実は御曹司のやり手後輩カレシ×真面目で優秀な先輩カノジョ
外資系大手で働く希織と、優秀な後輩の神谷はチームを組めば仕事は大成功するが犬猿の仲と噂されている。実は社内恋愛禁止なのに神谷が好きだと告白し、希織が返事を保留しているので、友だち以上恋人未満の微妙な関係で!? 「我慢しないで。あなたの感じてる声が聞きたいんです」出張先のトラブルで同室になった夜、彼は甘く情熱的に希織を抱き――。
「……すみません。さすがに制御するのは難しいです。好きな人とこんなに密着しているので」
――好きな人、って……。
いつも落ち着いている玲遠の声が、情熱にかすれている。息遣いも荒い。本能と理性が戦っているのが伝わってくる。
希織はぎゅっと目を閉じた。胸の奥が痛いくらいに脈打つ。頭が真っ白になるのを押しとどめるように、声を絞り出した。
「……いいから、寝て。わたしも、もう寝るから」
全身に力を込める。油断していない、と背中が彼に訴えていた。
けれど玲遠の腕は優しいまま、離れることなく希織を抱きしめている。
「……早瀬さん」
暗がりの中で、玲遠の声が低く鼓膜を揺らす。それが心地いいだなんて、自分もどうかしている。こんな状況で彼の声に緊張と緩和の両方を感じているのだ。
「なに……?」
小声で聞き返すと、体に回された彼の腕がわずかに力を込めてくる。心臓が跳ねる音が、ふたりの間のわずかな隙間さえ埋めるようだった。
低い声が耳を撫でた。
「この前、会議のあとに」
そこで一拍置かれる。その空白が怖かった。
「……キスしましたよね」
その一言で、胸が詰まる。希織はぴくりと肩を震わせた。
あの瞬間が、鮮明によみがえる。
あっけなく、唇を奪われた記憶だった。それも希織にとっては人生で初めてのキス。声を出したら何かが壊れそうなのに、唇が勝手に動いてしまう。
「初めて、だったのに」
玲遠の体がこわばるのが伝わってきた。この年齢で初めてだなんて言ったら驚かれるのだろうか。それとも、責任を負わされるとでも?
吐息が熱を増し、耳に甘くまとわりついてくる。
「……そう、だったんですね」
絞り出すような声だった。
「ずるいですよ」
「え……?」
息すらも震えていた。
「……そんなの、意識するに決まってるじゃないですか」
ぎゅっと強く抱きしめられて、息もできなくなる。背中に当たる彼の熱が、嘘みたいに正直で、希織を求めているのだ。
「えっと、ごめん、ね」
なぜ謝っているのかもわからない。奪われたのは希織のほうなのに。
けれど、玲遠は甘く笑うように吐息を漏らす。ひどく優しくて、でもどこか熱を孕んだ短い笑い声だ。
「謝らないでください」
うなじに、何かあたたかなものが触れる。吐息ではない、物理的な――。
彼の唇だと気づいた瞬間、希織は目を瞠った。
「神谷くん、あの……っ」
「駄目です。僕を止めたいなら、こっちを向いて」
希織の動きに余地を残すように、彼の腕が少しだけ力を抜いた。求められているのは、彼と顔を合わせること。わかっているのに、緊張で全身が言うことをきかない。
――ちゃんと、同僚の距離に戻さないと。わたしたちは、こんなに密着する関係になっちゃいけない。
そろりと指で壁を押し、体の向きを変える。薄暗がりの中でも、じっとこちらを見つめている玲遠と目が合った。いつの間にか、暗がりに目が慣れている。だから、玲遠の瞳に浮かぶ情熱に気づかないふりはできなかった。
「あのね、神谷くん、わたしたちって……」
言いかけた唇に、そっと人差し指があてがわれる。それ以上言わないで、と彼の指先が伝えていた。
そのまま、彼の手が希織の顎と頬を優しくつかむ。
次の瞬間――。
「んっ……」
目を閉じる暇さえなく、唇が重なっていた。
「ちょ、ちょっと、神谷く……」
「そんなかわいい顔で僕を見る早瀬さんが悪いんです」
――わたしのせい?
