諦めずぐいぐい迫る御曹司副社長×傷跡にコンプレックスのある彼女
脚の傷跡のせいで恋愛経験ゼロに等しい彩音。ところが取引先で世界的ホテルグループの御曹司・湊人に口説かれ、片思い中の彼と一夜を共にしてしまい!? 身分違いの上、女性慣れしてそうな湊人とは一度限りの思い出のつもりだったのに、彼はひたむきに彩音を求めてくる。「今すぐ君が欲しい」自分はふさわしくないと戸惑うものの湊人の溺愛は止まらず…。
「どうした?」
湊人が歩いてくる気配がして、横を向いたら彼と目が合った。気持ちを悟られないよう、急いで口を動かす。
「夜景を見てただけです」
「明かりを消したほうがよく見えるだろう」
湊人が窓から離れたかと思うと、照明が落ちた。部屋が暗くなり、自分が空中に浮いているかのような錯覚を覚える。
目の前の紺碧の空、足元のまばゆいばかりの明かり。
「あっ」
目がくらみそうで一歩下がったとき、背中がトンッと湊人の広い胸にぶつかった。
「おっと」
「あ、ご、ごめんなさい」
あわてる彩音の両肩を、背後から湊人がそっと支える。
「どうした?」
「一瞬、宙に浮いてるみたいに感じて驚いて」
「高所恐怖症だったっけ?」
「そんなことはないんですけど」
そう答えつつも、声が震えた。怖いからではなく、背中に湊人の硬い胸板を感じるせいだ。
「えっと、もう大丈夫です」
平静を装ってそう言ったとき、湊人の右手が彩音の左頬に触れた。そのまま頬を撫で下ろして顎をつまみ、彼のほうを向かせる。
「副社長?」
目の前に濃い茶色の瞳があって、鼓動が跳ねた。
グラスを受け取ろうとして手が触れたときの距離感とはぜんぜん違う。
「あの?」
無言で彩音を見つめる彼の瞳が、熱っぽく揺らぐ。
湊人が顔を傾けてそっと近づけてきた。わずかに開いた形のいい唇に目が吸い寄せられる。
左肩を抱かれ、顎をつままれ、唇を寄せられて、苦しいくらいに鼓動が高くなる。
(これって……)
彩音は反射的に顔を伏せた。
彼がなにを求めているのかはわかる。恋愛経験はゼロに等しいけれど。
大学生のときに付き合った初カレとは、キスだけして別れた。
その原因となったのは――。
彩音は左手でそっと太ももに触れた。パンツスーツの生地の上からならわからないけれど、大きな醜い傷跡がある。子どもの頃、兄の真似をして木に登り、足を滑らせて落ちたときに、運悪く割れた植木鉢で大きく切ってしまったのだ。
初カレはいざ体を重ねようとしたとき、心底がっかりした声で『え、さすがにこれは萎えるわー』と言った。そして背を向け、そのまま服を着て彩音の部屋を出て行った。
それまでさんざん、『すごくきれいだね』『君みたいな美人と付き合ってること、世界中に自慢したいよ』とささやいてくれていたのに、彼とはそれきりになった。
傷跡がある、と思い切って打ち明けた結果がそれだ。
(あんなつらくてみじめな思い、もうしたくない)
彩音は無理やり笑みを作って、右手を湊人の胸に当てた。
「副社長、もう酔ったんですか?」
そのまま彼を押しやろうとするのに、彼のたくましい体はピクリとも動かない。
「君の魅力にずっと酔ってるんだ」
耳元でささやかれて理性がとろけそうになるのを、眉根をぎゅっと寄せて耐える。
「いつもこんなふうに女性を口説くんですか?」
湊人は心外だ、と言いたげな表情になった。
「まさか。君のせいで、ずっと恋人ができない」
(ずっと私と一緒に仕事をしてたから、恋人を作る暇がなかったってこと? その埋め合わせに私を抱こうとしてるの?)
