「わからせてやる、どれだけ大切に思っているかを」
騎士団長は偽装夫婦となって、魔力を失った聖女を守り抜くと誓い――
呪いで眠りについていた聖女のセシリア。十年を経て目覚めるも、魔力を失った彼女は辺境に追いやられてしまう。唯一、身を賭して支えてくれる騎士団長のルートヴィヒに惹かれ始めたセシリアは、ある日彼と急接近。するとそれまでの態度から一転、「好きなだけおかしくなればいい」と淫らな熱情で迫るルートヴィヒに、無垢な彼女は翻弄されていき…。
こうして身体を繋げると離れがたい気持ちが強まり、自分が思いのほか彼に依存していたのを自覚する。
世間知らずゆえにこの先の生活に不安があるのはもちろんだが、ルートヴィヒとずっと一緒にいたいという思いが何よりも強く、彼の言葉を強く拒否できない自分に後ろめたさが募った。
そんなセシリアと額を合わせ、ルートヴィヒが想いを込めた声音で言う。
「――好きだ。何を犠牲にしても君を守ると約束するから、俺の傍にいてほしい」
目の前の端整な顔、抱き寄せる腕の強さに胸が締めつけられ、セシリアの目が潤む。
初めて好きになった男性にこんなふうに言われ、うれしくないわけがない。身体の奥には先ほどの行為の余韻が色濃く残っており、慕わしさが強くこみ上げた。
セシリアは彼の胸に顔を埋め、ささやくように答えた。
「わたくしも……ルートヴィヒが好きです。どうかずっと傍にいてください」
それを聞いたルートヴィヒが、改めてこちらの身体を強く抱きしめてくる。
先のことはまったく見通せず、むしろ不安しかない。だが彼のぬくもりに包まれると深い安堵をおぼえ、セシリアはルートヴィヒの背中に腕を回すと、考えることをやめて目を閉じた。
* * *
十月も半ばになると木々が紅葉して落葉が本格的になり、朝晩の気温がぐっと低くなる。
村を囲む山にはかろうじて雪の形跡はないが、おそらく月末頃には初雪が降るに違いない。
そんなことを考えながらラロク村の小さな武器屋で砥ぎ石を見ていたルートヴィヒは、ふと声がしたほうに視線を向けた。
するとそこでは魔法の練習をしている子どもたちとセシリアがいて、何やら話をしている。
十歳くらいの少年は上手く魔法を発することができないらしく、彼女がアドバイスをするとすぐにできるようになって歓声を上げていた。
セシリアがこちらに戻ってきて、ルートヴィヒは彼女に問いかける。
「魔法を教えていたのか?」
「ええ。初歩的な火の魔法ができなくて困っていたから、試しに魔法式を詠唱させてみたの。
そうしたら一箇所間違って覚えていて、『できるようになるまでは、面倒でも繰り返し魔導書を読んで魔法式を覚えたほうがいいわ』って伝えたわ」
セシリアが子どもに魔法を教えるのはこれが初めてではなく、最近は村内で「魔法に詳しく、教え方がとても上手い」と評判になっている。
かつて聖女だった彼女が、魔法に詳しいのは当然だ。しかも聖印魔導庁では日常的に聖女候補生たちの指導をしていたといい、理論も実践も教え慣れている。
しかしその一方、彼女が魔法が使えないのを知って首を傾げている者が多かった。魔力を持って生まれる確率は半々で、ルートヴィヒのように魔法の素養のない人間はまったく珍しくないが、知識があるのに魔力がないというのはひどく歪に映るらしい。
そうした周囲の好奇心がセシリアを傷つけているのではないかとルートヴィヒは心配していたものの、彼女は至って穏やかだ。聖女の修行で必須だったために薬草学や医学にも詳しく、話をするうちにそれに気づいた村人たちから一目置かれている。
(やはり優れた人間は、どんな状況下にあっても頭角を現すんだな。村人たちは自然とセシリアに注目し、彼女に対して敬意を抱き始めている)
そんなセシリアのことが、ルートヴィヒは誇らしくてならない。
人に注目される要因としては、もちろん容姿の美しさもあるはずだ。だが話をするうちに会話からにじみ出る知性や謙虚な態度、世間擦れしていない清らかさに好感を抱くのか、今は村を訪れるとあちこちから声をかけられることが多くなっていた。
「セシリアさん、このあいだ教えてくれた薬草、煮出して飲んだら痛みに本当によく効いたよ」
「それはよかったです」
「これ、うちで作りすぎた惣菜だから、よかったら持っておいき」
「ありがとうございます。いただきます」
食材を買ったあとにいろいろおまけしてもらい、彼女がそれを笑顔で受け取る。
ルートヴィヒが当然のように代わりに持つと、近くにいた革職人の妻が冷やかすように言った。
「仲がいいねえ。最初はまるでご令嬢と従者みたいに見えていたけど、今は旦那がぞっこんなのがよくわかるよ」
「そ、そんな」
セシリアが顔を赤らめ、チラリとこちらを見る。ルートヴィヒは淡々とした口調で応えた。
