親に内緒の恋人がいる香帆は見合いの席で、茶道の次期家元の悟史から互いの利益のために一年間の偽装結婚を提案される。身体の関係は求めないと言われ申し出を受け入れるが、約束の一年後、恋人の裏切りを知ってしまう。失意のまま突然悟史に強引に抱かれ、初めて与えられる快感と、悟史の豹変に翻弄される。しかし悟史はある秘密を抱えていて――。
夏川に裏切られた痛みは生々しく、心はじくじくとした痛みを訴えている。
そんな状況でどう答えるべきか迷った香帆は、逡巡の末に言った。
「少し……時間をいただけないでしょうか。今はまだ、考えられる状況じゃなくて」
「この一年、俺は『婚姻期間中、君に一切手を出さない』という約束を忠実に守り、気持ちを伝えることも触れることもしなかった。我慢ならもう充分したから、これ以上は待ちたくないというのが本音だ」
彼はそう言って香帆の手を取り、自身の口元に持っていく。
指先に触れる唇の感触とかすかな吐息に、心臓が跳ねた。悟史はこちらを色めいた目で見下ろし、問いかけてきた。
「――キスしていいか」
「えっ?」
「俺は君に、触れたい」
彼の唇が指先をなぞり、香帆はビクッと身体を震わせる。
悟史の眼差しは蠱惑的で、いつもとは違う顔を前に呑まれたように動けなくなった。そんな様子をどう思ったのか、彼が腕を引き、自分の腕の中に香帆を引き寄せる。
硬い胸の感触、想像以上にしっかりとした身体の大きさに息をのんだのも束の間、気づけば香帆は彼に唇を塞がれていた。
「……っ」
温かく柔らかい唇が、触れただけで一旦離れる。
うっすら目を開けた途端、悟史の端整な顔を目の当たりにし、頭が煮えそうになった。慌てて身体を離そうとしたものの一瞬遅く、香帆は再び彼に唇を塞がれる。
悟史の舌が合わせをなぞり、思わずぎゅっと強く引き結んだ。彼は焦らず何度も口づけてきて、香帆は次第に息苦しさをおぼえる。
やがてかすかに唇が開いたタイミングで、悟史の舌が滑り込んできた。
「ん……っ」
キスをしたのは、これが初めてではない。
夏川とは何度か経験があって、しかしそれは表面を触れ合わせるだけの軽いものだった。たったそれだけで香帆は甘やかな気持ちになり、心が満たされていたが、こうして舌を絡めるものは初めてだ。
悟史は時間をかけてキスを深くしてきた。舌先を緩やかに絡め、柔らかく吸う。その動きはやんわりとしているのに有無を言わさぬ強引さがあり、身動きが取れない。
香帆の身体を抱きすくめながら、彼は角度を変えてより深く口腔に押し入ってきた。ぬるりとした舌が表面をなぞり、ときおり強く吸い上げてくる。息継ぎのタイミングがわからず、香帆が苦しさに喘ぐと、悟史が一旦キスを解いた。貪るように息を吸い込んだ途端、またすぐに唇を塞がれ、香帆は喉奥から声を漏らす。
「ぅっ……んっ、……う……っ……」
彼のキスは情熱的で、執拗に舌を絡められ、次第に頭がぼうっとしてくる。
やがてようやく唇を離した悟史が、香帆の上気した顔を見つめて言った。
「キスだけで、そんな顔をするなんてな。……あの男が『身体の関係はない』と言ったのは、噓じゃないようだ」
独白めいたつぶやきを漏らした彼は、さらりと提案した。
「場所を変えようか」
「え……っ」
一方的に話を切り上げた悟史が、香帆の腕を引いて部屋の奥へ向かって歩き出す。香帆は狼狽して声を上げた。
「さ、悟史さん?」
彼は答えず、歩みを進める。
ホワイエからドレッシングルームを通り過ぎ、重厚なドアを開けた向こうにあるのは、ゆったりとした広さの寝室だった。壁面や天井に木材が使われ、壁際の棚に置かれた間接照明がムーディーな雰囲気を醸し出している。
窓からは汐留方面のビル群や線路の光が見え、きらびやかだ。中に踏み込んだ悟史がこちらを振り向き、香帆の表情を見て告げた。
