「もっと触れたい」
CM制作に携わる佑花は、眉目秀麗な棋士・奨と仕事がきっかけで意気投合する。対局では堂々としている彼が、実は極度のあがり症だと知り、たっての願いで一緒に対人スキルを磨くことに。そんな中、惹かれ合う二人は急接近。求め合うまま一夜を過ごしてしまい…!? 身分差を感じて一度は離れた彼女だが、甘すぎる秘密の逢瀬で身体ごと蕩かされて――。
「沢崎さんは、ここからどうやって帰るつもりですか?」
突然そう問いかけられ、佑花は顔を上げて答える。
「わたしの自宅はこの次の駅ですから、酔い覚ましに歩いて帰ろうと思います」
「それは駄目です。こんな人気の少ない時間帯に女性が一人で歩いて帰るなんて、何があるかわかりません」
「でも夜のジョギングを日課にしていて、このくらいの時間になることがわりと頻繁にありますし。仕事で終電になるのにも慣れてますから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
すると彼がこちらを見下ろし、ふいに意外なことを言う。
「では言い方を変えます。――僕はあなたと、もう少し一緒にいたい。だからこれから、うちに来ませんか」
日生の言葉があまりにも予想外で、佑花は驚いて彼を見つめる。
雑多な匂いのする風が足元を吹き抜け、髪を揺らした。日生がマスク越しに言葉を続ける。
「沢崎さんと会ったのはCM撮影の現場で、その後ジョギングで会うようになって何度か会話をしましたけど、僕があがり症だと知っても引かなかったばかりか、なかなかスムーズに話せないときも言葉が出るまで根気強く待ってくれました。あなたの発言はいつも前向きで一緒にいて元気になれましたし、何より僕を変に特別視しないところにホッとしたんです」
「それは……」
それは自分が、将棋についてよく知らないからだ。
そんなふうに考えて言いよどむ佑花を前に、彼が再び口を開いた。
「今日は対局に負けてひどく落ち込んでいるところで飲みに誘ってもらえ、いい気晴らしになりました。沢崎さんの仕事に対する考え方は共感できましたし、長い時間一緒にいても緊張せず、むしろもっと一緒にいたいという気持ちがこみ上げたんです」
「…………」
「いかがですか」
心臓がドクドクと速い鼓動を刻み、頬がじわりと赤らんでいく。
まさか日生からこんなアプローチをされるとは思わず、何と返事をしていいかわからなかった。これまで彼とは仕事の延長として接しており、自分なりに線を引いていたつもりだ。
(でも――)
日生の整った容姿、将棋モードと素のギャップに、興味を引かれていなかったと言ったら嘘になる。
CM制作という仕事柄、これまで芸能人に間近で接したことは何度もあるが、彼ほど端整な顔立ちの男性は見たことない。容貌が整っているだけではなく、対局中の知的で静謐な雰囲気が魅力的で、撮影中は思わず見惚れてしまった。
一方で、あがり症な素の顔も佑花は嫌いではない。純朴なその様子は将棋をしているときとは真逆と言っていいものの、受け答えから誠実さや真面目さが伝わってきて悪い印象はなかった。
(それに……)
初めて酒を酌み交わした二時間余り、日生の将棋に対する真剣さや勝負への執念、「今まで真面目に取り組んできたからこそ、大一番で負けたことが悔しい」という思いが強く伝わってきて、佑花は彼を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。
もちろんただの知人程度の自分がそんなことを考えるのはおこがましいという自覚はあり、日生には伝えていない。だがこんなふうに言ってくるということは、こちらの心境はダダ洩れだったということだろうか。
さほど恋愛慣れしているわけではない佑花だが、「もう少し一緒にいたい」「だからこれから、うちに来ませんか」という言葉が示す意味くらいはわかっている。
(どうしよう。ここで断ったら、日生さんは今後二度とわたしに会わない気がする。でもこの人の言葉は、一体どこまで本気なんだろ)
出会ってからまだ一ヵ月も経っておらず、互いの人となりを完全にわかっているとは言いきれない。
だが日生が真面目な性格であること、そして自分が彼と離れがたい気持ちを抱いているのは事実で、佑花は逡巡の末に腹を括る。そしてドキドキと高鳴る胸の鼓動を意識しつつ、口を開いた。
「わかりました。……じゃあ、ちょっとだけお邪魔させていただきます」
すると日生がマスクの下でぶわっと顔を赤らめ、ぎこちない口調で言う。
「そ、そうですか」
「はい」
「僕の自宅は、このマンションの二十一階なんです。行きましょう」
今まで〝対局モード〟で冷静な印象だったのに、急に素の顔を出すのを見た佑花は、内心「可愛い」と思う。そして彼の後をついてタワーマンションのエントランスに入り、そのスタイリッシュさに圧倒された。
(えっ、まるでホテルみたい。日生さん、こんなところに住んでるの?)
