「俺の子どもを産みたいと自分から言い出せるようにしてやる」
浮気性な父の影響で結婚に希望を持てない八条詩寿は、一族の次期総帥・理人の花嫁候補に選ばれる。気乗りしない詩寿だが、ひょんなことから理人に気に入られ、彼の屋敷で花嫁修業をすることに。「骨の髄まで愛してやろう」情熱的な愛撫で身体を拓かれ、初めてを理人に奪われる詩寿。次第に彼に惹かれていくが、ある日、脅迫状が届いて…!?
「これを」
理人が低い声でそう言いながら取り出したのは、大きなダイヤモンドの指輪だ。
ケースから取り出され、ダイヤモンドが部屋の明かりを受けて、呼吸をするようにきらきら煌めく。
一見シンプルに見えるプラチナ台はこまかな花の紋様が彫りこまれて、とても豪華で、それでいて可憐な印象を与える指輪だった。
「指輪……?」
「ああ。曾祖父が結婚したとき、妻のために特別注文した品だ。リフォームしてサイズもお前に合わせた」
「いつの間に」
詩寿がびっくりしているのを見ながら、理人は指輪を手に、詩寿の前に優雅に跪いた。
「理人さん?」
「俺は、お前にこの指輪を贈る」
それがプロポーズを意味するのだとわかって、詩寿は全身を緊張させた。
理人が詩寿の眼を見つめたまま、ダイヤモンドにそっとキスをする。どこまでも紳士的で、それでいて真剣な表情だった。
「いやなら受け取らなければいい。だが受け取ったら、その瞬間からお前は俺のものだ」
拒否権を与えられるとは思わなかった。
詩寿は困惑して、目を瞬かせる。
理人は跪いたまま、一瞬も詩寿から目をそらさない。
その潔さと強さは、帝王たる理人が生まれながらに持つ資質なのだろう。
この世のすべてのものを望めば手に入れられるであろう理人が今、詩寿の前に膝をついている。
詩寿の胸がきゅんと締めつけられ、あり得ないくらい鼓動が強く激しくて、息が苦しい。
「……もし、私がお断りしたら」
「別に、『アリエス』に嫌がらせをしたりはしない」
「本当ですか?」
「約束する。心配しなくていい」
それなら詩寿は自由に、自分の意思で結婚をどうするか決めることができる。
まさか、こんなふうに詩寿の意思を尊重してもらえるとは思っていなかったから、そのことがとても嬉しい。
深く息を吸いこみ、高鳴る鼓動を少しでも落ち着かせようとする。どきどきしすぎて、こめかみが痛い。
これからの人生を決める、重大な決断をするのだ。
緊張して指先がこまかく震えるけれど、それも当たり前だと思う。
言うべき言葉が見つからなくて、詩寿は、膝の上に置かれた理人の手にそっと、自分の手を重ねた。
言葉にならない返答に、理人も無言のまま、詩寿の左手の甲に唇を押し当てた。
ゆっくりと、指輪が薬指に嵌められる。
白く華奢な手を、ダイヤモンドの輝きが飾る。
詩寿の左手を眺め、理人が満足そうに頷いた。
「これでお前は、俺のものだ」
キスが、延々続いた。
理人が詩寿の唇を片時も離そうとしないので、懸命に息継ぎをしながら、それでも詩寿もキスをやめてほしいとは思わなかった。
猫が喉を撫でられるように、小さな舌を舐められる。
唇同士を擦り合わされると、脳髄まで蕩けてしまいそうなくらいの官能に胸が震える。
優しいキスと濃厚なキスとを交互に繰り返しながら理人は、お互いの素肌を剥き出しにする。
一糸もまとわない生まれたままの姿での触れ合いは、頭が沸騰しそうなほど恥ずかしい。
「電気、消して……」
詩寿が必死に囁くと、理人がわずかに不満げな顔をした。
「なぜだ?」
「恥ずかしいからです」
「消しても無意味だと思うが、お前がそうしてほしいなら消そう」
そうして電気は消えたものの、大きな窓から月明かりが照らして真っ暗にはならない。
「今夜は満月だ」
少し陰影がついて浮かび上がる理人の裸体は、明るいところで見るより淫猥だった。
「カーテンは」
「閉めない」
きっぱりと宣言されて、せめてもの抵抗に、両手で胸を覆い隠す。左手で、ダイヤモンドがきらりと光る。
詩寿が身に着けているのは、婚約指輪ひとつだけ。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
何に困っているのかもわからなくて、泣きたいような恥ずかしいような複雑な気持ちを持て余す。
目の前に迫る理人の身体のくっきりとしたラインを、月光が彩っていた。
やや乱れた髪も、詩寿だけを見つめる強い眼差しも、とても綺麗で――でも直視する勇気がなくて、恥じらって目を伏せる。
「自分が裸なのも恥ずかしいけど、理人さんの裸が見えちゃうのが、一番困るかも……」
理人が、ふっと微笑した。
見事な長身にふさわしい筋肉で覆われた肉体はずっしりとした張りと重みがあって、成熟した男の自信に溢れている。
「可愛い顔をして何を言い出すのかと思えば……お前、こういうときでもマイペースなんだな」
詩寿の一言一言が、理人のツボに入るらしい。
ベッドが軋む。素肌を味わうように撫でさすられ、口づけをされ、痕を残される。
理人がキスした場所から身体全体に得体の知れない疼きが走って、詩寿の背中にびくびくと、悪寒のような震えが走った。
うなじにも鎖骨にも、左右の胸にも。
赤い鬱血の痕をあちこちに残され、火を灯されているような気がするし――蕩けさせられて、あまやかされているような気分でもある。
