「きみと結婚できて俺は果報者だ!」唯一の家族であった兄の遺した新酒を完成させるため、兄の友人で大手ワインメーカーの御曹司である高藤と結婚した紗花。仕事のための結婚のはずなのに、高藤はあっという間に婚約指輪と結婚指輪を用意し、新居も衣服まで整えて紗花を甘やかす手を緩めない。「大事にするよ……俺だけの、紗花」初夜から想定外に全身をくまなく愛されてしまって――!?
ふいに高藤がこちらを向いて上体を起こし、紗花の頬に触れた。
「少し落ち着いた?」
あ、もしかして私をリラックスさせようと?
「はい、少し……でもまたちょっと……」
どうせ取り繕っても見抜かれてしまうだろうと、紗花は正直に答えた。
「脅えさせるつもりはないし、後悔させる気もない。というか、してほしくない。そう思ってるってことを、知っておいてほしい」
緊張だけではなく、温かなものが伝わってくる。
「ありがとうございます。でも、そんなに気にしないでください。私は晃司さんの奥さんになりたいと思って結婚したんです。後悔なんてしません。今も……晃司さんこそ――」
「俺だってそうだ。きみと結婚したいからプロポーズした。夫としてきみを守っていくし、幸せにする」
愛故でなくても、こんなに優しく大切に、ちゃんと妻として扱われて、躊躇などあるはずがない。なにより紗花は高藤が好きで、彼の妻になれることが嬉しい。
ゆっくりと高藤の顔が近づいてきて、紗花は目を閉じた。唇の感触に一瞬震えたけれど、宥めるように啄まれて、次第に力が抜けていく。
こんな感じなんだ……こんなキスをするんだ……。
前回のキスはまったく覚えていなくて、温もりも唇の柔らかさも吐息も、初めて高藤のものとして紗花に刻まれる。
覆いかぶさるように体重をかけられ、高藤の舌が忍び込んでくる。恥ずかしながら、こんなキスは経験がない。応えるどころか、息が上がらないようにするので精いっぱいだ。
「……っふ、……んぅ……」
濡れた髪をまさぐる指が耳に触れ、ぞくりとしたものが背筋を走り抜ける。思わず肩を揺らした紗花に、高藤はゆっくりとキスを解いた。
「ごめん、がっついたか」
「……そんなこと。私のほうこそ、いい歳をして不慣れで……」
「なにを言うんだ」
高藤の腕が紗花の頭を抱き寄せる。胸元からかすかにトワレが香った。
「きみに触れられるのが自分だけだと思うと、有頂天になりそうだ。年甲斐もなく気が急いて、それを抑えようと必死になって」
「そんなことしないでください」
紗花は初めて自分から高藤の肩に両腕を回した。
「大事にするよ……俺だけの、紗花……」
もう一度キスをされ、唇が徐々に頬から耳朶へ、首筋へと移っていく。気づけば高藤の手は、紗花の肩からバスローブをずらすように撫で下ろしていた。
高藤は紗花の鎖骨の間を唇でなぞりながら、バスローブの前を開く。
「あっ……」
部屋の照明は先ほど消されたままだったが、まったくの暗闇というわけではない。スライドドアが開いたままのリビングからも明かりが洩れていて、紗花の胸元を浮かび上がらせた。反射的に覆おうとした手を、高藤に掴まれる。
「見せて」
紗花から離れた手が、乳房に触れた。そっと包まれ、柔らかく揉まれる。反対側に顔を伏せられたかと思うと、濡れた感触が先端に絡みついた。
「……あ、……ああっ……」
セックスにおいて当たり前の行為だとわかっていても、それが自分と高藤との間で行われていることに狼狽える。
「嫌? 気持ち悪い?」
顔を上げた高藤に訊かれ、紗花は即座に首を横に振った。そう、嫌ではない。高藤に触れられているなんて信じられなくて、本当にいいのだろうかと思ってしまうのだ。それに、変な反応をしてしまって、高藤に呆れられたらと思うと気が気ではない。興を削いでしまって、途中でやめられたりしたら――。
「やめないで……もっとして……」
薄闇で高藤が目を瞠ったのがわかった。
「……きみという人は。俺の理性を飛ばす気か」
高藤は紗花の胸にむしゃぶりつき、先端を思いきり吸い上げる。そこから疼痛が広がって、紗花は濡れた髪を振り乱した。動くにつれてバスローブがはだけ、裾が開く。膝頭を掴んだ高藤の手が内腿を這い上がって、ショーツの上から秘所に触れた。
「やっ……」
布が湿る感覚に、自分が潤っているのを知り、頬が熱くなる。高藤にも気づかれてしまったと恐れたが、彼は紗花の頬にキスをした。
「よかった、感じてくれて」
スリットをなぞるように指が行き来して、紗花は何度も身体を震わせた。足口の隙間から指が忍び込み、花園に直に触れる。思わず高藤の手首を掴んだけれど、それ以上制する力は入らなかったし、高藤もまた動きを止めなかった。
「……あ、あっ……」
蜜をまとった指が花びらをまさぐり、先端の花蕾を探り当てた。軽く撫でられただけで、紗花の腰ははしたないほどに揺れた。
「こうされるのが好き?」
「わっ……、わかりません……っ」
「そうか。じゃあ、わかるようにしてみよう」
高藤は紗花のショーツを引き下ろし、片足に引っかけたまま太腿の間に身体を割り込ませた。なにも身に着けていないまま脚を開くなんて、しかもそれが高藤の前でなんて恥ずかしすぎる。さらに高藤が紗花の下肢に顔を近づけるのに至っては、自分のほうが目を瞑ってしまった。そんなことをしても、なんの意味もないのに。
なにをされるか予想はついていたが、敏感なところを舐められた感覚は衝撃だった。それ以上に、高藤にそうされているという事実に、思考が飽和状態になった。
高藤はまったく躊躇うことなく、紗花がわずかでも身体を震わせたり声を洩らしたりすると、執拗に攻めてくる。唇で啄まれ、舌先で突かれ、絡みつかれ、そこがぼうっと痺れたようで、あと少しでもなにかされたら、どうにかなってしまいそうだ。
我知らず高藤の髪を掴んで仰け反っていた紗花は、花蕾を吸い上げられて上りつめた。がくがくと腰が揺れ、高藤の頭を太腿で締めつけもしたかもしれない。
放り出されたように身体が弛緩し、こめかみがうるさいほど脈打っている。
顔を上げた高藤は、紗花の身体にまだまとわりついていたバスローブを取り去りながら、蜜にまみれた花びらをまさぐる。指先がゆっくりと侵入してくるのを感じて、紗花は本能的に脅えた。
「ひどくしないから」
その言葉どおり、紗花の中で動く指は少しも痛みを感じさせなかった。むしろ次第にもどかしさを感じるほどで、戯れるように花蕾を撫でられると、中がうねって指を締めつけてしまう。
「紗花――」
いつの間にか自分もバスローブを脱いでいた高藤が、紗花の上に重なってきた。温かな素肌の感触が妙に恋しく感じられて、紗花は高藤の背中に両手を回した。
指が抜け出たと思うと、代わりにずっと熱くて硬いものが押し当てられる。
……え? 無理……じゃない?
