八年勤めた病院を退職し祖母と暮らすことを決めた綾優。送別会の席で移転先に近い病院に異動するエリート医師、濱本に声をかけられ流されるまま一夜を共にしてしまう。その夜限りの関係だと思っていたのに、祖母の入院先で早々に彼と再会。「可愛い声だね、もっと聞かせてよ」当然のように迫り恋人扱いしてくる濱本に心乱れて―!?
気がつくと、薄暗い寝室に一人ぼっちで横たわっていた。あれから、結局寝入ってしまったみたいだ。朝なら当然明るいはずの窓の外はまだ暗い。
(今、何時だろう?)
明け方前なのだろうと思いながら起き上がると、頭痛や不快感は消えていた。ただ喉がカラカラに渇いている。立ち上がっても大丈夫そうだったので、水を求めて寝室を出た。
寝室から廊下へ、そして灯りの漏れるリビングへ進む。ドアを静かに開けると、間接照明の中に濱本がいた。ソファーに背中を預けてパソコンを操作している。
濱本がドアの開く音に気が付いて、ゆっくりと顔を上げこちらに視線を当てると『ああ』とう言う顔で微笑む。
「顔色は……大丈夫そうだね」
「先生、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。あの……お水を頂いてもよろしいでしょうか? 喉が渇いてしまって」
「どうぞ座って。今、水を持ってくるから」
いそいそと世話を焼いてくれるので、綾優は申し訳ないと思いつつも甘えることにした。
柔らかいソファーは革製で、かなり上質なものに見える。
ベッドの寝心地も最高だったし、濱本は物の感触にこだわりを持つ人のようだ。綾優にはそれがとても好ましく感じられた。
「はい、どうぞ」
手渡されたのは、ミネラルウオーターのボトル。見たことのないラベルだった。
「これはどこのお水ですか?」
「フランスの微炭酸なんだ。微かに塩味がして美味しいんだよ。飲んでみて」
口に含むと、格別に柔らかい泡と微かに塩気のある水が口内に広がった。飲み込むと炭酸が喉に心地よい。
「おいしい」
「スーパーで偶然見つけたんだ。期待してなかったから、美味さに感動したよ。それからはネットで箱買いしている」
感動というと大袈裟だけれど、濱本は嬉しそうに説明をしてくれる。綾優はその顔につられて、つい気安く話しかけた。
「先生は心地よさに貪欲なんですね」
何も考えずに思ったままを言葉にした。その時、濱本の柔和な眼差しが一瞬驚きに変わって、スッと元に戻った。
(もしかして私……踏み込みすぎた?)
体に残っていたアルコールが、一瞬に蒸発したような……恐ろしく冷えた気分になった。ボトルのキャップを閉めて立ち上がると、綾優は頭を下げた。
「あの……歩けるようになったのでタクシーで帰ります。お世話になりました」
「いや、俺が送っていくよ」
「そんな、ご迷惑でしょう。私、帰ります!」
バッグとコートを取り、急いで玄関に向かった。皺くちゃの衣類で外に出るのは恥ずかしかったが、今すぐ帰らなくてはいけない。綾優はそんな思いに駆られていた。
靴を履きドアノブに手を掛けた時、追いかけて来た濱本に腕を取られて体が反転する。穏やかな物腰は影を潜めて、知らない男性がそこにいた。
「ごめん。もう少しここにいてほしい。俺が車で送るから……ね?」
濱本の必死な表情が不思議でならなかったけれど、嫌な感じはしなかった。彼の社会的立場や周りの評判が良いという理由だけではなく、何故そんな表情をしているのかを知りたかったのかもしれない。
この好奇心が災いを呼ぶのか、それとも何事もなく自宅に帰ることができるのか……綾優には予想もできなかった。靴を脱いでリビングのソファーに腰を掛けると、濱本も右隣に腰をかける。
柔らかなソファーが二人の重みでゆっくりと沈み、綾優の体は右に傾き自然と体が密着した。
薄手のセーター越しに濱本の体温が感じられ、綾優の冷えた体は解されていく。
ずっと無言だった濱本が、突然フッと笑った。綾優は顔を上げてその顔を窺う。
「今、笑いました?」
「君の感触が心地よすぎて、どうしようかと思っていたんだ」
穏やかで魅力的な笑みを浮かべているが、目が笑っていない。その目からは秘めた情熱が見え隠れして、綾優の心臓は大きく鼓動した。
「自分で引き留めておいて、『どうしよう』ですか?」
挑発するつもりは全くなかった。会話をしていなければ、体が震えそうだったからおしゃべりをしていただけ。
「ごめん、ごめん」
笑いながら、口先だけの謝罪をする。
「……もう」
少し口を尖らせて、怒ったふりをすると、突然頭のてっぺんに温かい重さを感じた。顎を載せられたのだと分かった時には、長い腕が肩に回って、綾優は濱本にすっぽりと抱きしめられていた。
「ゴメン、暫くこのままでいさせて」
(えっ……なっ、何故?)
