「もっとしっかり俺を知って」
小夜子の幼なじみの千颯は、次期社長を期待される御曹司なうえに超イケメン。惹かれつつ身分差を感じてきた小夜子だけど、彼女の上京を機に千颯の提案で同居がスタートし!? 「はじめて会ったときから君だけが好きだ」――あるきっかけで千颯の熱情を思い知った小夜子。ずっと幼なじみの関係を壊せないでいた彼女は、溺愛に体ごと蕩かされていき…!
「だ、大丈夫? 足挫いてない!?」
慌てる千颯の腕のなかで、千颯を最も早くお風呂に入らせる方法を思いついた。これで断られたら、大人しく先にお風呂を使わせてもらおう。
千颯から漂うわずかな香水の良い香りが私の心臓をドキドキさせて、本当にこの方法でいいのか判断を鈍らせる。だけど……。
「挫いてない、助けてくれてありがとう。……このまま、一緒にお風呂に入っちゃおう?」
「……えっ?」
「千颯は私を先に入らせたがる、私は雨に濡れてる千颯にも風邪を引いてほしくないから先に入ってほしい。なので、一緒に入ろ?」
「だ、だ、だからって、それは……!」
……やっぱりダメか。捨て身のアイデアだったけど、千颯を困らせただけだった。
とんでもないことを口走ったおかげで、汗をかくほど体が温まる。
「小夜子ちゃん、そんなに俺のこと心配してくれてるんだ……」
「ん?」
千颯はなにかを決意したように、赤い顔をしながらも私を見つめた。
「わかった。入る。小夜子ちゃんとお風呂に入る。……十分経ったらお風呂場に行くから先に入っていて」
言い出しっぺは私なのに、千颯から改めて一緒に入ると言われ驚いてしまった。千颯は私の顔をじっと見たあと、慎重にソファーに座らせ「寝室に行ってる」と言い残して去っていった。
暑いほど室温が上がったリビングに、毛布ぐるぐる巻きでソファーに取り残された私。
「本当に、千颯とお風呂に入ることになっちゃった……」
十分したら、と時計を見て、慌てて身をよじり毛布から脱出する。
「早くしないと……っ、千颯が入ってくる前に、髪と体を洗って……や、髪は間に合わないから夜中にもう一度お風呂に入ることにして……」
私は使わせてもらっている部屋に飛び込み、ベッドの上に広がっていた今朝脱ぎ捨てた部屋着と、下着一式を手に取りお風呂場に滑り込んだ。
これまた広い脱衣場で髪をクリップでまとめ上げ、スキニーを脱ぎはじめる。
「……っ、きっつい! 濡れてきゅっと縮んで、するっと抜けない……!」
ジタバタする必死な自分の様子が大きな鏡に映る。かなり強い力でやっと脱ぎ、急いで浴室に入った。
ファミリー向けなだけあり、洗い場はゆったりとして湯船も大きい。いつもはリラックスタイムになる入浴も、今日は必死だ。
シャワーを出してドキドキしながら体を洗っている最中、もしかしてこれは千颯の巧妙な作戦ではないかとふと思いはじめた。
押してもダメなら引いてみな。この状況はまさにその通りで、千颯は一緒に入るつもりなんてなかったのかもしれない。
一緒に入ると私に言い、十分後と伝えられて慌てた私が一番にお風呂に入る。
待ち過ぎて茹だった私がお風呂を出るころ、水分補給のための飲み物を用意してくれながら、「作戦成功〜」なんて千颯が笑う……そんな想像が頭に浮かんだ。
「でも、千颯は私に嘘なんて吐いたことない」
くる? こない? わからないまま、泡まみれの体を綺麗に流し、湯船に浸かった。
どっちにしろ、答えはもうすぐわかる。でも今回は、私のために嘘を吐いた可能性もある。
はあー……っと大きく息を吐いて、両足を思い切り伸ばす。
多分こないな、お風呂を出たら玄関に脱ぎっぱなしの服を回収しなきゃ……。あっ! 千颯にブラジャー姿を見られちゃったんだった。
「あー……」
考えることが多い……なんて頭を湯船に預けていたら、脱衣場から「もう、入っていい?」なんて千颯の声がした。
こないだろうと半分思っていたから、それはもう驚いた。伸ばしていた足を即座に引っ込めたら、バシャッなんて大きな音が立ってしまった。
「あのっ、さすがに明るいなかではあれだから……! 電気消そう? 体を先に洗うよね? 私後ろ向いてるから……っ!」
一気に言い、すぐさま体を洗う姿を見ないように体ごと後ろを向き目を閉じた。
心臓がどくん、どくんと脈を打つ。緊張して心臓を口から吐き出しそうな感覚に耐える。心臓は忙しいのに、耳は些細な音まで全部拾おうとしてしまう。
浴室の向こう、千颯が服を脱ぐ、ちょっとした動きが立てる小さな音が続く。それから音がやんで、「じゃあ、電気を消すからね」と声がかかった。
浴室の戸が開く音、すぐにシャワーを出した様子を真後ろから感じる。薄く目を開けると、浴室の電気は消えたけど、脱衣場はついたままだったので……浴室も湯船のなかも結構見える。
失敗した。せめて、お湯が濁るような入浴剤を入れれば良かった。
シャワーの音を聞きながら、どうかこのまま永遠に止まらないでくれ!なんて勝手なことを願ってしまう。
そのうちにシャワーが止まり、私は強く目を瞑った。
一緒にお風呂に入ろうなんて、冷静に考えたら良くなかった。土下座でもしてお願いして、先に入ってもらえば良かった。
だって、よく考えても考えなくても、私たちは幼なじみだけど男と女で──!
