父親の手術のため瑞穂が訪ねた高名な医師は、意図せず断ってしまったお見合い相手、吉住だった。手術を引き受ける代わりに家政婦になれと言われ、仕方なく受け入れる瑞穂。でも最初の高圧的な態度とは違って甘やかしてくる吉住に、いつしか心を許してしまう。優しく触れられると反応してしまう自分のカラダに戸惑いつつ、彼の本心がわからなくて――。
ゆっくりと顔が近づいてくる。その時間が耐えられなくて、瑞穂は先に目を瞑った。吐息を感じ、次に体温が唇に触れる。
「……っ、……」
感触は意外なほどソフトで、覚悟していた瑞穂は思わず力を抜いた。二度三度と触れるうちに、濡れた舌が唇を撫でる。
「……んっ……」
舌はひやりとして、ビールの苦みを感じた。口腔を探られるうちに、逆に熱を感じるようになり、瑞穂の舌は熱さから逃げ回る。しかしついに搦め捕られて、吸い上げられ、噛まれる。
高校生の純なそれとは違い、官能を引き出し、この先の行為へと繋がるようなキスに、瑞穂はゆっくりと染められていくのを感じた。
抵抗はある。今だって逃げられるものなら逃げ出したい。こんな目に遭うようななにを、瑞穂がしたというのか。見合い話を断って、吉住のプライドを傷つけたから? しかしその件はちゃんと謝った。それでも許せなかったなら、父の手術を受けてくれなかったと思う。いや、医師としての責務と矜持があるから、医療に関しては全うし、仕返しはすべて瑞穂に、ということなのだろうか。
仕返しなのか恩返しなのか、いずれにしても吉住の要求を、瑞穂は拒める立場にない。
そんな思考もともすれば掻き消されてしまうような、吉住がもたらす感覚だけを追いかけてしまうようなキスが、始まったときと同じようにゆっくりと終った。
口の周りがひどく濡れているのを、空気で感じる。目を開こうとしてもなかなか瞼が上がらなくて、手間取っている間に身体の下に腕が差し入れられた。
「きゃっ……」
急に身体が浮き上がって、瑞穂は思わず吉住の肩にしがみついた。項から柑橘系の香りが漂う。
「おろ、下ろしてくださいっ……」
「逃げる気なら無駄だ」
「そうじゃなくて――」
足でも引っ掛けて転んだらと、瑞穂は気が気ではない。自分がけがをするのもごめんだけれど、吉住にもしものことがあったらどうすればいいのか。彼を待つ患者は、父の他にも大勢いる。
「逃げませんから!」
「信用できない」
そんなやり取りの間に、瑞穂はベッドに下ろされた。身長体重共に平均値の瑞穂を、こんなに静かに下ろせるなんて、吉住は見かけ以上に力があるようだ。その気になれば、瑞穂の抵抗など簡単に封じ込めるだろう。
おとなしく身を任せるしかないという諦観が頭をよぎった。それでも、自ら望んでのことではない未知の行為に対する躊躇いと不安は消えない。瑞穂を抱こうとしている吉住にも、これまでに感じたことのない怖さがある。
しかし父の手術をしてくれたことには、心から感謝しているのだ。それを伝えるすべが身体を差し出すことなら、せめてその気持ちが伝わるのを願う。
「泣くな」
ふいに頬を指先で拭われ、瑞穂は目を瞬いた。新たな涙が溢れ、自分が泣いていたことに気づく。
「泣くくらいなら、言いたいことを言え。触られるなんて虫唾が走るとか、本当は同じ部屋にいるのも嫌だとか」
「そ、そんな!」
思わず声を上げた瑞穂に、吉住は口元を歪めた。
「まあ、解放するかどうかは別だが」
頬を拭った指が思った以上に優しくて、一瞬戸惑ったものの、やはり吉住の意思は揺らがないのだと瑞穂は目を伏せた。
「……ちょっと……怖かっただけで……」
濡れた髪が額に覆いかぶさり、その隙間から覗く双眸が、瑞穂を穴が開くほど見つめている――気がする。
「初めてか?」
返事こそしなかったけれど、瑞穂の反応で吉住には明らかだったようだ。
「それはあいにくだが、やめる気はない。つらい目に遭わせないようには気をつけよう」
世の男たちは、ベッドでこんなに喋るものなのだろうか。だんまりで身体を動かされても妙ではあるが、話しかけられたら意識が逸れて、身構えているのを忘れる。実際、肩にあった手が胸元に滑り落ちて、乳房を掴まれてはっとした。
