インテリアコーディネーターの真琴は、謎の依頼主・篠原のわがままなリクエストに振り回されていた。彼は必死に食らいついてくる真琴の様子を楽しんでいるようで、一度会いたいという希望をきいてくれ――現れたのは、実業家で人気モデルでもある"エイジ"だった! 「俺の恋人にならない?」戸惑う真琴を、彼は強引かつ情熱的に口説いてきて……!?
「篠原さん?」
真琴は戸惑った。一緒に来るはずの藤谷の姿が見えなかったからだ。
「? あの? 何か用でも――」
藤谷の言った「三十分以上」は、当然、篠原の予定も考慮して計った時間のはずだった。なぜ彼がこんなにも早く、しかも一人で現れたのか。何か自分に急用でもできたのか、尋ねようとした真琴の前に篠原はつかつかとやってきた。
「真琴……!」
次の瞬間、真琴は篠原の胸に埋まっていた。
深く引き寄せられ、抱きしめられる。
「……ん」
真琴の唇は、彼のキスに塞がれた。
(篠原さん……)
真琴のためらいなど消し去る積極さで、唇を深く重ねてくる。忍び込んできた舌が、真琴の舌を探り当てる。絡めるように触れてくる。
「真琴……、真琴……」
名前を何度も囁かれると、指の先まで熱くなった。真琴は抱きしめられるがまま、キスされるがままに落ちていた両手を彼の背に回していた。
もし、今、誰かが部屋に入ってきたら? 見られたらどうしよう? あっという間に噂が広まって、彼には害でしかないスキャンダルになりかねない。頭のなかに灯ったはずの赤信号は、でも、すぐに見えなくなった。真琴は夢中になって、ただ篠原を感じていた。身体中でもっともっと感じたいと思った。
篠原もミーティングルームにいた時のクールな彼からは想像もできない、わがままなぐらい熱のこもった抱擁で、真琴のすべてを感じ取ろうとしているようだった。
「……っ」
真琴は熱い息を呑み込んだ。
彼のキスが顎へと流れ、喉を滑っていく。ボタンをひとつだけ外したブラウスから覗く胸もとを、唇が彷徨っている。本当はどうしたいのかわかっていて、それができないもどかしさをやり過ごそうとでもするように……。
「真琴……」
篠原はいったん身体を離すと、もう一度真琴を引き寄せた。さっきまで真琴を少しの間も離すまいとしていた腕から、ゆっくりと力が抜けていく。そうやって行き場のない衝動を逃がしている。それがわかるのは、真琴も同じだからだ。真琴のなかにも押し殺した欲望があるから。彼を求めて激しく揺さぶられている。
「早く出よう」
「仕事は? 終わったんですか?」
「終わらせた」
篠原は真琴の耳元で力強く答えた。
「でも、藤谷さんはまだ――」
「彼の方は終わってない」
「じゃあ……」
篠原に「そんなに待てない。早く真琴と二人きりになりたい」と訴えられ、真琴はまた頬を熱くした。
「気にするな。こうなることは、たぶんあの人も読んでるんだよ」
「読んでるって?」
「俺が矢沢さんをさらってひと足先に逃げ出すのがわかってるから、こんなことをしたんだろう」
「こんなこと?」
「この服だよ」
(服? え? この恥ずかしいスーツのこと?)
「腹が立つけど、あの人らしいアシストの仕方だよな」
(アシスト? なに?)
篠原の言葉の意味がまるで見えないまま、真琴は彼と部屋を出た。これ以上待てないという彼に、真琴は着替える間もなく拉致された。
真琴が連れて行かれたのは、篠原ファミリーが経営するホテルの一室だった。会社から車で二十分と離れていない場所にあるため、忙しい時には仮眠室代わりに使うこともよくあるという。ファミリーの一員でもある彼は、いろいろ便宜もはかってもらえる。電話一本で部屋を用意してもらえるし、たとえば同伴者がいても相手について詳しく尋ねられることもない。見て見ぬふりをしてくれる。
「念のためだ。時間差で入ろう」
先に真琴が教えられた部屋に行き待っていると、篠原はすぐにやってきた。
扉が閉まったとたん、名前を呼ぶより先に伸びてきた手に手を握られた。引き寄せられ、抱きしめられる。すぐに唇を塞がれ、真琴は強く目を閉じた。
(篠原さん……!)
