「きみの心と身体、陥落するのはどちらが先だろうね」
名家の庶子という立場から、お転婆を封じて令嬢の猫をかぶるツツジの前に、亡き祖父が決めた婚約者の京極が現れる。「意地を張らずに、快楽に身を委ねなさい」京極と共に船旅へ出たツツジは、豪奢な船室で彼に組み敷かれ、無垢な体に快楽を教え込まれる。大人の余裕溢れる京極から蕩けるほど甘やかされるツツジは、彼に惹かれていくけど・・・!?
「さて、可愛い酔っ払いさん」
大胆に裾をめくり上げられて、ツツジが慌てたときにはもう遅かった。
「え、ちょっと」
腰に腕を回されてしまっているので、逃げることができない。
那由多が、ツツジの目を覗きこんだ。
怖いくらい真剣な声で尋ねる。
「きみがそんな可愛い顔をしているのを、何人の男に見せた?」
「へ?」
「少なくとも喫茶室に居合わせた連中と、氷室は見たね。ここに降りてくるまでの間にも、何人かと行き会っているんじゃないかな?」
この船は大きな街のようなものだから、もちろん那由多の言うとおり、何人もの客人たちと挨拶を交わしながら降りてきたのだけれど──それを真っ正直に言うのはなんだかちょっと、良くないような気がする。
彼が案外焼き餅焼きなのは、先日すでに承知済みだ。
「さあ、よく覚えていないわ。それよりも那由多さん、その脅迫状を見せてほしいんだけど」
「燃やした。さあ、僕の質問に答えなさい」
「今はそんなことを言っている場合じゃ……」
ごまかされはしないという明確な意思をこめて睨むと、いきなりの情熱的な接吻で言葉を封じられてしまう。
「んぅ~……!」
お互いの舌先を透明な唾液で繋いで、那由多が本心を打ち明ける。
「ツツジさん……僕はね、きみを愛して初めて、自分がこんなにも狭量で嫉妬深い男なんだと気づいたよ」
軽く触れ合う挨拶のような口づけではなく、のっけから舌を差しこまれ唾液を吸い取られるような濃厚な遊びを仕掛けられて、ツツジは声を出せないながらも、どんどんと那由多の胸板をこぶしで叩いて抗議した。
「責任は取ってもらおう」
肉厚の舌に、獣のようにべろりと頤を舐め上げられて肩をすくませる。
「きゃ……っ」
男女の戯れごとには少しずつ慣れてきたけれど、この感覚にはまだ慣れない。
ざらりとした舌は熱くて獰猛で淫猥で、ツツジはまだちょっと怖い。
「那由多さん、それ、いや」
首を振っても逃げられず、かえって熱い舌を首筋や鎖骨、うなじにも味わうように這わされて、ますます強く抗う。その間にも器用な手は大胆にツツジの肌着の中に潜りこみ、直接的な誘いをかけてくるのだ。
「ねえ、那由多さんってば……!」
「ん?」
ツツジが半泣きになって縋りつくと、那由多がようやく反応した。でも手は止めないままだ。
肌着の中に遠慮なく入りこんだ手に下肢の付け根をくちゅくちゅと撫でられて、ツツジは目の前にあるたくましい肩にしがみついて訴える。
「無理に、言うことを聞かせようとしないで。怖、い……」
ぴたっと那由多の手が止まった。
「すまない。怯えさせるつもりじゃなくて、ただ」
ツツジの頭を抱き支えたまま押し倒し、真上からのしかかる。
「愛しさのあまり、きみを食べてしまいたくなっただけだ」
「食べられてしまったら、困るわ」
「怖いものではないと、もう知っているだろう?」
確かに、何度も抱き合ったまま夜を過ごして、怖いことではないとわかっているものの──そんなことを言われても、慣れないものは慣れない。那由多が本気になればツツジの抵抗など無意味だとわかってしまったから、圧倒的な力の差は正直なところ、まだ恐ろしくもある。
そう言いたかったけれど、植えつけられてしまった官能の炎がちりちりと肌を焦がし始めていて、那由多のことをじっと見上げたまま、熱く喘ぐような吐息を紡ぐ。
秘部に長い指が入りこんでいるために、異物感がある。緊張を解すように大きく息を吸いこんで、小さな肩を上下させる。
男の唐突な振る舞いを受け入れようとする健気なしぐさを見て、那由多が苦しそうに、愛しそうに目を眇めた。
「そんな顔で見られたら、止まらなくなるよ。きみは本当に誘うのがうまい」
「誘ってなんかいないわ」
「無意識かい? なおさら質が悪いな」
ツツジの、桜貝のように赤く染まった耳の中に舌先を差し入れて、那由多が囁く。
「愛らしく上気した頬に、赤く潤んだ瞳。男に手を出されても文句を言えないくらい、綺麗で悩ましい」
ツツジはもう、それどころではなかった。