端に寄っていた私の隣から、ぼちゃんと質量を感じる音がしたと同時に、ザバーッとお風呂のお湯が溢れた。
入っちゃった。本当に千颯と一緒にお風呂に入っちゃった。
自分の顔や体が全部熱くなっていく。強く瞑ったままの目を開けるタイミングがまったくわからない。
完全にうろたえていると、「小夜子ちゃん」と名前を呼ばれた。
私は覚悟を決めて、そろりと目を開ける。
シャワーを浴びたあとの濡れ髪をかき上げて、色っぽい千颯が真剣な顔で私を見ていた。
お風呂のなか、しかも薄暗がりだからくっきりはっきり見えるわけではないけれど、恥ずかしいにもほどがあった。
「ち、ちはやぁ……」
なんだか情けない声を出してしまうと、千颯は「ほら〜」と言わんこっちゃないという風だ。
「だって、千颯が風邪引いちゃうと思って咄嗟に思いついたから……」
「さっきみたいなこと、絶対に金輪際、他の男には言わないでね」
「絶対に金輪際って、千颯にしか言わないよ、一緒にお風呂に入ろうなんて」
千颯は、「あ〜……」なんて声を出す。それが絶妙に浴室に響いて、私は縮こまってしまった。
「……俺、小夜子ちゃんに煽られるの、嫌いじゃない。でも、いまはギリギリ理性を保ってる」
ドキンとした。
紳士な千颯は、いままで私の前ではそういった欲みたいな感情を出したことはなかった。もちろん、行動でもだ。
私は千颯への気持ちを抑え込んで、幼なじみという心地よい関係が長く続くことを必死に願っていた。
だけど、千颯とより距離が近くなって、もう抑え込むのは無理だと悟った。これ以上、隠すのは意味がないかもしれない。
「私にも……そういうの、あるよ。でもそれを千颯に知られたら、長く続けてきた幼なじみっていう関係が終わっちゃうって。それに……千颯と私じゃ、身分差じゃないけど育った環境に違いがあり過ぎて……っ」
言ってしまった。結局幼なじみという関係を壊すきっかけを作ったのは、私だった。
「そんなの、身分差なんてないよ……っ」
気づくと、千颯の大きな体に抱きしめられていた。直接肌が合うと、私はなぜか胸がいっぱいになって目頭が熱くなった。
「千颯」
千颯は抱きしめた腕を緩めた。それから端正な顔を泣きそうにして、私のおでこに自分のおでこを一度くっつけて離した。
「はじめて出会った、助けてもらったあのときから、俺は小夜子ちゃんだけが好きだよ。大好きだ。小夜子ちゃんだけが世界で一番大切な女の子だよ」
薄暗がりのなかでも、わかる。いま千颯は緊張してるのに、しっかりと私に気持ちを伝えようと目をそらさずにいてくれている。
優しい千颯。泣きそうになるくらい、心をさらけ出してくれているんだ。
その気持ちは、身分差とかなんとか理由をつけていた私の心の真ん中を決定的に貫いた。
私は泣きそうになっている自覚があって、そのまま千颯の首に腕を回す。
お湯がちゃぷんと肌にぶつかり、音を立てる。
「千颯の告白、嬉しい。私もだよ、私も千颯が好き」
唇がすぐにでも触れ合う距離で、想いを伝えた。千颯が息を詰めて、私にキスをしようとするのがわかった。
私が千颯の首に腕を回しているから、胸が千颯の肌にぴったりと触れている。そこからこのドキドキは必ず伝わっているはずだ。
少しだけ体を離して目を閉じると、すぐに唇に柔らかい感触がした。それはすぐに離れて、「嬉しくて死にそう」と千颯が呟く。
「……ダメ、やっと好きだって言えたのに、死んだら怒る。それにいまのが、生まれてはじめてのキスなんだから、これからもたくさんしたい」
恥ずかしい気持ちもあったけれど、それ以上に触れ合うのが気持ち良くて、私からも唇を重ねる。だけど、掠めるだけで精一杯だ。
見つめ合って、もう一度キスをする。離れるのが寂しくて、体はどんどん熱くなっていく。
ついばむような軽いキスを繰り返すうちに、わずかな唇の隙間から千颯が舌をそろりと差し込んできた。
舌先をそうっとつつかれて、どうしていいかわからず引っ込めると、千颯の舌は歯列をなぞりはじめる。