キスの熱さにくらくらする。
真琴も彼の背に両腕を回して抱きしめていた。真琴の身体のどこを探しても、彼を拒もうという気持ちは微塵も無かった。
「目を開けて」
耳朶に口づけられ、真琴は素直に瞼を開いた。
(あ……)
目の前に、壁に嵌め込まれた鏡があった。全身が映る、試着室にあったものより立派なものだ。
いつの間にか真琴は、後ろに立った彼の腕にすっぽり収まっていた。見た目の印象よりも広く厚みのある胸が、熱くなった真琴の身体を受け止めている。
「みんなに褒められて嬉しかった?」
「え……?」
真琴は鏡のなかで彼と目を合わせた。
「この服、似合ってるって言われたんだろう?」
真琴は俯いた。
「……似合ってませんか?」
思わず聞き返していた。
「似合ってるに決まってるだろ」
即座に返され、真琴の強張っていた肩から力が抜けた。
(よかった。みっともないと思われたわけじゃないんだ)
心を沈ませていた不安がゆっくりと消えていく。彼が不機嫌だったのは、やはり仕事もしないで騒いでいたのが原因だったのだと思った。
「似合ってるから、俺だけが見たかったのに」
篠原の呟きにも似た一言に、真琴はドキリとした。
俺だけが見たかったのに?
まるで篠原が、真琴を囲んでいた彼らに嫉妬しているように聞こえた。
(うそよ……?)
真琴の戸惑いなどまったく知らぬげに、彼は触れてきた。愛撫の手は真っ先にブラウスの胸もとに伸びた。オフィスでの行為の続きをするように、ひとつだけ外したボタンの間を指先で撫でる。
「……っ」
呑み込んだつもりの吐息が零れ、鏡のなか、真琴の頬にパッと血の色が散った。恥ずかしさから思わず身を捩った真琴に、
「じっとして」
篠原が命じた。真琴が自分の望むすべてを受け入れてくれるのか。真琴の気持ちを見透かそうとする眼差しが、鏡越しにじっと注がれている。
彼の手がふいにブラウスの胸を離れ、下へと滑り落ちた。
「見て」
彼に命じられれば、真琴は瞼を閉じることができない。
「よく似合うのは、脚が綺麗だからかな」
彼がスカートの裾をわずかに持ち上げた。太腿の半分ほどしかないブルーグレーの布地は真琴の腰をぴっちりと包み込み、その丸く張りのあるラインを浮き上がらせていた。
「本当に似合うね」
また耳朶を食まれ、さわりとくすぐったいものが真琴の背筋を這い上がってきた。
「あ……」
スカートをくぐって忍び込んだ手が、腿の上を這っている。真琴はストッキングを履いているとは思えないほど、敏感に感じていた。彼の手の温かさに酔わされ、その指の焦れったくなるほどゆっくりした動きに震えた。
真琴の瞳に、耳まで赤くした自分が映っていた。時々、逃げるように腰を引きながらも、羞恥だけではない表情を浮かべている。彼の愛撫を悦んで受け入れている顔だ。唇が気持ち良さそうに微かに綻んでいる。
と……、空いている方の手に突然胸を掴まれ、
「……っ」
真琴は呻いた。
「真琴?」
鏡に淫らな自分が映し出されている。
「真琴? 俺を感じてる?」
甘く尋ねられるだけで、真琴の身体は昂った。
「……あ」
乳房をくるまれ柔らかく揉まれていると、触れられているところからジンとした熱さが止めようもなく広がっていく。
別荘で初めて彼を感じた時の記憶が、蘇ってきた。あの夜、どんなふうに彼が愛してくれたのか。真琴の身体が思い出している。
乳房の膨らみを辿って、何度も上下する指。
布越しのもどかしさが呼び覚ます、恥ずかしさとない交ぜになった快感。
吐息が止まらなくなり、もっとたくさん触れてほしい気持ちが膨らむのを止められない。そして――。
(……熱い。熱くて……)
真琴はあの夜のように、腰のあたりが熱く重たくなるのを感じていた。下腹が甘ったるく疼いている。
