愛は不要、後継ぎを産むという条件で、結佳は妹の留学費用のために由緒ある宇江原家の嫡男・龍馬と結婚。すべてが初めての結佳なのに、龍馬から激しく甘い悦びを引き出されて…。だけど意外にも優しい彼の一面に淡い想いが芽生えてしまい、与えられる快感の中で必死に気持ちを隠していたが、龍馬もまた結佳に特別な感情を抱くようになって――。
そう――。あれから三か月。本当に夢を見ているような三か月だった。
いったいどうなることかと思っていた結佳だが、龍馬はまずなによりも先に、麻里と三人で食事に行く手筈を整えてくれた。
「取引先で見かけた結佳さんに僕が一方的に一目ぼれしてね。退職すると噂で聞いて、慌ててプロポーズしたんだ。付き合ってくれと言っても信じてくれなかったから、ちょうどよかったよ」
良家の御曹司の皮をかぶった龍馬が、ニコニコと微笑みながら麻里にさらっと嘘をついたものだから、結佳はあやうく超高級フレンチ店の椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「えーっ、うっそ! 一目ぼれ!? きゃあ素敵、漫画みたいっ!」
都内のレストランの個室でそう打ち明けられた麻里は、瞳をキラキラと輝かせて龍馬を見つめている。完全に憧れのスターを見るような目だ。
そんな視線を当然のように受け止めながら、
「僕とお姉さんの結婚、賛成してくれるということでいいかな?」
龍馬は余裕たっぷりで微笑む。
「勿論です! ちょっと急すぎてびっくりしたけど……」
「僕は早く、結佳さんの大事な家族である君に話したかったよ。でも結佳さんはずっと迷っていてね」
龍馬は少し悲しげな表情になって、中指で眼鏡を押し上げた。
なまじ顔が整っていて、堂々としているものだから、まったく嘘をついているように見えない。
「そうだったんですね~……。もう、お姉ちゃんったら、だめじゃない。私のこと気にしてくれたのは嬉しいけど、私だってもう子供じゃないんだよ。お姉ちゃんはお姉ちゃんで、ちゃんと幸せになってくれなきゃ!」
「は、はい……」
麻里はキリッとした表情で結佳を叱責したあと、改めて龍馬に向かい合い、
「ちょっとおっとりのんびりしている姉ですが、本当に真面目で、頑張り屋さんで、優しい姉なんです。どうかよろしくお願いします」
と深々と頭を下げたのだった。
「麻里ちゃん……」
そんな妹の真摯な姿を見てしまったら、もうなにも言えない。勿論、これは嘘ですなんて今更告白できるはずもないのだが。
結佳は引きつる頬を必死に笑顔に変えて、妹と将来の夫の会話を見守ることしかできなかった。
後戻りはできない。腹をくくるしかない。
龍馬はそれから自身の留学経験などを話し「力になりたい」と誠実に語り、二時間のディナーが終わるころには麻里はすっかり龍馬のファンになっていた。
結佳が一番に気にかけている麻里に対してフォローしてくれたのは嬉しかったが、複雑な気持ちになる。
「いきなり結婚するって言われてビックリしたけど、あんな人がお義兄さんになるなんて、なんだか夢みたいだな。お姉ちゃん、幸せになってね」
帰宅後、大きな瞳を潤ませて、姉の幸せを純粋に喜んでくれた麻里に罪悪感が募るが、本当のことを知られるわけにはいかない。
(それにしても私が一目ぼれされたなんて、どうして信じちゃうんだろう)
龍馬が持つ謎の説得力のせいだろうか。
だが確かに一目ぼれくらいの勢いだけの理由がないと、宇江原コーポレーションの社長と結婚なんて、あり得ない。だからこれでいいのだと自分に言い聞かせた。
その後、宇江原家の両親のもとに挨拶に行くのかと思ったのだが、なぜか会うことすら叶わなかった。
