妹の身代わりで婚活パーティに参加したら、勤務先の〝美しすぎる〟社長、瞬一郎と出会ってしまった鈴蘭。彼に鈴蘭の「双子の妹」だと勘違いされ、熱心に交際を申し込まれることに! 「俺にはどうしてもあなたが必要なんです」近寄りがたい美貌と生真面目な性格から女性と長続きしないという瞬一郎の素顔に接し、次第に彼に惹かれていく鈴蘭は……!?
「ほんの少し、慈愛をください」
「えーと、具体的には」
「あなたにキスする権利を、俺に」
ここまで一度も許可を求めなかったくせに、今さらキスの権利を欲する彼が、何を言おうとしているのかわからないほど鈴蘭だって無知ではない。瞬一郎のいう許可は、唇へのキスの意味だ。
「……わたしがダメって言ったらしないの?」
「許可をいただけるまで懇願しますよ?」
「それって、許可は必要なのかなあ」
想像していたよりも、彼の胸筋は鍛えられている。その上にうつ伏せになった格好で、鈴蘭は小さく笑った。
「必要です。あなたの同意がなければ、キスに意味なんてありません」
たかがキス、されどキス。
互いの唇を重ねるのと、手をつなぐのには、どのくらいの差があるのだろう。皮膚の接触という意味では、どちらも似たようなものだ。それでも、やはりキスには格別な意味合いがある。
大人の恋は難しい。
瞬一郎がキスにどれほどの理由を求めているのかわからないのに、うなずいていいのだろうか。
――こんなきれいな顔をした男の人が、わたしなんかとキスしたいの?
恋は顔じゃない。人は見た目より中身だ。
他者に対してはそう思えるのに、相手が自分を見るときに同じことだと思えないのはなぜだろう。瞬一郎が好意を寄せてくれているのは理解している。だが、頭のどこかで思う。どうしてわたしなんかと、と。
「わたし、瞬一郎さんにそんなに好きになってもらえるようなこと、何かした?」
率直に言葉にして彼を見つめる。
わからないことは、考えて答えが出る場合と、自分の中に答えがない場合がある。
相手の感情ならば鈴蘭がいくら考えたところでわかりようがないのだから、きちんと言葉で確認すればいいのだ。
「知り合ったばかりだし、会った回数だって……」
「長く相手を知っていれば好きになるのが普通ですか?」
だが、彼の答えは鈴蘭の知りたいことから少しだけ道をそれていた。
「何度も会うことで好きになるというのなら、一目惚れが成立しなくなってしまいます。それに俺は、あなたが何かしてくれたから好きになるわけではありません。ただ、好きでどうしようもないんです」
彼の言うことはもっともだと思う。
一目惚れはありえないにしても、鈴蘭だって相手が何かをしてくれたから好きになるわけではない。恋は平等な天秤の上には存在せず、いつだって特定の相手を一方的に特別視することから始まる。言ってしまえば、誰かに恋をするということは超個人的なひいきに似ている。
「……理由なんて、ないのかな」
「あったとして、それを説明したら椎原さんは俺を好きになってくれるのでしょうか?」
少しだけ寂しげに、彼が目を細めた。
瞬一郎に一目惚れをしてはいない。
これまで仕事上で彼とかかわってきて、恋をしたわけではない。
けれど、『白百合』としてふたりきりで特別な時間を過ごしてきた今、彼に対して何も感情がないと言えば嘘になる。
賽は投げられ、舞台の幕はとうに切って落とされているのだ。
――きっと、わたしが白百合の代わりにあの婚活パーティーに参加したときから、物語は始まっていた。
だとしたら、今さらまな板の鯉がどうあがこうと後戻りできるものではない。
ソファから転がり落ちて。
彼の上に落ちて。
恋に落ちた自分を自覚する。
もう、キスを拒む理由はない。
「……じゃあ、わたしがしたいって思うから、許可します」
彼の唇に人差し指でそっとふれる。
これは偽りの恋だと頭でわかっていながら、心は目の前の欲望に忠実になっていた。
偽っているのは名前で、心ではない。そんな言い訳が通用するかは別として、彼を、眞野瞬一郎というひとりの男性を好きだと気づいてしまったのだ。
「ありがとうございます、椎原さん」
――そういえば、今日はやけに名字で呼ばれる気が……
そんなことを考えながら目を閉じる。
初めて会った面接のとき、彼とこんな関係になるだなんて考えもしなかった。
なんて美しい男性だろう。この世にはこんな美貌に恵まれた人がいるのか。しかも会社を起業するとは、若くして才気あふれる彼を前に、天は二物を与えずなんて嘘だと思った。
それが、今のふたりの関係につながるとは思いもよらなかった。
時間が引き伸ばされ、一秒が十秒にも百秒にも感じられる。ゆっくりと近づいてくる唇の気配。かすかに触れる吐息。もどかしさに、胸がじりじりと焦げていく。
「ん……っ……」
そしてついに、互いの唇が甘く重なり合った。
どちらからともなく唇の重なる角度を変えては、やわらかくあたたかなキスを繰り返す。初めて触れる瞬一郎の唇は、少しぎこちない。けれど、驚くほど鈴蘭に馴染んでいた。
最初は初々しさを感じさせたキスが、反復によって上達していく。互いの鼻が当たらない角度を、ひたいがぶつからない位置を、瞬一郎が探っていくのが手にとるようにわかった。
――今まで恋愛がうまくいかなかったって、もしかしてキスも初めて……?