それこそ心外だ、と思ったが、湊人に顎を持ち上げられ、まっすぐに目を覗き込まれて、言葉に詰まった。
「俺たちが一緒に過ごした時間は、この距離を埋めるのにじゅうぶんだと思わないか?」
じっと彩音の目を見つめる湊人の瞳は、薄暗い窓辺でもはっきりわかるほど、熱情を宿していた。
「彩音」
初めて呼び捨てにされた。それも、仕事中とは違う、甘さを孕んだ声で。
「副しゃ……」
ちょう、と続けようとしたとき、湊人が額を彩音の額にコツンと当てた。
「ずっと、もっと君に近づきたかった。君が欲しい」
ささやくように言われて、胸が切なく締めつけられる。
(私が彼のそばにいられたのは、こうして一緒に仕事をしたから)
その仕事も今日で終わり。彼に会えるのは、今日が最後。
たとえ埋め合わせなのだとしても、彼と噂になったほかの女性たちのように短い関係で終わるのだとしても、彼が欲しい。
焦燥感に押されて、彩音は伏せていた目をそっと上げた。欲望をたたえた彼の瞳に、自分の顔が映っている。
彩音は室内に目を走らせた。
夜景がきれいに見えるようにと湊人が明かりを消したため、室内は暗い。
(窓際から離れたら……傷跡は見えないかも……)
「彩音は?」
甘くとろけそうな声で好きな人に求められて、拒めるはずがない。
なにより、拒みたくない。
(永遠には手に入らないとしても、今夜だけでも)
その気持ちのまま、彩音は視線を戻す。目が合った湊人が問いかけるように首を傾け、彩音はイエスの意味を込めてそっと目を閉じた。その唇に、彼の温かな唇が柔らかく触れる。
それで火がついたかのように、湊人が彩音をぐっと引き寄せた。
たくましい両腕の中に閉じ込められ、彼の舌が彩音の唇をなぞった。驚いて唇を引き結ぶと、湊人は彩音の唇を何度もついばむ。
「ん……っ」
息苦しさを覚えて唇を開いたら、彼の舌がするりと滑り込んできた。
「……あ」
彩音は驚いて背をそらした。けれど、その腰に湊人が片腕を回し、さらに逆の手で彩音の後頭部を支える。
身動きできないでいる間に、舌を絡められ、吸い上げられて、頭がじんと痺れた。
「ふ……」
吐息のような声をこぼして、湊人のスーツの背中をギュッと握りしめる。
「彩音」
浮かされたような声で湊人が呼び、キスがさらに熱を帯びていく。貪るようなキスに、本当にこのまま彼に食べられてしまいたい、と思った。
「……っ……」
ぎこちないながらも一生懸命キスに応えているうちに、体が熱くなって頭がぼうっとしてきた。
やがて湊人が唇を離し、彩音はとろりとした目で彼を見る。
「ベッドに行こうか」
湊人が微笑んで腰をかがめ、彩音の膝裏をすくい上げるようにして横向きに抱き上げた。
「あっ」
突然の浮遊感に彩音がびっくりして声を上げると、湊人はクスリと小さく笑った。
「怖いなら、俺にしがみついたらいい」
「そ、ういうわけじゃ」
「俺はしがみついてほしいな」
笑みを含んだ声で甘えるように言われて、彩音は頬を赤くしながら彼の肩に手をのせた。
「そんなんじゃ落としてしまうかもしれないぞ」
湊人がいたずらっぽく笑って体を揺らした。
「きゃあっ」
彩音はあわてて彼の首にギュッとしがみついた。湊人が楽しげに声を上げる。
「冗談だ、俺が彩音を落とすわけないだろ」
彩音は小さく頬を膨らませた。
「こんな意地悪を言う人だなんて知りませんでした」
「それなら、彩音の知らない俺を、今日はたっぷり教えてあげよう」
湊人がリビング・ダイニングと隣り合うベッドルームのドアを開けた。広いベッドにそっと彩音を下ろし、そのまま彼女に覆いかぶさるようにしながら、片手をベッドサイドランプに伸ばす。
「あっ」
湊人が明かりをつけようとしているのに気づいて、彩音はとっさに彼の腕を掴んだ。
「ダメ! つけないでっ」
「えっ?」
湊人が怪訝そうな声を出して動きを止めた。彩音は言い訳を探して、つかえながら声を発する。
「あ、あのっ、こ、この部屋も夜景がきれいだから……夜景を見ながらが……いい、です」
「ふぅん、仕事をするときと同じく大胆なんだな」
湊人の声にからかいが混じり、彩音は眉を寄せる。
「え?」
「外から見られてもいいってことなんだろ?」