驚きで固まる綾優の髪から腕、そして背中が優しく撫でられて、互いの体が密着する。胸の鼓動が耳に大きく響くけれど、それが自分のものなのか、濱本のものなのかさえ分からない。そんな奇妙な感覚に襲われて、綾優の頭はぼんやりとしてきた。
(帰らなくちゃ!)
身の危険を知らせる警報は、いま大きな音を鳴らしている。
それなのに、理性の声に反して、綾優の心と体はこのまま留まりたいと感じていた。
心臓が怖いくらいにドキドキして、何かに掴まらなくてはどうにかなりそうだ。両腕をそっと濱本の背中に移動させ、柔らかい薄手のセーターをギュッと掴んだ。
それが合図になったのか? 少し体を離した濱本は綾優の顔をしげしげと見つめ……そして、唇を近づけた。
重なる寸前で額を合わせると、綾優に尋ねた。
「いい?」
何か言わなくてはいけないの? 綾優が答えに困っている間に、温かい唇がそっと落ちてきた。
いつも鷹揚に構えている人が、別人みたいに色気を放出する様を間近で目撃して、綾優は圧倒されていた。
(もしかして私、今日ここでしちゃうの?)
そんな下品な言葉が頭をよぎる。濱本のキスを受け止めながら、綾優は『この人となら良いかも……』と思っていた。
それに、近隣の病院に赴任するにしても、もう会うことはないだろう。綾優がそんな思いをめぐらせている間にも、濱本のキスは深くなる。忙しなく口腔を探り、舌を強く吸われ唾液が唇の端から流れ出てくる。
気持ち悪い? とんでもない。白状すると、気持ち良すぎて頭が痺れてくる。キスは初めてではないけれど、これは今までのキスとは全然違う。学生時代の稚拙な恋を思い出し、相手によってこんなにも違う物なのか? と、綾優は切迫した場面にもかかわらずそんなことを考えていた。
それに気が付いたのか、濱本がいきなり唇を離す。
「何を考えている?」
「あっ……」
答えない綾優に罰を与えるように、下唇を軽く噛んで引っ張った。
(かっ、噛まれた!)
驚く綾優の首筋にも噛みつきながら、唸るように呟く。
「悪い。俺、我慢できない」
低い声が体に響き、お腹の深い深い所にまで直結して思わず声が漏れる。
「……んっ」
「首が弱いの?」
首に当たる唇の感触で、彼の口角が上がっているのが分かる。
「せ、先生」
「ん?」
そして、綾優は濱本にねだった。
「ベッドに連れていって」
自分のとった行動に正当な理由など何も思い浮かばない。この時の自分は、おかしくなっていたとしか思えない。そうでなければ、こんな性急な展開を許すはずがない。
きっと、数ミクロンの生理活性物質に体が支配されているのだと思いたい。
絶対にこれは、恋なんかじゃない。
少し前に抜け出したはずの濱本のベッド。綾優は自ら望んでそこに戻り、濱本に着衣を脱がされていた。
全てを剥がれて横たわる綾優を見つめながら、濱本はセーターを頭から脱いで投げる。
綾優はそれを正視することができなくて、手のひらで目を隠した。
頭上からクスッと笑う声が聞こえる。
「恥ずかしいの?」
答えることができなくて、体を壁の方に向け丸くなる。ベッドが沈んで、濱本が近づく気配がした。綾優の髪を梳いて、露わになった耳たぶに唇を押し付けた。
「返事をして、恥ずかしいの?」
微かに震えながら、声の主を見上げる。そして、唇が下りてくるのを待った。
唇が合わさると、まるでずっと以前から触れ合っていたみたいにしっくりとくる。舌をからませ唾液が混ざり合う
他の人だったら、考えるだけで気持ち悪いと思うのに、綾優は濱本の行為をすんなりと受け入れている。理由など思い浮かぶはずもなく、ただ必死にキスに応えていた。舌を甘噛みされ、強く吸われる。甘く執拗なキスは、終わる気配さえない。
「……んっ……ふぁ……あっ……」
息継ぎが難しくて、綾優は逃れようとしたのだけれど、しっかりと抱きしめられて離してくれない。キスが深まるごとに互いの唇は甘く溶け合っていく。
「ふぁ……ん……っく……」
