美人で仕事もデキるがちょっと抜けている一倉花映は、入社した6年前からずっと同期のエリート・兵馬孝宏に片思い中。恋愛経験の低さから、告白できずにライバルとして張り合い、お互いに憎まれ口を叩いてばかり。そんな時、一緒に出張に行った先でホテルがダブルルームしか空いてなく、動じない孝宏に「今夜、おまえを抱きたい」と迫られてしまい――!?
「答えないなら、シャワー浴びる時間なんて与えない」
大きな手が、花映の右手首をつかんだ。
あっと思うよりも早く、体が引き寄せられる。
「ま、待って、兵馬っ」
――せめてシャワーを! シャワーくらいは浴びさせて!
これから彼がしようとしているその行為は、花映にとっては人生最初の体験だ。実体験がないなりに、どういうことをするのかはわかっている。性教育の賜物――というよりは、女子校時代に周囲の体験談が花映にセックスのあれこれを教えてくれた。
先にバスルームを使っていいよと言った口で、シャワーを浴びる時間を与えないと言った孝宏は、花映をベッドルームに連れ戻す。
「……シャワー、浴びさせてください……」
いつもの威勢の良さはどこへやら、花映は消え入りそうな声で彼に懇願した。
「シャワー浴びてる間に、俺から逃げる算段をしないって約束してくれるなら」
――何、この状況!
まっすぐに心を射貫く孝宏のまなざしが、花映に冗談を言わせない。冗談で逃げさせない。
「約束、する」
「じゃあ、心の準備をどうぞ。あ、一応言っておくけど」
「うん?」
「避妊具は準備してあるから、心配いらないよ?」
「なっ、な、なな、何言ってるのっっ!?」
顔から火が出るかと思った。
「あーあ、一倉、顔真っ赤」
「うるさい、ばかっ」
脱兎のごとくバスルームへ駆け戻り、花映はドアに背中をつけてずるずるとしゃがみ込んだ。
――ひにんぐって、ひにんぐって!!
避妊しませんと宣言されるのも困りものだが、準備してあると言われると、いつからそういうつもりだったのかが気になる。
――まさか、出張の荷物を作るときからソレを準備してたの? それともこっちについてから、コンビニに寄ったとき?
唐突に訪れた初めての夜を前に、花映はただもそもそと体を洗うしかできなかった。いつもよりちょっと念入りに洗ってしまう自分が恥ずかしい。彼に触れられることを、期待している。
自分が彼に欲情していると、認めざるを得ない。
シャワーを終えて髪を乾かし、備え付けのパイル地のバスローブを着る。こういうとき、下着はつけたほうがいいのか。それともバスローブ一枚で戻るべきなのか。
三十秒ほど考え込んで、花映は鏡に向かって小さくうなずく。
どうせ脱ぐものなのだ。こちらもそれなりにやる気を持って挑むという意思表示も含めて、素肌にバスローブで戻ると決めた。
――ところで、なんで兵馬はわたしを抱く気になったんだっけ。え、つきあってないのに? というか、好きとも言われてないのに?
その疑問は、あえて蓋をして見なかったことにする。
彼が求めるのなら、そのチャンスを逃す理由はない。
花映だって、好きな人に抱かれたいと思う。アラサー処女だからこそ、強く思うのかもしれない。
――たとえ今夜だけの関係でも、もういい。なんでもいい。だってわたし、兵馬のことが好きだもの。
覚悟を決めて、ベッドルームへ続くドアに手をかけた。
ユニバーサルデザインの、段差がない床。洗面所とベッドルームの境目を一歩踏み出すと、世界がひらけたような気がした。
「おかえり」
「ただいま……?」
微妙に疑問系で答えた花映は、ベッドに座っている孝宏を見て足を止める。
「俺もシャワー浴びたほうがいい?」
「そこはお任せします」
「なんで敬語だよ」
軽い笑い声をもらし、彼が花映に向けて両腕を広げた。スーツのジャケットは、花映がシャワーを浴びている間に脱いだらしい。ワイシャツに、少し緩めたネクタイ。そっと近寄ると、腰を抱き寄せられた。
「……ほんとうは、ずっと抱きたかった」
――え……?
「一倉を抱きたいって思ってた。知らなかっただろ」
「し、知らないよ、そんなの……」
「だから、今夜はちゃんと知って。俺がどれだけ一倉――花映を抱きたいか、思い知れよ?」
大きな手で背中を撫でられ、そのままベッドにうながされる。
これは夏の夜が見せる夢なのではないか。
見慣れない天井を背景に、花映を見下ろしてくる孝宏が甘い笑みを浮かべた。
「髪、ちゃんと乾かした?」
「うん」
「確認しようか」
そう言って、花映の左耳の裏に彼が鼻先を寄せる。首筋に吐息がかかって、体がビクッとこわばった。くすぐったいような、甘いかゆみのような、言葉にできない感覚がこみ上げる。
――こんなの、知らない……
唇が、肌に触れた。
触れた箇所から波状に甘く淫らな感覚が広がっていく。
「っっ……!」
「いい香りがする。ボディソープ? シャンプー?」
「わ、かんない。どっちか」
耳元で聞こえる孝宏の声は、いつもよりも少しかすれている。近すぎてかすかにこもって聞こえるほどだ。
耳のうしろにキスをして、長い指で髪を梳かれる。いつの間にかバスローブの裾が乱れて、膝の間に彼の脚が割り込んできていた。
「は……っ……ずかし……」
「うん」
「兵馬、恥ずかしいから、あんまり……っ」
「いやだよ。せっかく花映を抱くのに、あんまり感じさせないなんてもったいない」
言葉にできなかった部分を、彼は完全に読み取っている。
体の奥深いところから、自分の知らない自分がにじみ出てくるような気がした。膝を閉じようにも、孝宏の脚が挟み込まれているせいでままならない。
「ひゃっ……!」
髪を撫でていた手が、肩口に触れる。ローブ越しではなく、ローブの中に滑り込んできた。
――兵馬の手が、わたしに触れてる……!
