かつての恋人・剛との子供である仁を抱えて懸命に生きてきた瑠璃。四年の月日を経たある日、剛が現れて復讐と称し結婚を迫ってきた。断ることを許されない状況と剛のことを嬉しそうにパパと呼ぶ仁を見て、本心を隠したまま結婚することに。疼く身体と心を抑えたまま夫婦としての営みも重ねていくけれど、どうしても剛に真実を告げられなくて……。
「なにを……」
口をついて出た言葉に、剛の喉がくっと鳴った。嘲るような笑みが浮かぶ。
「なにをするって? 今、言っただろう。妻にできることをしてもらうんだよ」
剛の指先が喉元に伸び、瑠璃は思わず襟をぎゅっと掴んだ。
どういうこと? 剛は私を憎んでるんじゃなかったの? 結婚は自分の野心と、私への復讐のためで……。
本当は触れるのも嫌だろうと思っていたからこそ、瑠璃もそのつもりで同じ部屋で寝る決心をしたのだ。
「なんだよ、それは」
瑠璃の手を見下ろした剛は、一転して不機嫌そうな表情になる。
「おまえが拒否できる立場か? 振った男に触られたくなんかないだろうが、嫌なことをしなきゃ復讐の意味がない」
瑠璃の顎を掴み、剛は顔を近づけた。双眸は鋭い光を放ち、瑠璃を切りつけるようだ。それほど瑠璃を恨んでいるのだと、ひしひしと伝わってくる。
償うしかない。それはわかっていた。だから剛の言葉に従って結婚した。実際はそばで彼に怒りをぶつけられ、蔑まれるとしても、それは瑠璃が受け入れるべきことだ、と。
でも、こんなことまで……。
瑠璃にとって剛は、肌を触れ合わせた唯一の相手だった。そして今でも愛している人だ。甘く情熱的な時間を、別れてからも何度となく思い出した。大切な記憶だった。
それが真逆の感情を伴って上書きされてしまうのかと思うと、悲しくてやりきれない。密かに抱き続けた思い出すら、奪われてしまうのか。
それが罰で、償いなんだ……。
瑠璃もまた、剛につらい思いをさせて苦しませた。同じように瑠璃を苦しめたいと剛が思ってもしかたがない。
瑠璃が胸元から手を離して全身の力を抜くと、剛は口元を歪めるような笑みを浮かべた。
「そうだよな。男と寝るくらい、おまえにはどうってことないだろ。むしろ楽しいんじゃないか」
いくつかのリボンで留められた合わせが順に開かれていくのを、瑠璃は奥歯を噛みしめて耐える。露になった乳房を見下ろす剛の視線が痛くて、できるだけ顔を背けた。
「……ふうん、子どもを産んだにしては崩れてないな。あまり変わってない――――」
「あっ……」
手のひらで包まれ、押し上げるように揉まれて、瑠璃は口元を覆った。剛のほうこそ、記憶と同じ触れ方をする。時間が巻き戻されて、幸せだったころに呼び戻されてしまう。これは剛が与える罰なのに、嬉しいと感じてしまう。
頭の中で違うと必死に唱えても、先端がきゅうっと尖るのを感じた。きっと剛にも気づかれている。そして瑠璃をはしたない女だと思っている。
「……ずいぶん飢えてたみたいじゃないか」
さらりと髪が肌を撫でる感触にはっとする間もなく、乳頭を舐め上げられた。ちりちりとした疼きが走り抜け、瑠璃は思わず身を反らす。それが剛に乳房を押しつけることになり、反対側を掴まれた。指の腹で捏ねられ、口に含んだほうは舌で転がされ、瑠璃は大げさに見えるくらいに身悶える。
いくら自制しようとしても、身体が言うことを聞かない。二度と触れられることはないと思っていた剛の愛撫を、一瞬も逃すことなく享受しようとする。
「あっ……あ、あっ……」
