華道の家元の一人娘・和花は、実家を継ぐために見合い結婚をすることに。相手の冬也は優しく、恋愛経験の少ない和花は次第に惹かれていく。しかし結婚式直前に冬也に好きな女性がいることが発覚してしまう。彼のためにと嘘をつき、離婚を前提の契約結婚の提案をするが…。意に反して夜ごと激しく求めてくる冬也に、和花は思い切り乱されてしまい――。
初めて二人で過ごす夜とあって、和花はひどく緊張する。
しかし冬也のほうは至っていつもどおりで、こちらを意識しているそぶりは微塵もなかった。
(冬也さんはわたしより年上だし、今まで年齢相応の恋愛経験があるんだろうから、別に緊張したりはしないのかな。でも、わたしは……)
正真正銘の処女である和花には、〝初夜〟はひどくハードルが高い。だが三日前にあんな話を持ちかけた以上、「腹を括らなければ」と自らを叱咤した。
店を出て十分少々でホテルに到着し、専用のエレベーターでエグゼクティブスイートに案内される。中はまるでセレブの大豪邸を思わせるインテリアで、和花は思わず息をのんだ。
華やかなシャンデリアと高い天井、あちこちに絵画や花が飾られた空間は豪華絢爛で、大きな窓からは東京の夜景を一望できる。さらに冷えたシャンパンとオードブル、クラブラウンジを利用できるサービスがあり、まさに至れり尽くせりだ。
和花は室内を見回し、つぶやいた。
「すごいお部屋ですね。わたしはときどき出張でホテルに泊まることがあるんですけど、スイートルームに入るのは初めてです」
「こういう部屋で披露宴をするのも、今は流行ってるらしいよ。館内のチャペルや神殿で挙式をしたあと、披露宴会場をスイートルームにするんだ。ゲストは三十人くらいまで対応できるから、ラグジュアリーかつアットホームな式をしたいっていう女性に人気だって」
「そうなんですか」
会話が途切れ、和花は沈黙に気まずさをおぼえる。すると冬也がバスルームのほうに姿を消し、すぐに戻ってきた。
「今、バスタブにお湯を溜めてる。ジェットバスもあるし、入浴剤を入れてゆっくり浸かるといい」
「あ、ありがとうございます」
先にバスルームを使わせてもらうことになり、和花は脱衣所に入る。
優雅で洗練された雰囲気の中でメイクを落とし、衣服を脱いで髪と身体を丁寧に洗った。その頃にはバスタブに充分お湯が溜まっていて、浴槽に乳白色の入浴剤を入れてゆっくり浸かる。
(どこを見ても、本当に豪華な雰囲気。冬也さんのご両親、きっとかなりのお金を使ってくれたんだろうな)
試しにジェットバスのスイッチを入れてみたところ、ブクブクと気泡が立ち始め、腰の辺りに感じる圧が心地いい。
気がつけばかなりの時間が経過していて、浴室を出た和花はドライヤーで髪を乾かした。そして少し考えて下着を身に着け、軽くメイクをしたあと、バスローブを着てリビングに戻る。すると冬也がこちらを見て、微笑んで言った。
「あんまり遅いから、もしかしたら茹だっているのかもしれないって心配してた」
「す、すみません。長風呂をしてしまって」
「全然。せっかくのスイートなんだから、風呂も愉しめばいい。俺も入ってくるよ」
彼がバスルームに入っていき、和花はその背中を見送る。
あまりに冬也の態度が穏やかで、どう受け止めていいかわからなかった。てっきり二人きりになったら三日前の話を蒸し返されるかと思っていたのに、そんな様子は微塵もない。むしろあの話し合いはなかったかのように、以前と同様に笑顔で接してくる。
(わたしはあんなにひどい言い方をしたのに、そんなことってある? 普通は冷ややかな態度を取って当たり前なんじゃないかな)
だが差し当たって重要なのは、このあとの時間だ。
互いに入浴を済ませたら、きっとベッドに行くことになる。はたして自分は、無事に初夜を完遂できるのだろうか。
そんな弱気な気持ちがこみ上げたものの、和花はすぐにそれを打ち消す。他の女性を好きな冬也をいずれ解放してあげるため、自分は彼の子を身籠もろうと決めた。ならば処女だからといって臆したりせず、自ら冬也を誘うくらいの気概を持つべきだ。
(そうだよ。冬也さんが戻ってきたら、わたしからベッドに誘おう。こういうことは、さっさと済ませたほうがいいもんね)
