経理部に勤める歩美は、やり手でイケメンな副社長・桂馬の内緒の奥さん。諸事情あって交際0日の結婚のため一年間のお試し期間中なのだ。「大丈夫だから、そのままイッてみよう」桂馬は初心なカラダを夜ごと優しく愛撫するも一線は越えない……どんどん彼に惹かれていく歩美は、桂馬の誕生日に最後まで愛してもらおうと自分をプレゼントすることに!?
身支度を済ませ、夫婦の寝室へ向かう。なかなか覚悟が決まらず、洗面所でぐずぐずしてしまい、ずいぶん夫を待たせてしまった。
そっと扉を開くと、夫はベッドの上で文庫本を開いていた。
「……たいへん、お待たせしました」
恐る恐る声をかけると、桂馬は本から顔を上げて、ニコッと笑った。
「俺、焦らされるの好きだよ」
焦らしたつもりはないのだが。
閉じた文庫本をサイドテーブルに置き、読書灯の光量を少し落として、さあおいでというように、夫が手を差し伸べてくる。
このままくるっと向きを変えて部屋から出たい。
そんな思いを胸の奥に押し込め、歩美はよじよじとベッドの足側の隅に上がって、正座した。
ギリギリの場所過ぎて、いまにも落ちてしまいそうだ。
「遠いよ」
「あ、はい」
膝でずりずりと、わずかに前進する。五センチくらい、夫との距離が縮まった。それが限界だった。
「ううん、そんなに困った顔されると……」
「ごめんなさい」
「興奮する」
「はい?」
「なんでもないです。歩美がこっちにこないなら、俺から行こう」
桂馬は楽しそうに言って、いきなり膝が触れ合う距離まできた。
「ひっ!?」
近い。
近い近い近い。
歩美は自分の胸をギュッと押さえた。動悸がする。
「ひっ、って。ウケる」
わりと失礼な態度だったと思うのだが、夫はやっぱり楽しそうだ。そしてリラックスしている。
まだ何もしていないのに、これからすることを想像しただけで気を失いそうになっている歩美とは全然違う。
「歩美はなかなか、俺に慣れないね」
小さい子をあやすみたいに、夫が両手を優しく握ってくる。歩美は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
結婚するということがどういうことか、子供ではないのだから、当然わかっていた。いや、わかっていたつもりだった。
でも、想像と現実は全然違った。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくていいって」
歌うように言って、夫は優しく歩美の肩を抱き寄せた。そして歩美ごと、ベッドに横たわる。
「あ……」
夫の胸に顔が埋まる。
ゼロ距離になってしまったが、顔が見えないからか、膝を付き合わせているときよりは若干落ちつけた。
夫の手が、トン、トンと軽く背中を叩いてくる。夫の鼓動と同じくらいのリズムだ。心地よくて、フッ、と歩美の肩から力が抜けた。
「……いま何考えてる?」
頭上から夫の声がした。
「もっと目が悪ければよかったのに、とか」
「どういうこと?」
夫が顔を覗き込んでくる。
近い。
思わず彼のパジャマの胸元を、ギュッと掴んだ。夫のアップは心臓に悪い。
「見えなければ、もうちょっと頑張れる気がするんですよね」
結婚式はまだしていないから、入籍して同居しはじめた日の夜が、初夜になるのだろうか。そのとき歩美は、生まれて初めてキスをした。
唇が触れあったところまでは、まだよかった。うっとりした気分になれたし、これがキスか、なかなか気持ちいいものだな、なんて思う余裕もあった。
しかし口の中に桂馬の舌が入ってきたところで、生々しい感覚に動揺して歯を食いしばってしまい、危うく彼の舌を噛み切るところだった。
結局その日は、舌に血を滲ませている夫にひたすら謝り、大丈夫大丈夫とひたすらなだめられて終わってしまった。
