「ずっと、ずっと触れたかった」
身体が弱く過保護に育てられた小夜は、女学校で美貌の臨時教師・柳之助と出会う。外交官でもある彼から異国の話を聞き、心が躍る小夜。急速に彼に惹かれる中、突然求婚され、喜んだのも束の間、柳之助とは代々の因縁があることが判明する。親の仇であると知りつつも、彼の甘く優しい愛撫に身を任せるが、二人の秘密の関係は明るみに出てしまい――!?
「わ……わたしは、お察しのとおり、士族の娘です。祖父は、旧幕府軍の人間でした。久我原家への恨みを忘れるなと、父によくよく言い聞かせられて育ちました」
「旧幕……それは、ショックを受けても無理はないね」
「でも、それだけで逃げたわけではありません。衝撃だったのは……その、柳之助さまも、お聞き及びだと思います。わたしは……わたしの苗字は、石蕗だからです」
告げた瞬間、わずかに、柳之助の背すじが伸びた。
「つわ、ぶき」
反射的に繰り返した声は、凍りついている。ああ、知っているのだ。わかっているのだと小夜は理解する。互いの家の間に、並々ならぬ因縁があることを。
「ご家老の……?」
「そうです」
柳之助は、参ったというように片手で目もとを覆う。
小夜は、酷く悪いことをしている気分になった。
「隠しているつもりはなかったんです。名乗る必要性を感じなかったから……というのは、言い訳ですよね。わたしはたぶん、家の外では自分以外の誰かでありたかった。ひ弱で不自由な本当の自分とは、別の誰かでありたかった。手前勝手な自己満足です」
「そんなことはない」
「柳之助さまこそ、失望なさいましたよね。わたしの祖父は、柳之助さまのご先祖さまの片目を奪った人間ですもの」
「まさか、失望などしないよ。だが、こんな偶然、信じられない。石蕗家のことなら、父から聞いている。僕たち久我原の一族を、今も、恨んでいると」
「身勝手ですよね。報復しておきながら、今も恨むなんて。本当に、申し訳――」
言い掛けたところで、柳之助がいきなり振り返る。
「謝ってはいけない!」
腰に巻きついていた小夜の手を取り、求婚のときより切実な瞳で小夜を見下ろす。
「きみが詫びるのは間違いだ。先祖と僕たちは、別の人格だ。そうだろう」
「柳之助さま……」
「きみが背負わなければならないものなんてない。もちろん、僕にだってない」
決意の陰にあった後ろめたさが、すっと軽くなる。
まるで、憑き物が落ちたようだ。
背負わなければならないものなんてない――目頭が熱い。
「互いの祖父の間に何があったとしても、僕はきみが好きだよ、さよちゃん」
ぼろぼろと涙が溢れてくる。冷たい雨が伝ったあとを、温かく流れて胸もとに落ちる。ありがとうございますと言いたかったのに、しゃくり上げてしまって声にならなかった。こちらこそ好きだ。
どんな因縁があろうと、柳之助でなければだめだ。
「たくさん悩んで、それでも僕を訪ねてきてくれたんだね?」
震えながら頷けば、腰に腕を回され、抱き寄せられた。
そっと口づけられて、己の唇がすっかり冷えていることを知る。寒い。思い出したように迫り上がる悪寒に背中を押され、小夜は柳之助の胸に顔を擦り寄せた。
遠くで、甘える猫のようにコロコロと雷鳴が轟いた。
二人掛けの長椅子は、仰向けに寝かされると雲のようだ。
こんなにふんわりとしたものに、背中を預けたことは今までになかった。床がどれだけ遠いのかもわからず、不安なはずなのに、小夜は圧倒的な安心感の中にいた。
「さよちゃん……」
上から覆い被さってくる柳之助の、重みがすこぶる心地いい。
そうだ。彼さえここにいてくれるのなら、何も心配はいらない。
だから、着物や袴が次々にはだけさせられても、小夜は抵抗しなかった。むしろ、濡れた着衣のままでは寒さが増すばかりだったので、脱がされてほっとしたほどだ。
(まだ、寒い……)
柳之助に、温めてほしい。
そうしてたくましい首に腕を絡めるのに、危機感がなかったわけではない。柳之助だって男だ。裸で抱き合えば、理性的なままでいられないだろう。それでもよかった。
想いを伝え合い、通じ合って、それで? この先、ふたりはどうなる?