いまだに高藤の全裸を見ていないけれど、明らかにサイズが合っていない気がする。果たしてちゃんとできるのだろうか。
しかし紗花は高藤と結ばれたい。籍を入れたのだから当然ということだけでなく、高藤が好きだから。彼の妻になりたいから。
高藤がまるで愛し合って結ばれたカップルのように紗花を扱ってくれるから、今はそのつもりで過ごしたい。
「つらい?」
「……平気、です……」
「うん、ごめん。もう止められそうにない」
そう言ってくれるなら、嬉しい。欲しいと思ってくれるなら――。
「……あっ……!」
ぐっと入り込んできたものが、さらに奥へと進んでいく。まるでそれを押し返すかのように、あるいはまとわりつくように、自分の中が蠢くのを感じる。痛みも息苦しさもあるけれど、それよりも高藤と結ばれたことがはるかに嬉しかった。
深く息をついた高藤が、紗花の首筋に顔を埋めた。
「本当に俺のものなんだな……」
「私もそう思っていいですか? あっ……」
中で高藤のものが脈打つのを感じ、紗花は身じろぎする。
「これ以上浮かれさせないでくれ。それに、当たり前だ」
高藤の双眸が濡れたようなきらめきを発していて、紗花は陶然とそれを見上げる。どちらからともなく唇を重ね、舌を絡ませるうちに、高藤がゆっくりと動き出した。隙間もないほどぴったりと埋め込まれているせいか、つられて自分の腰まで揺れてしまうのが恥ずかしかったけれど、わずかに生じたズレが大きくなっていくのに従って、中を擦られる感覚に疼きを感じた。
「……んっ、……あ……」
唇が解放され、抑えようもなく声が洩れる。
……やだ。なんか……。
高藤がとことん優しく扱ってくれて、初体験の緊張が消えてしまったせいか、逆に感覚が敏感になってしまったような気がする。快感をそうとはっきり受け止めていて、それはそれで悪いことではないというか、高藤との行為に悦びを感じられる自分が嬉しくはあるのだが、そんな紗花を高藤がどう思うかということが気になる。
案外好きものなんだな、とか、初めてのくせに、とか……。
そんなことを考えていると、高藤が大きく動いた瞬間、鋭い快感が走り抜けた。
「あっ、だめっ……」
「痛い?」
とっさに否定して、高藤と目が合う。紗花の表情から真意をくみ取ったらしく、高藤は蠱惑的な、そしてどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「きみのいいところを見つけた。ここ――」
再び同じところを刺激されたらしく、紗花は高藤にしがみつきながら、淫らなほどに腰を揺らした。
「だめっ、本当に……あっ、どうにかなっちゃう……」
「逆効果だよ。俺はそうなってほしいんだから――んっ……そんなに締めつけないで」
自分がそんなことをしているなんて思いもよらず、紗花は混乱した。意識して力を抜こうとするが、高藤から送り込まれる快感が高まるばかりだ。
「……あっ、ああっ……もう……っ……」
いっぱいに膨らんだ風船が弾けるように、あるいは大波に浚われるかのように、紗花は絶頂を迎えた。内も外も全身が震えて、痺れる。そんな紗花を思いきり抱きしめる高藤も、詰めていた息を大きく吐き出した。
抱き合ったまま、互いの心臓の音を感じる。高藤の心音は早くも落ち着きを取り戻しているのに、紗花はまだ喘ぐほど息も脈拍も乱れている。
「紗花……ずっと俺が守っていくよ」
達した後も高藤は優しい。いや、もっと優しくて情熱的で、紗花は自分が世界一幸せな妻になれた気がした。
少女時代に淡い憧れを抱き、再会してもそれは過去の思い出のままになるはずだったのに、突然のプロポーズ。高藤がもともと望んでいた結婚ではなく、そこにあるのが恋愛感情ではなく同情だったとしても、こんなに愛されていると思わせてくれる。今はその気持ちだけで嬉しい。
そして紗花はもう、妻として高藤を愛している。いつか心から想い合う夫婦になれるようにと、願ってやまない。
ううん、願うだけじゃだめだ。叶えたいなら、自分で行動しなきゃ。
「晃司さん――」
紗花は気怠い腕を伸ばして、高藤の頬に触れる。
「……私も、妻としてあなたに尽くします」