仕事先で高校時代の先輩・悠生と偶然再会した紬。ヤクザの婚外子として悪い噂が付きまとっていた悠生は、十年後の現在、弁護士として独立していた。かつて果たせなかった想いをぶつけるように、悠生は紬の唇を求めカラダを奪っていく。「俺ともっとしたいって言えよ」自分を組み敷きながら甘くささやく悠生の独占欲に、紬は溺れながら落ちていく――。
(ね……眠い……)
正直言って、映画は退屈だった。あれほどの名作を原作にしておいて、なぜこうなってしまうのだろう。
脚本も退屈なら俳優の演技もしっくりこず、すべてが空回りしている。目の前に脚本家や監督がいたら詰め寄りたい気分だが、残念ながらここは映画館だ。寝てしまわないように必死に意識を保つくらいしかできることはなかった。
だが五分もすれば眠気がまた波のように押し寄せてきて、紬はかっくんと頭が落ちていく自分に気が付く。
(ああ……寝ちゃ、駄目なのに……)
せっかく悠生が貸し切りにまでしてくれたというのに、自分が観たいと言った映画を観ないなんて失礼すぎる。夢の中に半分足を突っ込みながらも、目覚めなければとなんとか自分の膝をつねろうとしたのだが――。
紬の指先は、温かく大きな手に包まれて、まどろみがだんだん深くなる――。
映画が始まって小一時間経ったころだろうか。隣の紬の頭が本格的にゆらゆらし始めたのに気が付いて、悠生は頰杖をついたまま、目の端でちらりと紬を見下ろした。
無理にマスカラで伸ばさなくても、紬のまつげは鳥の羽根のように長かった。そのまつ毛が上がったり下がったりする姿はなんとも愛らしい。なんとか目を開けようと努力しつつも、うつらうつらとする紬を見て、悠生は蕩けるように甘く、優しい眼差しになる。
(かわいい……)
紬は昨晩、眠れなかったと言っていた。楽しみで興奮して眠れなかったのだと。
今日のデートを楽しみにしてくれていたと思うと、悠生の胸の奥にある心臓は信じられないくらいの喜びに包まれ、キュンキュンと締め付けられる。
そっと腕を伸ばし、こっくりこっくりと舟をこぎ始めた紬の肩を抱くと、ゆっくりと自分の胸に引き寄せた。手のひらに感じる紬の骨は細く、もたれかかってくる頭は重かった。
(これが紬の重みだ……)
いつかすべてを手に入れることができるだろうか。いや、再会したときにそうすると心に決めたはずだ。十年前には小賢しくも大人ぶって諦めてしまった自分だが、もう二度と諦めるつもりはない。
すう、すう、と規則正しい紬の寝息が聞こえる。
(触りたい……)
通路や売店周辺は監視カメラが多く設置してあるが、ここのように少人数向けのシアタールームにカメラがついていないことは、入るときに確認済みである。
(なにをしても、見られることはない……)
一度そう思うと止まれない。悠生はもう一方の手でゆっくりと紬の頰を撫で下ろし、頰に唇を寄せた。
夜ごと妄想の中で紬を犯している悠生だが、現実ではまだ口づけしか交わしていない。
今まで多くの女たちが悠生の前を通り過ぎて行ったが、悠生に抱かれたいと体を差し出す女しかいなかった。
一方、紬はまったく悠生の思い通りにはなってくれない。奥手なせいだけではないはずだ。おそらく紬は、他人に身も心もゆだねる方法を知らないのだろう。それが自己評価の低さから来るものなのか、それともセックスが純粋に恐ろしいと思っているのか、まだはっきりとはわからない。
だが悠生はいくらでも待つつもりだし、その間、紬から離れるつもりもなかった。
いつか彼女が自分を信じて、すべてを預けてくれる日が来るのを待つだけだ。
(大好きだ……紬……)
頰を撫でていた手のひらを、ゆっくりと下ろしていく。
まろやかな肩、鎖骨、柔らかな胸。手のひらで労わるようになぞっていくと、紬の小さな唇から、「ん……」と甘い吐息が漏れた。
服越しでも感じているのだろうか。目を伏せた紬のまぶたはまだしっかりと閉じられていて、開きそうにない。
悠生はそのまま、紬の唇に自身の唇を寄せて、口づける。ふわふわの柔らかい唇を舐めて、ちゅうっと軽く吸いつきながら、舌先をちょろちょろと差し入れる。
