祖母の縁でお見合いした花楓の前に現れたのは、同期で仕事上の天敵、営業部のエース・敦貴だった。彼は花楓に結婚を前提に交際を申し込む。ただのケンカ友達で結婚相手としてはナシの彼に戸惑いつつも、お試し交際することに。「あえいでないで、俺の名前呼んで?」彼が一途に花楓を溺愛し熱く求めてくるせいで、思わずその情熱に流されてしまい…!?
くすぐったいような、むず痒いような、奇妙に甘い感覚が、花楓にほのかな期待を抱かせる。
こんなふうに優しく触れられると、否が応でも思い知らされた。
今、敦貴とふたりきりで彼の部屋にいることを。
すぐ目の前に、彼のベッドがあることを――
「俺は、正直、焦ったよ」
「なんの話?」
「マッチングアプリの件、まだ諦めてなかったんだと思って」
顔を上げた彼のひたいに、前髪が揺れる。
「諦めるも何も、マッチングアプリなんてやってない」
「だけど、俺とつきあってることを隠している間は、花楓にそういうのを勧める人がいるってことだろ。嫌だと思った」
わからない、わけではない。
さすがに、花楓だってここまで言われて気づかないほど鈍感ではないのだ。
――蓮生ってもしかして、わたしのことをものすごく好……
頭の中ですら、その続きを考えるのはおこがましい気持ちになる。
ありえない、ということもないのだ。
彼は自分を好きだと、すでに告白してくれている。
なぜ自分なのかは聞いていないけれど、蓼食う虫も好き好きというではないか。
この完璧美形の仕事がデキる男だって、もとを正せば人間なのだ。
同じ人類ならば、花楓のことを好きで仕方なくなってしまうことも、絶対にないとは言い切れない。
ほんとうに?
と、自分の考えに疑問符がよぎる。
わかっているふりをしても、それはあくまでポーズだった。
理解しているふりをしても、それもあくまでふりでしかなくて。
「蓮生は、その、わたしのことを……」
――どのくらい、好きなの? いつから好きなの? どうして好きになったの?
言葉を濁して確認しようとする、ずるい自分。
敦貴は、そんな花楓を見て片頬だけで甘く微笑んだ。
いや、それは笑みというよりもたくらみと言ったほうがいい。
「知りたいなら、そっちからキスしてよ」
「っっ……!」
フロアに片膝をついたままの彼は、椅子に座る花楓より低い位置にいる。
重力が、変わった気がした。
現実を忘れさせるような、彼の部屋の雰囲気に呑まれて。
花楓は何も言えないままで、敦貴の頬にそっと触れる。
ゆっくり、ゆっくりとふたりの唇が近づいていき、最後の一センチがもどかしい。
彼の吐息が唇に触れる。
――わたしの息も、蓮生に届いているの……?