鼻にかかった、甘い声が漏れる。互いの体が熱を放ち、肌がしっとりと艶を帯びてくる。裸なのに全く寒くない。濱本は綾優の反応をみながら、ゆっくりと触れてくる。大きな掌で胸の脇を撫でられて、ゾクっと甘い震えが走った。彼は触れるごとに綾優が感じる場所を確実に押さえてくる。胸の先端を軽く撫でられて、思わず声が出た。
「あッ……」
頂を舌で転がされ、強く吸われて身をよじる。胸の頂を食まれ、好き勝手に触れられて、悦楽に背がしなる。声を嗄らせながら、その髪の毛に指を絡ませたくなった。意外にも柔らかい髪の毛を、思いっきりクシャクシャにしたくなる。
「あぁっ……はぁ……っ、ぁあっ!」
うっすらと湿った肌に熱い掌を這わせながら、濱本が満足そうに微笑む。
「ピンク色……本当に桃みたいだ」
「えっ?」
「ビールを飲んだ後にみるみる君がピンク色になっただろう? 体中が同じ色になるのかって、すごく知りたかったんだ」
「……は?」
そんな理由で自分を留めたのかと思い、綾優は少し戸惑った。しかし、そんな気持ちなど意に介せず、濱本はニンマリとする。
「思っていた通り、全身桃だな」
そう言うと、綾優の臍の周りを舌でなぞった。そのまま肌に唇が押し当てられて、じわじわと下に降りてくる。淡い茂みに鼻先が入りこみ、敏感な場所を探索しはじめた。
「あぁ……っ」
指が恥丘に伸び、割れ目に入り込む。先程の愛撫のせいで蜜に濡れた場所を撫でられ、綾優の背が悦楽でしなる。両膝が折り曲げられ秘部が露わになると、そこに濱本の唇が降りてきた。そのまま舌でザラリと舐めあげられ、綾優は驚きの声を上げた。
「や……先生、止めっ!」
閉じようとした膝が両手で広げられ、また唇が近づいてくる。襞をかき分け、赤く染まりかけた芯にたどり着くと、熱い舌で転がされる。
「……っ! あっ……ぁ、やっ……」
こんな場所を人に見られるだけでも恥ずかしいのに、そこを舐められるなんてありえない。ましてやそれをしているのが濱本だなんて……。
花芯を舐めるピチャピチャとした音がベッドルームに響く。舌からもたらされる刺激のせいで、蕾は色を濃くさせ硬く尖ってゆく。痛いような、それでいて気持ちが良すぎるような、強い刺激に綾優の体はビクビクッと震えた。
「あぁ……っ、や……もぅ……っ」
「こんなに感じて……可愛い。気持ちいの?」
濱本が艶っぽい声で囁く。綾優は返事ができなくて、ただ喘いでいた。やがて柔らかな秘所に指が侵入してきた。溢れ出た蜜でトロトロに溶けた蜜口は、簡単に指を招き入れる。抽送を繰り返すと、粘着性の液が溢れてクチュクチュと音を立てはじめた。
中をかき混ぜる指の動きに耐え切れずまた声が漏れる。声を出すまいと自分で口を押さえると、濱本が笑った。
「我慢しないでいいよ。いいから、声だして」
指をそこに残したまま身を乗り出して口付ける。互いの舌を絡ませる甘いキスに綾優は夢中で応えた。
「どう? 自分の味は」
「やっ……」
蜜まみれの濱本のキスを受けた綾優に、その味を聞いてくるけれど、答えることはできなかった。自分の全てを濱本の好き放題にされているけれど、それが嫌じゃないのは溢れ出る蜜で簡単に測れる。
「ねぇ、とめどなく溢れてくるんだけど?」
「は……い?」
瞼を開けて、何か言いたげな濱本と目が合った。
(顔が……ち、近い)
鼻がくっつきそうな距離で綾優を見下ろしながら濱本が言った。
「ねえ、イキたい?」
「そ、そんなこと、答えられませんっ」
口をパクパクさせる綾優を、濱本は目を細めて笑う。もしかして彼にはSっ気があるのかもしれない。
「お返事は?」
そう言って、中壁を擦る指がクイっと曲げられた。
「ひぅッ!」
「もう一本入るかな? キツイけど」
あくまでも冷静な濱本が、なんだか恨めしい。
「あぅ……っく……」
堪え切れず声を上げると、唇が塞がれて強く吸われる。熱い体にのしかかられ、舌と指で柔らかい粘膜の中がかき混ぜられる。長い指が充血して固くなった花芯を擦ったその瞬間、綾優の腰が跳ね上がり、ビクビクっと痙攣した。
「あぁッ!」
「可愛い声だね、もっと聞かせてよ」
濱本の低音が首筋から体に響いて、声だけでもイキそうになる……。