他人の「運命の赤い糸」が見える麗華。だが自分の糸は見えたことがなく、誰と付き合っても続いた事が無い。ある夜、少し苦手にしているエリートなイケメン後輩、杉浦祥太郎の小指に自分と繋がっている糸が見えてしまい――!? ありえないと距離を取ろうとする麗華に、なぜか祥太郎は「このまま帰れなんて言いませんよね?」とぐいぐい迫ってきて!?
「あの、加山さん」
杉浦は麗華を呼び止め、真剣な目で見つめてくる。整った顔にそんな真剣な表情が浮かぶと、顔立ちのきれいさがさらに際立つ。
「え、なぁに……?」
「……俺たち、赤い糸で繋がってますよね?」
「へっ!?」
まさか真剣な顔でそんなことを聞かれるとは思っていなかったから、麗華は激しく混乱した。
「うそ……なんで? ……もしかして、口に出しちゃってた……?」
普通の人には、赤い糸なんてものは見えない。それはこの二十八年間生きてきてよく知っていることだ。ということはつまり、杉浦が赤い糸のことに言及したのは、無意識のうちに麗華が口に出してしまっていたからだろう。
麗華は焦り、それによってさらに鼓動が速くなり、体が熱くなって汗が出るのを感じていた。その焦る様子を見て、杉浦は確信を深めたかのような表情になる。
「えっと……ありがとう! 部屋、すぐそこだからもう大丈夫です! それじゃあ、また会社で」
逃げなければと咄嗟に感じ、麗華はエレベーターから自分の部屋に向かって歩いた。赤い糸のことを誰かに聞かれたこと自体が恥ずかしいのに、その相手がよりによって杉浦だなんてつらすぎる。
だから、酔っ払いの戯言として誤魔化して逃げようと考えたのだが、当然杉浦は逃してくれなかった。
「やっぱり見えてるんですか? 繋がってるんですよね?」
震える手で鍵を開け、玄関のドアを開いたところで、杉浦にするりと内側に入られてしまった。強引だし、動きが素早い。
彼はモテるからがっつかないだろうと考えて美佐は杉浦に麗華を送らせたようだが、それはとんだ誤算だった。
杉浦が麗華を見る目は、獲物を見るみたいだ。ロックオンされているのだとはっきりわかって、麗華は身がすくむのと同時に、自分の内側に言い知れぬ情動が湧き上がるのを感じていた。
「試してみませんか?」
「……な、何を?」
「俺と加山さんが、運命の相手かどうか」
「きゃっ……」
ぎゅっと抱きすくめられて、どうしようかと思った次の瞬間にはキスされていた。杉浦の唇が押し当てられたことで、麗華は自分が今どれほど体が熱くなっているのかを実感させられた。
だが、そうして体を密着させると、杉浦も負けず劣らずドキドキしているのがわかる。触れ合った肌から伝わる鼓動は速く、シトラス系の爽やかな香りの向こうから汗の匂いがした。
杉浦みたいな若くてきれいな男性が、自分みたいな地味な年上女性に汗ばむほどドキドキしているという事実に、麗華は目眩がしていた。信じられなくて恐ろしいという思いと、夢みたいで舞い上がってしまいそうという思いがせめぎ合って、内側から激しく揺さぶるのだ。
「……まだ足りない」
口づけは、時間にすればほんの十数秒のことだっただろう。だが、それは麗華の人生を変えてしまうのには十分で、ねだるように見つめてくる杉浦を拒むことはできなかった。
「まさか、このまま帰れなんて言いませんよね?」
「……女性を家に送り届けて、いつもこんなことしてるの?」
この雰囲気に流されてしまいたいという思いはありつつ、いいようにされてはいけないという大人の女性としての矜持が先に立ち、麗華は杉浦の胸をぐっと押し返した。
「そんなわけないじゃないですか。……俺のこと、そんなふうに思ってるんですか?」
「だって、すごく慣れてるじゃないですか……」
「不慣れとは言いませんけど……誰彼構わず迫ってるみたいに思われるのは、心外だな」
杉浦は整った顔に悲しそうな表情を浮かべて見せた。そうすると自分が可愛いと思われることをわかっていそうだ。
あざといなと思いつつも、麗華はそんな杉浦を可愛いと思ってしまっていた。
「誰彼構わずじゃないにしても、わざわざ私なんかじゃなくてもいいでしょ……」
「そうやって自分に魅力がないみたいなこと、言うもんじゃないですよ。……そんなことより、したいんですか? したくないんですか?」
「う……」
自分を卑下して逃げようとする麗華を、杉浦は逃がすまいとがっちりホールドした。ただでさえ狭い玄関で、そんなふうに意図的に体を密着させられると逃げ場がなくて、麗華はどうすればいいかわからなくなった。
したいかしたくないかと問われれば、したいというのが本音だった。
二十八年間、恋に恋することはあっても、誰にも触れられてこなかった体だ。この機会を逃せば、このまま枯れていくばかりかもしれない。
いつも心のどこかで、このまま枯れていくのは嫌だと思っていた。心の底から愛し合えるような恋人を作るのが無理だとしても、せめて誰かと体を繋げることはできるのではないかと考えていた。