ひゅ、と息を吸うのと同時に、上唇が敦貴の唇に触れて、その先はどちらからともなく互いの体に腕を回していた。
ドッ、ドッ、ドッ、と心臓が早鐘を打つ。
重なる唇のせつなさが、水中で酸素を求めるときのようなあえぎにつながった。
その隙間を、敦貴は見逃さない。
「ん、ぅ……っ」
とろりと濡れた舌先が、花楓の口腔に割り込んでくる。
――頭、ふわふわして、何も考えられないよ……
椅子に座っていたはずだったのに、気がつけばふたり、フローリングに膝をついていた。
ぎゅっと抱き合って、彼の心音を右胸に感じている。
スカートのファスナーが下ろされると、解放感とともに期待が胸に広がった。
「花楓」
――優しい、声。
敦貴に名前を呼ばれると、心がじゅわりと濡れる。
「好きだよ、花楓」
「れ、んじょう……」
「こういうときは、敦貴って呼べよ」
ちゅ、と頬にキスされて、恥ずかしさに涙がにじむ。
だけど、嫌なわけではない。
――ううん、イヤどころか、わたし、もっとしてほしいって思ってる。
その気持ちを言葉にするのはハードルが高いから、花楓は――
「敦貴……」
精いっぱいの気持ちを込めて、彼の名前を、呼んだ。
彼のベッドに仰向けに横たえられて、花楓はどこを見ていいのかわからなくなる。
準備をするから、と言った敦貴が、チェストボックスを開けていた。
――それってつまり、アレだよね。
花楓の荷物に、避妊具なんてありはしない。
男性の嗜みかもしれないけれど、自室にそういうものが置かれているというのが、かすかに花楓の気持ちをざらつかせる。
「なんか、気に入らない?」
戻ってきた彼が、ベッドヘッドに避妊具を置いた。
「気に入らないわけじゃなくて、ずいぶん準備がいいなって」
「ああ、そういうことか」
天井の照明を背に受けて、前髪を右手でかき上げる敦貴の表情は影になっている。
「俺がほかの女のために準備した避妊具かと思ったんだ?」
「っっ……、なんでそんなにはっきり言うの」
「今日の帰りに、コンビニに寄って買ってきたばかりの新品ですけど?」
「う……」
高反発のマットレスに、彼の体重がかかった。
「花楓が部屋に来るからには、そういうこともあるかもしれないって思った」
敦貴の右手が、首のうしろにするりと入り込んでくる。
――あったかい。
抱き合うのとは異なる、素肌に触れる体温が花楓の気持ちをいっそう高ぶらせた。
「そっちは? 少しも期待してなかった?」
「わ、わたし……」
「男の部屋に来るのに、何も思わなかったっていうなら、花楓には警戒心を教え込まないといけないな」
まぶたに、キスが落ちてくる。
薄い皮膚は、彼の唇に触れられるだけでせつなさに震えた。
――ほんとうに、好き? 結婚相手がほしいだけ?
けれど、その答えよりもほしいものが、今、目の前にある。
期待して訪れたわけではなかったけれど、花楓だって二十七歳の健康な女性なのだ。
キスで加熱した衝動は、まだ体の中に渦を巻いている。
「花楓」
名前を呼びながら、敦貴が目を合わせてきた。
「怖がらないで。俺だけ、見て」
「っ、ん……」
「花楓が嫌がることはしないから、力抜いてよ」
ちろりと赤い舌が花楓の下唇をなぞる。
肩がピクッと震えて、それを合図に彼が唇を押し当ててきた。
「キスされてるときの花楓、すげーかわいい」
「そ、んなの、知らない……」
「知らなくていいよ。ほかの誰にも教えたくない」
だから、と彼が続ける。
「――舌、出して?」
形良い唇から覗く、彼の舌先がやけに淫靡に見える。
その舌を追いかけるように、花楓は言われるまま口を開け、おずおずと舌を伸ばした。
「いい子だね」
舌と舌が、触れ合う。
「っっ……、ん、っ……」
腰の奥、体の深い部分で淫らな期待が熱を帯びる。
わざと花楓を煽るように、敦貴は唇を重ねず舌先だけでキスを繰り返している。
水音を立てて舐り合う感覚に、ただ官能を刺激されていた。
――こんなキス、知らない。
「っは、ぁ、んんっ……」
「やらしい声。かわいいよ」
「や、やだ……」
「嫌じゃないだろ?」