それから三週間近く経ち、もう何度もこうしてベッドの上で抱き合ってはいるのだが、なんとまだ二人は体を繋げていない。
キスには、さすがに慣れてきた。毎朝しているからだ。夫婦というものは、毎日いってらっしゃいのキスをするものなのだということは、夫が教えてくれた。
両親を早くに亡くした歩美には、『普通の夫婦』というのがどういうものなのかがよくわからない。
祖父母のことは尊敬しているが、世代が違い過ぎて、夫婦のロールモデルにするのは難しい。そのうえ男性と交際した経験すらないまま結婚してしまったものだから、自分のふるまいが妻としてどうなのかまったく判断できず、常にどこか不安だった。
「いや、頑張らなくていいよ」
「でも」
「頑張ってするものではないからね。妻が自然と『夫と触れ合いたいなあ』と思えるようにするのは、夫の役目です」
そうなのか。夫がそう言うならそうなのだろう。
歩美はけっして自分でなにも考えられないような意思のない女ではないのだが、男女間のことに関しては、判断を夫に丸投げしてしまっている。
わからな過ぎるからだ。
ちなみに部屋が真っ暗な方が落ち着ける気がするから電気を消してみてはどうかという案は、同居二日目の夜に出してみたが、あっさり却下されてしまった。
何も見えないなか手探りでそういうことをするのは、とても難しいらしい。歩美が怪我でもしたら大変だからねと言われてしまっては、納得するしかなかった。
会話を続けながら、トントンと歩美の背中を叩いていた夫の手は、だんだん腰の辺りまで下りていっている。
「んっ……」
するっと、夫の手がパジャマの中に入った。直接肌に触れられ、歩美はビクッと震えてしまった。
なだめるように、背を撫でられる。夫の手は、いつも温かい。
目をつぶって背中の感覚に集中していると、唇に柔らかいものが当たった。唇を重ねられたのだとすぐにわかる。ふにふに何度も押し当てられ、歩美はふわふわした気分になってきた。
「ん……はぁ……」
夫はけっして急がない。いつも歩美の気持ちがほぐれてくるのを待って、じわじわとスキンシップを深めてくる。
一日おきくらいのペースでこうした触れ合いを重ね、そのたびに少しずつ先に進み、一昨日の晩にはついに裸で抱き合って局部に触れられるところまでいった。恥ずかしくて死ぬかと思ったが、嫌ではなかった。
夕食の時の会話からすると、今晩はもっと翌朝に響くようなことをされてしまうらしい。
怖くはなかった。
夫は今日までずっと優しかったし、歩美にだって、夫と体を繋げて夫婦だと実感したい欲はあるのだ。
背中を撫でていない方の手が、前に回ってくる。指先がへそを掠めた。くすぐったくて少し震える。そのまま手が上がってきて、乳房の輪郭をなぞるようにされた。
「ふっ……んん……」
夫と重ねた唇から小さな喘ぎが漏れ出る。
こういうとき、自分の手をどこへやればいいのか、最初はよくわからなかった。夫の肩や首辺りを掴んでいればいいと教わったので、今はもう迷わない。
ふにふにと、夫の手の動きに合わせて柔らかい乳房が形を変えている。
体を洗うときやブラをつけるときなど、自分で胸に触ってもなんとも思わないのに、どうして夫に触れられると気持ちがいいのか不思議だ。甘く切ない疼きが、触れられたところからじんわりと広がっていくようだった。
キュッと乳首を摘ままれ、そこから電気が走った。自分が汗ばんできているのがわかる。夫の唇が口から離れ、こめかみの辺りに押し当てられる。
「かわいい」
耳元で囁かれ、耳たぶを甘く食まれた。夫の手の動きは、徐々に大胆になっていて、乳房に指先が食い込んでいる。
どこもかしこも気持ちがよかった。体から力が抜ける。自分がとろりと溶けていっているような気分だ。
祖父母は愛情深く歩美を育ててくれたが、昔の人間だからか、その愛情を言葉にしたり歩美を抱きしめたりすることはほとんどなかった。
