エリート上司の久我が仕事で荒れている場面を見てしまい、彼の自宅に呼ばれた茉優。なぜか一緒にホラーゲームをしてストレス解消に付き合うはめに。口は悪いが気がよく、本当は優しい久我に惹かれていくけれど、ある理由から恋愛するのは怖い。「これは恋愛じゃないから最後までしていい?」茉優の怯えを包み込むように、久我は甘く迫ってきて……。
「今日は……ゲームじゃなく別の方法でストレス解消してもいい?」
「え? いいですけど……」
なんだろう? お酒飲みながら喋るとか?
そう思っている間にふわりと抱き締められた。え? え? ええ……!?
「く、久我さん!?」
「この間さぁ、雷が鳴って、落ち着かせようと抱き寄せたら、長澤さんから甘いいい匂いがした」
「え!? あ、シャンプーかなんかの匂いですかね!?」
自然派ブランドの完熟桃シリーズは最近のお気に入りのケアグッズだ。
「そこは予想通りだったか」
ぼそりと呟いて、久我さんは喉の奥で小さく笑う。予想通りって、なに?
「思い出したらまた抱き締めたくなって、あの時、会社で目が合った時、疚しくてつい目を逸らした。ごめん」
「え? いやそんなあの……っ」
なんて答えていいか分からない。だって元々雷が怖くて子供みたいに騒ぎ出したのはこっちだし、久我さんはそんな私を落ち着かせようとしてくれたわけで、つまりは親切心?
いや、でも桃の香りにそんな効果があるなんて思ってもみなかった。リラックス効果?
「こんなこと言って、怒ってない?」
耳元でくぐもった声が色っぽい。それだけで心拍数が上昇してしまう。
「怒ってなんかいませんし!」
「この間、目を逸らしたことも?」
「あれも……っ、本当に怒ってはないです!」
パニクっているのを悟られないように、つい大きな声で早口になってしまう。
「よかった……」
心の底から安堵したような声を聞いて、私は思わず彼の背中に手を回し、撫でてしまった。
「大丈夫、ですか?」
聞いてよいのかどうか分からないけど聞いてしまう。
「――何が?」
「あの……、またすごくストレスになるような辛いことがあったんじゃないかなぁ、とか」
だって、今の久我さんはなんか迷子の子供のように寄る辺ない感じがしたのだ。
「仕事に関しては問題ない。元々たいしたことじゃなかったしね。でも長澤さんに着拒されたと思った時は辛かった。そんなに怒らせちゃったのかなって」
「あ、あれは……っ。さっき説明したように久我さんに私が不要になったのなら、さっさと消えた方が良いのかなって」
「…………」
久我さんは何を考えているのか、しばらく答えない。その間私たちはずっと抱き合ったままだったので、正直困ってしまった。どうしよう。このあとどうすればいいんだろう。この間私がして貰ったみたいに頭を撫でるとかしたらいいのかな。すごく気持ちよかったけど、男の人はどうなんだろう。
「俺の要不要が長澤さんの居場所を決めるの?」
「えっと、それは……」
却って彼の負担になりそうで、そうですとは言い難い。でも自分にできることがあるならしてあげたいとは思っていた。自分がこんなことを思うのは本当におこがましいかもしれないが。
「じゃあさ、俺を慰めるためにセックスさせてって言ったら、してくれたりする?」
「ええ!?」
そのパターンは全く考えていなかった。自分が久我さんの欲望の対象になるなんて、微塵も思いよらなかったのだ。
「だって全然そんな対象に見てなかったですよね!?」
聞き返す私に、久我さんは不明瞭な表情を浮かべる。
そっか、でもそうだよね。男の人ならエッチなことでストレス解消になるのかもしれない。たまたま近くにいい匂いの女子がいれば、その気になってもおかしくないのかもしれない。
抱き締めていた腕がほどかれ、五センチの距離で見つめられる。……ああ、やっぱり綺麗な顔だな。ずっと見ていたくなるような。少し切れ上がった獣のような目。高い頬骨と真っ直ぐな鼻梁。その硬い表情が不意に解けた。
「バーカ。男にこんなこと言われたらちゃんと殴って逃げなきゃ」
そう言って静かに笑うから。なんか胸の奥がぐらぐらになってしまう。
「ごめん、冗だ……」
「それはあくまでストレス解消ってことですよね?」
「あ?」
彼の言葉を遮るように私は食い気味に聞き返してしまった。
「あの、こんなことをお聞きするのは実におこがましいことこの上ないと思うんですが! 恋愛感情とかは一切ないですよね?」
「あ、……長澤さん?」
久我さんは呆気にとられているようだった。自分でもおかしいことを言っていると思う。でも。
「それならいいですよ。あの、たいした体じゃないですし経験値もないので満足して頂けるとも思えないのですが、……その、えーと、ひ、避妊さえして頂ければ!」
一気に言い切って下を向く。何を言ったの? 私、久我さんに何を言った?
