姉の許婚で大企業グループの御曹司、本郷亨にひそかに恋していた真緒。姉が亨と婚約破棄したことで、彼から代わりに結婚してくれないかと言われた真緒は、迷いつつそれを受け入れる。「あなたの方からキスしてくれるのを待っているんです」姉にサイボーグと言われるほど感情が表に出ない彼は真緒と付き合ううちに違う顔を見せ独占欲を露わにしてきて!?
今度は真緒が声をあげる番だった。
「尾形さん、誰かに似てるなあって思ってたんですけど、今気がつきました」
「誰?」
「姉に似てるんです。姉もバイタリティーの塊みたいな人なので」
亨に話を聞いていた時点ですでに尾形と知り合いのような気分でいた真緒は、姉に似ていると思ったとたん、彼への親近感が増した。
「理緒さんはフリーとして独立、俺は起業なので、気質の似た、同じ能力の持ち主と言えるかもしれませんね」
「きっとそうです。姉はコミュ力が高くて誰とでもすぐに仲良くなれちゃうんですけど、尾形さんもそうでしょう? それでいて人気者なのを鼻にかけないから、余計に人が集まってくるんです」
「いや……、どうだろう?」
頭に手をやった尾形は、一瞬視線を泳がせた。どうやら照れているらしい。
「異性だけじゃなくて同性にも憧れの目を向けられるんですよね」
いつの間にか亨の腕にかけていた手を解き、尾形と向き合っていた真緒は、ふいに強い力で半歩後ろに引き戻された。
「亨さん?」
犯人は亨だった。亨が真緒の腕を掴んで自分の方へと引いたのだ。
(え……? なに? どうしたの?)
彼の突然の行動に困惑しているのは、真緒だけではなかった。尾形も、そしてなぜか亨自身も。
「へぇ……。こりゃまた新鮮な反応だな。お前が俺に嫉妬とは」
おかしな沈黙を破ったのは、何やら愉快そうな尾形の声だった。
「これで真緒さんがお前にとって特別な女性であることが証明されたわけだ。よかったな、本郷。真緒さんがきっと教えてくれるぞ。嫉妬や独占欲や、今までお前には縁のなかった感情を全部」
「よくわからないな」
亨はいつもと変わらず冷静だが、尾形の言葉に納得していないのは声のトーンでわかった。
「彼女はもう私の妻になったんだ。ほかの男が介入する隙はない。真緒さんは浮気はしない。私は彼女を信頼している。どこに嫉妬する要素があるんだ」
「いやいや、俺が言ってるのはそういうのじゃない。理屈抜きに振り回される強烈なやつだから。そいつを味わって初めて、お前は真緒さんへの愛がどれほどのものか思い知るんだよ」
亨は黙っている。でも、たぶんまだ納得していない。代わりに真緒が亨の隣で赤くなっていた。マスターに独占欲の話を聞いた時もそうだったが、真緒も尾形の指摘にはピンときていなかった。
(愛を思い知るって……。毎日思い知ってるのは私の方で、亨さんは『夫婦の絆、育みプロジェクト』を冷静に遂行中です)
真緒は亨の手に、そっと指を伸ばした。触れるか触れないかの距離で迷っている。
(嫉妬するのも、絶対、私の方)
嫉妬する相手は姉ではないが、姉のようにすべてがパーフェクトな誰かだ。たとえば公の場で亨のパートナーとして紹介され、胸を張って彼と並んで立っていられる理想の女性だ。
(私は彼女に嫉妬して憧れて……。でも、挫けない、逃げないで、少しでも理想に近づけるようできることはなんでもしたい。頑張りたいな)
以前の、姉の後ろに隠れて大人しくしていた自分なら、きっと挫けただろう。すぐに逃げ出した。ゼロスタートを承知で亨との結婚に踏み出さなければ、真緒は変われなかった。だからこそ昨日より今日の方が、今日より明日の方が亨を愛する心が大きくなるなら、私はもっと頑張れる。
「彼女への愛情は今夜思い知る予定だから、問題はない」
真緒はハッとして、亨を見上げた。尾形はまだ楽しげに微笑っている。亨はためらっていた真緒の手を見つけて握ると、自分の方へと強く引いた。
亨が真緒への愛情を思い知るつもりだと言った夜がやってきた。