長袖のカットソーは薄く、吉住の体温まで伝わってくるようだ。下はワッシャー加工が施されたワイドパンツで、こちらも薄手のコットンのせいか、触れ合う吉住の脚をリアルに感じる。
だいたい吉住の格好が、下着をつけているのかどうかも定かではないバスローブ一枚なので、密着度が高いのだ。そう考えて、瑞穂ははっとして吉住の手を掴んだ。
「待って! お風呂! シャワー使わせてください!」
吉住はうるさそうに顔を上げ、瑞穂の首筋に顔を埋めた。
「あのっ、お風呂……に……」
「もう入っただろう。いい匂いがする」
たしかに帰宅してからシャワーを浴びたが、その後、料理をしたから匂いが移っているだろうし、なによりこんなことになるとは予想もしていなかった。覚悟を決めての入浴ではまったくなかったのだ。
「そういうわけには――」
瑞穂はかぶりを振って吉住を押し返そうとしたが、耳元で囁かれて動きを止めた。
「そんなに言うなら、一緒に入って俺が隅々まで念入りに洗うが? どっちでもいいぞ」
男性経験がない瑞穂には、そのほうがよほど恥ずかしいことに思えて、諦めの境地で力を抜いた。吉住なら、きっと有言実行だろう。
カットソーが捲り上げられ、返す手で背中のホックが外され、覆うだけになったブラジャーをよけられて、乳房が露わなる。
「……あの、明かりを――」
室内はソファ近くのスタンドライトと、ウォールライトがいくつか灯っているだけだったが、身体はもちろんのこと互いの表情まで見える。吉住は無造作に手を伸ばして、ベッドヘッドのボタンを操作した。部屋の中が一気に明るく照らし出される。
「きゃ……!」
思わず胸元を手で隠した瑞穂に、無情な声がした。
「これとどっちがいい?」
「……さっきので……」
元の明るさに戻っただけなのに、瑞穂はほっとしてしまう。丸め込まれてしまったと悔しがる前に、胸を直に触られた。
「……っ、ん……」
手荒なところは一切なく、それが逆に瑞穂を戸惑わせる。どんなふうに触れているか、それに対して自分の身体がどんなふうに感じているか、読み取る余裕がある。大きな手は平均値の乳房を包み込み、柔らかく揉んだ。これまで食事のときなどに、吉住の手に目を惹かれることはたびたびあった。所作がきれいなせいもあるのだろうけれど、指が長くて爪の形まで整っていて、器用に動く。それが今、自分の胸に触れているのだと思うと、不思議な気がした。
「あっ……」
先端に痺れるような疼痛を覚えて、瑞穂は我知らず声を洩らす。指の腹で捏ねられていた乳頭が、次第に硬く尖って疼く。
目を開けていられなくて閉じると、反対の乳房を舐められた。乳暈をなぞるように弧を描く舌の感触に、背筋が粟立つ。明らかに性的なことをされているという戸惑いは強いのに、もたらされる刺激的な感覚に、神経が張りつめる。
ふいに乳首を吸い上げられて、瑞穂は身を捩った。さらに舌で擽られて、声を上げる。
指でつままれた乳頭を擦り立てられて、瑞穂は思わず吉住の頭を抱き寄せた。予想もつかない乱され方をさせられてやめてほしいと思う一方、初めて知った愛撫が心地よすぎて、もっと強く刺激してほしいと身体がねだっている。
だって……なんか……。
吉住の触れ方が予想以上に優しくて、初めて身を任せる恐怖をいつの間にか払拭されてしまった。驚いたり狼狽えたりはするけれど、吉住を怖いと思う気持ちは消えていた。
身悶える瑞穂からカットソーとブラジャーが取り去られ、吉住は腕を回して瑞穂を抱き包んだ。そのときになって気づいたのだが、ワイドパンツはいつの間にか脱がされていて、瑞穂が身に着けているのはショーツだけだった。そこに吉住の手が伸びる。
「やっ……」
瑞穂は焦って吉住の手を掴んだ。
「胸も悪くはなかっただろう。こっちもきっと気に入る」
乳房を玩弄されて感じていたと見抜かれていたと知り、瑞穂はますます抵抗した。しかし吉住の指はショーツの中に潜り込み、秘裂をなぞった。ぬるっ、と指が沈む。
「……いやっ……」
瑞穂は羞恥に顔を背ける。胸を愛撫されて、下肢が潤っているのは予想していた。だから吉住に知られたくなかったのだ。しかも実際には、瑞穂が思っていた以上に濡れていて、吉住の指が蠢くたびに密やかな水音が響く。