「キスは……こんなに気持ちがいいものなんですね……」
「っは、待って、ちょっと」
「待てそうにありません。もっとあなたを教えてください」
これほどまで強く求められた経験はなかった。優しく抱きしめられているのに、その腕は力強く、決して鈴蘭を離すつもりはないと訴えてくる。
長いキスに息苦しくなり、顔をそらすとその先にまた彼の唇が追いかけてきた。
どこへ逃げても逃げ場はない。まるでそう教え込むように、瞬一郎が鈴蘭の唇を求める。
甘やかな攻防戦が続き、気づけば彼のキスで何も考えられなくなってしまう。
「っ……ん……!」
なので、彼が不意に舌を絡ませてきたとき、自分が口を開いて彼を招き入れたことにも気づいていなかった。
逃げを打つ体を、長い両腕が抱きとめる。自分の体重をかけてしまわないよう、かろうじてラグの上についた両手が心もとない。
「あなたが、好きです」
唇を重ねたまま、吐息混じりの告白を受けるとどうしようもないほどに心が焦れた。
「舌入れていいとは言ってない……っ」
「でも、俺を受け入れてくれますよね?」
とても初心者とは思えない冷静な声で、けれど舌先の動きはひどく情熱的に、瞬一郎がキスを深めてくる。
「こ……んなの、紳士的じゃな……」
両手の力が抜ける。肘からカクンと崩れ落ちそうになった鈴蘭を、瞬一郎がやわらかく抱きとめた。
「紳士たるもの、何もせずに女性とひと晩を過ごすなどありえないと教わったのですが、それは間違った情報なのでしょうか?」
――そういえば、白百合もそんなことを言ってたけど……
ふと、瞬一郎の発言が妹の言葉に重なるのを感じた。
鈴蘭が知らないだけで、最近の若い子の認識がそうなのか。何か人気のコンテンツでそういう言い回しがあるのか。
悩んでいると、彼はわずかな当惑をごくりと呑み込んだ――ように見えた。喉仏が軽く上下し、それを合図に再度唇を貪られる。
「んっ……」
「紳士的な男性が好ましいとあなたは言いました。俺がそうでないのなら、ちゃんと教えてください。俺は、椎原さんに好かれたいんです」
――だったら、息ができないようなキスは遠慮して!
