「ずっとキスから先がしたかった」
書店員の明里はイギリスに旅行中、元彼の沖田譲と再会を果たし一夜を共にする。対等に言い合える幼馴染みでもあった譲は、パイロットとなっていた。彼への想いが溢れて逃げるようにホテルを出た明里だが、勤め先を知った譲はなおも熱く口説いてくる。さらに新進気鋭のイラストレーター・榊啓司が彼女に接近したことで、譲の独占欲は全開に。「俺は、今の俺に惚れてほしいんだ」他のことを考えられないほど溺愛を注がれて――。
忘れられない記憶に胸を疼かせている明里を、大人になった譲が抱いている。
「あの頃も、思わずこうしたくなるぐらい綺麗だと思ってた」
そう囁いて、明里の乳房に顔を埋める。
「……ん……、ゆず……っ」
乳房の頂まで辿り着いた彼は小さく頭をもたげている場所には触れず、その周りだけをまたキスで埋めていく。唇を少しずつずらしながら、丸く円を描くように。
我知らず譲の頭を抱いていた明里は思う。
(可愛いも綺麗も、昔は言ってくれたことなかったよね)
今では明里を褒める言葉を何のてらいもなく口にする譲。
それだけ彼が大人になった証拠だろうか?
(ううん。きっとそうじゃない。譲も今夜限りの、一夜で終わる先のない関係とわかっているから……)
だから、どんな言葉も軽い気持ちで口にできるのかもしれなかった。
(私は……?)
私は違う――と、心の声が明里に答えた。
どんなに嬉しくても、嬉しいと素直に言えない明里にとって、そのたった三文字はとても重たい。なぜなら、口にしてしまえば心に抱えた譲への想いがもっと大きなものへと膨らんでしまいそうだから。この一夜で振り切ることができなくなりそうで、怖い。
(譲……!)
喜びを言葉で伝える代わりに身体で伝えようと、譲を胸に抱く手に力がこもる。譲は愛撫をねだられていると勘違いしたのだろう。
「ここも可愛いし」
楽しげな笑みを含んだ声が乳首を掠めて、
「触ってほしい?」
譲は意地悪い質問をした。
言葉を吹き込まれた耳が、燃えるように熱くなった。
最初から明里の答を聞くつもりなどないのだろう譲は、双つの乳房を慈しむ手で愛しながら、乳首にキスをした。
「ん……ぁ」
凝った実を飽きもせず幾度も柔らかく食まれる時、味わったことのない快感が明里の脇腹を這い上がってきた。それはすぐさま全身へと散っていき、やがては甘い疼きが下半身へと集まってくる。
「……っ」
彼の温かな舌先で乳首を転がされる。身体の芯から湧きあがってくる熱い悦びが、腰や下腹のあたりにまとわりつきはじめる。
(……駄目……っ、私もう……)
もう昇りつめてしまいたい衝動に抗えば抗うほど悦びは濃くなり、明里を苛む。明里はもどかしくシーツを掻いている爪先から、とろとろに溶けていく気がした。自分の知らない自分に変わってしまいそうで、逃げ出したくなった。
「い……や……」
「嫌じゃないだろ?」
明里は小さく首を横に振る。
「嘘つかなくていい」
乳房から戻ってきた彼の唇が、明里の肩口に埋まっている。大人になった彼の少し節くれだった大きな手が、髪を梳くようにして頭を撫でている。いつまでも目を閉じ、じっと感じていたくなる優しさで。
「俺は明里とこうしていると、すごく興奮する。触れてるだけで気持ちがいい。明里は?」
ずっと明里だけが知っていた、甘えたがりな彼の口調。
「明里も俺と同じだよな」
明里の気持ちをわがままに欲しがる。
「そうだろ、明里?」
明里は甘えられ、そして甘やかされる。
「教えて。俺にされると気持ちがいい?」
明里は一度開いた目を強く閉じた。
震え出しそうな顎を小さく引いていた。
じっと詰めていた息が堰を切ったように溢れ、零れる。
そのどれもが譲の目には、欲しかった返事に映っただろう。
両手で覆って隠したくなるほど、頬が熱かった。明里はきっとうなじまで赤くなっているに違いなかった。
「可愛いな、明里」
戸惑うほどに強い力で明里は抱き寄せられた。
「昔からそうだ。こういう顔、俺にしか見せなかっただろう? なんでも全力でぶつかっていける頑張り屋で、めったに弱音も吐かないし降参もしないお前が、俺の前でだけ隠さない表情があったんだ」
譲は言う。困った顔や不安な顔、照れている顔や舞い上がっている顔や。
「たとえば困った顔や不安そうな顔、照れてる顔とか。そういうのをいつも不意打ちで見せられて心臓に悪かった。でも、可愛いなと思ってた。嬉しかったよ」
(……譲……)
そんなふうに思っていたなんて、明里は知らなかった。
明里はどうしても思ってしまう。譲がつきあっていた頃には口にしなかった気持ちを真っ直ぐな言葉で伝えてくれるのは、なぜ? やっぱり一夜限りで終わる関係だと割り切っているから? それとも何か別の思いがあるから?