「そんな怯えた顔をしなくても、ひどいことをするつもりはない」
「でも……っ」
クイーンサイズのベッドに腰掛けた彼は、自身の脚の間に香帆を引き寄せる。そして両手をつかみ、こちらを見上げて言った。
「小さい手だな。君が水屋仕事をせっせとこなしたり、ときどき弟子たちと一緒に廊下の雑巾がけをしているのを見て、『きれいな手が荒れたらかわいそうだな』と思っていた」
「ぁ……」
手の甲に唇を押し当てられ、思わず顔が赤らむ。悟史がそのまま言葉を続けた。
「いつもと違うワンピース姿は、新鮮だ。稽古のあとに着替えて出掛けていく香帆さんを見かけたとき、俺は嫉妬の感情をおぼえていたが、君はまったく気づかなかっただろう」
「それは……」
――それは自分たちの関係が、あくまでも〝契約〟だと思っていたからに他ならない。
本当は今も、信じられない。いつも涼やかな顔で稽古をこなす一方、こちらに関心を見せなかった彼が、自分を異性として好いていることはまったくの想定外だ。
そんなふうに考える香帆を見つめ、悟史が自身の指先で手首までなぞってくる。思いがけず官能的なその感触に、香帆はドキリとして息を詰めた。
すると彼が強く腕を引き、ベッドに押し倒してくる。
「あ……っ」
視界がグルリと回り、スプリングで身体が跳ねる。
上に覆い被さってきた悟史は、これまで見たことがない表情をしていた。それを見た瞬間、にわかに怯えの感情がこみ上げ、香帆は必死に彼の肩を押し返そうとする。
「ま、待ってください、悟史さん。わたしは……」
「――待てない」
身を屈めた悟史が、香帆のこめかみに唇で触れる。
それと同時に大きな手が胸のふくらみを包み込んできて、ビクッと身体が跳ねた。やわやわと揉まれる感触に何ともいえない気持ちをおぼえ、香帆は彼の二の腕をつかむ。
間近で眼差しが絡み合い、すぐに唇を塞がれた。
「んっ……ぅ、っ……」
押し入ってきた舌が、口腔を容赦なく舐め尽くす。
そうしながらも胸を揉む手の動きは止まず、ときおり先端部分を指先で引っ搔かれて、じんとした感覚が走った。
抵抗しようにも目の前の悟史の身体は大きく、押したり袖を引っ張ったりしてもびくともしない。唇が離れたタイミングで、香帆は声を上げた。
「悟史さん、待っ……」
「――可愛い、香帆」
突然の呼び捨てと唇が首筋に触れる感触に、心臓が大きく跳ねる。
胸を揉んでいた手がワンピースの前開きのボタンに触れ、外していくのがわかった。ブラに包まれた胸があらわになり、悟史の手がカップをずらす。そして零れ出た先端に、吸いついてきた。
「あ……っ!」
濡れた舌が乳暈を舐め、尖りを押し潰す。
刺激を受けたそこが芯を持ち、みるみる硬くなるのを感じた。彼は緩やかに舐めたあと、吸い上げてくる。香帆は小さく声を漏らした。
「はっ……ぁっ、や……っ」
ちゅくちゅくと音を立ててしゃぶられ、皮膚の下から湧き起こるむず痒い感覚に、香帆は息を乱す。そんなところを吸われるのは恥ずかしいのに、悟史はいつまでもやめない。
それどころか逆のふくらみも同じように嬲ってきて、香帆はやるせなく身をよじった。
「んん……っ、や……っ……」
(やだ、どうして、こんな……っ)
――一体なぜこんな展開になっているのか、わからない。
何もかもが急すぎて、気持ちがまったくついてきていなかった。無垢な身体に与えられる刺激は強く、香帆はただ翻弄される。
彼の動きは強引ではあるものの、粗野なところはまったくない。胸を吸いながら悟史が視線だけをこちらに向けてきて、香帆はかあっと頰を赤らめた。
結婚して以降、まったく色めいた顔を見せなかった彼の欲情を秘めた眼差しは、経験のない香帆を混乱させるのに充分だった。
(悟史さん、いつもと違う。こんな顔をする人だったの……?)
