一見傲慢だけど一途な御曹司×素顔に自信の無い身代わり花嫁
真夜は化粧をした顔が、偶然出会った御曹司・至郎の逃亡した政略婚の花嫁と瓜二つだった。彼に花嫁の身代わりを頼まれ、父の借金返済のために条件を呑むことに。ニセモノの新婚生活が始まると、父の暴言のせいで素顔に自信が無い彼女を至郎は全てを知っても蕩かすように溺愛する。「今夜は、はいと答えるまで離さない」彼の強引な愛に真夜は戸惑い!?
「どうしたんだ。こんな夜中に」
「ご、ごめんなさい。眠れなかったから、ちょっとお酒を飲んでいて……」
慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、まだアルコールが抜けていなかったようで、足がもつれて転びそうになってしまう。
「あっ……」
至郎が咄嗟に手を伸ばして受け止めてくれなければ、顔からフロアに倒れ込んでいたに違いない。
「ありがとう、ございます」
ほっと息を吐いて起き上がる。そのまま至郎から離れようとしたが、ぐっと引き戻されたので目を見開いた。
「な、にを……」
抱き寄せられているのだと気付いて心臓がドキリと鳴る。
すぐそばにある黒に近いダークブラウンの瞳や、自分を包み込む厚い胸板を意識してしまう。
「は、離してください」
だが、至郎は腕にますます力を込めるばかりだった。
「君はこんな時間でも素顔を見せないんだな」
「……っ」
一緒に暮らす以上、至郎といつ出くわすからわからない。
だから、自室を出る時には何時だろうとメイクしていたのだ。
「……私にとってはこちらが素顔なんです」
二十五年近く生きてきて、メイクしていない時間の方が少なくなっている。
「わからないな」
至郎はもう一度尋ねた。
「君はそれほど勇気を出して、一体何と戦っているんだ」
何と――。
脳裏に父の龍男の顔が浮かぶ。
まだ母がいて優しかった頃の微笑みではなく、酔って殴りかかろうとしている、凶暴な表情なのが悲しかった。
「……至郎さんには関係ありません」
顔を伏せてやっとの思いでそう答える。
一方、至郎は真夜から目を逸らそうとしなかった。
「……そうだな。関係ない。だが、安眠を妨害されるとなると別だ」
「何を……言って……」
「その様子だと知らなかったようだな。君は眠るといつも魘されている」
この指摘にはさすがに言葉を失った。
「〝やめて〟、〝殴らないで〟、〝助けて〟と泣きそうな声で助けを求める。時々悲鳴も上げる。……夜になると君の部屋から聞こえてくる」
互いの領域には干渉しないと約束したが、さすがに放っておけなくなったのだと。
真夜は呆然とするしかなかった。
――知らなかった。
時折悪夢を見ることがあったが、まさかほぼ毎夜だったとは。
素顔を見られて失望されるのが怖くて、今まで誰とも一緒に泊まったことはない。
だから、自分がそんな寝言を口にしていると、教えてもらう機会もなかった。
そして、たった今知らされてまた絶望してしまった。
至郎は真夜の顔を覗き込んだ。
「君は以前男に付き纏われていると言っていたな。……君の昔の男なのか」
「……」
「真夜さん?」
「私……夢の中でも自由になれないんだ……」
今きっと泣いているのか笑っているのか、どちらともつかない顔をしているのだろう。
「怖い……」
涙が一滴、ポツリと床に落ちる。
起きていても眠っていても苦しいのなら、一体いつ安らぎを得られるのだろう。
「……怖い」
肩を震わせて泣いていると、至郎に更に深く胸に包み込まれた。
「その男と何があったんだ」
「い、言えません……」
同情なんてされたくない。ますます惨めな気持ちになる。
また、龍男のことを打ち明けてしまえば、連鎖的に自分の醜い顔についても告白する羽目になるかもしれない。
「……言えません」
「……」
至郎はそれ以上問い質そうとはしなかった。「わかった」と頷き、ただ、「大丈夫だ」と繰り返した。
「俺のそばにいれば君は安全だ」
「……」
「大丈夫だ」
あの命令口調で「大丈夫だ」と言い聞かせられると、本当に大丈夫なのかもしれないと思えてくる。
「……」
真夜は至郎の胸に顔を埋め、ぎゅっとパジャマの前身頃を掴んだ。
駄目だ。泣いてしまう。泣いたらメイクが落ちてしまう。
「真夜……」
至郎がそっと真夜の顎を摘まんで上向かせる。
「……君は綺麗だな」
まず額に、次に目元に、最後にグロスが取れかけた唇に口付けた。
真夜は生まれて初めてのキスに驚き、目を見開く。
「至郎さ……」
今度は深く口付けられ呼吸もできなくなる。
「ん……ふ……」
頭がクラクラする。恐怖も不安も唇の熱に掻き消されて、何も考えられなくなる。
その後至郎に横抱きにされても、真夜はなんの抵抗もしなかった。
至郎の部屋のベッドはダブルサイズで、広々としていた。
「電気、消してください……シーリングライトだけでも……」
真夜は蚊の鳴くような声で訴えた。