未来に望みがないのであれば、今、向かい合えているこのときに、一生消えない想いの証をこの身に刻んでほしかった。
「っん、ん……ぅ」
肌襦袢を奪う手を、補佐するように身を捩る。
溶け出しそうな柔らかさの舌で口内を混ぜられ、瞼がとろんと半分下りる。
「ふ……う……」
白い乳房は、一瞬にして、覆い隠すものなく露にされた。
普段、着物の内にきっちりと押さえつけられている膨らみは、とにかく豊満だ。小ぶりな西瓜ほどの重量を備え、かつ腰も腕も細いから、余計にはち切れそうに見える。小夜自身、身体が弱いのはここに栄養が偏っているからではないかと思うほど。
キスの合間に息を吐けば、合わせて乳房も揺れて、柳之助が唾を呑む気配がした。
(恥ずかしい……はずなのに)
もう、よく、わからない。
まるで羞恥心に関連する感覚が、まんべんなく痺れてしまったかのよう。
より熱心になった口づけに応え、吸われるままに舌を差し出す。間近に聞こえる水音が、窓の外の雨垂れと相まって降り注ぐように聞こえる――心地いい。
「ん、ん……ぁ」
口の端から唾液をこぼしつつも、小夜は夢中になってキスを味わい続けた。舌先を甘噛みされるのも、上顎をチロチロとくすぐられるのも好くて、うっとりしてしまう。
と、右の乳房にそっとあてがわれるものがあった。柳之助の掌だ。
反射的に肩を跳ね上げれば、唇を少し離される。
「触れられるのは、嫌かい?」
「……い、いえっ」
驚いただけだ。嫌なはずがない。むしろ。
「柳之助さまの手、大きくて、温かくて……もっと、もっと」
隅々まで触れて欲しい。
潤んだ瞳でねだれば、柳之助は身体を下にずらして左の乳頭に唇を押し当ててきた。
「あ……!」
まさか胸の先にまで口づけられると思っていなかったから、予想外に声が大きくなる。鼻にかかった響きがやけに甘ったるく聞こえて、ドキリとした。
右手で口を押さえようとすれば、指を絡められ、阻まれる。
「綺麗だ。今日こそ、本当に、僕はきみを食べてしまいたい」
はあ、と降ってくるため息が、熱い。
油断した瞬間、大きく口を開けた柳之助に、胸の色づいた部分を頰張られた。
「ン、ぅ、うっ」
それは、小夜が十八年間生きてきて初めて知る感覚だった。
触れられているのは、胸の先というごく狭い部分だ。それなのに、全身のうぶ毛といううぶ毛をいっぺんに撫でられたみたいにこそばゆかった。
いや、こそばゆいなどという言葉では表現できない。
身体の奥底で眠る、野性の感覚を強引に揺さぶり起こされていく。
「りゅ、」
柳之助さま。
呼ぶ暇も与えられず、じゅうじゅうとそこを吸われる。生温かい舌の感触と、甘痒い刺激に身を捩って、小夜はわずかに唇を開閉させた。
「ぁ、……っ」
呼吸がどんどん浅くなる。
身体中の神経が、胸に与えられる刺激と直結して、柳之助に支配されていく。
「は、っ、ぁ……はぁ、っ」
両方の先端にたっぷりと柳之助の唾液が絡むと、次に膨らみを左右ばらばらに捏ねられた。時折、いたずらに頂を弾く人差し指は、弾力を愉しんでいるかのようだ。
(柳之助さまの、手……めちゃくちゃに動いて、指が、乳房に埋まって……っ)
これではまるで、睦み合っているようだ。いや、そうならいいのに。
思うままにされているのだと思うと、ゾクゾクするほど嬉しかった。このまま存分に捏ね回され、柳之助の手に馴染むものに変えられてしまってもいいと思う。
「離すつもりはないよ」
そうしてより硬くなった胸の先端を、柳之助はちゅ、ちゅ、と吸いながら言う。