どれだけ呆れられてもおかしくない。しかし久我さんの顔を恐る恐るのぞき見ると、彼は呆けたというよりどこか傷付いた顔をしていた。
やばい。またもや失言だったかもしれない。でも……。
「長澤さんはストレス解消ならOKで恋愛だとアウトなんだ?」
え? そこ?
「えっと、あの、私、恋愛とかはたぶん出来ないと思うので。でも行為自体は、その、久我さんのお役に立てるなら……?」
言ってからバッと顔から火が吹き出そうになった。なに言ってるの本当に!
「あ、でもごめんなさい! そんなの変ですよね! 忘れて下さい!」
立ち上がって帰ろうとする腕を掴まれる。互いの視線が絡み合った。彼の目が何か訴えかけているのが分かったけど、何を言いたいのかは分からない。
呆れてる? 怒ってる? それとも恋愛感情を伴わない行為を提案することにプライドが傷付いたんだろうか。でも元々言い出したのは久我さんで……。
「じゃあ、お願いしようかな」
何かを吹っ切ったような、少し冷めた目で彼は言った。
「え……」
「ストレス解消、させてくれるんだよね?」
「あ、あの、……はい……」
やっぱ迂闊だったかも、と思ってももう遅い。彼は長い綺麗な指を私の耳元に持ってくると、私がかけていた眼鏡をそっと外してローテーブルの上に置いた。
「え?」
「キスの時、邪魔だから」
「あ、なるほ――」
最後まで言わせず唇が塞がれる。めちゃめちゃ至近距離に久我さんの綺麗な顔があった。
近視だから周囲の景色はぼやけるけど、近くならはっきりと見える。うわ、毛穴ないな、この人。肌すべすべ。
「こら、そっちも目をつぶれよ」
私の視線に気付いたらしく、久我さんは一ミリだけ唇を離して少し怒った口調で言う。
「だって恥ずかしくて……っ」
「見られてる方が恥ずかしいっての。ほら」
頬に手の平を当てられたまま、親指で瞼をそっと下ろされた。うひゃ。
目を閉じてしまえば、脳は触れている感覚に集中する。私の顔を包み込む彼の手。触れ合っている柔らかい唇。やばい、どうやって息していいか分からない。
「……もしかして息止めてる?」
「ひゃ、らって……」
言葉も上手く出なかった。完全に酸素不足だ。
「そういう時は鼻でゆっくり息して。ほら……」
またもや唇が塞がれた。鼻で呼吸、鼻で呼吸。言われたことを思いだし、彼の顔に当たらないようにゆっくり鼻で息を吸って吐く。なんとかできた、と思ったら、唇をぺろりと舐められた。
「ふむっ」
変な声が漏れてしまって赤面した。やればできるなんて思うこと自体が思い上がりだったかもしれない。まだキスしかしていないのに、こんなに男女の接触行為が難しいなんて。
「嫌な感じする? 嫌悪感があるようならここまでにしておこう」
「け、嫌悪感はないですけど、色々難しいです……っ」
クラクラする頭で答えたら小さく吹き出された。
「続けても大丈夫そう?」
「あ、あの、はい……」
「とりあえずもう一度、深呼吸しようか。鼻で吸って口で吐く。できる? ゆっくりでいいから」
「はい」
目を閉じたまま、小さく答えて息を吸う。深く鼻で吸って口でゆっくり吐く。もう一度鼻で吸って、口で――と、唇を開けた途端、彼の唇が吸い付いてきていた。そのまま尖った舌が差し込まれ、私のそれに絡みつく。
――凶暴なキス。
完全に思考は停止した。
怖いほどの快感に脳が翻弄される。口の中を舐められているだけなのに。違和感や嫌悪感は全くなく、彼の獰猛な舌の動きに、ただただ溺れていたくなる。信じられない。キスがこんなに気持ちいいなんて。
顔の角度を変えて何度も食まれた後、ようやく顔を離した久我さんは掠れた声で言った。
「続き、できそう……?」
私は声を出す余裕すらなく、小さく頷く。彼に支配されることが信じられないほど気持ちよかったのだ。そこにあるのがどんな感情だったとしても。
◇