きつく吸い上げられて、悦びに気が遠くなりそうだった。ともすれば剛にしがみつきそうになり、それだけは止まろうと、シーツを握りしめる。
寝間着の裾から這い上がった手が太腿を撫で、内側を進んでいくにつれ、瑠璃は抗うことも忘れて脚を開いていった。
「……んっ、……」
ショーツの隙間から指が忍び込んできた。綻んだ花びらをなぞられて、溜まっていた蜜が溢れる。
「誰でもいいんだな」
ふいに洩れ聞こえた呟きに、頭の中を寒風が吹き抜けたような心地を味わい、瑠璃は反射的に口を開いた。
「違う――――」
「違わないだろ。俺のことなんかもう相手にしていないくせに。ああ、そうか。懸命に罪滅ぼし中ってわけか。熱心なことだ」
剛は嘲笑うように瑠璃を見下ろしながら、ネグリジェを剥ぎ取った。ショーツに手をかけ、一瞬動きを止める。
「着るものは全部置いてあっただろう。なんでこれだけ違う?」
「それは……きゃっ……」
むしり取るように引っ張られて、ショーツが裂けた。
「思い出の品か? プレゼントでもされたか? 金輪際おまえには必要がないものだ。俺が認めたもの以外、糸一本でも身に着けられると思うな」
勘違いされていると想像はついたけれど、剛の憤りも恐ろしかったし、説明しても理解されない気もした。しかし無言でいたのも気に入らなかったのか、剛は瑠璃の両膝を掴んで、左右に大きく開いた。
「いやっ……」
「見せろよ。今さらだろ。それともここは前と違うのか?」
平均的な体型の瑠璃では、長身で筋肉質の剛に張り合えるはずもなく、脚の間に剛が顔を伏せていくのをただ見守るしかなかった。恥ずかしくもあったし、なにをされるのかと恐ろしくもあって、内腿が小刻みに震える。
「……ふん」
貶める言葉が続くのを覚悟して身を強張らせていた瑠璃は、甘い刺激に襲われて身を捩った。
「ああっ……」
剛の舌は溢れる蜜をすくい上げると、先端の花蕾に絡みついた。尖らせた舌先で突かれ、円を描くように撫で回され、瑠璃は鮮烈な快感に仰け反る。
嘘……こんな……どうして?
瑠璃を抱くのも復讐のひとつなら、愛撫などせずに自分の欲望だけ解放すればいいはずだ。それなのに剛は瑠璃に奉仕も求めず、以前と同じように瑠璃を官能に陥れようとする。
……ああ、そうか……。
瑠璃が快楽に溺れるさまを見て、貶めるつもりなのかもしれない。好きでもない相手だろうと、こんなによがっているじゃないか、と。
剛だから、だ。今も変わらず愛している剛に触れられているから、いけないと思っても悦びしか感じられない。でもそれはわかってもらえないだろうし、伝えることもできない――――。
舌先から送られる小刻みな振動に、瑠璃は呆気なく達した。跳ねる身体を押さえつけるように、顔を上げた剛が瑠璃を胸の中に抱き込む。指が媚肉を探るように蠢きながら、中に差し入れられる。
「……待って、まだ――――」
「いやらしいな、うねってるぞ。それにぐちょぐちょだ」
中を掻き回されながら乳房に吸いつかれ、瑠璃は余韻が消える間もなく、新たな快感に引き込まれていった。
四年の空白などなかったかのように、瑠璃の身体は剛から与えられるわずかな刺激にも大きく反応する。いや、以前よりも悦びが強い。そんな姿を見せたら蔑まれるだけだとわかっているのに、止まらない。
あ……もう……。
再び絶頂に襲われそうな瑠璃から剛は指を引き抜くと、バスローブを脱ぎ捨てた。瑠璃が憶えているよりも厚みを増したような肉体が覆い被さってくる。
「……っ、……う……」