「――まあ、事実なので」
するとそれを聞いた周囲の村人たちが目を丸くし、どっと笑って口々に言う。
「そりゃあセシリアちゃんみたいに可愛い子が新妻なら、男なら誰でもぞっこんになるさ」
「こーんなに愛想のない顔の旦那が、奥さんにベタ惚れだなんてなあ」
「あら、ルートヴィヒだって相当な色男だよ。あんたとは大違い」
いつまでも話が尽きない彼らに暇を告げ、帰路につく。
愛馬に乗って戻った家は、当初に比べてだいぶ明るい雰囲気になっていた。屋根や床、窓などの傷んだ部分は先に応急処置を施し、今は外壁の本格的な修繕に取りかかっている。
ときどき手が空いた村の男衆が手伝いに来てくれるおかげで、廃屋同然だった住まいは少しずつ快適になってきていた。中は掃除が行き届き、台所にも食器や調理器具が増えている。寝室の寝具にはセシリアが縫ったリネンが掛けられ、温かみを添えていた。
馬を厩舎に入れ、水を与えたルートヴィヒは家の中に入る。するとセシリアが買ってきた食材を冷却の魔法石が入った貯蔵庫にしまっていて、こちらを見て言った。
「今日の夕食は、さっきアデリナさんからいただいたお惣菜がメインでいいかしら。肉団子の煮込み、すごく美味しそうよ」
想いが通じ合って半月が経つ今、彼女は以前より砕けた口調で話すようになっていた。
笑顔が増え、それを見るたびにルートヴィヒはセシリアへのいとおしさを掻き立てられる。
子どもの頃から憧れ続けた存在が自分の恋人になったことは、今まで生きてきた中で一番の僥倖といっても過言ではなかった。
「ルートヴィヒ? ……ん、っ」
手を洗ったあと、隣に立つ彼女の頤を上げて口づけると、セシリアがくぐもった声を漏らす。
口腔に押し入って舌を絡め、吐息を交ぜる動きに、彼女の目がすぐに潤んだ。初めて抱いたとき、体格差があるせいかセシリアはかなりつらそうだった。しかしあれから日を置かずに抱き続けるうち、受け入れるのに慣れて格段に反応がよくなっている。
唇を離したルートヴィヒは、彼女を抱き寄せて耳朶を食み、首筋に顔を埋めた。するとセシリアがこちらを押し留めて言う。
「ま、待って。お夕飯は……」
「あとで俺が用意する。先に抱かせてくれ」
それを聞いた彼女が、ムッと頬を膨らませてルートヴィヒを見た。
「いけません。規則正しい生活をしなければ、人はどんどん自堕落になるものです。あなたも騎士なのですから、己を律することの大切さはよくご存じでしょう」
あえて丁寧な言葉で告げるセシリアには侵しがたい威厳があり、ルートヴィヒは小さく息をついて応える。
「セシリアにそういう言い方をされると、俺は逆らえない。おとなしく夕食の用意をしよう」
確かにこの半月ほどは箍が外れている自覚があり、少し抑えなければと思っていたところだ。
そんなふうに考えながら夕食の材料を取り出そうとしたルートヴィヒのチュニックの袖を、ふいに彼女がつかんでくる。見下ろすと、セシリアはうつむきがちに小さな声で言った。
「きつい言い方をしてごめんなさい。あの、夜なら構わないから……だから」
申し訳なさそうに謝ってくるのが可愛くて、微笑んだルートヴィヒは彼女の髪にキスをする。
「俺のほうが悪いんだから、気にしてない。じゃがいもの皮を剥いてくれるか」
その日の夕食は、村でもらった肉団子のトマト煮込みをメインに、こんがりと焼いたソーセージにローストした玉ねぎと茹でたじゃがいもを添えたもの、紫キャベツの酢漬け、パンとチーズ、スープという献立で、主にルートヴィヒが調理した。
セシリアは使った調理器具や食器を洗ったり洗濯や掃除などをしてくれるため、どちらかに負担がかかっているということはない。食後に酒を飲みながら剣とナイフ、狩りに使う矢尻の手入れを終えたルートヴィヒは、やがて道具を片づける。
すると入浴を終えたセシリアが濡れ髪を拭きながら居間にやって来て、彼女と入れ違いに浴室に向かった。全身を清めたあとにセシリアの寝室のドアをノックしたものの、応えはない。
中に入ると、ベッドに横倒しになった彼女が穏やかな寝息を立てていた。
「――……」
どうやらルートヴィヒを待っているうちに、眠ってしまったらしい。
セシリアの傍には開いたままの魔法理論の本があり、難解な文章が並んでいる。彼女は相変わらず失った魔力を取り戻すための努力をしており、それを見たルートヴィヒは何ともいえない気持ちになった。
(普段平気な顔をしていても、やはりセシリアにとっては魔力を失ったことは大きな出来事なんだろうな。彼女はさまざまな角度から、自分がなぜ魔法を使えなくなったのかを分析しようとしている)
だがセシリアが魔力を失っていなければ、彼女は自分の腕の中に落ちてこなかっただろう。
