「鎧塚さんはかわいいよ。自覚ないの?」冷徹で強く仕事一筋、“コンプライアンス課のアイアンレディ”と呼ばれる美羽子は、可愛いお嫁さんに憧れているのに恋愛とは程遠い。そんな弱音を吐いたところ、憧れていた社長の駿斗が「君の処女をもらう」と迫ってきて!? 熱い愛撫に蕩かされ素顔を暴かれて、恋に甘く溺れていく。だけど彼には婚約者が!?
「俺もできるだけ早く出てくるから。ベッドで待っていて」
チュッと頭にキスをして、駿斗はドアの中へ消えていく。
しばらくそこに立ちすくんだ美羽子は、「あ~~~~~~」と声を震わせながら背中を壁に寄りかけた。
(なんか、すごい)
どう言ったらいいかわからないが、甘ったるい成分がじわじわと脳に沁みてくる。
美羽子を想いながらシャワーの音を聞いていたとか、髪も身体もろくに拭かないくらい気が急いているのかとか、どうしてそんな言葉が思い浮かぶのだろう。
経験値の差だろうか。甘すぎる状況に脳が溶けそうだ。
(社長にそんなことを言われるなんて)
身体を返して壁にひたいをつける。意識すると、確かにシャワーの音が聞こえた。
(この音に包まれて、社長が立っている……)
大きなレインシャワーヘッドの下で、頭から全身に湯を浴びているのだ。美羽子と同じように。
シャワーの雫が髪を濡らし、うなじを伝って肩、逞しい腕や広い背中へと流れていく。腰を伝い下半身へ流れ落ち……。
それ以上は想像力が追いつかない。男性の裸の実物を見たことがない美羽子には、なかなか難しい問題だ。
(ソワソワする……。社長もこんな気分だったのかな)
上手く想像はできないけれど、駿斗がシャワーを浴びているのだと思うと間違いなく彼がここにいることを実感できる。
彼が御曹司だとわかってからは疎遠になったけれど、胸の奥に押しこまれた気持ちは消えることなく、くすぶり続けていた。それが今、こんな場所で、ふたりでこうしているなんて。
(信じられない……。こんな日がくるなんて)
壁にひたいをつけたまま目を閉じる。感慨深いものが胸いっぱいに広がった。
どのくらいそうしていただろう。ガチャッとドアが開く音がした。
「あれ? ここで待っていてくれた? ベッドに行っててよかったのに」
できるだけ早く出てくると言っていたが、本当に早い。もしや彼も、シャワーを浴びて冷静になって、今の状況のまずさに気づいたのでは。
そうだ。ここでシャワーの音を聞いて感慨にふけっている場合ではなかった。このままではゆゆしき関係に身を投じてしまうことを、ふたりで確認しなくては。
美羽子は気持ちを新たにして駿斗に顔を向ける。が……。
「鎧塚さんもシャワーの音を聞いていた? 嬉しいな、やることが同じだ。なんだか感慨深い気持ちになるだろう?」
駿斗は髪も身体もろくに拭かない状態でバスローブを羽織っている。温かい湯でほんのり紅潮した肌に、ちらりと覗く胸元が色っぽすぎる。
水も滴るいい男、という言葉は彼のためにあるのではないかと思うレベルでイケメン度がカンストしていた。
「俺も鎧塚さんにならって、髪も身体も拭かないでバスローブを着てきた。というより拭く時間が惜しくて。バスローブが水分を吸い取ってくれるからいいかって気分だった。待ちきれなかった鎧塚さんの気持ちがわかる」
「そっ、それについてなんですけど、社長っ、ご相談がっ」
照れくさくて聞いていられない。美羽子は駿斗の言葉をさえぎるように話題を変える。
「やはり、冷静になって考え直したほうがいいと思うんです。私もお酒が入っていたし、いろいろあって弱気になって、社長に優しい言葉をかけていただいて調子に乗ったというか、雰囲気に流されたというか、ですから……!」
