東京で働く大牟田初は、兄の結婚式で地元に帰り、七井瑛と再会する。彼は兄の友人で建築会社の御曹司だった。8年前、初は瑛と一夜を共にした後、彼に付き合っている人がいると聞いて以来避けてきた。そんな初を瑛は東京まで追いかけ迫ってくる。「あの夜はお前のことが好きだから抱いた」遊ばれたと思っていたのは誤解で、一途に溺愛してくる瑛に初は!?
黒いジャージの上下に着替えて、今まで着ていたワンピースは皺にならないよう丁寧に畳んで紙袋に入れた。
――ジャージ借りてよかったかも。めちゃめちゃ楽だし……さっき勇気を出してストッキング脱いでよかった。
楽になりたいのが一番ではあった。でもそのほかに、ジャージに着替えたのはもう一つ理由があった。
――だって、できる限り瑛の前では女を消したいから……
自意識過剰だってことはわかってる。もしかしたら瑛はなんとも思っていないかもしれない。でも、女らしい格好で瑛の前にいたくない。瑛に女であることを意識してほしくない。
それはなんというか、また間違いを犯したくないという自分の中にある防衛本能が働いているような状況だったりする。
いや、私と瑛の場合、防衛するのは瑛の方かもしれないけれど。
それでも八年前に一時の感情であんなことをして、そのあと数年にわたって後悔するという経験をした身からすれば、これは過剰でもなんでもない。必要なことなのだ。
とはいえ、ドレッシーな格好からジャージに変わったとしても、私と瑛が男と女であることに変化はないのだが。
着替え終えてリビングに戻ると、瑛がさっきのパーティーでもらった紙袋の中身をキッチンに並べていた。
一応一人一つずつもらったので、私の分もある。まだ中を確認していないので、中に何が入っているかは知らない。
「何が入ってたの?」
髪をゴムで纏めながら瑛の手元を覗き込んだ。
「グラスだな。ペアグラス。あと、あそこのレストランで作ってる焼き菓子」
瑛が手にしているグラスが入っていた箱。そこには、私でも知っている高級ブランドの名前が記されている。グラス一つでもかなり高額のはずだ。
――げっ!! こんな高いものを皆にくれたの!? お金持ちってすごい……
呆気にとられながらグラスを見つめてから、今度は焼き菓子に視線を移す。マドレーヌやフィナンシェ、カヌレ、ダックワーズなどの詰め合わせ。さっきのビュッフェで食べたスイーツはどれも美味しかったので、味は間違いなく美味しいはずだ。
「わー。こんなにたくさん……! 嬉しい~」
喜ぶ私に反応してか、瑛が私を見る。
「そんなに嬉しいのか。じゃあ、俺のもやるよ」
「いいの? そういえば瑛は甘い物好きじゃないもんね。でも、事務所に持っていけば女性が喜びそうじゃない?」
私としては気を遣ったつもりだった。でも、瑛は静かに首を横に振った。
「いい。初にやるよ」
「え、あ。……じゃあ、いただきます。ありがとう……」
食い下がる気にもならなかったので、ここは素直に厚意を受けることにした。
お茶も飲んだし、着替えもした。瑛がこの部屋に住んでいるのはしっかり確認したし、私なりにここへ来た目的は果たした……つもり。
「あの。瑛?」
床に座ってお茶を飲んでいる瑛に、改まって声をかけた。
「ん? なに」
「なにって、私そろそろ帰ろうかなと……お、送ってくれるんだよね?」
さすがにジャージにパンプスというアンバランスな格好で公共交通機関を利用するのは、少々恥ずかしい。
さっき送ってくれるって言っていたし、それを信じて訊ねた。
瑛が笑顔でカップを床に置く。
「もちろん。ちゃんと送っていくから心配しなくていい。このままここから一人で帰れとか、俺が言うわけないだろ」
「そっか、よかった」
ホッとしてわかりやくす胸を撫で下ろしていると、瑛の口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「その前に、俺がすぐ初を帰すと思った?」
「え……」
どういう意味? と彼を見つめる。瑛が、すすすと座ったまま私に近づいた。
「ずっと逃げられてた初と俺の部屋で二人きり。この状況に俺が何もしないってありえなくない?」
瑛の手が私の頬に触れる。
――え、それってどういう……もしかして……
「あの、私……もしかして、ここで瑛に襲われちゃう……?」
頭に浮かんだことを素直に口にしたら、瑛がぶっ、と堪えきれず噴き出した。
「襲うって。さすがにお前が嫌がることはしないよ」
瑛が近づき、もう片方の手も頬に触れ、顔を両手で挟まれる。
これってなんの意味があるの?
