百数十年間対立しあう、日本有数の名家同士に生まれた鞠子と閑。想いあうようになった二人は結婚するため、極秘で同居を始める。まずは既成事実を……と迎えた初夜は、お互い“ハジメテ”同士でわからないことだらけ! それでも長年の想いを心とカラダで確かめあい、甘く幸せな生活を送る二人の前に現れたのは――現代版ロミジュリの恋は前途多難!?
「お互い初心者だから、少しでも痛くないようにしてやりたいと思ってんのがどうしてわからないんだあいつは馬鹿か」
溜息を堪え、「聞こえない」と言いたそうな鞠子をリビングに残して、閑はもう一度苛立ちを口にした。
自分の寝室に入り、ベッドに腰を下ろした。仮にも「夫婦」になる予定なのに、寝室も私室も別にしているあたり、これが妥協の結婚という証明でもある。
玖堂にも久我にも邪魔されない物件──という時点で、かなり候補が絞られて部屋を決めるだけで面倒だったので、閑も鞠子も内装は専門家に任せたが、リビングと閑の私室は黒系統、寝室は薄緑と象牙色で揃えられていて、わりと満足した。
ちなみに、鞠子の部屋の方はどうなっているか閑は知らない。鞠子も、閑の部屋に入ったことはない。
正直、鞠子が閑の子を産むとなると、お互いの実家が面倒なことになる。それをわかっているのに、どうしても鞠子を抱きたいと思うのは。
十年、ずっと想い続けて拗らせるほどに執着している。初恋の相手だからというだけではなく。
鞠子があまりにも自己肯定が低いので──少なくとも、閑にとってはかけがえのない存在であると自覚してほしいのだ。
一応ベッドのサイドボードに用意していた避妊具を使うべきかどうか悩む。
子供ができたことを理由に結婚を認めてもらう、というのは何となく嫌だった。子供をダシに使うようなことはしたくないし、鞠子も言ったように両家で奪い合いになって更に争いかねない。
懊悩していたら、躊躇いがちなノックの音がして、そっと扉が開けられた。
閑がぽんぽんとベッドの隣を叩いて「座れ」と合図したら、意外なほど素直にそこに腰を下ろした。
「閑。私、とっくに準備できてるんですけど。まさか閑は勃たない日があるの……?」
「ほんっと、本気で犯されたいのかおまえは」
「閑は嫌なの? 子供できたら困るから?」
「さっき話しただろ」
「それなんだけどね。うちはどうしたって、私が子供産まなきゃいけないんだ。父様も母様もお祖母様も、私が産んだ子でないと認めないと思うし」
玖堂はずっと直系女子で繋いできている家だから、鞠子以外に後継者はいない。傍系の親族はいるが、そこから養子を取ることを祖母も両親も受け入れるはずがない。
「だから、とりあえず閑には私の処女蹴散らしてもらえればいいかなと。あとは人工授精とかに頼るから。あ、一応精子はもらいたいです。人工授精は少し調べたんだけどね、卵管検査とかはやっぱり処女だと痛いらしいから」
鞠子がそう言うと、閑は低い声で「おまえには羞恥心はないのか」と呆れている。
「処女、処女って連呼するな二十八歳」
「何かもうそういうの通り越した……閑相手に照れたって今更だし。どうせ、子供は必要なんだもの」
久我家の方は、閑が他の女性に産ませればいいと言いそうだが、玖堂家は鞠子が産むしかないのだ。代理母出産は、両親も一族も認めないだろうから。
そして、どうせ「セックスしなくてはならない」なら、好きな人とがいい。鞠子の狭い交友関係で、一番「好きな異性」は閑だ。いずれ結婚するのだから、尚更閑以外の人の子供を産むつもりはない。
「種馬は黙って抱けってことか。──わかりました、お嬢様」
……また何か言い方を間違えたか。やさぐれた笑みを浮かべる閑が機嫌を損ねたらしいことはわかるけど、何が彼を不機嫌にしたのかわからない。
「しず……」
名前を呼び終える前に、乱暴というよりは投げやりなキスで唇を塞がれた。
* * *
いつもの鞠子の匂いとは違う、重い甘さの香りだ。
「……何かつけたか?」
キスの合間に問いかけると、小さく頷く仕種は出会った頃──十八歳の頃から変わらない、無垢な幼さがある。
「オトコをその気にさせる香り、だって。閑がその気になってくれないと、妊娠できないもの」
十年前と変わらない──いや、歳を重ねた分、大人の色気だけは十分に身につけ、それでいて表情は十代の少女のままというアンバランスな顔で、鞠子は素直に答えた。
鞠子は、二十八歳という年齢のわりに幼い精神性とは逆に、外見は歳相応の色気がある。本人曰く遺伝子がいい仕事をしたとかで、品よく整った顔立ちは、勝ち気な性格をそのまま映した華やかな美人だ。