必死になるあまり、ちゃんと説明できているかが自分でもわからない。とにかく、美羽子のためにハジメテをもらっていただくのはやめましょう、と言おうとする。すると、次の瞬間ふわっと身体が浮いた。
「はいはい。鎧塚さんのことだから、『やっぱりやめましょう』とか言うんじゃないかなって思った。でも却下」
「ひぇっ!?」
悲鳴にも似た声は却下を言い渡されたから出たのではない。身体が浮いたと思ったらお姫様抱っこをされていたのだ。
駿斗はそのままスタスタと歩いていく。
(これってお姫様抱っこというものではっ)
美羽子は、おとぎ話に出てくる想像の産物としか思っていなかった抱きかかえられかたをされて、これは現実かとわけがわからなくなっている。
駿斗が向かったのはベッドルームだった。室内の照明は薄暗く、それでも相手の姿は見える絶妙な明るさを保っている。
大きなベッドに下ろされ、あおむけに横たわる美羽子にかぶさるように、四つん這いになった駿斗が見下ろしてくる。
「考え直すなんて、無理。俺はこれからデレッデレに鎧塚さんを甘やかして、最っ高にかわいくして処女をもらうって決めてる。バーでそれを決めたときから俺の人生史上最大の盛り上がりを感じているのに、今やめたら失意で廃人になりそうだ」
「大げさですっ。それに、私……社長が期待しているようにかわいくなんかなれませんよ。こんなことするのは初めてで、考えれば考えるほど緊張しちゃうのに、かわいくなんて……」
「それを感じて決めるのは俺であって、鎧塚さんじゃない。鎧塚さんが『こんな私はかわいくない』って思った仕草でも、俺にとってはきっとかわいくて仕方がない」
「社長……」
暴論すぎる。
そう思うのに、その暴論に喜びを感じる自分がいる。
(どうして、そんなに嬉しくなることばかり言ってくれるの)
「そうか。わかった。ひとつ改善方法がある。その呼びかたがいけない」
駿斗の人差し指が美羽子の唇に触れる。少し力を入れられると唇に圧が加わってドキドキしてきた。
「社長なんて呼びかたをするから、いつまでたっても会社の延長線上で俺を見てしまうんだろう。今はプライベートな時間だ。そう割りきって名前で呼んでほしい。俺も、君を美羽子さんと呼ぶ」
美羽子さん。なんて素敵な呼びかたなのだろう。自分の名前がこんなにも愛しく思えるのは初めてだ。
「社長だから、社員だから、そういう考えかたはしないでほしい。今はプライベートな時間で、俺はひとりの男として美羽子さんを抱きたい」
心がふわふわする。こんなことをしてはいけないと頑なになっていた思考が、駿斗の情熱で溶かされていく。
就業時間外だから社長じゃないというのは、こういうことだ。今は彼にとっても美羽子にとっても完全にプライベートな時間で、社長でも社員でもない。
「わかった? 美羽子さん」
指が離れ、真剣な瞳が美羽子を見つめる。彼に求められているのだと考えると腰の奥がきゅっと引き攣って……蕩けそうになる。
声は出せなかったが、駿斗を見つめてゆっくりとうなずく。見つめ合ったまま、顔が近づいてきた。
彼の顔から目を離したくなくて、しかし目を閉じなくてはいけないと気づいたのは――唇同士が触れたのを感じたときだった。
先ほど唇を押さえた指とは明らかに違う感触。やわらかくしっとりしたものが唇の表面を押し、横に擦り動かす。くすぐったいのに、心地いい……。
(唇って、触れ合うとこんなにやわらかいんだ)
部屋に入ったばかりで、キスをしていいかと聞かれたときのような焦燥感はない。それでもドキドキと脈打つ鼓動は、駿斗に聞こえてしまうのではないかと思うくらい大きかった。