「あの、瑛……なにして……」
「俺さ。忘れられないんだよ」
「なにを」
「お前を抱いたあの夜のこと」
ビクッと体が震えた。それと同時に瑛と目線を合わせたら、もう逸らせなくなった。
「瑛」
「お前、あの夜以上に気持ちが高ぶったことあるか。幸福だって実感したことはあるか。……俺は、正直言ってない。あの夜が自分にとって最高に幸せな夜だった」
真顔で迫る瑛を、すんでのところで手で制した。
「ちょ、ちょっと待って。だって瑛……あのとき恋人いたんじゃないの? それなのにそういうこと言うのは……」
ずっと気になっていたけど言えなかったことが、するっと口から出てきた。これに対して瑛はどう答えるのか。ドキドキしながら返事を待つ……が。
瑛は眉根を寄せ、怪訝そうにする。
「俺、あのとき付き合ってる人なんていなかったけど」
「え?」
予期していない答えに頭が真っ白になった。
――いない……? でも、あのとき母に付き合っている人がいるって言っていたのは、間違いなく瑛の声だったはず……
「で、でも……」
「嫌なら突っぱねろ。嫌じゃないなら黙って」
――突っぱねろって言われても……
そんなことできない。だって、瑛に触れられるのは嫌じゃないから。突っぱねることができないなら、黙るしかない。それを了解とみなしたのか、瑛の顔が近づいてくる。
くる、と思った時にはもう唇が触れていた。
――やばい。これ、この流れって……
「て、瑛、まっ……」
顔を背けて瑛から逃れようとした。でも、顔を手で挟まれているので、逃げられない。やっと距離を取ってもすぐに瑛が追いかけてきて、また口を塞がれてしまう。
「ん……!!」
深く口づけられ、すぐに舌を絡め取られる。激しいキスに翻弄され、思考する間すらない。
瑛の手が後頭部と腰に添えられ、唇が離れたかと思えばまた触れあう。それを何度か繰り返しているうちに、もう抵抗する元気もなくなった。
それどころか、私の体にはある変化が生まれていた。
下腹部に広がりだしたこの感覚には覚えがある。あの夜と同じだ。瑛を欲して疼く、あの感覚。
その証拠にもうショーツが濡れ始めている。
「……初。どうする。嫌なら止めるけど」
唇を離した瑛が、耳元で囁く。
その言葉に内心、ムッとした。
――ずるい。こんなにしておいて、止められるわけがないのに……
瑛のシャツを掴みながら、彼の胸元に顔を突っ込んだ。
「…………やめない。……もっとしたい……」
こんな状況にしておいてこれで終わりだなんて、そんなの絶対耐えられない。
恥ずかしいけど本音を明かしたら、私の腕を掴んだまま瑛が立ち上がった。
「わかった。おいで」
瑛に腕を引かれ、リビングを出た。向かったのは彼の寝室だ。真っ暗だったその部屋は、おそらくダブルのベッドがあるだけのシンプルな空間だった。
そのベッドに腰を下ろすや否や、忙しなく唇を食まれる。同時にジャージの上から乳房を優しく掴まれ、掌全体を使って揉み込まれる。
「……っ、て、瑛……」
「なに」
首筋に吸い付かれたあと、今度は耳朶を食まれる。耳のすぐ横で喋られると、その低音ボイスに腰がゾクゾクした。
「瑛は、もしかして私のこと好きなの?」
「好きだよ」
あっさり肯定されて、二の句が継げない。
「……っと、あの……それっていつから……」
「ずっと前から」