式をあげたホテルのスイートルーム。夫婦となって初めて横になったベッドに、真緒はひやりとした心地よさを感じていた。こうして素肌を重ね抱きしめあっているだけで昂っていく身体を、その冷たさが教えてくれる。亨もそうだろうか。
「真緒さん……」
彼のキスは髪や額、頬や喉や……。陶酔の入り口に立ち、うっとり蕩けているに違いない真緒の顔のあちこちに、優しい雨になって降ってきた。時には閉じた瞼や鼻の頭や、思いもよらない場所をくすぐられ、真緒は何度も震える息を洩らした。
左手にも口づけられる。彼が触れているのが薬指だと知って、真緒は目を開けた。亨は二人で選んだシンプルなシルバーのリングに、慈しむようなキスをしている。
「この日が来るのをずっと待っていました」
「私も……待っていました」
亨の言葉に同じ言葉で応えると、胸の奥からゆっくりと湧き上がってくるものがあった。彼の妻になった喜びが熱くゆるやかな波に姿を変え、身体の隅々にまで行き渡る。
(……亨さん……)
バージンロードを歩いている時も、祭壇で二人の将来を誓いあった時も、披露宴で祝福の言葉を贈られた時も、ずっと夢のなかの出来事としてしか感じられなかったのに……。指輪に口づける亨を見た瞬間、自分は彼の妻になったのだという実感が堰を切って押し寄せてきた。
亨のキスを、緩やかに緊張が解けた真緒の唇が迎える。
「……ん」
真緒が時折、甘えた息を洩らす。
「真緒さん、口を開けて」
亨が真緒の唇に指を当てて促した。
「キスも深くなると、とても気持ちいいんですよ」
囁くや、亨は真緒に深く唇を重ねた。
舌が触れ合った。驚いて逃げる真緒を亨が追いかける。追いつかれたら、また逃げる。でも、どんなに逃げてもやがては絡め取られて彼のものになる。
「ん……」
彼に愛されている口のなかが熱かった。
果物の飴でも転がしているように、不思議に甘い味がした。
「……あぁ」
脇腹をぞくぞくと、じっとしていられないくすぐったさが這い上がってきた。亨の手はキスの間も真緒の肩から腰へ、腰から腿へと流れるラインを行きつ戻りつしていた。
(気持ちいい……)
真緒の快感は瞬く間に膨らんだ。
胸に顔を埋められ、真緒は声はあげた。抑えようにも抑えられない。まるでその先の愛撫をねだっているような、鼻にかかった甘え声だ。
「可愛い……」
優しいキスの雨は、今は両の乳房の丸みに降り注いでいる。硬く頭をもたげはじめた乳首が、どんどん感じやすくなっていくのがわかった。
「……や、あ」
わざとなのか、焦らしているのか。時々、唇が敏感なその場所を掠めるのが堪らなかった。もどかしい愛撫が、真緒を思うままに揺さぶった。
「……っ」
彼に撫でられている腰のあたりに快感が集まってくる。秘花を隠した半身が熱く重たくなってくる。
亨は幾度かの夜にも囁いたのと同じ台詞を口にした。赤くなった真緒が可愛いと言って、焦らされ続けた乳首に口づけた。
「ここも可愛い」
右に左に軽く唇を押し当てる。
「……あぁ」
真緒がまた甘えた声を上げた。
「あなたは色が白いから、血の色が透けると余計に綺麗に見えるんですね」
彼がしゃべるたび、乳房に息がかかってくすぐったい。
「ピンクが似合うはずです。真緒さんを抱いて知った、あなたの魅力のひとつです」
くすぐったさの余韻はいつもより早く快感へと変わり、さっきまでキスされていた乳首が疼いた。
「……真緒さん」
彼の指先が、小さく勃ちあがったそこを撫でた。
「ここ、苛められるの好き?」
(そんな……)
燃える何かを押し当てたように、こめかみがぎゅっと熱くなった。
「答えられない?」
恥ずかしくて素直になれない真緒を、亨はきっとわかっている。
「じゃあ、身体で教えて」
ベッドでの意地悪な顔を初めて覗かせた亨は、真緒の乳首を唇で挟んだ。柔らかく食む。次にはごく軽く、だが何度も吸われて真緒は喘いだ。
「あ……、は」
秘花に指が潜り込んでくる。
「こんなに……」
彼の愛撫にどれほど夢中になっているのか。二本の指はその証拠の蜜をすくいあげるように動いている。