恋人ができたこともなかったから、歩美は自分がこんなにスキンシップに弱い人間だとは、結婚するまで知らなかった。
気が付いたらパジャマのボタンはすべて外されていた。夫の手は魔法みたいだ。
「ちょっと待って」
夫は一度体を起こし、バサッとパジャマの上を脱ぎ捨てた。引き締まった上半身がうっとりするほどかっこいい。歩美のパジャマも袖を抜かれ、足元にポイっと投げられた。
夫が覆いかぶさってきて、力強く抱き締められる。
「はぁ……」
歩美の口から、肩まで温泉に浸かったときのような息が漏れた。
直に感じる夫の体温と重みが、たまらなく心地よかった。夫も自分も汗ばんでいるから、肌と肌が張り付くようだ。
このままずっとこうしていたいくらい歩美の心は満たされていたが、夫というか男の人は、ただ抱き合うだけで満足できるものではないだろう。
異性との交際経験がないとはいえ、もう二十五だ。さすがに太股の付け根辺りにさっきから当たっている硬いものがなにかわからないほど、歩美は子供ではなかった。
夫の右手が、歩美の脚の間に入ってくる。
「あ……」
ぬるりと夫の指先が滑ったのがわかった。触れられる前から濡れてしまっていたのが恥ずかしくて、夫の肩に顔を埋める。夫がいまどんな表情をしているのか知りたくない。
濡れ具合を確かめるみたいに割れ目をなぞられ、背中がぞくぞくした。一番敏感な突起の上で、小さく円を描くように指先が動く。じっとしていられなくなり、歩美は夫の背にしがみついた。
「あっ……んんっ」
「気持ちいい?」
歩美はイヤイヤと首を振った。そんなこと聞かないでほしい。
「気持ちよくない? じゃあもっと強くするね」
そういう意味じゃない、と言う前に、肉芽を引っ掻くようにされて、歩美はビクッと背中をのけぞらせた。
「あ、よさそう」
夫は嬉しそうに言って同じ動きを繰り返してくる。
「あっ、んああっ……! んっ、んうぅっ……」
刺激が強すぎると言いたいのに、感じすぎて言葉が上手く出てこない。歩美は夫の背中に爪を立てて耐えた。
しばらく一定のリズムで肉芽を撫でていた夫の指が、割れ目をツーッと下がっていき、まだ夫と繋がったことのない秘苑の入り口をツンとつついた。
「あ……」
入ってくる。
ゆっくりと、歩美のなかに、夫の一部が。
性器とは比べ物にならないくらい細いはずだが、異物感は強烈だった。痛くはない。ただ自分の内側に桂馬が触れていると思うと、頭がおかしくなりそうだった。
「大丈夫、大丈夫」
夫の左手が背中を撫でてくる。
歩美が少し落ち着いてから、夫は指を深く埋めたまま、再び肉芽を愛撫しはじめた。
「あっ……!」
下半身にグッと力が入り、中にいる夫の指を締め付けてしまう。異物感が増したところでさらにゆっくり出し入れする動きをされ、歩美は顎を跳ね上げた。
「んあっ……ああんっ! いやっ……あ、あああっ」
「大丈夫、大丈夫」
ちっとも大丈夫じゃないのに、夫は全然やめてくれない。
勝手に腰が動いてしまうのが、恥ずかしくてたまらなかった。
クチュクチュと粘り気のある音が自分の股間辺りから聞こえてくるのも死ぬほど恥ずかしい。それなのに、怖いくらい気持ちがよくて、わけがわからなくなってきた。
「あっ……ああっ、だめ、いやっ……」
「かわいい。ほんとかわいい、歩美」
頬やこめかみに、何度も唇が押し当てられる。悲しくもないのに目尻から涙が流れだした。自分で自分が制御できなくなる感覚に、歩美は怯えた。
「ああっ……やっ、きちゃうっ……!」
お腹の奥からググッと何かがせり上がってくるような感じがした。
「大丈夫だから、そのままイッてみよう」
優しく励ますように言われた直後、歩美は快楽の波に飲み込まれた。
目の前がチカチカする。開きっぱなしになった唇が、わなわなと震えた。指の先まで多幸感に満たされ、羞恥心はどこかへ消えていった。
「あ……ふあぁ……」