ついばむように唇同士を触れ合わせたかと思えば、少し強く押しつける。鼓動が大きくなるあまり普通の呼吸では追いつかず自然と唇を薄く開くと、駿斗の吐息と自分のそれが絡まり合うのが感じられた。
「いやじゃない?」
駿斗の吐息が囁きかける。耳に聞こえるというより唇同士が直接話をしているようだ。
「そんなこと、ないです……」
「よかった。初めてするキスが気持ち悪いと思われたら、寂しいから」
キスが初めてだと、バレている……。
なぜわかったのだろう。キスまで未経験だなんて笑われるのでは、なんてよけいなことを考えたが、どうやら杞憂だったようだ。
駿斗は笑っても呆れてもいない。それどころかキスに対する美羽子の印象が悪くならないように気を使ってくれている。
初めてだとわかった理由を聞いてみたかったが、唇のあわいから厚ぼったい舌がぬるっと入りこんできて、このタイミングで聞くのは野暮なのだと悟った。
駿斗の舌はゆるやかに、まんべんなく美羽子の口腔内を探っていく。口の中で自分のものではない舌が動いているなんて信じられない。それでも駿斗の舌なのだと思うと、それを当然のように受け入れられた。
歯茎から頰の内側を撫でられ、余韻が溜まっていく。
口腔内が熱くて感覚がぼんやりしてきた。
「……ハァ、ぁ、……ン」
息を吐こうとしただけなのに意図せぬ声が漏れる。声なのか音なのか、吐息なのか喉が鳴っただけなのか判断がつかなかった。
舌先が口蓋に触れると肩が震えて腰が引き攣った。自分でも驚く反応だったが、駿斗は得たりとばかりに何度も同じ場所をなぞり上げてくる。
「ぁっ、や……はぁ、ぁ……」
ピリピリとした、蕩けてしまいそうな刺激が、鼻から眉間をつたって脳に伝わる。刺激を受けているのは口腔内なのに、微電流を流されたように背筋が軽く反った。
駿斗の両手が両脇をなぞり、バスローブの帯をといていく。下着は着けていないので、前を開かれたらすぐに一糸まとわぬ姿がさらされることになる。
裸を見られるなんて、それも異性に見られてしまうなんてとても恥ずかしい。それなのに、美羽子は思ったよりも冷静にその瞬間を迎えた。
バスローブがはだけられていく。唇はまだ重なっているから駿斗の目に美羽子の裸は入っていないはずだ。今ならまだかくせる余裕があるのに手は動かない。それどころか脱がせようとする彼に従って腕を抜き腰を浮かせた。
「美羽子さん……」
唇が離れ、唯一素肌をかくしていた布が抜かれる。上半身を起こした駿斗に全身を眺められ、寒いわけでもないのにゾクゾクッと肌が粟立った。
「やっぱり、美羽子さんは綺麗だ。想像以上」
「想像って……、シャワーの音を聞きながらしてたやつ……?」
照れもあって、つい追及しなくてもいいところに口出ししてしまった。案の定、駿斗は笑って言い訳をする。
「すまない。でも、本当に想像以上だよ。怒った?」
美羽子の両肩を撫で、そのまま腕をたどって両手を取る。口元にその手をあてて愛しげな眼差しを落とした。
その微笑みが照れくさそうで嬉しそうで、美羽子は胸の奥がきゅんきゅん跳びはねて苦しい。彼のこんな表情が見られるなんて夢のよう。
「怒って、ないです。綺麗って言ってもらえて、嬉しいです」
怒れるはずがない。なぜなら美羽子もシャワーの音を聞きながら駿斗の姿を想像していた。……想像力が足りなくて、リアルな裸体は無理だったが……。
美羽子の両手を自分の肩に置き、駿斗が首筋に唇を落としてきた。あたたかいものが首筋から胸元へと流れていく感触に、自然と大きく息を吸いこみ背中が反っていく。
「社……長」
「駄目だ。言っただろう、今はプライベートなんだから」
言われて思いだすのは、プライベートな時間なのだから名前で呼ぼうという提案だ。
提案者の駿斗は「美羽子さん」と呼んでくれる。新鮮でドキドキする呼ばれかただ。
