天涯孤独の和香は、資産家の娘であると告げられ政略結婚の手駒として父の元に引き取られる。理不尽で辛い日々の中、父の秘書・亘の優しさに触れ、密かな関係に――。はじめて感じる恋の切なさと、与えられる甘い悦び。しかし彼の秘密を知り、自分が利用されているのではという不信感が芽生えるが、とろけるような快感に抗えず今日も亘に抱かれて……。
「――抱きしめていいですか?」
「えっ……、ぁっ」
返事をする間もなく腕を引かれ、彼に抱き寄せられる。
各務の身体は大きく、スーツ越しでも硬く引き締まっているのがわかって、和香の顔が一気に赤くなった。やんわりと抱きしめる腕に力を込め、彼が耳元でささやく。
「すみません、いきなり。あなたはいかにもおしとやかで優しい雰囲気の持ち主なのに、どんなにつらいときも人に頼ろうとせず、必死に一人で立とうとしている。そんな様子を見るたび、抱きしめたくてたまらなくなっていました」
「…………」
和香が一人で耐えようとするのは、その生い立ちが原因だ。
八歳で母を亡くしてから施設で育ったが、すべて他の子どもたちと共用するのが当たり前で、いつも何かを我慢しなくてはならない生活だった。
十八歳でそこを出てからは頼る者は誰もなく、大学に通いながら生活費を稼ぐので精一杯だった。
(でも……)
各務のことは、信じられる。
誰も味方がいない中、たった一人自分を気にかけてくれた彼だけは、どうしても手放したくない。そんな強い思いが心を満たし、和香はそっと各務の背中を抱き返してささやいた。
「謝らなくていいです。わたしは各務さんに抱きしめてもらえてうれしいので」
「そんなことを言ったら、止まらなくなりますよ」
色めいた響きの声にドキリとしつつ、和香は彼の腕の中で答えた。
「と、……止めないでください」
すると各務がわずかに身体を離し、唇を塞いでくる。
彼は和香の反応を確かめるように触れるだけで離れ、拒絶する意思がないのを見ると再び口づけてきた。
「……っ」
合わせから忍び込んできた舌に思わずビクッとしてしまったが、各務は少しずつキスを深くしてくる。
彼の大きな手がうなじに触れ、後頭部を引き寄せながらより深くを探ってきて、和香は喉奥で呻いた。
「……っ、……ん……」
ぬめる舌の感触は想像以上に淫靡で、絡められると頭がぼうっとしてくる。
やがてキスを解かれたとき、和香は目を潤ませて呼吸を乱していた。それを見つめ、各務がこちらの濡れた唇を親指で拭いながら言う。
「和香さん、これまで異性とつきあった経験は?」
「……ありません」
「でしたら今日はもう、ご自宅まで送っていきましょうか。何だかいっぱいいっぱいのようですし」
突然そんな提案をされ、和香は驚いて彼を見つめる。
確かにキスをしたのは初めてで、上手く反応ができなかった。和香は不安になり、各務に向かって問いかけた。
「わ、わたしが上手くできなかったからですか? だから各務さんはその気になれなくて――それで」
「そんなことはありませんよ。ただ、和香さんがこれまで異性との交際経験がないなら、少しずつ段階を踏んだほうがいいのではないかと思ったので」
「だったら……してください」
和香は彼の手を取り、自分の胸元に持っていく。
ドクドクと早鐘のごとく鳴る心臓の鼓動を意識しつつ各務を見つめると、彼はしばらく沈黙したのちに口を開いた。
「後悔しませんか? 今ならまだ引き返せる」
「し、しません。わたしは各務さんが好きなので」
すると各務を取り巻く雰囲気がわずかに変わり、和香は息をのむ。
彼はソファから立ち上がり、こちらの手を取って言った。
「わかりました。――では、寝室に行きましょう」