さっきのキスがはじめてだった私には、この状況はもう完全にキャパオーバーだ。ふたりでお風呂に入り、抱き合ってキスをするなんて、数時間前の私には想像もできていなかった。
「……んっ、ふ、んんっ」
「ふふ、小夜子ちゃんの舌……逃げ回ってる」
千颯の大きな手のひらが、私の頬を包む。息継ぎしたくて唇を離そうとしても、すぐに千颯の唇に塞がれる。
大きな犬みたいで可愛かった千颯は、欲を滲ませる野生の狼みたいだ。キスをして、たまに唇を離して私の耳たぶをはんだり、首筋をぺろりと味見でもするように舐める。
そのたびに私の体ははじめての快感で、ぴくぴくと小さく反応してしまう。
お互いに額に汗をかきながら触れ合っているうちに、のぼせる直前まできてしまった。
「千颯、私もうのぼせそう……」
「じゃあ、このまま小夜子ちゃんを抱っこして、俺の寝室まで運ぶね」
「このままって……あっ!」
千颯は私を再びお姫様抱っこすると、湯船からザバッと立ち上がった。
「わ、うそっ、なんで」
「これからも俺以外の男になんて目もくれないように、もっとしっかり俺を知ってほしいんだ。小夜子ちゃん以外の女の子には興味がなかったからはじめてだけど、優しくする自信だけならめちゃくちゃある!」
だから、ダメ?なんて可愛く千颯に聞かれて、断れる人類なんて存在するんだろうか。私は千颯に好きと言えたことで、なんだかもっともっと、千颯が大好きになった。
「もう、そんなに可愛く言われたら、断れるわけないでしょう……?」
頬に唇を押し当てると、千颯は「夢みたいだ」なんて言って笑った。
はじめて入った千颯の寝室は、家具も寝具もシックな色でまとめられたシンプルな部屋だった。観葉植物などがあるのは、なんだか意外だ。
さりげなく置いてあるオーディオ類やパソコンなどは、きっととても高価なものだろう。棚には仕事に関する本がたくさん並び、勉強家の一面を見た。
寝室では、千颯の私生活というものをとても強く感じる。私は千颯のことを深く知っているようで、実は知らないことも多いのだと思い知る。
お風呂から上がってびしょ濡れの私をベッドに下ろし、千颯は脱衣場から持ってきたバスタオルで拭いた。
熱い視線を肌に強烈に感じると、お腹の奥がずくりと疼く。千颯はそれを感じ取っているのか、私の髪を留めたクリップを外しながら首筋にキスを落とした。
寝室は暖房がついていて寒さは感じないけれど、明かりがついているのがすごく気になる。
私は無駄な抵抗だと頭ではわかりつつ、胸や下半身を必死に手で隠しながら「明かりを消して」と必死に頼んだ。
千颯はあっさりと、明かりを最小に絞ってくれた。
「遮光カーテンだから、明かりを消すとお互いの顔も見えなくなると思う。だから少しだけ明かりをつけさせてね」
そう言うと、私を拭き終わったバスタオルでぱぱっと自分の体も拭きはじめた。その引きしまったバランスの取れた体、それに……さっきからずっとおへそにつきそうなくらい、勃ち上がっている性器に目がいってしまう。
薄暗がりのなかでも、立派なものがしっかりと自己主張していたのだ。
抱きしめられたときにも、その体の逞しさを感じながら……私の体に当たってるモノに気づいていた。
千颯は長身だし、しっかりした体つきだ。だからそれに合わせて性器もこんなに……なんて考えてしまう。千颯は私の視線の先を見て、にこりとする。
「見て。小夜子ちゃんを目の前にして、こんなになってるんだ」
「あ、ありがとう。でも、でもね、そんな大きいと……入らないかも?」
「今夜は入らなくてもいいんだ。小夜子ちゃんに好きって言ってもらえただけで、それにキスできただけで嬉しいから。あとは、体にもいっぱいキスしたい……」
千颯が私に覆いかぶさり、さっきまで流れていた空気が、欲っぽい色に変わる。お互いにもう裸なのに、気恥ずかしさで目のやり場に困ってしまう。
「俺のこと、好きになってくれてありがとう。大好きだよ」