同期として仲よくしていたときだって、彼からは「鎧塚さん」としか呼ばれたことはなかった。
駿斗はちゃんと切り替えている。というより、この提案はほぼ美羽子のために出されたものではないかと思うのだ。
休憩スペースで会ったときから、駿斗は同期として話を聞いてくれようとしていたし、小料理屋では仕事は終わっているのだから社長じゃないと主張した。そして、プライベートを意識するために名前で呼ぼうという。
――俺はひとりの男として美羽子さんを抱きたい。
ひとりの男性として接してくれているのに、美羽子はいつまでも彼を社長として扱ってしまう。
美羽子も切り替えなくては駄目だ。ひとりの女性として、彼に抱かれるために。
――せっかく、初めて恋心をいだいた人に自分のハジメテを捧げられるのに。
「駿斗……さん……」
口に出したとたん、腰の奥がずくんと重くなる。お尻が引き攣るような切なさを我慢できず、腰を左右によじった。
「もう一回呼んで」
鎖骨にかかるあたたかな吐息。骨の凹凸を教えるように舌が這っていく。もどかしいのはなぜだろう。そこから繋がるやわらかなふくらみを覆う皮膚が、熱を持ってきているのがわかるからだろうか。
「駿斗さん……」
重くなった部分がどろりと溶けていく感触。
羞恥と好奇心が入り混じった感情が生まれるなか、その正体を確かめるべく好奇心が勝利する。
「駿斗さん」
脚の付け根に走る感触を察して、きゅっと両腿を締めた。やはり彼の名前を呼ぶことで、官能が刺激を受けているのだ。
「美羽子さんに、そう呼んでもらえるのが嬉しい」
駿斗の両手が胸のふくらみを包みこむ。緩慢に揉み動かされ、伝わってくる初めての感覚に陶然としはじめた。
(なに、これ)
くすぐったくて、もどかしくて、……気持ちいい。
「あぁ、ハァ……ん」
息を吐いただけなのに、甘えたような声になる。さすがにこれは恥ずかしい。羞恥心は動くものの、このままでいいのではないかという気持ちもあって戸惑いが大きくなっていく。
「ごめん、なさい。ちょっと、おかしな声、出ちゃって……あぁっ」
言い訳をした先からおかしな声が出る。胸のふくらみを覆っていた手は、指を駆使してその頂を攻めだしたのだ。
ぷくりとふくらんだ頭頂の突起を指先でいじられ、押し回したり擦り動かしたり。突起が硬く凝ってくると唇で覆って吸いつかれた。
「ンッ、あぁぁ……それ、ダメっ……」
「どうして? こんなに硬くなってるのに。ほら、見て」
吸いついたのとは違うほうの突起を指で何度も弾く。右へ左へと揺らされるそれは、美羽子が見たことがないほどふくらんで赤みを帯びていた。
自分の身体の変化に戸惑うも、駿斗にさわられてそう変化したのだと思うと秘かに悦びが湧いてくる。
「自然に出る声は出していいんだよ。我慢しなくていい。それに、出したほうが美羽子さんも興奮するだろう?」
「こ、興奮って……ぁぁぁんっ」
指と唇、両方で同時に突起を嬲られ、恥ずかしくて止めようとしていた声が止まらなくなってしまった。
「あっ、ぁ、や……やぁぁん、ハァぁ、……」
彼の肩に置いている両手に力を入れ、喉を反らせ顎を上げる。胸に与えられる刺激が心地よくて、もっと強くさわられてしまったらどうなるのだろうと不埒な興味さえ湧いた。
もっとしてほしいと考えてしまうのは、興奮していると同義だろうか。
あっちにこっちに弾かれていた突起が、指につままれ丁寧に揉みたてられていく。吸われていたほうは舌で転がされ甘噛みされて、また吸いつかれる。
「あぁぁ、ダメ……ぅンッ、そんな、に……んんっ」
「気持ちよすぎる? わかるよ、乳首真っ赤になってるし歯触りもいい。食べちゃいたいくらいだ」