紬の口の中は、彼女が飲んだアイスティーの味がした。
(もっと……もっと、奥に……そっと……)
次第に深いキスをしながら、さらに指先をスカートの中へと差し入れて、ゆっくりと膝を撫でる。ストッキングは穿いておらず、パンプスに薄く透けるような靴下を合わせていたので、素肌だ。ぴったりとくっついていた膝の間に手のひらを差し入れ、紬を起こさないように内ももをやわやわと揉んでいく。
紬の肌はぴったりと吸い付くように柔らかく、むっちりとしていた。
太っているわけでも痩せすぎているわけでもなく、ちょうどいい、おそらく男が理想とする体型なのではないだろうか。
だが紬は自分の女としての魅力を過小評価していて、いつもそっけない格好をしているようだが、こうやって自分と会うときに彼女が精いっぱいおしゃれをしてくれているのを見て、今日は本当に嬉しくて、どうにかなりそうだった。
(好きだ……紬……お前に触れたい……)
悠生の指はどんどん奥へと向かって行き、やがて紬の下着へと到達する。
指先に神経を集中して、ゆっくりと上下に動かす。焦らずゆっくりと。そうやってしばらく紬の秘めたる部分を下着越しになぞっていると、ほんの少しだが紬の膝が震え始める。
「んっ……」
もじもじと膝をこすり合わせながら、紬は頭を動かして悠生のキスから逃れたが、そのまま悠生の首筋に顔を押し付けるかたちになった。彼女の柔らかい唇と吐息が耳の下に触れて、悠生は興奮のあまり、たまらず息をのんでしまった。下半身に熱が集まるのがわかる。
(もしかして、起きてるのか?)
実は紬はとっくに目を覚ましていて、このスリルを楽しんでいるのだろうか。
そう思うと無性に興奮したが、紬の性格を考えるとそれはあり得ないだろう。
(本当に感じやすいんだな……)
誰よりもピュアな紬が、恋人でもない男に体を好き勝手されていると思うとゾクゾクするが、相手が自分だからいいのであって、ほかの男にこんなことをされたらと思うと、冷静ではいられない。彼女の無防備さには本当に呆れてしまう。
(早く一緒にいられる関係にしないと……)
紬の良さは自分だけが知っていればいいと思うが、なにしろ自分が惚れた女だ。先日言い寄っていた既婚者は論外だが、紬がほかで男に目をつけられている可能性は十二分にある。
(だめだ。紬は俺だけのものなんだからな……)
辛抱強く下着の上から撫で続けていた悠生の指先が、しっとりと濡れ始める。
映画の音声は大きく音はまったく聞こえないが、悠生が指を動かすたびに紬に敏感な部分は、くちゅくちゅと音を立てながら、蜜を溢れさせているのだろう。
悠生はかすかに息をのみ込みながら、そのままたまらず下着をずらし、指を中に滑り込ませた。ぬるりとした泉の中に指先がとっぷりと浸る。
愛する女に不埒なことをしている。こんなことをしたことがバレたら、愛想をつかされるどころか、一生口をきいてもらえないかもしれない。
その瞬間、悠生の全身が激しい快感に包まれ、粟立った。
(ああ……。めちゃくちゃ興奮する……紬を犯したい……)
生まれてこの方、他人にかしずかれた記憶しかない悠生だが、紬は別だ。彼女にならなにをされてもいいし、どんなに邪険にされてもいい。悠生にとって、紬は『心の女王様』だった。
(紬……俺の指で気持ちよくなって……)
いつもはぴったりと閉じているはずの、紬のひだを指でかき分けながら、同時に指を増やし、紬の花蕾に、小さな泉から溢れ出た蜜を丹念に塗り付ける。
そうやって、紬の小さな突起を丹念にもみほぐしていると、
「んっ……」
ぴくん、と紬の体が揺れた。悠生の手を挟み込んでいる太ももが、かすかに痙攣している。
顔を覗き込むと、瞼も震えていた。
(これ以上やると、さすがに起きるか……)
このまま指を彼女の中に埋めたかったが仕方ない。
悠生は指をそっと下着の中から引き抜き、めくれ上がったスカートの裾をおろすと、一方的に紬を愛した自身の指先に口づけたのだった。