倒産寸前の実家を救うため、大企業の社長・仁と子作り前提で契約結婚した彩香。複雑な生い立ちゆえに愛を信じない彼とは、身体だけの繋がり…のはずが? 「足りないな。全然」普段冷たい仁が、ベッドの中では甘く執拗に初心な彩香を蕩かしてくる。彩香の中で次第に彼への気持ちが大きくなっていきが、そんな時、仁と敵対する従兄弟の新が現れて…。
「やっぱり、ご飯……作ってみようかな」
仁は、いつも食事をせずにこの部屋を訪れているようだ。身体が基本だろうに青白い顔をしていることも多い。彩香には、妊娠していると思って行動しろなどと言うくせに。
忙しいと食事が疎かになってしまう気持ちはわかる。金策に走り回っていたとき、両親も彩香も落ち着いて食事をしていた記憶はない。
しかし、そんな生活を続けた結果、しばらくして母が過労で倒れたのだ。幸い、入院は数日で済んだが、あのときは生きた心地がしなかった。
青白い顔をしていた母の体調を慮ることができなかったことを、自分も父も心底悔やんだ。以来、どんなに忙しくとも三食きちんと食べる、は宮田家の家訓となっている。
それに、この部屋に来るときくらいは気を抜いてほしい。体調くらい心配させてほしい。
気持ちを打ち明けて困らせるつもりはないが、いつか、自分を好きになってくれないだろうかと、彩香は淡く期待をしては心を躍らせた。
***
彩香は、いつものようにシーツを洗濯し、部屋の掃除を終える。
心が浮き立ってしまうのは致し方ないだろう。一ヶ月に三度のこの日を、いつしか待ちわびるようになってしまったのだから。
買い物に出て帰ってくると、すでに夕方だった。
彩香は、仁の食事の好みを知らない。この間のパーティーでも仁はなにも口にしなかったし、普段どこで食事をしているのか、自炊はするのか、そんなことさえ聞けていない。
(カレーにしちゃったけど……ちょっとお子様メニュー過ぎたかな)
カレーならだいたいの人が好むはず。と考えただけでなく、匂いに釣られて食べてくれるかなという期待もあった。
肉は牛か豚か、それとも鶏か。仁は何派だろう。
いつもは豚肉を使うのに、少し奮発して牛肉を購入した。あとはちょっとしたサラダを作っただけの簡素な夕食だが、仁の好みがわからない以上、あまり作り過ぎても無駄になってしまうかもと考えた結果だ。
予定を伝えておいたからか、仁が部屋を訪れたのは十九時前とわりと早い時間だ。
足取り軽くインターフォンに応答すると、玄関先に現れた仁がなにやら訝しげな顔をした。その表情には疲れが滲み出ている。
「こんばんは。どうかしました?」
「この匂い……」
部屋にいた自分は気づかなかったが、カレーの匂いがどうやら玄関先にまで充満していたらしい。匂いに釣られる作戦は有効だったかもしれないと期待が高まる。
「あっ、カレー作ったんです! あの、仁さんの分もあるので、一緒に食べませんか?」
勇気を振り絞って伝えると、やや間があって仁が首を振った。
「いや、けっこうだ。シャワーを借りる」
仁はそう言って背を向ける。
断られることくらい想定内だ。
(諦めないんだから……っ)
彩香は温めておいたカレーをよそい、テーブルにセットした。サラダもドレッシングをかけた状態で置いておく。ここまでお膳立てされれば、さすがに食べてくれるだろう。
バスルームのドアが開いた音がして、しばらくするとバスローブ姿の仁が脱衣所から出てくる。テーブルに視線を向けた仁が驚いたように目を見開き、直後、うんざりしたように眉を寄せた。
「食べませんか?」
「余計なことはしなくていい。互いの生活には干渉しない約束だっただろう。君の仕事は、妻としての役割を全うすることだけだ」
理解できないといった彼の表情を見て、ようやく察する。態度も言葉からも彼の拒絶が伝わってくる。彩香が夕食を用意したことは、迷惑だったらしい。少しくらいは喜んでくれるかもしれないと考えた自分が愚かだった。
思っていたよりもいい人だからきっと、と。
優しい人だから、遠慮をしているだけだ、と。
そう思ったのは、勘違いだったらしい。
恋愛をする気も、家庭を作る気もないと言われたことを忘れて、彼の迷惑も考えず、初めての恋に舞い上がってしまっていた。
仁は彩香をリビングに残し、一人でさっさと寝室に入ってしまう。
「恥ずかしい……キスされそうになったくらいで」