そう決意した和花は、ソファにドサリと腰を下ろし、ぐっと唇を引き結ぶ。
改めて見ると、つくづくすごい部屋だ。一流の高級家具でまとめられたインテリアはどこを切り取っても絵になり、部屋の広さは二七〇平米もあるらしい。結婚式を挙げた夜にふさわしいロマンチックな空間で、和花は「これもいつか、いい思い出になるのかな」と考える。
そのとき冬也がバスルームから戻ってきて、ドキリと心臓が跳ねた。彼はバスローブ姿の濡れ髪で、いつもとは違うその姿に和花の鼓動が速まる。
(落ち着いて、わたし。自分から誘うって決めたんだから)
深呼吸し、「あの」と口を開きかけた瞬間、冬也が先んじて言う。
「せっかくいいシャンパンをサービスしてもらったんだから、少し飲もうか」
「えっ」
「オードブルもあるし」
すぐにベッドに行くものだと考えていた和花は、すっかり出鼻を挫かれる。
彼はミニキッチンからシャンパングラスとオードブルが載った皿を運んできて、和花の隣に腰を下ろした。そして慣れた手つきで栓を抜くと、発泡する黄金色の液体をグラスに注ぐ。
「じゃあ、乾杯」
「…………」
グラス同士をカチンと触れ合わせられた和花は、シャンパンを一口飲む。
すると炭酸の心地よさと共に果実の爽やかな風味が口の中に広がり、思わずつぶやいた。
「美味しいです」
「そうだな。さっぱりしてて飲みやすい」
オードブルはサーモンのタルタルにクラッカーを添えたものやイワシの酢漬け、キャビアやキッシュなど、彩り鮮やかでシャンパンによく合うものばかりだ。
冬也がそれをフォークで取り、こちらに向かって差し出して「はい、あーん」と言う。和花はびっくりして首を横に振った。
「じ、自分で食べられますから」
「いいから、ほら」
ニッコリ笑ってそう言われ、断れない圧を感じた和花は渋々口を開ける。そして咀嚼する様子をニコニコして見つめられ、何ともいえない居心地の悪さをおぼえた。
そんなこちらの動揺とは裏腹に、一旦フォークを置いた彼が自身のシャンパングラスを手に取って告げる。
「今日は普段会えない人たちがたくさん参列してくれて、よかったな。君は白波瀬流の先代とは、面識があったのか?」
「はい。実はわたしの亡くなった父が、先代家元と先輩後輩の仲だったんです。その繋がりで、白波瀬家のお屋敷にはよく遊びに行っていました」
「なるほど」
しばらく挙式披露宴の話で盛り上がり、シャンパンが進む。
そうしながらも、和花は互いにバスローブ姿であることに落ち着かない気持ちを掻き立てられていた。自分も冬也も湯上がりの無防備な姿で、しかもリビングの隣は寝室だ。先ほど覗いてみたところ、キングサイズのベッドが置かれた寝室はロマンチックなインテリアで、いかにも挙式の夜にふさわしい雰囲気を醸し出していた。
(一体いつまでこうやって飲むんだろう。ボトルが空くまで? それともしばらく続くの……?)
緊張のあまりシャンパンを急ピッチで飲んだせいか、和花は少し酔ってきている。
酔った状態で、はたして自分は行為をやり遂げることができるのか――そんな焦りをおぼえる和花だったが、それを見た冬也がクスリと笑って言った。
「さっきからチラチラ寝室のほうを見てるけど、向こうが気になる?」
「そ、そんなことないです」
かあっと頬が熱くなるのを感じながら、和花は咄嗟にそう言い返す。すると彼がシャンパングラスを置き、こちらの頬に手を触れて言った。
「顔が赤い。もう酔ってしまったかな」
「……っ」
余裕のある冬也の態度に、和花の中でじわじわと反発心がこみ上げる。彼の手をやんわりとどけながら、和花は小さく問いかけた。
「冬也さんは、わたしに……何か言いたいことはないんですか」
「ん?」
「三日前にあんな話をしたんですから、わたしに対して怒ってるはずです。冷たくして当然なのに、以前のままの態度で話しかけてくる理由がわからないんですけど」
すると冬也が、苦笑いして答える。
「せっかくの晴れの日に、わざわざ棘のある態度を取ろうとは思わないよ。そうしたTPOは弁えてるつもりだ」
「でも……っ」
「それに言っただろう、『君の提案を受け入れる』って。予定どおり結婚し、妊娠して子どもを無事出産できたら別れる。和花さんは俺に対して気持ちはないかもしれないが、対外的には仲睦まじく振る舞う――そうだろう?」