高級ホテルを思わせる雰囲気のエントランスロビーを抜け、エレベーターホールに向かう。
カードキーでエレベーターを呼び、最上階にある日生の自宅に入った佑花は、自分の場違いさを痛感していた。ごく平均的なサラリーマン家庭で育ったため、今までこんなすごいマンション
に入ったことはない。
通された室内は右手に四畳半ほどの広さのカウンターキッチンがあり、リビングは続き間が開
け放されていて、トータルで二十畳近い広さだった。佑花が入り口で立ち尽くしていると、こち
らを振り向いた彼がマスクを外して言った。
「――抱きしめていいですか」
「えっ? あ……っ」
腕の中に抱きすくめられてドキリとしたのも束の間、日生が佑花の髪に鼻先を埋めてくる。
彼の身体の大きさや硬さをつぶさに感じ、心臓が飛び出しそうにドキドキしていた。ここまで来てしまったものの、まだ心には躊躇いの気持ちもある。
(日生さんはあがり症だし、もしかして今まで女の人とつきあった経験がないのかな。だったらわたしがリードするべき?)
内心ひどく葛藤した佑花だったが、そんな心配は杞憂だった。
唇を塞いできた日生は、一度表面を押し当てたあとすぐに離れる。再び顔を寄せてきた彼の舌が口腔に押し入り、思いのほか巧みなキスに佑花は翻弄された。
「ぅっ……んっ、……は……っ」
緩やかに絡める動きは決して強引ではないのに、舌先で側面や口蓋をなぞられた途端、ゾクゾクと官能がこみ上げる。
そうかと思うと舌を強く吸われ、喉奥まで深く探られて、佑花は日生のスーツの胸元を強くつかんだ。互いの呼気から日本酒の香りがしていて、その匂いに酔いを助長される気がする。
やがて唇を離されたとき、佑花はすっかり息を乱していた。こちらの手を引いて彼が向かったのは、リビングの左手にある寝室だ。そこは八畳ほどの広さで、グレーと白を基調としたシックな色味で統一されており、観葉植物が彩りを添えている。
「あ、あの、日生さん……」
首筋に唇を這わされつつベッドに押し倒されかけた佑花は、日生の腕に触れて声を上げる。
「何ですか」
「ここまで来て言うのも何ですけど、その、避妊具とかは……」
もし用意がないのなら、行為を中断しなければならない。言外にそう告げると、返ってきたのは思わぬ言葉だった。
「ありますから、大丈夫です」
「そ、そうですか」
本来なら安堵する場面なのだろうが、佑花はその言葉に心をチクリと刺された気持ちになる。
(てっきり未経験なのかと思ってたけど、日生さん、したことがあるんだ。それとも普段からこ
うして誰かをマンションに連れ込んでる……?)