那由多の指が最奥を目指していやらしく中を擦り、わざと音を立てるようにして抜き差しを繰り返す。下着の中で男性の手が蠢いて、恥ずかしさと悦楽は紙一重なのだと教えられる。
ドレスの襟と裾を少し乱しただけの格好でこんな真似をされるのは初めてで、熱く火照る肌と布地が擦れるだけでも息が上がった。
「ツツジさん、僕の前立てを開いて」
「えええ!?」
あまりに素っ頓狂な声を上げるので、那由多がこらえきれずに噴き出した。ツツジの肩に顔を寄せて笑う。
「ははは! なんて声だ。あんまり、色気がなさ過ぎやしないかい」
まだ肩を震わせている那由多と違い、ツツジは今にも沸騰しそうなくらい顔を真っ赤にして、口ごもる。
「だ、だって那由多さん、前立てって、その……」
「もちろん、トラウザーズに決まっている」
「……!」
わざと羞恥心を煽るような悪戯を仕掛けているのだろうということは、ツツジにもわかった。
急に那由多がこんなことをする理由も。わざと煙に巻いて、うやむやにしてしまおうという魂胆を、ツツジは悟っている。
──脅迫されていることだけは、絶対に忘れたりしないんだから。
「ボタンを外して、それからファスナーを下ろしてくれ。窮屈で我慢できない」
「そんなの、無理!」
反射的に断ると、大胆にドレスのスカートを割り開いて腰をぎゅっと密着させられた。そのまま下着越しに、張り詰めたものの存在感を強調するように揺すられる。
最高級の仕立てのトラウザーズの向こうでどくどくと脈打つものの熱く硬い感触が伝わってきて、ツツジは耐えきれずに仰け反った。
「な、なんてことをするの!」
ツツジの中はすでに熱く潤まされ始めているし、すでに経験しているので、前立ての中で大きく熱く昂ぶっているものが何なのかも、さすがにわかる。
「きみが手を貸してくれないなら、このままだ。もっとも、これはこれで長い時間楽しめるけどね」
腰を揺すり合っているだけで達する遊びもあるのだと聞かされて、羞恥のあまり、視界がくらくらした。
「嘘でしょ……っ!?」
「試してみる?」
「だ、だめ……」
百戦錬磨の那由多の唆し方は巧妙で、逆らう暇もない。
身体の中で、埋み火がみるみるうちに燃え上がっていく。
こうなったらもう、果てを迎えるまでは誰にも止められない。ぴくんと跳ね上がる足が、助けを求めて那由多の腰にまとわりついた。
ツツジの身体から抵抗する意思がなくなったのを目に留めて、那由多が微笑する。
「可愛いね、ツツジさん」
「丸め込もうとしたって、ごまかされないんだから。絶対に私、那由多さんのことを守ってみせるわ……!」
「意地を張らずに、快楽に身を委ねなさい。昨夜よりも、もっと蕩けさせてあげよう」
あまくせり上がってくる悦楽に背筋をわななかせながら、ツツジがいやいやをするように首を振った。
「手伝ってあげるから、ほら」
手を掴まれて、下肢へと導かれる。
異性の、それも英国仕立てのトラウザーズはベルトを外してあったので、ツツジはボタンを外さなくてはならない。
「頑張って」
恨めしそうな目をしながらツツジは、怖々と伸ばした指先だけでなんとかこの難業を達成しようとした。ところが、そんな儚い抵抗はすぐに見破られてしまう。
「こら。ひどいなあ。そんなに嫌うようなものではないだろうに」
「え? っきゃ……!」
ツツジの手に那由多の手が覆い被さって、無造作にファスナーを下ろす。すると中から待ちかねたように飛び出してきたものがあって、思わず首を不自然に捻って目をそらした。
まだ、直視する勇気はない。
お互い下肢を重ねながらも、恥じらって目を伏せている姿は男の劣情をそそるものだった。
那由多は湧き上がる興奮を理性で宥めながら、あでやかに囁く。
「そう言えば、今日はまだ聞いていなかったね」
いつもの口調で切り出されて、ツツジは、ぎく、と肩を強張らせた。
「ツツジさん。プロポーズの返事は?」
ツツジが、ふるふると首を横に振る。
彼に惹かれていることは誰の目にも明らかなのに、ツツジは未だに求婚を承諾しないし、愛の言葉も囁かない。
それから、はっとしたように那由多の顔を見上げる。
断ったことで那由多が気をわるくしていないか、傷ついていないかを確かめているのだ。
これは、那由多だけが気づいたツツジの癖だ。
那由多の愛を信じ切らないくせに、彼を傷つけることをとても恐れていて、だからこうして時折、ひどく不安そうな表情を見せる。
──率直に好きだと言われるより、はるかに来るなあ……。
