうになっているのだから。気持ちがいい。でも、それを認めるのが怖くもある。
「もっと美桜に触れてもいいよね」
そう言っている間にも蕾に触れる指先は動きを止めない。芯を持ち、硬く尖ってきているのは美桜も気づいていた。
「んぁっ、……ハァ……」
声を我慢していたのは最初だけ。堪えきれずに甘く零れる吐息が答えとなり、玲は「唇でも感じたい」といきなりインナーもろともセーターをたくし上げた。
「そんな、待って!」
手で制すが、とろんとして力が抜けていたため反応が遅れる。玲に先んじられて上半身が露わになる。それもホックが外れてカップは浮いた状態だ。
慌てて両腕をクロスさせて胸を隠したが、玲に「腕、どかそうか」と言われて仕方なく下ろした。
玲の声も言葉も、そして眼差しもとても危険だ。決して強く言われているわけではないのに、どういうわけか素直に従わざるを得なくなる。強さを秘めた甘い要求に抗えない。
空調が利いているため寒くはないが、恥ずかしさで体が震える。
玲はソファから降り、美桜の前に両膝をついた。
「怪我が」
ラグを敷いているとはいえ、硬いフロアに足をつくのは体に障るのではないかと気が気でないが、玲は「大丈夫だ」と取り合わない。所在なく自分の両膝の上に手を置く美桜を下からしっとりと見上げ、身動きを封じる。
不格好に浮いたままのブラジャーを上にずらそうと手を伸ばされても、ピクリとも動けなかった。視線というロープにでも巻かれたよう。
軽く首を横に振り、玲の唇から息が漏れる。
「参ったな」
「……どうしたんですか?」
まじまじと見られて身の置きどころがないうえ、言葉の真意が摑めない。
「こんなに美しい体を隠し持っていたとはね」
「そんなことないです……!」
反射的にもう一度手で胸を隠そうとしたが、今度は彼の手で止められた。
「こんな体を覚えていないなんて情けない。滑らかな白い肌も桜色に色づいた胸も、綺麗だから隠すのはナシだ」
そう言うなり玲が美桜の胸元に顔を埋める。硬くなった尖端に唇が触れた途端、甘い痺れが全身を走った。
「あぁっ……!」
ぬるりとした舌が突起を舐め上げ、指先とは違う感触に身悶える。背筋を伸ばしているのも限界になり、ソファの背もたれに体を預けた。
呼吸が荒くなるせいで胸は上下し、お腹がヒクついて痙攣でも起こしたよう。もう片方の胸は指先で尖ったしこりを転がされ、どちらも堪えがたい快楽を美桜に与える。体の中心がじくじくしてくるのを否応にも感じさせられた。
「美桜、見てごらん」
閉じていた目を開けると、首のあたりでまとめられたセーターの向こうには赤く色づき、ピンと尖った頂があった。玲の唾液で濡れ、いやらしく光っている。
感じる様も体自体も、自分のものではないみたい。見ていられず目を逸らした。
「恥ずかしい?」
小刻みに首を縦に振る。太陽は完全に落ちたが、部屋は煌々と明かりがついている。まざまざと自分の痴態を見せられ、羞恥で顔は真っ赤だ。
それなのに下腹部に覚える疼きが、美桜の呼吸を平常には戻してくれない。足をもぞもぞと動かしていると、どういうわけか玲は美桜のスカートの中に手を差し込んできた。
「玲さん!?」
「こっちも触れていいだろう?」
お伺いのはずなのに美桜の返事を聞くつもりはないらしく、止まることなく手が奥へ奥へと突き進んでいく。
「待っ――ぁんっ」
体を起こして制止しようとしたが、色づいた胸の頂を口に含まれたため叶わず。ソファの背もたれに軽くバウンドして体が沈んだ。硬くした舌先で転がされ、引き止めようとする言葉は嬌声になるばかり。
彼の手はその隙を突き、力の緩んだ美桜の腿を割って足の付け根に辿り着いた。ストッキングとショーツの上から割れ目をなぞられ、スイッチが入ったみたいに背中が弓なりになる。
「――やっ!」
「濡れてる」
玲に指摘されて顔が熱い。セックスの経験はなくても、女性の体がどんな反応をするのかは知っている。自分が今まさにその状態になっているのは、キスをしているときには〝もしかして〟と自覚していた。
胸に触れられたときもそう。玲の指にショーツ越しに撫でられ、その感触を実際に知らしめられた。ピタッと張りついた布は、濡れているからこそだ。
「ごめん、美桜。先に脱がしてあげればよかったね」
それじゃ最初からこのつもりだったの? と聞く余裕はない。
玲は指先を引っかけ、ショーツとストッキングを下ろしにかかった。
お尻を持ち上げて自分から脱がせやすいようにしたのは、玲の命令に逆らえないからだけではない。恋人なら拒むのはおかしいというのも建前。美桜自身も、玲ともっと深く触れ合いたいと願っているから。羞恥を超えるその想いに突き動かされたからにほかならない。
ショーツを取り払われ、下半身がスカート一枚の艶姿になる。そのスカートさえもたくし上げられてしまったから、意味を成さないが。
明るい部屋で、まさか玲に美桜のすべてを見られる事態になるなんて思いもしなかった。
でもその恥ずかしさもまた、美桜の情欲を呼び覚ます。
「美桜の体はどこもかしこも綺麗だな」
上半身を晒したときのように、玲がため息交じりに呟く。
「このままずっと見ていたいくらいだ」
「そんなの困ります」
「それは早く触ってほしいってことだね」
「ち、違っ」
首を横に振るが、必ずしも間違ってはいない。
とはいえ美桜は未経験。玲が美桜の足を開かせようとしたため、つい手を伸ばして止めにかかる。
「どうして?」
塗り替えられた記憶を持つ彼にとってこういう行為は初めてではないはずだから、疑問に思うのも当然だろう。
愛し合っていればあたり前の成り行き。あからさまに初心な反応は場にそぐわない。
美桜がもっとも恐れるのは、ふたりの関係性を不審がられること。だからここは、恥ずかしがっている場合ではない。
腹を括り、彼の手を解放する。
(ここまできたら、もう引き返せないよね)
玲にそっぽを向かれたくない。
「いい子だね」
玲は優しく微笑んだ。しかしその瞳には、たしかに劣情が滲んでいる。普段美桜に見せる紳士的なものとは違う、どことなく野生じみた色だ。
そして美桜は、その目に胸を高ぶらせずにはいられない。
玲の両手が今度こそ美桜の足を大きく開いていく。彼に晒しているのは、膝を立てて開脚したあられもない姿。美桜は顔を背け、恥ずかしさから目を逸らす以外に手立てがない。
「まるで穢れのない美しさだ」
美しいかどうかはおいておき、穢れがないというのは事実だ。その部分は、まだ誰も知らない。
感じ入ったように囁いた玲の指が、秘めてきた部分にいよいよ触れる。
「――っ」