両腕で、彼の胸を押し返そうとする。だが、自分でもわかっていた。反射的に彼を拒もうとしていながら、両腕に力が入っていない。細身に見えてもしなやかな筋肉に覆われた彼の体が、この程度で押しのけられるとは思えない。
それどころか、希織の抵抗を感じた彼は、さらに唇を押し当ててくる。
「や……、わたし、こんなこと許可してな……っ」
口を開くのを待っていたとばかりに、玲遠の舌が口腔に割り込んできた。
ぬるりと熱いそれは、生まれて初めて感じる他人の舌。口の中で逃げる希織の舌を追いかけて、彼が深くキスを繰り返す。
「ん、っ……ぅ……」
――どうして急にこんなことするの?
頭のどこかで、この行為への理由を求める自分がいたのは、最初の数秒だった。
逃げ場のない攻防戦に、希織の舌が搦め捕られる。彼が甘く吸い上げるたび、次第に息が上がっていく。触れているのは互いの唇なのに、脳まで届く刺激で余計なことを考えられなくなってしまう。
浴衣の脚の間に、彼の膝が割り込んでくる。気づけば、横向きで向かい合っていたはずが、希織の背中はベッドに沈んでいた。玲遠が、体重をかけすぎないよう腕で自身の体を支えている。
唇が離れると、希織は陸に上がった魚のようにはくはくと口を開けて息をする。その呼吸音が、自分でも驚くほど淫靡だ。
「……早瀬さん、キスでそんなに感じてくれたんですか?」
「ち、違う、わたしは……」
「違いませんよ」
希織の右肩に、首を倒した玲遠が目元をこすりつけてくる。鼻先が鎖骨に触れ、浴衣の襟が乱れているのに気づいた。
「……今夜だけ、許してください」
熱を帯びた声に、喉の奥がきゅうっとせつなく締まる。
「神谷くん……」
「僕のことを、もっと男として見てほしいんです。あなたにとって、唯一無二の存在になりたいだなんてずうずうしいことは言わない。ただ、今のままの――安全な相手でいたくないんです」
心を絞り出すような声に、なぜか少し泣きたくなる。
彼は最初から唯一無二の存在だった。こんなふうに希織に近づいてきた人はほかにいない。何より、彼の意識がどうかというよりも、希織のほうが玲遠を特別扱いしているのに。
「そしてできるなら、僕を好きになってください、希織さん……」
「っっ……」
初めて、名前を呼ばれた。
ただそれだけのことなのに、希織は顔が熱くなるのを覚えた。暗くてよかった。今なら、こんなに赤面しているのに気づかれないで済む。
彼が求めてくれているのと同じかどうかはわからないが、希織だって今、この夜に、彼をほしいと思っているのは事実だ。それが恋愛か、あるいは欲望か。そんなこと、考えてもわからない。何しろ経験がないのだから、判断基準が想像でしかないのだ。
――それでも、流されてしまいたいと思う自分がいる。ううん、流されるんじゃなくて、わたしも神谷くんとこの先を知りたいって思ってる。
「……今夜だけ、なんだよね?」
尋ねる声は、すでに彼の要求を受け入れたも同然だ。今夜だけ。その呪文は、ふたりの関係性を変えるのではなく、台風の夜に閉じ込められた一夜の夢として、許されるのではないかと希織も思い始めている。
「まずは今夜、それで気に入ってくれたら、あわよくばという感じですが」
へんなところで誠実に、彼は笑みを浮かべる。
「でも、そのための第一歩としては『今夜だけでも』というのが正しいかもしれませんね」
たとえば、会社に隠れてつきあっている社員はいくらでもいるだろう。出会いの機会が多様になったとはいえ、毎日顔を合わせている相手と親しくなることは珍しくない。
だが。
――頭で考えても、わからない。今、わたしはこの先を知りたいって思ってる。
何度も重ねたキスが、希織の心を潤ませていた。もっと彼とキスしたい。もっと肌に触れられたい。彼にも触れてみたい。そこで生まれるぬくもりを、快楽を、人肌からしか得られない何かを、欲してしまっているのだ。
「……もう一度、キスしてくれる?」