またあっさり答えが返ってきた。
「それって、具体的にいつから……」
「そんなのわからん。少なくとも、八年前のあの夜はお前のことが好きだから抱いた」
「て……」
「もういいだろ。抱くぞ」
腰に触れていた瑛の手が、ジャージの上からブラジャーのホックを外した。
「ちょっと……!」
もっといろいろ聞きたいのに! という私の希望は受け入れられなかった。
ジャージと一緒にブラジャーもインナーも脱がされ、あっという間に半裸になった。
瑛は乳房を両手で激しく揉みしだくと、顔を近づけ先端を口に含んだ。
「んっ……!」
口に含んだ乳首を、瑛が丁寧に舐め転がす。舌全体を使って舐めたあとは、先端を使ってノックするように刺激を与えられる。ざらりとした感触も、乳首の先端への愛撫も、どちらも私の快感を存分に高めていく。
「あ……っ、や……っ……ン」
舐めていない方の乳首は、指で丁寧に愛撫されている。二本の指を使って摘ままれたり、軽く引っ張られたり。指の腹で転がされると、それだけでビリビリとした快感が腰の辺りに広がっていった。
――やばい……気持ちいい……これだけでイケちゃう……
自分の呼吸が荒くなっているのはもちろんだが、瑛の呼吸も荒くなっている。これって、私で興奮しているということだろうか。
この事実にキュンと下腹部が疼き、じゅわりと蜜が溢れ出した。
「初」
このタイミングで名前を呼ぶなんて反則だ、と心の中で思った。その間に瑛が腰に手を添えながら、私をベッドに倒す。
普段瑛が使っているであろう布団から彼の香りがして、それだけで興奮しちゃう私は、やっぱり瑛が好きで好きでどうしようもない。きっとこれは、この先もずっと変わらないのだと思う。
――なんだかんだで、結局瑛のことを嫌いになれない……私って……
八年も時間があったのに、結局全部ムダだった。
そんなことを考えているうちに、瑛によって穿いていたジャージとショーツが脱がされていた。
「あっ……ンっ」
さっきまで乳房を愛撫していた指が、今は股間にある。繁みの奥にある蕾を愛撫しているそれは、そこと蜜口を何度も往復し、私の感じる場所を探っているようだった。
「やっ……瑛、なに……」
「んー……お前の好きなところ、どこかなって」
「どこって」
「ここも好きみたいだけど、下はどこかなと」
ここも、と言って瑛が乳首をきゅっと摘まんでくる。それに反応して体がビクン! と揺れると、彼が嬉しそうに微笑んだ。
「悦ばせたいから。……こっちは、どこが好き?」
蜜口に入れた指を前後に動かしながら、訊ねてくる。
「や……、やだ、そんなの……わかんない……」
「初、ここ狭いな。……もしかして、八年間なにもない……ってことはないか」
これに対しては無言を貫く。
すると瑛がその意図を察したのか、少々不機嫌になった。
「初、何人と寝たの」
「……い、言わない」
瑛から顔を背けた。でも、これだけじゃ終わらなかった。
「言わないと挿れてあげないよ?」
じゅぶじゅぶと指を動かしながら、瑛が微笑む。一見笑っているけれど、目が笑っていない。
「なっ……やだ、言わない! 瑛だって私以外の人としてるでしょ!? 私だけ言わされたらフェアじゃない……」
「俺はしてない」
「え?」
思わず真顔で彼を見る。
「俺、八年間誰ともしてないよ。初としたのが最後」