久我さんはその場に私を仰向けに押し倒すと、自分が着ていた服を脱ぎ始めた。上半身だけ一糸まとわぬ姿になると、綺麗に引き締まった男の人の体が見える。広い肩幅と平べったいのに厚みのある胸、筋肉で割れた腹部の真ん中におへその窪み。服を着ていると痩せ気味の人かと思っていたけど、結構しっかり肉は付いている。
うっとり見とれていたら、今度は私のブラウスのボタンを外し始めてぎょっとする。
「あ、すみません、自分で……っ」
「ダメ。動かないで」
「で、でも……」
ぷちぷちと前開きボタンが外され、薄地のキャミソールが露わになった。
「結構色っぽいのしてるね」
「そ、そうですか?」
縁に細いレース飾りが付いたシンプルな下着は、ブラやショーツとお揃いで身に着けていたものだ。じっと凝視されて緊張してしまう。
「やっぱ肌白いなあ」
しみじみと呟きながら、久我さんの手がキャミの肩紐をなぞり、レースに沿って胸元をつつつと滑っていった。くすぐったい。
「それに柔らかい」
ふわりと下着越しに胸を触られた。大きな手に覆われ、私の胸が形を変える、
「……ああ、いいな。なあ、下の名前で呼んでもいい?」
その声があまりに優しい声だったので、つい「いいですよ」と言ってしまう。
「茉優」
ずくん、と体の芯が震えた。なに? 何が起きたの?
緩慢に、彼は私の服を脱がせていく。キャミソールをスカートのウエストから引っ張り出し、顎の上まで持ち上げて肩から抜いた。ブラジャーとその下の肌があらわになる。
「これも外すよ?」
恥ずかしさのあまり、私は両目をぎゅっと瞑ってしまった。
背中に回された器用な手にホックを外され、ブラが鎖骨までずり上がる。彼の視線を感じて、空気にさらされた私の胸はふるりと震えていた。
「さわるよ」
丁寧に断られて、私は微かに頷く。てっきりその手に揉まれるのかと思ったのに、予想は大きく外れた。先端が温かく湿った粘液に包まれる。
「ひゃうんっ!」
右の乳首が彼に吸われていた。しかも舌を巻き付けながらだ。
「あ、久我さん、それダメ……っ」
彼の口を何とか外そうと頭を押したが、びくりとも動かない。その間も私の胸は強く吸われ、軽く甘噛みされ、舌先で転がされていた。
「ふあ……あぁあ……ぁああああんっ」
あられもない声が口から飛び出す。しかし彼は容赦なく私の胸を攻め続けた。
おかしい。脳がどんどんおかしくなってしまう。その一方で体の奥に鈍い熱がずくずくと生まれ始めていた。
「や、久我さん、だめぇ……っ」
泣き声はますます鼻にかかった甘い声になってしまう。
「ふぇ……ん……っ」
ぴちゃぴちゃといやらしい音を立てて散々吸われた乳首は、彼が口を離すと真っ赤に染まって立ち上がっていた。
「こんなになっちゃったね」
彼は嬉しそうにぷっくりと膨らんで固くなった乳首を、指でくりくりと摘まみあげる。
「ひゃ…………っ」
「こっちも舐めるよ」
そう言って彼は今度は左の胸を吸い始めた。右の胸を指先で弄りながらだ。
「あ、ぁん、あ、……ぁああ、ぁああん……っ」
自分のものとは思えない嬌声が上がってしまう。強すぎる刺激に頭の中は真っ白になっていた。右と同様に左の胸も強く吸われ、舌で転がされ、きゅと唇で締め付けられる。初めて受けるその刺激に、腰の辺りがもぞもぞと動いてしまった。
自分がおかしくなる。
「ほら、こっちも」
恐る恐る自分の胸を見ると、同じく固く立ち上がった先端が、久我さんの唾液でてらてらと光っていた。すごくいやらしい。本当にこれが私の胸なんだろうか。
「茉優」
彼はもう一度私の名を呼ぶと、両手ですっぽりと乳房を覆い、やわやわと揉みしだきながら唇を重ねてきた。
今度は彼の唇や舌の動きに応えるように、私も唇や舌を動かす。もつれ合い、絡み合うようなキスが何度も繰り返され、体中の力が抜けていってしまう。
どうしよう。気持ちいい。