ささやいた唇が、返事ではなくキスで塞がれる。言葉にしなくても、彼が「何度でも」と思っているのが伝わってきた。
浴衣の前をはだけさせられて、キャミソールの上から胸の輪郭を手のひらでなぞられる。中心には触れないよう、彼は優しく触れてきた。
布越しの穏やかな刺激に、ゆっくりと心が追いついてくる。理性を取り戻していくのではなく、彼にこれから抱かれるのだという心境が、全身に沁み渡っていくようだった。
「直接、いいですか?」
「う、うん」
キャミソールが胸の上までまくり上げられ、左右の乳房が夜気にさらされる。
先端は、すでに期待できゅっと充血していた。それを知られるのが恥ずかしくて、希織はかすかに腰をよじる。
「駄目ですよ、逃げちゃ」
左手で希織の右胸をやんわりと持ち上げた玲遠が、その屹立した部分にちゅっとキスした。
「あ、っ……!」
自分の声とは思えない、甘く高い声が漏れる。反射的に手の甲を当てて、口を塞ぐ。
――直接って言ったけど、いきなりそんなところにキスするなんて……。
ちゅ、ちゅっと何度かキスしたあと、玲遠がちろりと舌を躍らせた。
「っっ……、っ……!」
得も言われぬ快感が全身に駆け巡り、希織は体をこわばらせる。濡れた舌で乳首を撫でられると、不安と安堵の両方が同時に襲ってくる。触れてほしかった場所への刺激と、食べられてしまいそうなかすかな震え。
「あ、あっ……神谷くん、それ……っ」
「まだ、舐めてるだけですよ。吸ったらきっと希織さん、驚くと思うので」
舌先で、根元から先端にかけて何度も何度も、彼は丁寧に希織をあやす。そのたび、腰が浮きそうになるのを必死にこらえた。こんな感覚は、初めてだ。
「んんっ……」
「声、我慢しないで。あなたの感じてる声が聞きたいんです」
左の胸を、彼の指がきゅっとつまみ上げた。根元からくびられるような刺激に、耐えきれず喉をそらす。
「っは……ぁ……」
「胸、気持ちよさそうですね。感じてもらえて、嬉しいです」
「ん、気持ち、いい……」
恋人ではない彼に与えられる、人生で初めての快感。
希織の肌に触れ、舌で味わう玲遠を、見ていられない。羞恥から目をそらすと、その隙を待っていたとでも言うのか、彼は希織の乳首を口に含んだ。
「あ、あっ、待って、それ……」
ねっとりと濡れた粘膜が乳暈ごと包みこんでくる。そして、次の瞬間――。
「ひ、ぁあッん!」
軽く吸い上げられただけで、これまでよりもずっと大きな声が出てしまった。
――やだ、わたし、どうして……?
驚くと思う、と彼が言ったのは、まさしくその通りだ。体の感じやすい部分に触れられるよりも、粘膜で包まれて吸引される感覚は、いっそう鮮烈でひどくせつない。
「これ、好きみたいですね?」
「んっ、あ、好き……? わかんな、んぅ……っ」
決して痛くない程度の強さで、優しく優しく、玲遠が希織の胸を吸う。
いつもは会社で、あるいはふたりきりで出かけても、紳士的で希織に触れないようつとめてくれていた彼が、ほかの誰にもされたことのないことを仕掛けてきている。今夜のふたりは、いつもとは違うのだと、玲遠の行動が教えてくれた。
帯を結んだまま、浴衣だけがはだけられていく。すでに腰回りもあらわになり、下着越しに彼の膝が脚の間に触れていた。
――膝、あたってるところが熱い……。
それは彼の体温ではなく、自分の内部が熱を持って蕩けているのだと、希織にもわかってしまう。初めての経験だからといって、知識がないわけではなかった。彼の下腹部で滾っているものと同様、希織の体からも期待による反応が起こっている。
「こっちも、優しくさわってみましょうね」
するり、と玲遠の長い指が鼠径部を撫でた。下着の中へそのまま入り込み、彼の指が柔肌をかすめるようになぞる。
「あっ……、あ、神谷くん……」
「怖くありませんよ。全部委ねてください」
彼の指で希織の亀裂が左右に開かれた。普段空気にすらさらされることのない粘膜に、彼の指腹が触れる。
「っっ……!」