「明里……」
譲は明里の半身に、強く自分の半身を重ねた。昂っている場所を、明里のズキズキと疼いている場所に押しつけた。ショーツ越しに伝わる熱は、彼と明里、二人のものだ。
譲が重なりあった場所をゆっくりと揺らして、互いを刺激しあう。二人の口から同じ吐息が零れた。
「明里」
しっかりと抱きしめられ、明里は譲の胸に埋まった。
「明里のなかに入りたい」
譲は欲望を隠そうともしない。無邪気なぐらい真っ直ぐだった。
「待てない」
「う……ん……」
譲を抱きしめ返す明里の両手に力が入った。
「待つ余裕もないから。だから――」
だから受け入れてほしい。最後まで言葉にする余裕すら本当になく、譲は明里の額や頬にせがむキスを降らせた。明里を独り占めしたくて堪らなかったあの頃の自分に返っているのだと、彼は言った。
(私も……)
声に出して伝えられない気持ちを両腕にこめて、また彼を抱きしめる。自分を欲しがってくれる、あの頃の譲に縋りつく。
(再会して気がついたの。私はあの頃も……、そして譲と別れてからもずっと、あなたを独り占めしたいって思ってた)
「いいよな?」
頷く明里にためらいはなかった。
(譲、お願い)
明里は強く願いながら、生まれたままの姿になった自分を開いて彼を受け入れる。
(お願い、譲。今夜、私の想いを叶えて。あなたを忘れる覚悟ができるように。恋する気持ちも愛する想いも、あなたへの感情をすべて断ち切ってしまえるように)
猛った譲の分身が、明里の花に押しつけられた。生々しい重みとともに、直に触れ合う彼の熱さが明里に伝わった。
「すごい……」
譲が嬉しそうにため息をついた。
「明里もすごく感じてる」
彼が身体を揺するたび固く張り出した先端が明里の花弁を分け、滑った。
明里にもわかる。うっとりと身体まるごと蕩けさせる長いキスや、身体のあちこちを優しくついばむ短いキス、そうして乳房の隅々にまで届く愛撫だけで、自分のその場所は恥ずかしいぐらい潤み濡れていた。
「……っ」
彼が花弁の合わせ目を探っている。
すぐに入り口を見つけられた。押せば柔らかく沈み込むそこをノックされ、明里は強い疼きに襲われた。
「あぁ」
明里は譲の下で身を捩った。まだ彼を受け入れてもいないのに、その時がきたら自分はどうなるのか。きっと経験したことのない快感にさらわれてしまうだろう予感に揺さぶられている。
「明里っ」
「……んっ」
譲の、明里の蜜で濡れた切っ先がもぐりこんできた。
譲が入ってくる。明里を気遣いつつも、逸る気持ちを抑えきれない力強さで。
「明里のなか、熱い」
熱いのは譲もだった。あと少しのところでひと息に明里を奥まで埋めた譲の熱が、伝染る。あっと言う間に身体中へと散っていく。明里は指先まで熱くなった。
「ずっとこうしたかった」
譲は明里を腕のなかに閉じこめ、ゆっくりと動きはじめた。少しも勢いの衰えない分身で、明里の秘密の路を行きつ戻りつ、深いところまで知ろうとしている。
私もあなたに抱かれたかったと思えば、明里の胸の疼きは怖いぐらい強くなる。
揺さぶられ火照った内側を擦られるたび、快感が弾けるように広がる。吐息とともに零れる声が、絶え間なく耳に届いた。
「や……ぁ」
こんな甘ったれた自分の声を明里は知らない。
「……ゆず……る」
何度かもう必死になってやり過ごしてきたエクスタシーの波が、また寄せてきた。明里はすぐにでも昇りつめてしまいそうだった。
「快いよ。頭がおかしくなりそうなぐらい」
「……私も……」
絶対言葉にするまいと誓っていた気持ちが思わず溢れてしまった。
「知ってる」
乱れた呼吸をキスに奪われる。重ねられた彼の唇が、嬉しそうに微笑んでいるのがわかる。
「あ……ぁ」
譲は明里をひたすら真っ直ぐに求め続ける。自分は彼の特別なんだと、勘違いしそうだ。
明里を愛おしみ慈しむ優しい口づけと、明里を欲しがり激しく貪る分身と、相反する二つの感覚に翻弄され明里は高みへと駆け上がっていく。
ふいに瞼が熱くなった。
明里は泣きそうになる。
あなたを忘れる覚悟ができるように。
恋する気持ちも愛する想いも、あなたへの感情を断ち切ってしまえるように。
そう願って、否、そうしなければならないからこそ譲への想いに素直になって彼の胸に飛び込んだのに。精いっぱいの決断だったのに、作戦は失敗に終わる予感がしていた。
(私は譲を忘れられないかもしれない。忘れるどころか今夜抱かれたことで、彼をもっと好きになってしまったかもしれない)
辛い予感が胸に迫って苦しくなる。
「大人になった俺を身体で覚えて」
譲は明里を抱きしめ言った。
「俺を覚えて、忘れられなくなればいい」
たぶんそれはベッドでの時間を彩るためだけの、甘いけれど空っぽな台詞。
だが、一夜限りの相手にそれは呪文と同じだった。明里を譲に縛りつける。