小さな呟きが虚しくリビングに響く。独りよがりだったのに、もしかしたらと浮かれて、バカみたいだ。
仁は徹底して役を演じているだけだ。勘違いしてはいけなかった。
あの日唇が触れそうになったのも、気のせい。
パーティーの日、甘い声で〝彩香〟と名前を呼ばれたが、この部屋で彼に名前を呼ばれたことは一度もない。結婚していても、彩香は彼の内側に入ることを許されてはいなかった。
両親のことすら教えてもらえないのだから、信用もされていないのだろう。
それに気づくと、目が覚める思いがした。求められている以上を望めば、傷つくのは自分なのだとわかっていたじゃないか。それなのに、いつかはなんて期待して傷ついて。
(バカだ……私、なにを思い上がってたんだろう)
恥ずかしくて、悔しい。吐く息が震えて、目の奧がじんと熱くなる。涙をこぼさないように、必死に唇を噛みしめて鼻を啜った。
(泣いちゃだめ……仁さんにバレちゃう)
彩香は心を落ち着けるため深呼吸を繰り返す。そして寝室のドアをそっと開けると、待ちわびたように仁が手を伸ばした。
暗くて良かった。赤くなった目を見られなくて済む。
どれほど仁の手が優しくとも、彩香が好きになってはいけない人なのだ。
腕を引き寄せられて、性急な手つきで部屋着を頭から脱がされた。
あっという間にベッドに身体が沈み、仁が覆い被さってくる。ブラジャーはつけていない。ふるりと揺れる乳房を手のひらで覆われて、期待で勃ち上がる先端を指の腹で擦られた。
「あっ……」
快感に慣らされた身体がぴくりと跳ねる。
仁は気をよくしたように胸への愛撫を強くした。両方の手で胸の先端を捏ねくり回す。くにくにと押しつぶされて、指で摘まみ上げられる。
「はぁ……あ、あっ」
「ずいぶんいい反応をするようになったな」
仁はそう言いながら、赤い舌を突き出して、見せつけるように乳輪を舐める。敏感な突起に触れず、くるくると押し回しながら舐められると、頭を振って身悶えてしまう。
「あ、そこばっか……や、です」
口から漏れる息はすでに荒い。枕をぎゅっと掴み快感に耐えていると、乳首に歯が押し当てられ、かりっと甘噛みされる。
「あぁぁっ」
彼の口に胸を突き出すように、背中を浮き上がらせてしまう。感極まったような高い声で喘ぐと、仁はますます舌の動きを激しくして彩香を追い詰める。
足の間がじっとりと汗ばみ、愛液が滲み出す。ただ子どもを作るためだけならば、こんな風に愛撫する必要はない。それなのに、彼はいつも彩香の唇を除く全身に触れてくる。
(こんな風に、優しくするから……っ)
もう愛されているだなんて勘違いはしない。いつかはなんて期待もしてはいけない。
快感に流されながらも、胸を覆う悲しみは深く、触れられれば触れられるほど彩香は傷つく。
「ん、んっ、あ」
乳首の上で舌が動かされる度に、くちゅ、くちゅっと唾液の絡まる音が響いた。卑猥な音が耳から脳に届くと、全身が燃え立つように熱くなり、空っぽの隘路がじんじんと疼き出す。
「も……こっち、して」
彩香が誘うように足を広げると、仁の目に情欲の火が灯る。
胸の間から顔を上げた仁がぺろりと唇を舐める。色香を含んだ目がこちらを向くと、ぞくりと肌が粟立った。
「簡単に濡れるようになったな」
つま先が宙に浮く。膝に唇が触れて、足の間を注視されると、とろりと愛液が溢れ出した。早く触れてほしくて我慢ができない。
「指がいいか? それとも、舐めてほしい?」
「な、んでも……いっ、から、ほし」
濡れそぼった蜜口が誘うようにヒクつくのがわかった。
仁は、バスローブの紐を解き、すでにいきり勃つ肉棒を軽く手で扱いた。先端からつぅっと透明な体液が流れ落ちる。
「なら、もう挿れてやる。こんなにぐちゃぐちゃにしてるなら痛くはないだろう」
両足を抱えられて、滾った彼のものを押し当てられる。一瞬、身体が強張るが、丸みを帯びた先端がずずっと胎内に入ってくると、心地好さの方がずっと大きくなってくる。
「はぁっ、あ、んんっ」
太い部分で少しずつ隘路を押し広げられる。愛液の滲んだ蜜襞は男のものを貪ろうと淫猥に蠢き、締めつけた。
真上にある仁の顔が切なげに歪んだ。苦しそうに息を吐き出した彼が、一気に腰を押し進める。
「ひぁぁっ!」
最奥を貫かれた瞬間、全身の血が激しく沸き立つ。