以前本人も言っていたように、ツツジは根本的に男女の愛を信じ切れていない。両親や家族の不和がこれほどまでに影響を及ぼしているのだと知っているから、那由多は焦るつもりはなかった。
心が戸惑い、揺れ動き、それを理解して乗り越えて、乙女は大人の女性に成長するものだから。
不安そうに彼を見つめているツツジの背中を抱き直し、那由多は低い囁きを紡ぐ。
「いいよ。獲物を長い時間かけて追い詰め、籠絡させるのは嫌いじゃない。僕はいつまでだってきみを待つ」
でも、と、一度言葉を句切る。
絹やレースがふんだんに用いられた美しいドレスは、四越の担当者がツツジのために選び抜いただけによく似合っていたが、今だけは邪魔だった。
真っ白な肌着ごと、やや荒っぽく引き下ろし、震えて待つ場所に己の楔を押し当てる。
「そのほうが、きみはつらいかもしれないよ」
那由多はふっと小さく笑い、それから大きく腰を進めた。
*
先ほど口にしたとおり、ツツジを膝の上に乗せた那由多は時間をかけてゆっくりと追い上げると同時に、その過程をじっくり楽しんでいるようだった。
挿入を果たして馴染んで潤み始めるまでの間も、ツツジが隠しようもない快楽に乱れ始めてからも。
膝をがっちりと押さえられ開かされてしまっていて、後ろ向きに手をついたツツジは那由多の腰の動きに合わせて、自らの腰が揺れるのを止めることができない。
溺れてしまわないよう必死に快感をこらえているツツジの耳の下から胸にかけてを、愛おしげに、那由多が何度も唇で辿る。
皮膚も薄くて敏感になっているから、那由多の吐息が燃え盛る炎のように熱い。
「あぅ……!」
ツツジのささやかで敏感な胸が好みらしく、赤くぷっくりと腫れた乳首を那由多が舌でついばみ、吸い上げる。
それを、ツツジが気を失いかけるまで何度も何度も繰り返された。
「っひ……、だめそれ、やめて……!」
「ツツジさん、目を開けなさい。まだ終わりじゃないよ」
確かに那由多はまだ達していないけれど、ツツジはもう身体に力が入らなくて身も心もふわふわしていた。身体ごと、どこかに飛んでいってしまいそうで、那由多との身体の境目がわからない。
ドレスはいつのまにか、ぐちゃぐちゃになって放置されていて、ツツジはそれが今の自分の心そのもののようだと思った。
白い肌を薄赤く染め、那由多の首筋に縋りついたツツジは、力ない声で呻く。
「こんなふうにするなんて、卑怯だわ……」
那由多は、腰を突き上げたり引いたりを繰り返してツツジを弄ぶ。
顎の先から流れ落ちる汗を、手の甲でぐいと拭うしぐさが彼らしくなく乱暴で、それでいて男くさかった。汗を吸ったシャツは邪魔で、とっくに脱いで放り投げてある。
黒髪の先からも、顎からも汗を滴らせ。
那由多が、ツツジの胸に顔を埋めながら答える。
野性的で本能的な、それでいて滴り落ちそうなくらい色気のある声が、胸に直接吹きこまれて、それだけでも全身をぞくぞくするような快感が駆け抜けていく。
「どこが、卑怯なんだい?」
那由多が身じろぎするだけで、繋がり合ったままの下肢があまく崩れそうになる。疼くような感覚も、潤んで腫れたような感覚も、何もかもが混ざり合ってひどく悩ましい。
「──う……、知ら、ないっ」
快感に蕩けさせられすぎて、口がうまく回らない。
ツツジは、わざと那由多の胸に手を当てて突っぱねようとした。
たとえ相手が那由多であっても、許せることと許せないことがある。
身体で言うことを聞かせようとするなんて、最低のことだ。だから許すわけにはいかない。
けれど。
「ふうん……まだ強情を張る余裕があるんだね」
軽々と身体を抱き上げられたと思うと、仰向けに押し倒される。
そのまま腰だけ立てるようにひょいと膝を抱え上げられて、戸惑ったツツジは次の瞬間、悲鳴を上げた。
「いや!」
こんな体勢──まるで、貫いてほしくてわざと膝を立てているような体勢は淫らで耐えられない。
繋がり方も擦られ方も今までとは違っていて、予測もできなくて、ツツジは上へ上へと逃げようとした。
那由多は長い手足を活かして組み敷き、その淡い抵抗を封じてしまう。
「逃がさないよ」
大きく、ぶつかり合う音がするくらい大胆に、放埒に突き上げられて、ツツジは半狂乱になって頭を振った。
「だめ、だめ……! 那由多さん、それだめ!」
びくびくと下腹部が震えて、ふくらはぎが、爪先が、背中ががくんがくんと痙攣する。
「……っ」
もはや声も出ないツツジを抱え直して、那由多はなおも不埒な振る舞いをやめない。