たとえ聖女の任を解かれたとしても、魔法を使えさえすればセシリアはどんな生き方も選べたはずだ。ここに留まっているのはひとえに彼女が無力であるからであり、ルートヴィヒを頼りにしているのも他に庇護してくれる者がいないからだといえる。
(とどのつまり、俺は自信がないんだ。「信じてほしい」と言いながら隠し事をしていると知ったら、セシリアは俺に身を委ねたことを後悔して去っていってしまうかもしれない)
二人で過ごす時間が幸せであるほど、ルートヴィヒの中には罪悪感が募る。
セシリアにずっと隠し通せるのか、いつか真実を知られてしまうのか。国内の騎士団を統率する最高騎士評議会から届いた手紙の内容も、ここ最近の悩みの種だ。
評議会は、護衛騎士の任務でドルンハイムに旅立ってから一ヵ月余りに亘って戻らないルートヴィヒの行動を問題視し、「魔物との戦闘で怪我をして動けないというのなら、早急に診断書を提出するように」「少しでも動けるようになっているのであれば、すみやかに帰還せよ」という書簡を送ってきている。
シュタールフェルト騎士団の業務は副団長のシャッテンブルクが遂行しており、団長の不在で評議会や宮廷からの風当たりが強くなっていると報告しつつも、「今まで休暇らしい休暇を取っていなかったのですから、少し長めに骨休めをしてくれて大丈夫ですよ」と理解を示してくれていた。
ルートヴィヒは大公宛てに手紙を書き、聖女ではなくなったセシリアの護衛を続けたいこと、彼女の住まいをもっと首都に近いところに移してほしいこと、その上で護衛騎士と騎士団長の職務をどちらも続けたいと直訴したが、まだ返事は来ていない。
(たぶん俺の意向を汲んでもらうのは、無理だろうな。そもそもセシリアをドルンハイムに送ったのは、彼女を首都からできるだけ遠ざけたいというあの女の意思が働いているからだ。大公や宮廷にも影響は拡大しているし、最高騎士評議会もその例外ではないのかもしれない。もしかしたら俺は今後騎士団長にふさわしくないとして罷免され、出頭を命じられる恐れもある)
それもこれも〝彼女〟のせいであり、その本性を知っている人間として「このままにしていいのか」という葛藤が常にある。
だがその力の凄さを身をもって知っているルートヴィヒは、手をこまねいていた。自分一人が騒いだところで事態をどうすることもできないのは事実で、何より今優先するべきなのはセシリアを守ることだ。
国が用意したこの家でおとなしくしていれば、当面の安全は保障される。だが勝手に姿を隠そうとすればたちどころに追っ手をかけられ、自分たちは引き離されてしまうだろう。
(八方塞がりだ。そもそも俺の任務はセシリアをドルンハイムに護送するだけで、すぐに首都に帰還するはずだったのだから、何を言われても反論できない)
だがセシリアを一人にすると身の危険があるかもしれず、なかなか傍を離れる決断ができず
にいる。
その一方で嘘をつき続けている罪悪感もあり、悩みが尽きなかった。ベッドの縁に腰掛けたルートヴィヒは、腕を伸ばして眠る彼女の髪に触れる。するとセシリアがぼんやりと目を開け、こちらを見て言った。
「あ……ごめんなさい、気づいたら眠ってしまっていて」
「疲れているか? だったらこのまま寝よう」
ルートヴィヒの問いかけに、起き上がった彼女がじんわりと頬を染めて答える。
「いいえ。『夜なら構わない』って言ったのは……わたしだから」
セシリアが身体をこちらに寄せ、触れるだけのキスをしてくる。
菫色の瞳には羞恥と欲情がない交ぜになった感情がにじんでいて、彼女が自分との行為を望んでくれているのがわかった。ルートヴィヒは華奢な身体を引き寄せ、その唇を塞ぐ。
「……っ、ん……っ」
口腔に押し入って舌を絡めると、セシリアがおずおずと応えてくる。
着ているのは簡素な白い夜着で、胸元に触れてふくらみを揉みしだくうち、先端がつんと勃ち上がった。指で挟んできゅっと締めつけた途端、彼女が感じ入った吐息を漏らす。
「はぁっ……」
ルートヴィヒはセシリアの上体を抱き寄せ、夜着の上から胸の尖りを口に含んだ。
布越しにコリコリとした先端をやんわり噛み、強く吸い上げると、唾液がじんわりと染みていく。彼女が息を乱しながらこちらの髪に触れ、上擦った声で問いかけてきた。
「……っ、ルートヴィヒ……」
「ん?」
「ぁ、どうして……」
直接触れないことにもどかしさを感じたらしいセシリアに、ルートヴィヒは微笑んで言う。
「触ってほしかったら、君が自分で夜着を引き上げてくれ」
「……っ」
「できるだろう?」
彼女が羞恥に頬を染めながら夜着をつかみ、そろそろと上に引き上げていく。
すると下着を穿いた下半身とすんなりと細い腰、形のきれいな乳房があらわになり、ルート
ヴィヒはふくらみをつかんで唇を寄せた。