和香を連れてリビングから出た各務は、廊下の右手にある部屋のドアを開ける。
そこは六畳ほどの広さの寝室で、シックで落ち着いたインテリアだった。戸口で振り向いた彼が身体を抱き寄せ、唇を塞いでくる。和香は各務のスーツのジャケットをつかみ、それを受け止めた。
「ん……っ」
先ほどよりもやや強引に貪ってくる動きに、体温が上がる。
ベッドに押し倒され、上に覆い被さられると、ほんの少し怯えの気持ちがこみ上げた。すると和香の不安に気づいたらしい彼が、微笑んで言った。
「そんな顔をしないでください。できるかぎり優しくしますから」
「あ……っ」
胸のふくらみを手で包み込みながら、首筋に唇を這わされる。
大きな手に揉みしだかれる感触は何ともいえないもので、さほど大きくはないそこが和香はひどく気になった。
「あ、あの、各務さん……」
「どうしました?」
「わたしの胸、あまり大きくなくて、その……」
しどろもどろになる和香を見つめた各務が、小さく噴き出した。
「僕は気にしませんよ。服を脱がせても?」
「は、はい。どうぞ」
カットソーを頭から脱がされ、ブラも取り去られる。
部屋の中は暗いとはいえ、無防備な姿になった和香は落ち着かない気持ちを味わったが、彼はこちらを見下ろしてささやいた。
「きれいですね、和香さんの身体。細いし肌が白くて」
「……っ」
ふくらみをつかみ、先端を舐められて、和香は「あっ」と声を漏らす。
舌の刺激にそこが芯を持ち、硬くなっていくのがわかった。舌先でゆるゆると舐めたあと、押し潰すような動きをされ、じんとした愉悦がこみ上げる。
左右の胸を代わる代わる愛撫され、和香はやるせなく身をよじった。濡れた舌で繰り返し先端を嬲られると、むず痒さに似た感覚がこみ上げて息が乱れる。
やがて愛撫の手を止めた各務が、スーツのジャケットを脱ぎ捨てる。ネクタイを緩め、シャツのボタンを外すと、引き締まった上半身があらわになった。適度に筋肉がついたその身体はしなやかで、男らしい色気がある。
(どうしよう、ドキドキしてきた。わたし、上手くできるかな……)
そんな不安にかられていると、彼が和香のスカートに手を掛けて言った。
「――脱がせますよ」
「あ、……」
スカートとストッキングを取り去られ、下着一枚になる。にわかに羞恥が募った和香は、動揺を誤魔化すように言った。
「あの、各務さんはずっと敬語なんですか?」
「ずっと、とは?」
「こ、こういうことをしているのに敬語を使われると、何だか落ち着かなくて……」
それを聞いた各務が目を丸くし、ふっと笑う。
彼はこちらに覆い被さり、和香の乱れた髪を撫でて言った。
「社長の部下としての節度を守ると、おのずと敬語になってしまいますが。素はこうではありませんよ」
「だったら敬語はやめてください。わたしは各務さんの上司ではありませんし、年下なので」
甘さのにじんだ視線で見つめた各務が、目元にキスをしてくる。思わず首をすくめた和香に、彼はささやくように言った。
「――じゃあ、ここからは素の口調で話そうか」
「……っ」
先ほどに比べて砕けた口調に、和香の胸が高鳴る。
各務の唇が耳朶をなぞり、かすかに触れる吐息にゾクゾクとした感覚がこみ上げた。耳から首筋、鎖骨、胸へと唇が触れ、ときおり肌を吸い上げる動きに身体が跳ねる。
その愛撫は優しく丁寧で、和香の呼吸が乱れていった。やがて彼の手が下着に触れ、布越しに脚の間をなぞる。
「ぁっ……」
そこは既に熱くなっており、触れられた途端にぬるりと滑る感覚があって、和香の顔が赤らんだ。
下着の中に入ってきた指が、花弁を割る。かすかに水音が立つのがわかって、和香は太ももにぐっと力を込めた。