大事な跡取り息子の結婚相手なのにそんなことでいいのかと思ったが、龍馬いわく、両親はとっくに引退してそれぞれに愛人を持ち、本家に顔を出すのは稀らしい。
両親それぞれに愛人がいると聞いてまた驚いた。
本当に宇江原家というのは、自分にとってなにもかもが規格外すぎる。
『あの人たちは俺に興味がない』
龍馬の言葉を少し寂しいと思ったが、あえて口には出さなかった。
なぜならそう口にする龍馬の横顔がすべてを受け入れつつも、少し物悲しく見えたから。
なにも知らない自分が他人事のように『寂しいですね』と言うのは違う気がしたのだ。
そうして――結佳は龍馬と式を挙げ、こうやってベッドの上にふたり並んで座っている。
(彼は約束を守ってくれた。今度は私が約束を守る番だ)
正直いろいろと不安はある。
披露宴に出席はしていたが、結佳どころか龍馬とも会話すら交わさなかった義両親は、いつのまにか披露宴会場からも姿を消していた。
結婚後は宇江原の本家に住む予定なので、もしかしたらいつか顔を合わせることもあるかもしれないと思ったのだが、龍馬から『顔を合わせるのは年に数回だろう』とも言われていた。
(仲良くできたらいいんだけど……無理かなぁ)
夫と両親の関係は完全に冷え切っているとはいえ、結佳もまた彼らの娘になる。結佳にはすでに両親がいないのだから、できれば仲良くしたいと思ってしまう。
(龍馬さんに言ったら笑われちゃうかな)
そんなことを考えていると、つい手首のあたりを指で撫でていたようだ。
「結佳、お前。不安なのか」
それを見た龍馬が低い声で尋ねる。
「えっ!?」
なぜわかったのかと顔をあげた瞬間、
「大丈夫だ。お前は俺に身をゆだねていればいい」
龍馬は両手で結佳の顔を包み込み、まず額にキスを落とした。
「あ……」
「結佳」
名前を呼ばれたあと、額、まぶた、頬に、ちゅ、ちゅっと、かわいらしいリップ音が響く。まるで恋人同士のようだと勘違いしてしまいそうな、優しいキスだ。
ちなみに龍馬とはホテルのバーでキスをしてから今までずっと、キスのみの清らかな関係を保っていた。
結婚式しかり、ときおり戯れのように抱き寄せて触れるだけのキスをすることはあったが、あれは慌てふためく結佳を笑うためだけにやっていたのではないだろうか。
龍馬は宇江原コーポレーションの仕事で、国内どころか世界中を飛びまわっており、とにかく忙しい人だ。それでも十日に一度は必ずふたりで食事をする時間を捻出して、結佳との時間を作ってくれたのは、よりよい関係を築こうと努力してくれたのだろう。
(確かに険悪な気持ちで子作りなんかしたくないもんね)
愛するつもりもないし愛されたくもないと、堂々と口にしてしまう龍馬ではあるが、彼なりに結佳に気を使ってくれているのは間違いない。
そうして物思いにふけっていると、
「――口、少し開けろ」
龍馬が低い声でささやく。
「あ……」
龍馬の親指が結佳の唇に触れ、こじ開けようと少しだけ動く。彼の指が求めるように口を開くと、
「いい子だ」
龍馬はそう言って、頬を傾け口づけた。
それは今まで彼がしてきたキスとは、まるで違うものだった。
しっとりと濡れたあたたかい舌が唇を割り、口の中に入ってきて、結佳の舌に触れる。絡ませ、甘噛みしながら、ちゅうっと音を立て吸い上げる。
生まれてこの方、男性と付き合ったことがない結佳にはあまりにも強い刺激だった。
「ん、んっ……」
全身がぞくぞくと震える。甘いしびれが広がって、なんだかくすぐったい。
龍馬の舌が這いまわっているのは口の中だけのはずなのに、まるで全身を舐められているような不思議な感覚になる。
(気持ちいい……)