が、中身は本当に子供──幼いとすら言える。初めて会った十八の時から成長していないのではと思っていたが、もしかしたら精神年齢は十八にすらなっていないかもしれない。
──そんな鞠子は、わかっていなかった。結婚はまだしも、セックスの意味を。子作りの為だけのものだと思っていたらしい。
子作りの為以外にも、人間はセックスする。
発情期がある動物ではないのだから、そういう気分になれば抱き合うし、その行為自体を楽しんでいる。だが、乙女心の憧れを吹き飛ばされた鞠子にはあくまでも「子作りの手順」らしい。
さっき触れた唇は、女として男を誘う手入れはきちんと教えられているからか、適度な艶となめらかさ、そんな中でもふっくらした張りがあって。甘く熟れた桃のように色づいていた。
本人は無自覚なままに、周りから「夫となる男に愛されるように」と育てられた鞠子は、人形のように整った容姿と、凹凸の主張がなかなかに激しい肢体を具えている。大抵の女に妬みと羨望を向けられそうな外見だが、本人はあまり頓着していない。
「俺をその気にさせたきゃ、玖堂の家から媚薬でも持ってくるなり、他の方法があるだろ」
組み敷いた体の悩ましげな色気に中てられそうで、閑が適当な言葉を口にすると、鞠子は呆れたように見上げてきた。無自覚の上目遣いは破壊力がヤバい。お互い、そんなことが可愛い年齢でもないのに。
「閑は馬鹿ですか。初心者が媚薬なんか使っても、大抵量を間違うでしょ。それで閑が一回でおさまらないとか言って、何回も、ってなったら困るの。他の方法は、何か気の巡りがどうのこうのだったから、今からじゃ間に合わないと思うし」
どこでそんな偏った知識を仕入れているのか、本当にわからない。鞠子の「お付き」である柚里は、もう少しまともなアドバイスをするだろうし。
「……閑は、この匂い、嫌い?」
閑が黙っていると、困ったように問いかけてくる。お嬢様でプライドが高いくせに、時々、急にいじらしいくらいに可愛くなるから困る。
「嫌いじゃない。けど、普段の方がいい」
互いにあと五年くらい経験を重ねたら、こういう香りを上手く使いこなしたり、惑わされたふりもできるのだろうが。
「ん。覚えとく」
さっぱり可愛い系が好きってことねと笑う鞠子に、何だか「お子様」扱いされている気もしなくはないが。
その匂いがいつものおまえだから好きなんだとは、まだ言えない。
言葉が出ない時は、行動するに限る。
大抵、女の性感帯は胸と首、耳らしいので、そこを撫でたり口づけたりしながら、鞠子の性感帯を探る。
腰と背中の境目に唇を滑らせると、小さな甘い声が漏れたので、ここもあとで愛撫すべき場所だと記憶しておく。
髪を撫でるとくすぐったそうに微笑うから、それは「好きな行為」なんだとは思う。
バスローブを脱がしていくと、どこも白くてやわらかそうな体が露わになる。さすがに恥ずかしくなったのか、鞠子はふいっと顔を背けた。
小さな顔、顎からほっそりした首にかけての無駄のないライン。なだらかな肩、水滴が溜まるくらい綺麗に窪んだ鎖骨。
ふっくらとした胸は形が崩れることもなく、真っ白な体とすべらかな肌の中で、その頂だけが異なる色と質感を見せている。
くびれた腰と、まろやかな線を描くヒップラインは、後ろから確かめなくてもきゅっと引き締まり、形良く整いながらもやわらかい。
細い首筋から鎖骨へと唇を這わせた。まるくたわわな乳房は、閑の手でも包み込めないほど大きい。指を器用に使いながらやわやわと揉むと、溶けるように形を変え、先端は桜色から薄紅、そして真赭に色づいた。
「……っ、ほんと……に、初めて……?」
乱れた呼吸で問いかける鞠子に、閑はベリーのような乳首をねぶるように吸い上げた。
「気持ちいいのか?」
「ん……っあ、あ……っ」
こくりと頷いて、鞠子が嬌声を零した。
甘く濡れた声に連動するように、体温が上がった肌は薄桃に上気し、しっとりとやわらかく、それでいて白磁めいた艶となめらかな美しさが増している。
「マシュマロみたいな胸って、聞いたことはあったけどな」
「……ん……?」
「おまえのは、ほんとに甘くて──けど溶けないな」
ふわふわと白くて甘いマシュマロは口内で溶けるけれど、鞠子の胸は口づけても舌を這わせても溶けたりしない。代わりに、花のような痕を残したり、ぷるんと震えて形を変え、より甘く感じるだけだ。
背中に回した手で、ゆっくりと腰との境を撫でてやると、鞠子が小さく震えた。微かな吐息が切なそうで、閑を煽るように悩ましい。
ヘッドボードにクッションを重ねて鞠子の上半身を預け、少し体をずらす。重たげに揺れる胸を強めに揉みしだいて鞠子の意識をそちらに向けさせながら、閑は彼女の腹部を唇でくすぐり、花芯に顔を寄せた。