びくびくと腰を震わせながら呆気なく達してしまい、恍惚とした目で宙を見る。全身が弛緩し、シーツにぐったりと身を沈ませると、足の間から透明な愛液がとろとろと溢れでてくる。
「挿れただけで達するほど、俺がほしかったのか?」
頭上で荒々しい息を吐き出した仁が、なにかに耐えるような顔をして言った。
繋がっただけで達してしまったことに改めて気づかされ、頬に熱がこもった。暗に淫らだと言われているようでいたたまれない。
彩香の身体をこんな風に変えたのは仁なのに。欲情してくれても愛情はくれない。その線引きははっきりしている。
愛してもいない女をこんな風に優しく抱ける仁に失望してしまう。
けれどもう、どうしたって嫌いになれない。自分の作った料理さえ食べてくれないひどい男なのに、どうしてか彩香に触れる手は驚くほど優しい。それが悲しかった。
好きじゃないなら、優しくしないで。それは自分勝手な願いだとわかっているけれど。
彩香を契約妻だと言うのなら、もっと割り切った態度でいてくれたら良かったのに。中途半端に優しくされたのでは、嫌うことも、諦めることもできやしないではないか。
「大丈夫か? 動くぞ」
「は、い」
彩香が小さく頷くのを待って、仁が腰を引く。いまだ絶頂の余韻の抜けきらない身体は、軽く柔襞を擦られるだけで顕著な反応を示す。
「あ……っ」
開いた膝がびくんと震えると、ぎりぎりまで引き抜かれた怒張をふたたび一気に押し込まれる。ずちゅうっと耳を塞ぎたいほどの淫音が立ち、全身の肌が総毛立つ。
「は、あ、あっ、ん、んんっ」
真上から叩きつけるような動きで腰を穿たれる。あまりに激しく全身を揺さぶられて、よがり声さえ途切れがちになってしまう。容赦なく柔襞をごりごりと擦り上げられると、頭の芯まで快感に染まり、本能のままに精を搾り取ろうと隘路が収縮する。
「ひ、あぁぁっ」
弱い部分を突き上げられて、下腹部がきゅんと疼く。ひときわ心地いい快感が迫り、悲鳴のような声が漏れる。
「あぁ……いいな、すごくいい」
興奮しきった男の声が聞こえる。彩香を愛してもいないくせに、自分の身体に興奮してくれると知るだけで、これほど嬉しいなんて。
蠕動する媚肉が男の欲望をしゃぶり尽くそうとする。これ以上入らないと思っていたのに、さらに奥深くを抉られるように腰を動かされて、ずんずんと最奥を穿たれる。
「あぁっ、あ、はぁっ、あぁあぁっ……もう、また……っ」
「何度でも達けばいい」
汗ばんだ身体が重なり、枕を掴んでいた手を優しく取られる。指と指が絡められるだけで、胸が幸福感でいっぱいになる。
(こんなに、好きなのに……愛してくれない)
繋がれた手をきゅっと掴むと、握り返される。触れ合う手の温度が嬉しくて、泣きたくなってしまう。名前さえ呼んでくれなくとも、恋い焦がれる想いはちっともなくならない。
「はぁ……ん、あ、それ、好き……っ、好き」
好きと口に出したのは想いを伝えられない悔しさからだ。そうと気づかれないように、ベッドの中でくらい素直に愛を伝えてみたかった。
好きだと言えるのは、こうしているときだけだから。
「く……っ」
身体の中で彼のものがひときわ大きく膨れ上がった。彼も限界を感じているのか、短く息を吐きながら自分の快感を追うように腰を叩きつけてくる。
全身を揺さぶられるほど激しく突き上げられて、びくりと腰を震わせた瞬間、隘路の奥に生温かい熱が広がっていく。
「あっ、はぁ……はぁ」
最後の一滴まで出し切るように腰を揺らされると、隘路で白濁がかき混ぜられ、ぐちゅ、ぬちゅっと泡立った音を立てる。その音に煽られるように中途半端に昂ったままの身体が解放を訴える。
「あまりに良過ぎて、先に達してしまったな。君はまだ足りないだろう?」
仁はふたたびゆっくりとした抜き差しを始める。大量の精を吐き出した欲望はやや萎えていたけれど、何度か往復するだけで雄々しく勃ち上がっていく。
「仁さん、も……?」
「ん?」
「仁さんも、足りない、ですか?」
もっと貪るように自分に溺れてほしい。
心が手に入らないのならば身体だけでもいい。妊娠したら終わってしまう関係だとしても、こうしているときだけは、愛されているように感じられる。
彼の子を身籠れば、会えなくなっても耐えられるだろうか。
「足りないな。全然」
「じゃあ……もっとください。たくさん、抱いて」