端然として涼やかな印象しかなかった夫の〝男〟の顔を前に、香帆は涙目になる。
やがて彼の手が、太ももに触れてきた。
「あ……」
しなやかな感触を愉しむように這わされた手が、じわじわと腰の辺りまでくる。
ストッキング越しに下着に触れられて、香帆はドキリとして身をすくめた。脚の間を撫でた手が、下着の中に入り込む。悟史の指が花弁を割り、潤んだ蜜口をくすぐってきて、香帆は小さく声を上げた。
「ぁっ……」
そこは胸を嬲られる刺激で既に愛液を零しており、彼の指がぬるりと滑る。
それが恥ずかしくて必死に太ももに力を込めるものの、悟史はまったく頓着しない。指を動かされるたびに粘度のある水音がかすかに聞こえ、羞恥が募る。
ふいに花弁の上部にある敏感な尖りを弾かれ、香帆の腰がビクッと跳ねた。愛液のぬめりを纏った指が繰り返し尖りを撫で、甘ったるい快感がこみ上げる。
これまでにないその感覚は、香帆をひどく混乱させた。反応したくないのに身体がビクビクと震え、蜜口が潤んでいくのがわかる。指の動きを止めないまま彼が胸の先端を口に含むと、身の置き所のない気持ちはますます強くなった。
「はぁっ……ぁっ、や……っ……」
間接照明が点いているせいで部屋の中はぼんやりと明るく、唾液で濡れ光る胸の頂が淫靡な気持ちを搔き立てた。気づけば悟史の手管に翻弄されていて、逃げ出したいと思っても身体が動かない。
やがて彼の指が蜜口から挿入され、香帆は声を上げた。
「あっ……!」
硬い指が浅いところをくすぐり、少しずつ隘路の中に埋められる。
その硬さや関節の部分をまざまざと感じ、肌がゾワリと粟立った。一本を難なくのみ込むと、緩やかな抽送が始まる。内襞を擦られるうちに愛液の量が増えて、粘度のある水音が立った。
「うっ……んっ、……ぅっ……」
口元を手の甲で押さえ、声が出そうになるのをこらえる。
ゴツゴツとした他人の指の感触が体内にあるのはひどく落ち着かないものの、痛みはない。するとそんな反応を見た悟史が挿れる指を増やしてきて、一気に増した圧迫感に香帆は呻いた。
「うぅ……っ」
入り口に引き攣れるような痛みがあり、肌がじんわりと汗ばむ。彼が指を中に押し込みながらつぶやいた。
「狭いな。君は初めてだから、当然か」
「……っ」
「脱がすよ」
香帆の体内から一旦指を引き抜いた悟史が、ストッキングと下着を脱がせてくる。
これからどうなるのかを想像すると怯えの感情がこみ上げ、香帆は青ざめて身をすくませた。 こちらの膝をつかんだ悟史が、それを左右に押し広げ、身を屈める。
ふいに温かな舌が秘所に触れるのを感じ、香帆は息をのんだ。一瞬何をされているのかわからなかったが、彼があらぬところを舐めているのだと気づいた途端、猛烈な羞恥をおぼえる。
「や、やめてください、そんなところ……っ」
香帆は腕を伸ばし、悟史の頭を押しのけようともがく。
しかし彼はその手を握り込んで動きを封じると、舌先で花芯を押し潰してきた。じんとした愉悦がこみ上げ、太ももがビクッと引き攣る。
舌のザラザラしたところで舐め上げられるのは鮮烈な感覚をもたらし、香帆は切れ切れに喘いだ。
「はぁっ……ぁ、や……っ」
悟史の舌は花弁をくまなく舐め、溢れ出た愛液を啜る。
ぬめる感触が這い回り、ときに蜜口から浅く中に入り込んだり、敏感な尖りに緩く歯を立てられるのは強烈で、香帆は一気に体温が上がるのを感じた。
唇を離した彼が、すっかり蕩けた蜜口から指を挿れてくる。そして隘路でゆるゆると行き来させつつ、香帆の太ももに口づけて言った。
「君はだいぶ感じやすい性質のようだ。こんなに濡らして、俺の指を上手にのみ込んでる」
「……っ……」
太ももをチロリと舐められ、思わず腰が跳ねる。こちらを見つめる眼差しには滴るような色気があり、まるで知らない男のようだった。
その後、香帆の衣服をすべて脱がせた悟史は全身のあちこちに唇を落とし、丁寧に愛撫してきた。経験のない香帆はなすすべもなく喘がされ、感じさせられて、初めて達する頃にはすっかり疲労困憊になる。
やがてぐったりとシーツに身を横たえた香帆の汗ばんだ額を、彼の大きな手が撫でた。そして目元に口づけ、問いかけてくる。
「疲れたか? かなり汗をかいたし、風呂で身体を洗ってやろうか」
どうやら彼は、最後までする気はないらしい。
ここに至るまでの強引さを思うと、それは少し意外な気がした。
とはいえさんざん乱されたあとでも羞恥心は依然としてあり、香帆は息を乱しながら無言で首を横に振る。
ジャケットを脱いだ以外にまったく衣服を乱していない悟史が、こちらの身体を腕に抱き込んでベッドに身を横たえた。そして香帆のむき出しの肩まで寝具を掛け、髪にキスをしてささやく。
「少し眠るといい。明日の朝に起こしてやるから」
「……でも」
自宅に帰らなければ、義両親に不審に思われるかもしれない。
そう思うものの、疲労で瞼が次第に重くなっていた。強い睡魔に抗えずにうとうとしながら、香帆は頭の片隅で考える。
(こんなはずじゃ……なかったのに)
晴れて一年間の婚姻期間を終え、夏川の元に行くつもりだった。
それなのに当の夏川には裏切られ、仮初めの夫であるはずの悟史に押し倒されて、こうして彼の腕に抱き込まれている。
(わたしはこれから、どうしたらいいの? 悟史さんの言うとおり、本当の夫婦になるべき……?)
考えなくてはいけないのに、疲れで思考が覚束ない。
気づけば香帆は瞼を閉じ、悟史の腕の中で深い眠りに落ちていた。