告白されるより、よほど想いが伝わってくるキスだった。
執拗に舌を絡ませ、鈴蘭の口を大きく開けさせて、瞬一郎が音を立ててくちづけを繰り返す。唇と唇を重ねるだけがキスではないとわかっていても、彼のキスは情熱的に過ぎた。
「好きです、椎原さん……」
ラグの上で、瞬一郎が鈴蘭を強く抱きしめて告げる。
「あなたが好きすぎて、どうしたらいいかわからなくなりそうですよ」
「どうしたら、って……ん、ふっ……」
逃げかけた唇を追いかけて、彼は噛みつくようにキスをする。
「アイスクリームをしまっていただいてよかったです」
「え?」
「今、ここにあったら俺の熱で溶けてしまったでしょうから」
ふ、と相好を崩した瞬一郎は、まばゆいくらいに美しかった。
§ § §
指が、溶ける。
錯覚だとわかっていても、瞬一郎はそう思わずにいられない。
「っ……ぁ、あ……」
うつむいて目を伏せて、瞬一郎をまたいだ彼女が小さく声をもらす。スカートの中に入り込んだ指が、優しい彼女の甘く乱れた女の部分を埋めていた。
「熱くなっていますね、椎原さんの中」
あえて名前を呼ぶのを避ける。
彼女のほんとうの名前を、自分は聞いていない。もともと知っているけれど、彼女から名乗ってもらっていない。
「そ……なこと、言わないで……」
下着をつけたまま、彼女の隘路を右手の中指と薬指で撹拌する。指の根元にあたたかな蜜がたまっているのが感じられた。
「言ってはいけませんか?」
「っっ……ず、かしい」
「聞こえません。もっと俺に聞こえるように、はっきり伝えてください」
自分の中に、こんな感情があることを瞬一郎は知らなかった。
羞恥に赤らむ彼女を、もっともっと困らせたい――
彼女は泣きそうに目尻を赤く染め、浅い呼吸の下であえぐように口を開く。
「は、ずかし……から……っ」
「恥ずかしがっているあなたも、とても魅力的ですよ」
控えめな陰唇が蜜に濡れて指とこすれる。指を締めつける粘膜は、侵略者である瞬一郎からするとあまりにか弱い。
懸命に指の受け入れを拒む蜜路だが、こんなにも甘く蕩けてしまっていては締めつけすらも快楽の呼び水だ。指を揺らしながら、ここに自分の欲望を打ち込んだらどれほどの快楽だろうと考えずにはいられなくなる。
弱々しく、それでいてひしとしがみつくように指を締めつける彼女の体。
幼い子どもがイヤイヤと首を振るような所作で、彼女が体の内側で爆ぜる悦びを必死にこらえている。
――ああ、なんて愛らしい姿だろう。
「もぉ、指、や……っ」
「まだ、途中までしか入れていません。それなのに嫌になってしまったんですか?」
あと数センチ、瞬一郎の指は余裕を残していた。
あまりに狭くいたいけな秘所に、わずかながら躊躇がある。男性にしては指の太いほうではないと思うが、このか弱い敏感な部分に奥まで指を挿入していいのか。彼女は苦しかったり、痛かったりはしないだろうか。
「わ、たしばかり、こんなの……っ」
頬を真っ赤に染めて、彼女がかすかに恨みがましいまなざしを向けてきた。
「俺が同じように感じていては、優しくできなくなってしまいます」
心からの本音だ。
彼女ひとりを乱れさせているように見えて、瞬一郎とて冷静なわけではない。すでに体は熱く滾り、愛しい女性を抱きたくてたまらない。暴発寸前でありながら、焼ききれそうな理性を保っていられるのは、まだその悦びを知らないゆえだ。
――一度抱いたら、この人を決して手放せなくなる。
心のどこかに、その気持ちがあった。
無論、最初から手放すつもりなどありはしない。しかし、あくまでこちらの心情である。彼女が自分と同じ温度で交際をしていない現実が見えていないわけではないのだ。
――あるいは、絶対に俺から離れていかないようにつなぎとめるために抱くのか?
何をもって絶対というのかはわからないが、少なくともその確率を上げる方法なら知っている。
愛情の行為は、生殖行為にほかならない。
だが、そんな卑怯なことをして愛しい女性に嫌われるのは避けるべきだ。
ほしいのは彼女の心。
清らかな関係では物足りないと思いながら、それでもなお自分と同じだけ彼女が愛してくれることを願ってしまう。
「教えてください。俺の指で感じるあなたを知りたいんです」
「っ、あ、あっ……!」
がくがくと細い腰が揺れ、これ以上はないほどに指が食いしめられる。まるで自分のものを直接締めつけられているような錯覚に、屹立した昂りがびくんと跳ねた。
「ダメ、そんな、指……、奥まで……っ」
「ここ、ですか?」
「やぁ、ああ、ァ……んっ」
彼女の声が高まるのを察して、瞬一郎は一箇所を重点的に攻める。
「どうして、ダメ、そこ、ダメだって、あ、あっ」
「あなたは素直で愛らしくて美しいです。どうぞ快楽もそのまま、素直に受け止めてください。そして俺の前で、もっともっとみだらに咲きほこってください」