「や……」
「嫌?」
「……恥ずかし……いです」
いつものようにそれしか言えなかった。亨は恥ずかしいのは自分も同じだと言った。彼は真緒の手を取り、自分の分身に触れさせた。
(亨さんの……、熱い)
手を離しても、熱は指先に残った。
「羞恥は快感の呼び水になるんです。もっと気持ちよくなれる。真緒さんだけじゃない。私も一緒にです」
亨は真緒の乳房を唇で愛しながら、秘花の深いところまで指で開いた。亀裂にそってゆるゆると行き来させる。
「亨さ……ん……」
彼の手は滑らかに動き続け、滲み出る蜜がその指を濡らしていく。真緒の両足から力が抜けると、秘花の綻びが大きくなった。
「可愛いですよ」
囁く声が掠れていた。息を乱しはじめた彼に、夢中になっているのは自分だけではないのかもしれないと胸が高鳴る。
亨は花弁に埋もれた快感の芽を見つけた。
「ここ?」
そっとつつかれ、真緒の腰がひくりと揺れた。
「ん……、……駄目……」
言葉では拒むけれど、身体は喜んで受け入れている。蜜を塗りこめるように撫でられると、もっと触れてほしくて花芽がぷくりと膨らんだ気がした。
下を嬲られ、乳房もキスで弄ばれて。
(すごく……気持ちい……)
どこまでも追いかけていきたくなる快感だった。
(亨さんもきっと……)
真緒はもう一度、彼の分身に指を伸ばしていた。
再び触れた彼は下腹につきそうなほど、雄々しく勃ちあがっていた。
(さっきより熱い……)
その熱さを愛しく思う感情がふいに込み上げ、真緒は彼を手のなかに包んでいた。亨は真緒の行為に驚いたようだったが、拒むそぶりも見せなかった。
真緒は手を、硬く張りつめた幹にそって動かした。彼が自分にしてくれるように、優しくゆっくりと愛する。
「……っ」
やがて何かを押し殺したような微かな声が、真緒の名を呼んだ。
「真緒さん……」
真緒が目を開くと、自分の愛撫に素直に身を委ねる彼の、無防備な表情があった。
スーツを着ている時には決して見せない、乱れた前髪。
眉間にも、見たことのない皺が寄っていた。
悦びに堪える苦しげな表情。
こんな皺ひとつに真緒の心は揺さぶられる。
今、目に映る彼を、たとえ一瞬でも誰にも見せたくなかった。独り占めしたかった。
これが尾形の言っていた、理由も理屈もなく自分を激しく揺さぶり動かす感情なのだろうか。
真緒はただひたすら亨が欲しかった。死ぬまで彼を自分だけのものにしてしまいたかった。
「亨さん」
泣きたいぐらい胸を締めつけられた真緒は、亨の頭を抱くようにして、寄せられた眉間に口づけていた。
「真緒さん……」
亨は真緒を痛みを感じるほどの強い力で抱きしめた。
「結婚が決まってから、真緒さんについて幾つもの発見をしました」
亨は真緒の髪に顔を埋めた。
「でも、あなたを知るための時間は、今まで見えていなかった自分自身を知るための時間でもあったんです」
亨の乱れた息が、真緒の額にかかる。
「私は自分は性的欲求が薄い方だと思っていました。もしそうした欲望が頭をもたげても、意志の力で簡単に捩じ伏せてしまえる自信がありました。……違っていました。初めてあなたをベッドで抱いてからは、いつも頭のどこかで今夜のことを思っていました。仕事中なのに、気がつくと真緒さんのすべてを自分のものにする場面を妄想していたことまでありました」
「あなたが欲しかったんです」と、思いつめた声が言う。「ずっと我慢してきたんです」と、亨は真緒を抱きしめる。
「あの日……。真緒さんが私に嫁ぐためのドレスを着てくれた日を境に、待つしかない私の苦痛は恐ろしいほど膨らみました。まだ日が高いのに、場所もわきまえずにあなたを抱いてしまった時の記憶が幾度も蘇っては、私を追いつめました。だから、式の間も今夜のことで頭がいっぱいでした」
彼の速い呼吸と、真緒の呼吸が重なる。長いキスの後、「いいですか?」と彼は聞いた。頷く真緒にどんな迷いも躊躇いもなかった。