脚の付け根で戯れていた篠原の指がショーツに触れた時、真琴は思わず彼の手をつかんでいた。
「駄目?」
甘える彼に、真琴の胸はきゅんと締めつけられた。
「駄目……です。だって……、この服、借り物で……。汚したりしたら……」
嘘ではなかった。だが、彼を止めてしまった一番の理由は、知られたくなかったからだ。彼が欲しくて、どこもかしこもとっくに熱くしている自分を知られるのが恥ずかしかった。
「そうだった。真琴に夢中で忘れてた」
篠原は真琴の手を強く引くと、ベッドへ向かった。
「だったら早く脱げよ。俺もそうする。ほんとは裸になる時間ももったいないぐらい、すぐに真琴が欲しいんだ」
「早く!」
下着をすべて脱ぎ落としたと思った時には、真琴は彼の腕のなかだった。もつれあうように、皺ひとつないシーツの上に倒れ込む。
「好きだよ、真琴」
つまらない後ろめたさなど吹き飛ばしてしまう、篠原らしいおおらかな明るさに満ちた抱擁だった。男と女が本気で知り合いたいなら、身体を求め合うのはごく自然な行為だと。それを言葉ではなく真琴を抱きしめる腕で、触れる唇で、指で教えてくれる。
「ずっとこうしたかった」
篠原が胸の谷間に顔を埋めた。両手で乳房を押し上げ、はちきれそうになった膨らみをキスでなぞっている。
「……篠原さ……ん……」
篠原の体温にくるまれ、真琴は胸がぎゅっと苦しくなった。言葉にできない思いで心がいっぱいになるこの苦しさを、幸せと呼ぶのだろうか? 乳房を愛する彼の頭を抱こうとしてためらっていた真琴の両手が、とうとうその髪に触れた。少しだけ乱れているのが、なぜかとても愛おしかった。
愛撫をねだるように抱きしめられ、篠原は乳首の片方に口づけた。
「……あ」
唇で挟まれ、真琴は小さく声をあげてしまった。慌てて口を強く結ぶけれど、軽く吸われたとたん、切ない息と一緒にまた声が溢れた。
「や……あ」
右と左と、両方の乳房の天辺が、代わる代わる彼のキスの攻撃にさらされる。息がかかるだけで背中が浮いてしまうほど敏感になったそこを、円く舐められた。舌先でくすぐられると、また身体の芯が強く疼いた。
「真琴……」
「ん……っ」
腰から下が蕩けるように熱かった。
「気持ちいい?」
篠原は真琴が答えられないとわかっていて、返事を待っている。催促する言葉の代わりに愛撫の続きをする。困ってますます頬を熱くする真琴を見ては、嬉しそうに微笑んだ。
「……も……う……」
真琴は堪らなくなって両足をもがかせた。そうでもしなければ、勝手に昇りつめてしまいそうだった。
「俺もそうだよ」
篠原は自分を強く押しつけてきた。
「この前の夜、我慢した分も、もうこんなになってる」
固く張りつめた彼の分身が、二人の間に挟まれ苦しげに頭をもたげていた。別荘での夜から待ち続けていた証に、短時間でここまで追い込まれてしまったと教えている。
「真琴。俺を受け入れて」
長い間コンプレックスだった名前が、今夜は甘い媚薬となって真琴の耳に注ぎ込まれる。
腰に回されていた手が、真琴の脚をゆっくりと押し開いた。羞恥に顔は背けても、真琴の身体は逃げなかった。
「……は……ぁ」
篠原が熱を帯びた真琴の秘花に、分身を押し当てた。重なった花弁を先端で分けると、短いラインに沿って動きはじめた。真琴の溢れた蜜をすくいとるように、何度も行き来させる。手で探る代わりに、そういうやり方で確かめている。身体を昂らせているのが篠原だけではないことを、真琴自身にも見せつけている。
猛った彼が蜜に塗れた入口を擦って素通りするたび、なんとも言えない疼きが真琴の腰を震わせた。
「真琴がほしくてたまらなかった」と、篠原が真琴に自分を強く重ねた。
「藤谷さんの計略に引っかかってあの服を着た真琴を見た時から、ずっと欲しかったんだ」