「肌、やわらかい」
「うう……、ヘンなさわり方しないで、く、くすぐったい、から」
「ヘンなさわり方、ね?」
意味ありげに微笑んで、彼がパイル地の下で手を動かす。するりと指先が胸の膨らみにかすめた。
「っっ……!」
「心拍数、すごいな」
「そっ、んなの、」
当たり前だ。
ずっと好きだった孝宏に、体を弄られている。そう考えるだけで、はしたないことに脚の間が甘く濡れていく。
「ねえ、花映」
「ん……」
「花映」
愛しくてたまらないとばかりに、やわらかな彼の声が花映の名前を呼ぶ。それだけで泣きたいくらいに胸が痛い。
「花映って、呼びたかった」
「……そう、なの?」
「きれいな名前だよな。花映にぴったり」
すう、と胸元が涼しくなる。バスローブの前がはだけられ、双丘があらわになった。
「あ……!」
思わず肌を隠そうと両手を動かしたが、その動作も見越していたとばかりに孝宏が軽く花映の腕をつかむ。
「きれいだよ。隠さないで」
「や、やだ」
彼に見られている。
その現実から、目を背けたくなった。
左右の頂は触れられてもいないのに、ツンと屹立している。孝宏に触れられるのを待っているのがわかるほどだ。
「ね、ここもかわいい」
「ぁ、あっ……!」
ちゅ、と小さく音を立て、彼は左胸の先端にキスをする。一瞬触れただけだというのに、腰がわなないた。
「ああ、キスされると花映も嬉しいんだな。ピクッて震えて、かわいすぎる」
「や、待って、待っ……、あ、あっ」
抗う体を甘く組み敷いて、孝宏が二度三度と繰り返し乳首にキスをした。唇が触れるたび、熱を帯びる。体の輪郭が溶けてしまう気がした。
「んぅ……っ……、い、いい、の……」
「うん」
「気持ち、い……」
「素直な花映って、やばいな。いやらしくてかわいくて、腰をくねらせる姿がきれいだ」
孝宏の声が、肌の上を滑る。それまで唇を押し当てるだけだったのが、指で軽く先端を弾かれた。
「っっ……! ぁ、ああ!」
「こんなに凝らせて、感じてるんだ?」
「い、じわる……っ」
「あれ、今さら? 俺はずっと意地が悪いよ。花映だって知ってるくせに」
世界を支配するような美しい笑みで、孝宏が花映を見下ろす。
――知っていて、好きになった。イジワルなところも優しいところも、全部。
「片方だけじゃ反対がかわいそうだよな。こっちもかわいがってあげる」
上半身を起こし、ベッドの上に膝立ちになった彼が両手で花映の乳房をやんわりと揉みしだいた。手のひらが左右の感じやすい先端を押しつぶしてくる。
「んっ……ん、ぅ……!」
押し込まれるほど、乳首は敏感になった。刺激に貪欲に呼応して、せつないほどにきゅうっと屹立していく。
「花映、キスしようか」
「き、す……?」
「ああ、もうこれだけでそんな蕩けた顔してくれるんだ」
両胸を愛撫されながら、花映は目を閉じる。ゆっくりと彼の顔が近づいてくるのが気配でわかった。
――兵馬、知ってる? わたし、キスするのも初めてなんだよ。
優しいキスが、唇を塞ぐ。
せつなさに息ができない。苦しいくらいに、彼が好きだ。
「おーい、息とめすぎ。あと、唇に力入れすぎ」
「初心者に優しくしてよ……」
「……うん。優しくする」
そう言って、孝宏が右手の親指と人差し指で花映の下唇をつまむ。
「ん!?」
「やわらかくなーれ、力抜けろー」
「ちょ、何、ん、んっ……」
笑いそうになったところに、二度目のキス。今度は、重なるだけではなく彼の舌が唇の内側へと入り込んでくる。
――し、舌、舌が……!
ぬるりと濡れた熱い舌先で歯列をなぞられ、耐えかねて花映はあえぐように口を開いた。それを待っていたとばかりに、孝宏の舌が口腔まで侵入してきた。
「んんっ……」
「舌、逃げないで。あと、噛まないでね」
――無理、こんなキス。初心者だって言ったのに。
逃げを打つ花映の舌を、孝宏が甘く搦め捕る。絡み合うやわらかで淫靡な感覚に、シーツの上で肩が何度もびくびくと震えた。
胸を覆うように触れていた彼の手が、なめらかに位置を変えていく。
――や、待って……!
その感触に気づいたときには、もう遅い。
左右の感じやすい部分を、親指と人差し指できゅっとつままれてしまった。
「んぅ……っ、ん、ぁ、ああ、んっ……」
鼻から甘い嬌声が抜けていく。乳首をつまんだ指は、それだけでは満足せずに根元をこりこりと縒るような動きで刺激してくる。
――やだ、こんなのおかしくなっちゃう。キスしながらさわられると、何も考えられない……!
知らぬ間に、彼の舌に合わせて花映の舌が自分から動いていく。くるりと舌のまわりに螺旋を描かれれば、まだ何も知らない腰が跳ね上がった。吸い寄せられるようにこちらから舌を出すと、彼がそれを甘く唇で食む。
恍惚に打ち震える体が、どうしようもないほどもどかしい。
「花映の唇、かわいい。舌も俺のキスに慣れてきた」
「だって、兵馬が……」
「俺がいやらしく教え込んでるから、仕方ないよ。あきらめて、もっと俺のものになろうか」