「なにが嫌なんだ? どこもおかしくない。ちゃんと濡れてる」
あけすけな言葉に羞恥が走り、瑞穂は身を硬くして唇を噛みしめる。しかし答えろというように指の動きが激しくなって、震える声を洩らした。
「だから……です。あっ、……初めてなのに、こんなに……」
そう言うのが精いっぱいで、伝わるだろうかと思ったが、吉住は小さく笑っただけだった。
「人間の身体は案外単純だ。性的な刺激を受ければ、それに合わせて準備が始まる。意志で止めるのは容易なことじゃない」
つまり、乗り気なセックスでなくても、反応はあるから気にするなと言っているのだろうか。慰めにも似た言葉に瑞穂が顔を上げると、吉住は口端を上げた。
「まあ、多分に気持ちよくなっていたと思ってるけどな」
フォローしてくれたかと思えば突き放す吉住に、瑞穂はつい言い返す。
「そんなこと――んっ、あ、ああっ……」
「今はここがいちばん感じるだろう?」
先端の芽を撫で擦られて、瑞穂はこらえようもなく腰を震わせた。溢れる蜜が滑りをよくして、弾かれるように捏ねられると、奥から大きな快感が押し寄せてくる。
あ……もっと……。
理由はないけれど、この先にもっと大きな悦びがあると本能が確信し、瑞穂はそれを味わわずにはいられなくなった。恥じらいも吹き飛んで、より刺激を受けられるように自ら動きさえしたかもしれない。それくらい、初めての性感は強烈だった。
「……んっ、あっ……」
びくんと腰が跳ね、吉住が触れているところから波打つように悦びが広がっていく。これがいくということなのかと、瑞穂は余韻に震えながら思った。
刺激されている間にさらに蜜を溢れさせていたらしく、吉住の指はぬかるみのような襞をまさぐる。指先がわずかに埋められるのを感じて、瑞穂はまだ痺れたようになっている腰を引いた。
「……やっ……もう――」
「まだ始まったばかりだ。嫌なんて言わせない」
吉住は瑞穂を刺激しながら、反対の手でショーツを引き下ろしていく。今さらながら見られてしまうと膝を閉じようとしたが、吉住は瑞穂の脚を大きく開き、太腿の間に身体を割り込ませた。
「初めてにしては感度がいい。すぐにまたよくなる」
それが誉め言葉だと思っているなら、大間違いだ。ただでさえ自分の身体に裏切られたようにも感じている瑞穂は、乱れる心に意識を奪われていて、ふいに襲われた刺激に声を上げた。
「あっ、なにっ……?」
下腹が吉住の頭で隠れているのを見て、達して敏感になっている花蕾を舐められていると、瞬時に気づく。その事実に顔を背けたが、感触は去らない。むしろ全神経がそこに集中してしまう。
なんてことするの! ありえない!
もちろん知識としてそういう性戯があると知ってはいるが、自分とは直結していなかった。気持ちは吉住を蹴り飛ばして逃れたいくらいだったけれど、もう身体を差し出すと応じてしまった。それに、吉住の舌がもたらす感覚は、指以上に気持ちがよかった。
「……う、あ……あっ……」
必死にこらえていたつもりの声が、いつの間にか室内に響いていた。それに交じって猫がミルクを舐めるような音がして、今、行われていることの事実を、瑞穂に押しつけてくる。
惑う心とは裏腹に、身体は絶頂へと向かう快感を手繰り寄せ始めていた。先ほどよりも加速して熱を上げていく瑞穂の中に、指が潜り込んでくる。
「やっ……」
未通のそこを開かれていく怖さに、身体が強張った。しかし吉住が舌の動きを激しくして、瑞穂の意識を逸らす。指を埋め込まれた重苦しさよりも、覚えたての快感のほうが鮮烈で、瑞穂は逃げるように二度目の絶頂に飛んだ。
脱力して荒い息を繰り返す瑞穂の上で、吉住が身を起こす気配がした。瞼を上げると、吉住が手の甲で口元を拭うところだった。これまでのスマートな印象を裏切る粗野なしぐさに、医師を離れたひとりの男としての吉住を、瑞穂は初めて意識する。
「あっ、あっ……」
下肢を襲った刺激に、まだ指が入れられたままだったのだと気づいた。しかも蠢く感触から、数が増えているような気がする。そんなに開かれていたことにも、それなのにダメージがなかったことにも、瑞穂はショックを受けると同時に、つらい目には遭わせないという吉住の言葉を思い出した。