詩寿は密着した理人の胸に両手を押し当てて、精悍な顔を小首を傾げながら見上げた。
「あの、理人さん」
「なんだ?」
「私も、同じようなことをしたほうがいいんでしょうか? それとも、おとなしくしていたほうがいいんですか? こういうとき、どうすれば……?」
今まで異性と抱き合ったことがない初心者丸出しの質問に、理人が思わず目を丸くする。
「面と向かってそういうことを聞かれたのは、さすがに初めてだ」
「すみません、マナーがよくわからなくて」
「……そうか。初めてだったな」
「はい」
「別に、決まりはない。触りたければ触ればいい」
「それなら、髪に触ってもいいですか?」
「もちろん」
理人の触り方は炙られるように熱いけれど心地いいから、詩寿も同じようにしてあげたい。
けれどどうしたらいいのかよくわからないから、とりあえず、手近なところにある髪に触ってみることにした。
いつも見上げていただけの黒髪に、そっと指先を絡めて梳く。
艶やかな感触が気持ち良くて何度も梳いていると、詩寿の胸に唇を滑らせていた理人が満足そうに笑う。
「俺の髪が好きか」
「ええと……何か、間違っていますか?」
「いいや。くすぐったいと思っただけだ。続けろ」
耳の輪郭を指先でたどったり、太い首筋から肩にそっと触れてみたり――経験のない詩寿が遠慮がちに動けていたのは、そこまでだった。
理人が詩寿の腰に手を滑らせ、足の付け根を撫で回しながら、今まで誰も触れたことのない場所に触れる。
はっと息を呑んだ詩寿は、緊張した眼差しをさまよわせた。
理人の目が、まつげが触れ合うほど間近にある。
「痛いか?」
恥丘を大きな手のひらで押すように揉み、秘唇の入り口を優しくくすぐるように刺激する。
そんなところをためらいもなく触られることに驚いて、無意識のうちに詩寿は太股に力をこめ、理人の動きを阻止しようとした。
理人は、無理強いはしない。ゆっくりと根気強く、蕾を開いていく。
「痛くは、ないです。でも…………変な、感じ」
理人が、慎重に奥へ奥へと指を進めた。
生まれて初めて体内に他人の指が忍びこむ感覚に、詩寿は肩を跳ね上げさせたり、時にいやがり――そのたびに、あまいキスをされてなだめられる。
肌は汗ばんでじんじんと火照り、呼吸は乱れて啜り泣くように、喘ぐように。
大人だけに許された世界へ、ぐいぐいと連れて行かれる。
ある一点を理人の指先がかすめたとき、思わず喉を突いて悲鳴が上がった。
「あ……っ!?」
――今のは、何……!?
びりびりとした快感が頭から足の先まで一瞬にして突き抜けた――こんな感覚は、今まで味わったことがない。まったく未知の、想像もしていなかったような感覚だった。
余韻に、全身がぶるぶると震えている。
「……そこダメ、それ以上触らないで」
理人は頬に艶やかな笑みを刷いただけで、何も言わなかった。
ぺろりと自分の唇を舐めて、指を蠢かせる。詩寿の下腹部が、びくびくと痙攣した。
「や、やあ……っ! 待って、止まって……!」
黒髪を振り乱して叫ぶ。すさまじい快感が全身を暴れ回り、足の爪先がぴんと伸びる。
背骨から溶けてしまいそうな快感に、下肢が熱く濡れた。
荒々しい呼吸をして膝立ちになった理人が、詩寿の真っ白な太股を掴んで大きく割り開いた。
恥ずかしいくらい充血した秘部を、理人が瞬きすら惜しむように凝視している。
息を切らせて胸を艶めかしく波打たせながら、詩寿は喘いだ。
「見ちゃ、やあ……! 足閉じる、離して……っ」
「だめだ。全部見せろ。お前はもう、俺のものだろう?」
理人の視線の重み、肌の重み、指輪の重み。
そのすべてが、詩寿の下腹部にわだかまる。
これ以上我慢できなくなった理人が、下肢で滾るものを誇示するように片手で軽く扱いてみせた。
手早く避妊具を装着し、詩寿の腰骨を押し広げるようにして下肢をゆっくりと密着させる。そのしぐさは、獰猛な獣が獲物に牙を突き立てるときとひどく似ていた。
「あ……っ、や…………!」
詩寿は反射的に、思わず逃げを打つ。
堅く充溢したものを擦りつけるように腰を蠢かしながら、理人が詩寿の額に額を押し当てる。
「――できるだけ優しくするが……始めは痛いだろう。我慢しないで、殴るなり蹴るなり、暴れて構わないから」
「え……そんなに、痛いものなんですか……?」
初めて男性に抱かれる女性は誰でも痛みを感じるとは、予備知識で知っているけれど。
思わず不安そうに表情を歪めた詩寿の前髪を、理人の手が梳く。
首を撫でられるのも耳の後ろを擦られるのも、信じられないくらい心地いい。
「そんなに不安がらなくていい。すぐに気持ち良くしてやるから、少しだけ我慢しろ」
理人を見つめ、詩寿はおずおず唇を開いた。
「そんなに痛いなら、心配なので……しがみついていていいですか」
理人が目を瞠り、それから苦しそうに顔を歪めた。
「俺に?」
はい、と、こっくり頷く。
理人は喉の奥で低く唸る。
「お前に痛い思いをさせるのは、俺なんだが」
「でも、優しくしてくれるって言いましたから……理人さんを、信じます」
「――――わかった」
理人がそう言って、詩寿の手首を取った。
左薬指を飾る指輪にキスしてから自分の背中に詩寿の腕を回させて、昂ぶりを侵入させる。