改めて言葉にされると、自分がいかに傍若無人な要求をしているのかがわかり、和花はかすかに顔を歪める。
これほどひどいことを言われているのに、穏やかに接してくる冬也の気持ちがわからない。人前はともかく、二人きりになったら冷ややかな態度になるのが普通ではないのか。
そんなことを考える和花の手を取り、彼が自分の口元に持っていく。そしてこちらの指先に口づけ、ささやいた。
「婚姻届も提出し、晴れて夫婦になった。だから俺は、夫としての役目を全うするよ」
「あ……っ」
ぐいっと腕を引かれ、後頭部を引き寄せられた和花は、冬也に口づけられる。
口腔にぬるりと入り込んできた舌の感触が生々しく、一気に体温が上がった。舌を絡められ、喉奥まで探られる。今まで何度かしてきたキスが嘘かと思えるくらいに濃厚に口づけられ、和花はすぐに息を乱した。
「はぁっ……」
唇を離されると、互いの間を唾液が透明な糸を引く。和花の濡れた唇を撫で、彼が言った。
「――ベッドに行こうか」
冬也に腕を引かれた和花は、リビングの隣にある寝室に足を踏み入れる。
心臓がドクドクと速い鼓動を刻み、ひどく緊張していた。既に覚悟を決めていたはずなのに、つい先ほどの濃密なキスで思いのほか動揺している。
先にベッドに腰掛けた彼が、自身の隣をポンと叩いて座るように促した。ぎこちない動きでそれに従った和花は、グルグルと考えながら「あの」と切り出した。
「ん?」
「わたしたち、子どもを作るのが目的なんですから、その……キスは必要ないと思うんです。なるべく早く終わらせてほしいっていうか……あっ!」
ふいに目元に口づけられ、びっくりした和花は首をすくめる。腕をつかんで身体を引き寄せられ、頬にもキスをされて、慌てて冬也の口元を手で塞いだ。
「だから、やめてくださいって――ひゃっ!」
ペロリと手のひらを舐められ、濡れた舌の感触にゾクリとした感覚がこみ上げる。
こちらの手をつかんだ彼がそのままゆっくり舌を這わせてきて、和花は淫靡な気持ちがこみ上げてくるのを感じた。唇を離した冬也が、微笑んで言う。
「キスは必要だよ。性感を高めるのに役立つし、親密さも増す。そのほうが行為がスムーズにいく」
「そ、そうですか……?」
「ああ。――君は俺に全部任せて、素直に声を上げればいい」
ベッドに押し倒され、再び唇を塞がれる。
何度も角度を変えて口づけられるうち、和花の頭はぼうっとしてきた。覆い被さった彼の身体は大きく、細身に見えるのに厚みもあって、成熟した大人の男性なのだと強く意識する。
冬也の手がバスローブの紐を解き、合わせを開かれた。あらわになった胸のふくらみをつかみ、彼が先端を舐めてくる。
「ん……っ」
ぬるぬると舌を這わせられ、ときおり吸い上げられて、和花はピクリと身体を震わせた。
心臓が破裂しそうなほどドキドキしていて、それを誤魔化すように冬也の頭を両腕でぎゅっと抱きしめる。すると彼が胸の先から唇を離し、わずかに顔を上げて言った。
「そんなにぎゅうぎゅうされると、全然動けないんだけど」
「……ぁ、ごめんなさ……」
「胸、吸われるの気持ちいい?」
あからさまな問いかけにかあっと顔を赤らめ、和花はしどろもどろに答える。
「わ、わかりません……」
「そっか。じゃあわかるまでしないとな」
それから執拗に舐めたり吸ったりされ、和花は息を乱した。
舌で押し潰すように舐めるのはもちろん、ピンと弾かれたり強く吸われると思わず身体が跳ね、声を我慢することができない。
気づくと脚の間が熱くなっていて、下着が濡れているのがわかった。和花は冬也の肩をつかみ、涙目で訴える。
「も、もういいですから……してください」
「まだだよ。和花さんは初めてなんだから、うんと慣らさないと」
目元にあやすようにキスを落とす彼のしぐさは、ひどく甘い。
冬也の手が下着に触れ、中に入ってきた。花弁を割った指が愛液でぬるりと滑り、和花は身の置き所のないほどの羞恥を味わう。
処女のくせにこんなに濡れている自分を、きっと彼ははしたないと思うに違いない。だが冬也を好きな和花は、触れられて感じるのを止めることができなかった。何度か割れ目をなぞった彼が、和花を見下ろして言う。
「――指、挿れるよ」
「ぁっ……!」