逃げようとした顔を、彼が追いかけてくる。
スーツの膝が、脚の間に割り込んできた。
スカートはダイニングテーブルの下に落ちたままだ。
――どうしよう。もう、わたし、濡れて……
脚を閉じられなくなると、下着の内側が潤っているのが自分でもわかる。
触れられたら、熱を持っているのがバレてしまうだろう。
「花楓、こっち見て」
「う、ん……」
長い指が、器用にブラウスのボタンをはずしていく。
ひとつ、またひとつ、花楓の肌をあばいて、敦貴があえかに微笑んだ。
「肌、白いな。キスしたら、すぐに痕がつきそう」
ブラウスとキャミソールが脱がされると、ブラだけの上半身が心もとなくて花楓は胸元を腕で隠す。
そうしている間に、パンストがするすると引き抜かれていく。
「あの、蓮生、ちょっと手際が――」
よすぎる。
考える余地を残すことなく、彼は花楓をむき出しにしてしまう。
もっと、と心のどこかで声がした。
「駄目」
「え?」
「名前で呼べって言ったよな?」
「う……」
ブラの上から鼻先を胸元に擦り寄せて、敦貴が乳房をやんわりと揉みしだく。
「ほら、花楓」
「ぁ、あっ」
「あえいでないで、俺の名前呼んで?」
早くも屹立しはじめた胸の先を探り当てた指先は、促す素振りでカリとそこを引っ掻いた。
「ひ、ァっ……!」
腰の裏側からうなじにかけて、ゾクゾクと快感が駆け抜ける。
「ここ、感じやすいんだね」
「れ……っ、あ、敦貴、や……っ」
「嘘つき。でも、ちゃんと名前を呼べたからご褒美あげるよ」
ブラのホックがはずされて、カップが鎖骨まで押し上げられた。
白くやわらかな乳房が彼の目に触れる。
すでにきゅんと凝った乳首を指腹であやされ、腰を揺らす。
――こんなの、知らない。
雄の顔をした敦貴は、浅い呼吸で花楓の表情を見つめている。
その目が、今まで見たことのない敦貴だった。
「……っ、み、ないで……」
目をそらしても、心は彼に釘付けになっている。
その一挙手一投足に、花楓の心が波立つのだ。
「嫌だよ。せっかく花楓が俺に抱かれる気になってくれたんだ。見ないわけがないだろ」
――まるで、ずっとわたしを欲しがっていたみたいな言い方をするんだね。
違う。
そうであってほしいのは、自分のほうだ。
けれどベッドの上で語られる言葉に、深い意味なんて求めるのは大人の作法ではない。
そのくらい、花楓だって知っていた。
それでも、甘えてしまいそうになるのは、彼の真摯な眼差しのせいだ。
指腹で乳暈の輪郭をなぞられると、中心がもどかしさにいっそう括りだされていく。
敦貴を求めてはしたなく自己主張する乳首が恥ずかしい。
「やわらかくて、温かくて、愛しいな」
乳房に指を埋め、ふにふにと揉み込まれる。
手のひらで乳首をこすられる感覚に、頭の芯が乱されてしまう。
「っ、ふ……ぁ、んっ」
「それに、どうしようもないほどかわいい」
こちらの反応を確かめるように、敦貴が両手で左右の胸の先端をきゅうとつまみ上げた。
「ひ、ァぁ……ッ」
びくん、と腰を跳ね上げて、花楓は背を反らす。
色づいた根元をつままれているから、逃げることはできない。
「こんなに感じやすいなんて、知らなかった」
吐息まじりの声が、胸元から聞こえてくる。
――え、待って。
声に出すよりも早く、彼は花楓の胸の先を咥えた。
「! っっ……、ぁあ、あ、あっ」
濡れた口腔でねっとりと吸い上げられ、まぶたの裏側に白い星が爆ぜる。
――嘘、こんなに……感じちゃう。
快感は、肉欲だけでできていない。
彼の前に肌をさらすことを恥じらう気持ちによって、増幅されていく。
「や、ぁあ、あ、ダメぇ……!」
ちゅくちゅくと音を立てて乳首を愛されると、得も言われぬ悦びが背骨を伝う。
胸だけで、達してしまいそうなほどに全身がわなないた。
だが、今までの人生で胸への愛撫だけで果てたことなどない。そんなことが、現実に起こりうるのだろうか。
「いいよ。我慢しないで」
「が、まん……っ、ん、してな……ぁ、ああ、っ」
「我慢しないでってのは、イッてって意味」