心も体もそわそわして、とっさに龍馬のバスローブの胸元をつかんでいた。そんな結佳の心の声を読んだかのように、龍馬がふっと笑う。
「目が潤んでいる。気持ちいいんだな」
「っ……そ、そういうことは、言わないで……ください」
しどろもどろにそう口にすると、龍馬は切れ長の目を細めた。
「お前が恥ずかしがる姿を見たいから、言う」
「も、もうっ……」
恥ずかしさで唇を尖らせると、龍馬はまたクックッと喉を震わせるように笑い声をあげ、それからバスローブの中に手を入れ、結佳の背中と太ももに手のひらを滑らせた。
「やっぱり着けてるんだな」
彼の指先が、下着のふちをなぞっている。
「それは、ちょっと迷ったんですけど……」
どうせ脱ぐのだと頭ではわかっていたが、やはり裸は不安だった。
「まぁ、想像どおりだ」
彼は器用にブラジャーのホックを外す。急に締めつけから楽になった感覚に、ひゅっと身が縮まる。
「あ、あの、電気っ!」
とっさにそう叫ぶと、
「十分暗いだろ。全部消したらなにも見えなくなる」
彼の言うとおり天井の明かりは絞られていて、枕元に上品なガラスのランプが飾られているだけだ。とはいえ、美しい彼に自分の体を見られるのが恥ずかしくてたまらない。
「そうですけど……」
「感じてる顔を見るのが好きなんだ。慣れろ」
しょぼしょぼと応える結佳に、龍馬はなだめるようにそう言って、さっさと自身のバスローブを脱いでしまった。
上等なバスローブの下から鍛え上げられた逞しい裸身が現れて、結佳は思わず息をのむ。
(は……裸だ……)
彼は下着を身に着けていなかった。
スーツ姿の彼はいつもインテリ風だが、眼鏡を外した裸の彼はギリシャ彫刻のように美しかった。どこから見ても完璧で、そのまま美術館に飾ってもおかしくない美貌だ。筋肉の線を視線でなぞっていると、自然に下半身に向かっていきそうになる。
(あっ、私ったら……!)
慌てて顔を上げ、結佳はバスローブの前をかき合わせて無言でうつむく。
彼はきっと今まで特別に美しい女ばかり抱いてきたはずだ。本当に今更だが、ボリュームのない、貧相な自分の裸が恥ずかしくなってしまった。
「隠すなよ」
だが龍馬はそう言ってやんわりと結佳の手首をつかみ、左右に開く。そしてまたバスローブの中に両手を滑り込ませると、肩から後ろに落としてしまった。
「こうやって素肌で抱き合うのが一番気持ちいい」
そしてまた頬を傾け、口づけを始める。
「あ……」
唇の表面をはまれ、吸われ、また甘い陶酔に眩暈がし始めた。それから龍馬の手が胸に伸びてくる。彼の大きな手が結佳のささやかな胸をゆっくりと持ち上げ、清潔に整えられた指先が胸の先を、そうっと撫でる。
くるくると円を描くように、優しく。
淡いしびれが全身に伝わって、くらくらした。
「ん、あっ……」
唇から自分でも聞いたことがない甘い声が漏れる。恥ずかしいがただ座っているだけなのに体に力が入らない。
それを龍馬に気づかれたらしい。結佳の華奢な体をシーツの上に横たえると、額にこぼれる前髪を手のひらでかき上げながら、結佳の胸の先をそうっと唇に含んでしまった。
「ひゃんっ……!」
思わず子犬のような悲鳴が口からこぼれる。
「あ、ごっ、ごめんなさいっ……」
とっさに手の甲で口元を押さえると、龍馬がちらりと上目遣いで結佳を見上げた。
「謝らなくていい。声も我慢しなくていい。俺もそのほうがやる気が出る」
そして両手で結佳の胸を寄せ、また舌を這わせ始める。
「あ、あっ……ふ、ぅ……」
胸は柔らかく揉み上げられながら、先端を舌や歯でこねられる。小さな痛みが快感にすり替わり、さざ波のように積み上げられていく。
「感じやすい体なんだな」