「必ず、きみを……貰い受ける。生涯、添い遂げてみせる」
「ふっ、う、ンンっ」
「僕の父にも、きみのご家族にも、許してもらえるまで……諦めはしない」
固い決意を聞く間も、小夜の全身はひくひくと跳ねていた。胸の頂を舐められるたび、膨らみを捏ねられるたび、額には汗が滲んでいく。
あんなに寒かったはずなのに、漏れる吐息すら熱い。
「は……っア、柳之助、さま……冷えて……る」
いつの間にか冷たくなっていた男の首を引き寄せ、今度は小夜のほうが温め返してあげようと思ったのだが、途端、太ももをぐいと広げられてしまった。
「ゃ、あ!」
秘所にあてがわれた指はやはりひんやりしていて、びくりと腰が揺れる。
割れ目に沿って撫で上げられると、小夜の身体はみるみるのたうっていった。
「っ、あぁあ、あっ、ひっ……!」
怖い。喉の奥に直接触れられているかのよう。
途端、目が覚めたようになり、小夜はたちまち焦りだす。
「待っ……柳之助さま、待って、ぇ」
なんてことを。やはり、これ以上はいけない。だってこれは、子を為すための行為だ。もしもこのまま最後まで事を為して、万が一、孕んでしまったらどうする?
許される相手ではないのに。
「……痛い? それとも、怖いかい」
「こ、わい……怖い、です」
破滅への道を突き進んでいるみたいで、怖い。
左の手の甲で滲む涙を隠したら、額に軽く口づけられた。
「僕も、怖いよ」
想像もしていなかった返答に「え……」呆けた声を漏らせば、柳之助は言った。
「怖くないはずがないだろう」
「柳之助さまも……?」
「そう。それでも、きみが欲しい」
額から右のこめかみ、頰 へと、柔らかなキスが流れていく。鼻先に口づけた唇がかすかに震えて感じられて、小夜はそろりと左手を退かす。
真上から、祈るように柳之助が小夜を見つめていた。
西洋人形の如く端整な顔、図書室で、何度も見惚れたまなざし――。
「欲しいんだ、さよちゃん」
その瞳に宿る緊張感が、同じ恐怖を共有していた。
こくりと喉を鳴らせば、止まっていた脚の付け根への愛撫が再開する。
柳之助の指が前後するたび、鋭い刺激が下腹部を転がった。遠くに聞こえる雷が、こま切れに落ちてくるような錯覚――怖いが、不思議と愛おしい。
稲妻はややあって、未開の狭道に狙いを定める。
ビリビリとした痺れが、内側を侵食する。
「ふ、ぁあっ」
必死で痛みに耐える小夜に、柳之助は繰り返し口づけをした。
我慢ならなければ噛んでもいいというふうに舌を含ませられたが、その柔らかさこそが小夜の苦痛を逃がしてくれた。指は穿たれる。慎重に、少しずつ、奥へと。
「りゅ、のすけ……さま……っ」
じりじりとしたその動きは、小夜のためを思えばこそだ。
大事にされている。しかし遅々として進まぬ指が、小夜は焦れったくてたまらなかった。もっと早く、深く来て。一気に貫いて、柳之助のものにして。
(やっぱり、してほしい。もう、どうなってもいい)
涙目で訴えれば、察したように指が引き抜かれる。下腹部を襲う虚(むな)しさに震えたら、柳之助が身体を上にずらしながら覗き込んできた。
「誓ってくれないか、さよちゃん」
「誓う……?」
「僕にとって、生涯妻がきみであるように、きみにとっても僕だけだって」
「も……もちろんです。誓います」
「今日から僕たちは、つがいだ。何があろうと、魂だけは決して離れない」
密やかな宣誓ののち、脚の付け根には重々しいものが押し当てられる。