押し入ってきた怒張の大きさと硬さに、全身の血が音を立てて流れていくような気がした。これは剛の憤りなのだと思いながらも、再び結ばれた喜びが抑えきれない。素肌の感触も体温も忘れてはいないつもりだったけれど、実感を伴うことで強烈なほどの歓喜を呼び込む。
「あ、ああ……っ……」
感極まって腰を震わせる瑠璃の耳に、剛は低い笑いを響かせた。
「入れただけだぞ。仁が生まれてからは、男漁りする暇もなかったか。ここの具合も変わらないな」
ぐっと腰を回されて、絶頂の悦びに慄く媚肉が続けざまの刺激にうねり、剛のものに絡みつく。
「あっ、ま……待って――――」
「せがんでるのはおまえだろ」
腰を抱かれ、掻き回すように大きな律動を刻まれる。剛はこんなに激しいセックスをする男だっただろうか。瑠璃の官能をとことん引き出そうとするように攻め立てられることはあったが、常に瑠璃の反応が最優先されていたように記憶している。
それが今、欲望のままに貪るような激しさを向けられ、やはりこの行為は剛の怒りの表れなのだと瑠璃は理解した。
それでも……いい……。
愛する人とこうしてまた肌を合わせることができるのは嬉しかった。剛にそのつもりがなくても、むしろ感情は真逆であっても。
自分でも気づかないうちに、両腕が剛の肩に伸びた。剛の動きがさらに激しさを増し、瑠璃は翻弄されながらもそれについていこうとする。
瑠璃を貶める言葉も途絶え、剛の力強さと熱だけを味わっていた瑠璃は、低く呻いた剛が動きを止めたのに気づいた。
ああ……終わっちゃった……。
自分の身体で剛が達したことを嬉しく思う一方、独りよがりな夢の時間が過ぎたことが惜しい。これでまた剛は瑠璃を突き放すだろう。恨みと侮蔑の視線を向け、容赦ない言葉を投げつける。
結合が解かれたのを機に、追いやられる前に自分からベッドを離れようと、久しぶりの営みに気怠い身体を動かそうとした瑠璃だったが、ウエストに回った手に引き戻された。
「逃げるな」
「え……だって――――」
「まだ終わってない」
横臥の体勢で背後から片脚を引き上げられ、注がれたものがとろりと滲み出してくるのを感じた。それを押し戻すように、剛の屹立が捻じ込まれる。勢いを失っていないものが鋭い角度で瑠璃を刺激し、抑えきれない喘ぎとともに、中が妖しく蠢いた。
項を熱い吐息が濡らす。
「ほら……おまえだってまだ食い足りないんだろ」
瑠璃を味わうように余裕を見せる抽挿を送り込みながら、剛の舌が首筋から耳朶を這う。ゆっくりと瑠璃の首を動かし、頬を辿り――――。
……えっ……?
唇に触れた。復讐に置き換えてのセックスはともかく、キスは想像していなかった。恨みや憎しみを抱く相手とできるものではない。
しかし剛の舌は瑠璃の口に押し入り、催促するように舌を絡ませてくる。その間も深い抜き差しが繰り返されて、乳頭と秘蕾を指で弄ばれた。異なる場所を一度に攻め立てられ、瑠璃は己の立場も忘れて官能に溺れる。
「……んっ、……んぅ……」
身体の奥から熱い塊が這い上がってくる。与えられる刺激に膨らみながら、解放のときを待つ――――。
「ああっ……」
剛のものを食い締めながら、全身を大きく揺らした。息が整わなくて、横臥したままの身体を丸めるようにしながら荒い呼吸を繰り返す。
剛は繋がったままの瑠璃を俯せにして腰を引き上げると、動きを再開した。淫らに濡れた音が寝室に響き渡る。
「まだだよ」
どこか上ずったような熱を帯びながらも、突き放すようなひと言を瑠璃に浴びせて、剛はさらに瑠璃を攻め始めた。