そんなふうにモヤモヤした佑花だったが、彼の手がカットソーの下に潜り込んできて、ビクッと身体が跳ねる。
大きな手が腹部を撫で、ブラ越しに胸のふくらみに触れて、思わず息を詰めた。そうしながらも日生の唇が耳朶を食み、かすかに感じる吐息に首をすくめる。
「あ……っ」
耳の形をなぞった舌先が耳孔をくすぐり、ダイレクトに感じる濡れた音に官能を煽られる。胸のふくらみをやんわり揉まれた佑花は、「今日はどんな下着を着けてたっけ」と一抹の不安を抱いた。
(もしかしたら、上下セットじゃなかったかも。だって日生さんと駅で偶然会って、まさかこんな流れになると思わなかったから……)
日生がこちらの上衣に手をかけ、カーディガンとトップスを脱がせてくる。
再び身を屈めた彼がブラの上から胸の頂を噛んできて、佑花は「あっ!」と声を上げた。カップをずらしてふくらみをあらわにした日生が、先端に舌を這わせてくる。
濡れた舌が乳暈をなぞり、ちゅっと音を立てて吸い上げてきて、敏感なそこはすぐに芯を持った。
「……っ」
舌先で押し潰したり、くすぐるようにして嬲られ、ぬめる感触に肌が粟立つ。
佑花が息を乱しつつ視線を向けると、先端に舌を這わせている彼と目が合い、かあっと顔が赤らんだ。これまでは冷静沈着な棋士としての顔か、人づきあいに緊張して赤面する顔しか見たことがないが、今の日生はそのどちらでもない表情を見せている。
秀麗な顔立ちの彼が自分の胸のふくらみをつかんで嬲っている姿はひどく煽情的で、瞳に欲情の色があるのが常とは違い、男っぽいその姿を前にした佑花の身体の奥がじんと疼いた。
(どうしよう、こんな顔を見たら……っ)
普段は見せないその顔から、目を離せなくなる。もっと日生に触れられたくて、彼を感じたくてたまらなくなった。佑花は腕を伸ばし、日生の顔を両手で引き寄せると、自ら口づける。彼がすぐに応えてきて、互いに夢中で蒸れた吐息を交ぜた。
「んっ……ぅっ、……は……っ」
キスをしながら、日生が着ているスーツのジャケットを脱がせる。
ネクタイのノットに指を入れて緩めたところ、彼が自分でスルリと解いてそれをベッドの下に放った。そして身体を起こし、ワイシャツのボタンを外して脱ぎ捨てる。
(あ、……)
夜のジョギングのときに見てわかっていたが、日生は肩幅が広く引き締まった男らしい体形を
している。
実用的でしなやかな筋肉がついたその身体はアスリートを思わせる雰囲気で、棋士というイン
ドアな職業だとは信じられない。彼は佑花が穿いているセンタープレスのパンツに手を掛け、脱
がせてきた。
ブラも取り去られ、下着一枚になって所在なく足先を動かすと、日生が再び身を屈めて首筋に
唇を這わせてくる。
「はぁっ……」
彼はこちらの首筋をチロリと舐
な
めながら胸のふくらみを握り込み、先端を指で刺激してくる。
触れられると皮膚の下から疼くような感覚がこみ上げ、思わず眉根が寄った。ひとしきり愛
あいぶ 撫
したあと、日生の手が下着越しに脚の間を探ってきて、太ももがビクッと震える。
「ん……っ」
布越しに割れ目をなぞられる感覚はどこかもどかしく、佑花は彼の腕を挟む太ももに力を込める。
やがてその手が下着の中に入り込んできて、指先が花弁を割った。既に潤んでいた蜜口を探られ、かすかな水音が立つ。ぬめる愛液を塗り広げるように指が動き、花弁の上部にある花芯を押し潰してきて、じんとした甘い愉悦がこみ上げた。
「あっ……!」
ゆるゆると押し回すようにされたり、ぬめりを纏った指で弾かれ、腰が跳ねる。
その力加減は強すぎず絶妙で、佑花が目の前の日生の首にきつくしがみつくと、彼の指が蜜口から中に押し入ってきた。
「んん……っ」
ぬちゅりという粘度のある音と共に指が中に埋められていき、異物感に声が出る。
潤沢に濡れているそこは苦もなく指を受け入れたものの、こうした行為が久しぶりなため、中がひどく狭い気がした。日生は一旦指を奥まで埋めたあとで隘路で行き来させ、少しずつ慣らしていく。
「はっ……ぁっ……」
中に挿れる指を増やされ、ゴツゴツした感触と圧迫感に、佑花は涙目になる。
自分だけが乱されている状況が恥ずかしくてたまらず、秘所から響く淫らな水音を聞きながら、日生に必死に訴えた。
「……っ……日生、さん……」
「何ですか」
「わたしも……日生さんに、触ってもいいですか……?」