異性に体を曝け出すのは初めてなのもあるが、激しく動けばメイクが落ちてしまうかもしれない。素顔だけは見られたくはなかった。
「お願いです。明るいところは、嫌い……」
あの傲慢な至郎が聞き入れてくれるかと思ったが、至郎はすぐに電気を消して薄暗くしてくれた。
「……君の顔が見えにくいな」
そう呟きながら頬を撫でる。次いで顎を掴んで荒々しく、だが情熱的に口付けた。
「ん……う。あっ……。はっ……ん」
激しく、淫らで、甘い――。
男とベッドをともにするどころか、ファーストキスすら未経験だった真夜にとって、その口付けはあまりにも刺激が強すぎた。
アルコールのせいもあるのだろうが、もう頭がクラクラして、至郎の熱以外何も感じられなくなっていく。
「ん……んっ……」
至郎の舌が真夜のそれを絡め取り、間で唾液が掻き混ぜられる。
その淫らな液体が真夜の喉の奥に流れ込み、一瞬噎せ返りそうになった。反射的にごくりと飲み下してしまう。
「……っ」
至郎はまだ唇を離してくれない。
舌先で歯茎をなぞったかと思うと、再び真夜の舌を絡め取って、音を立ててその先を吸い上げた。
「ん……ふ……」
体からみるみる力が抜け落ちていく。
このキスはいつまで続くのだろう。まさか、終わるまでかと怯える。
真夜はぶるりと身を震わせた。
キスだけでこれだけ感じてしまって怖いのに、抱かれることに耐えられるのだろうか。
「し、至郎さん……」
やっぱり待ってと頼もうとしたが、至郎は真夜の心を読んで、「待てない」と答えた。
「俺に火を点けたのは……君だ」
たちまちパジャマのボタンを外されてしまう。
「あっ……」
真夜は思わず胸を覆い隠した。
いつもはナイトブラをつけて眠るのに、よりによって今夜は全部洗濯してしまっている。
「なぜ隠す」
「だ、だって……」
「見せるんだ」
「こ、こんなに暗いのに? 見えないんじゃ……」
「……」
至郎は無言で真夜の両手首を掴んだ。そのままぐっと広げてシーツの上に縫い留める。
ふるりとまろび出た真夜の乳房は滑らかで白く、横たわっても潰れることなく妖しく揺れている。
「なぜ隠したがるのかわからないな。こんなに綺麗なのに」
至郎は真夜の乳房を二つまとめて鷲掴みにした。
「や……あっ……」
乳房で感じる至郎の手の平は大きく、指は骨張って長く先は硬い。長年パソコンを打ったり、ペンを握ったりしていたからだろう。
その指先が柔肉に食い込むと、軽い痛みと同時にピリピリとした、電流に似た何かが肌を走った。
「……っ」
至郎は下乳を掬うように持ち上げた。
「ふあっ……」
続けて全体をパン生地のように捏ね回す。
「あっ……やっ……そ、んなことっ……」
抗議の言葉が途切れ途切れになって意味を成さなくなる。
真夜はひたすら熱い息を吐き出していたが、何気なく自分の胸元に目を向けて、その頂がピンと尖っているのに気が付いた。
「……っ」
羞恥心に頬がたちまち熱くなる。
乳首は立っているだけではなく、充血していつもより色が濃くなっているように見えた。全体的に色白なだけになおさらその箇所が目立つ。
真夜はシーリングライトだけではなく、枕元のループランプも消してもらうべきだったと後悔した。
だが、もう遅い。
「――真夜」
至郎は真夜の名を呼んだ。
先ほどまでの命令口調がいささか柔らかくなった気がした。
真夜はほっと胸を撫で下ろし、ルームランプを消してと頼もうとした。
ところが次の瞬間、胸に顔を埋められたので目を見開く。
「し、ろうさっ……」
至郎の前髪の毛先が肌にチクチク刺さる。そのむず痒いような感触に肌が粟立った。
「あっ……」
真夜はビクリと肩を震わせた。
右胸の先端をぬるりとした何かに包み込まれたからだ。
「う……そっ……」
それが至郎の唇と舌で、乳房を吸われているのだと知って絶句する。
「あっ……」
前触れもなく吸い上げられ息が途切れる。
「ひ……あっ……」
背筋はゾクゾクとするのに、乳房はたちまち熱を持ったので、相反する感覚に混乱する。
至郎はその間に今後は歯を立てて敏感なそこを甘噛みした。
「んっ……あぁっ……」
思わず至郎の両の二の腕を掴む。
ちゅうちゅうと音を立てて吸われ、囓られるごとに無意識のうちに爪を立ててしまう。
「あっ……ひっ……やぁん……」
「……いい声だ」
至郎は真夜の顔を包み込むと、目尻に溜まった涙を唇で吸い取った。
この唇はつい先ほどまで自分の乳房を貪っていたのだ。そう思うとまた背筋がゾクゾクとして、腹の奥がわずかに熱くなった。
その熱の正体を確かめる間もなく、パジャマのズボンをショーツとまとめてずり下ろされる。
「あっ……」
ついに生まれたままの姿にされてしまい、真夜は思わず顔を両手で覆い隠した。
心臓が破裂して死んでしまいそうだ。乳房を見られただけでも恥ずかしかったのにと泣きそうになる。
真夜が羞恥心と不安、肌寒さで小刻みに震えているうちに、至郎もパジャマを脱ぎ捨てたらしい。衣擦れが聞こえてまた辺りが静かになった。
自分の心臓の鼓動だけが鳴り響いている。
「真夜」