湊人がベッドサイドテーブルのリモコンを操作した。低い電子音とともに遮光カーテンとレースのカーテンが割れて、まばゆい夜景が広がっていく。
「あっ、ちがっ、そうじゃなくて! は、恥ずかしいから、やっぱりダメですっ!」
「俺は彩音を見たいんだけど」
「で、でも……」
彼に見られたくない本当の理由が言えず、彩音はそっと下唇を噛んで目を伏せた。
「俺の前で恥ずかしがる必要なんてないのに」
湊人はクスリと笑って彩音の額にキスを落とした。彼がリモコンのボタンを押し、レースのカーテンがゆっくりと閉まって、互いの輪郭がほんのりとわかるだけの薄闇になった。
彩音は小さく息を吐く。
「ありがとうございます」
直後、湊人が彩音の耳たぶにキスをした。
「ひゃっ」
突然の刺激に、思ったよりも大きな声が出た。そんな彼女の耳元に唇を触れさせたまま、湊人が甘さを含んだ声で言う。
「視覚が利かないと、ほかの感覚が敏感になるって言うよ」
ついばむように首筋に繰り返しキスが落とされた。彼の言うとおり、かすかに唇が触れるだけなのに、背筋にゾクゾクとした刺激が走る。
「あ、ま、待って」
彩音は湊人の袖を掴んだ。
「待てない」
湊人は彩音の唇にキスをして、彼女のジャケットのボタンに手をかけた。
「あ」
ジャケットに続いてブラウスのボタンが外されたかと思うと、手早く脱がされた。上半身キャミソールとブラジャーだけになって、心許ない。見えていないとわかっているのに、つい両手で前を隠した。
「んっ」
再び湊人が唇を重ね、唇を割って舌を差し込んだ。舌で口内を撫でまわしながら、そっと彩音の両手首を掴む。その手をシーツに押しつけながら、顎から首筋へ、鎖骨へとキスを落としていく。
淡い刺激に彩音が甘い吐息をこぼしたとき、大きな手が胸の膨らみを包み込んだ。薄い布地の上から指が沈み込む。やわやわと揉みしだかれて、そこからくすぐったいようなむずがゆいような感覚が広がっていく。
「ひゃんっ」
先端を指先でつままれ、思わず腰が跳ねた。
「かわいい声だ」
肩に唇を触れさせたまま、湊人がつぶやいた。彩音の腰を少し浮かせて背中のホックを外し、キャミソールと一緒にブラジャーをはぎ取る。両手で丸みを包み込み、探るように膨らみに舌を這わせた。
温かく濡れたものが肌に触れ、丸みをなぞり上げて先端を口に含む。
「あっ」
甘く歯を立てられ、その刺激にそこが芯を持ったのがわかる。硬くなったそれを舌先で転がされ、潰される。いじられているのは胸なのに、お腹の奥にもどかしさのようなものを覚えた。
その感覚に戸惑っているうちに、逆の胸を握りこまれて、指先で先端をつままれた。
「あぁんっ!」
思わず大きな声が出て、彩音は恥ずかしさから両手を口に押し当てた。両胸を寄せられ、先端を指と舌で嬲られて、あられもない声が出そうになるのを必死でこらえる。
「……ふ……う」
そうして耐えているのに気づいてくれたのか、湊人が体を起こしたので、彩音はホッと息を吐いた。
けれど、彼は攻めをやめたわけではなかった。
湊人は彩音のパンツのボタンを外してファスナーをくつろげ、ショーツと一緒に脱がせてしまったのだ。
「あっ」
彩音の膝を割るようにして湊人が体を入れ、彩音の左足を持ち上げた。そうして爪先からくるぶし、ふくらはぎから膝へと口づけていく。
彼の唇が傷跡に近づき、彩音の体に力が入った。
「彩音?」
湊人は太ももに舌を這わせたまま、問いかけるように呼んだ。
「ん……なんでも、ない、です」
返事をしながらも、傷跡に気づかないで、と心の中で祈る。けれど、舌先で肌をなぞられて、ゾクゾクとした刺激に、今にも思考が奪われそうになる。
「あ……やっ……待っ……」
太ももから離れてほしいのに、湊人はチュ、チュ、と音を立てながら肌にキスを落としはじめた。気持ちとは裏腹に、その淡い刺激が心地よくて甘い声がこぼれる。
「今まで我慢してた分、彩音を味わわせて」
敏感になった肌に湊人の熱い息がふわりとかかり、体の中心が熱く疼きを訴える。
「が、我慢……?」
彩音はあえぎながらも声を発した。
「ああ。どれだけキスしても、し足りないんだ」