そして、今こうして自分を誘惑してきているのが、多くの女性が憧れる社内のイケメンだ。日頃は何を考えているのかわからないが、今は麗華に興味を持っているのは間違いない。
それなら、思いきって身を任せてしまいたいと思ってしまう。
「……したいです」
杉浦にぎゅっとしがみついて、真っ赤になっているであろう顔を隠して、麗華は言った。
たとえ一夜の過ちでもいい。この甘く淫らな雰囲気に溺れてみたい。
それに何より、この赤い糸の意味を確かめてみたくなった。
勘違いかもしれない。一晩経てば消えてしまうかもしれない。それでも、繋がっている今このときの意味を確かめたいのだ。
「わかりました。……買ってくるものがあるので、少し待っててもらえますか?」
「え?」
「説明とかさせないでください。……こういうときにもたつくの、かっこ悪いってわかってますけど、ちゃんとしないのも最悪なんで」
「は、はい」
意を決して受け入れの意思表示をしたら、杉浦はほっとした様子を見せてから、少し緊張したふうになった。照れているのか、バツが悪い子供みたいな表情に見える。
「加山さんは、水分補給して待っててください。寝ちゃわないでくださいね。あと……戻ってきたら『やっぱなしで』は勘弁です」
「……わかった」
麗華にしっかり言い含めてから、杉浦は部屋を出ていった。走って出ていくことはなかったが、それでも急いでいるのが十分伝わってきた。
残された麗華のほうも決して冷静になどなれず、しばらく玄関で靴も脱がずにもたついていた。
何とか靴を脱いで、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んだところで、一気に思考が現実に追いついた。
「これから、するんだ……杉浦さんと」
口に出してみると恥ずかしくなって、また顔が熱くなった。心臓も飛び出してくるんじゃないかというほど、激しく脈打っている。
脚の付け根の奥、下腹部が、キュンと疼いた。不慣れな感覚ではあるものの、これが発情なのだと理解した。
これから杉浦に抱かれると想像するだけで、麗華の体は疼いているのだ。その感覚は、まるで別の生き物に生まれ変わっていくみたいだ。
「これから、どうしたらいいんだろ……シャワー……は、メイク落ちちゃうの嫌だからだめだし、着替えるのも変だし……歯磨き……?」
慌てて部屋の中をうろうろして、結局行き着いたのは洗面台の前だった。しかし、歯ブラシを手にしてから、すでにもうキスを済ませていることを考えて手が止まった。そして悩んだ末にマウスウォッシュだけしたところで、インターホンが鳴らされた。
ドアを開けるとコンビニの小さな袋を提げた杉浦が立っていて、本当に戻ってきたのだと麗華はドキドキしつつ嬉しかった。戻ってきてくれなかったらどうしようと、不安になる気持ちもあったのだ。
「……お待たせしました」
「ううん、全然。すごく早かったですね」
「急いだんで」
呼吸が乱れている姿を可愛いと思えたのは一瞬のことで、靴を脱いだ杉浦はすぐさま麗華を抱きしめた。
「ベッド、どっちの部屋ですか?」
「奥、です」
玄関を上がってすぐがキッチン、その奥が二つの部屋に分かれているという作りで、麗華の答えを聞いて杉浦は進んだ。ほとんど抱きかかえられるようにして運ばれて、その間麗華は自分と彼との体格の差にドキドキしてしまっていた。
「震えてる。可愛い」
ベッドに横たえられて、その上から覆いかぶさってきた杉浦が優美な微笑みを浮かべて言った。常夜灯のオレンジ色の灯りに照らされる顔は、外で見るのとは違う印象を受ける。唇や鼻筋に濃く陰影ができ、長い睫毛も頬に影を落としている。
見惚れてしまうほどに美しい顔に間近で見つめられているという事実に、麗華はうっとりしつつも緊張していた。
「緊張してますか?」
「はい……初めて、なので」
髪を撫でながら顔を近づけてきた杉浦に、麗華は恐る恐る打ち明けた。どうせ体を繋げれば知られてしまうことではあるものの、恐れる気持ちがそれを告白させてしまっていた。
「そうか……初めてなのか。慣れてはないだろうとは思ってましたけど。大丈夫です、乱暴になんてしないので」
そう言って柔らかく笑う顔に、麗華は胸がキュッとなるのを感じていた。これは発情なのかときめきなのか、よくわからない。だが、目の前の若く美しい男に抱かれることを恐れるよりも期待していることを自覚した。
杉浦はきっと、とても優しく抱いてくれるだろう。それなら、たった一晩限りのことでも構わないと思えた。
ロマンティックな恋愛小説のように、素敵な男性に夢のように甘く抱かれることにずっと憧れていた。その憧れが今夜、叶うのだ。杉浦にとってはほんの気まぐれだろうが、それでも構わない。今夜を逃せば、こんなチャンスきっと二度と訪れないのだから。
「余計なこと考えない。俺だけ見てて」
「……はい」
優しく口づけられながら、眼鏡を外された。しばらく食むように唇を重ねてから、口内にするりと舌が入ってくる。杉浦の舌は歯列をなぞり、戸惑うように奥へと逃れようとした麗華の舌を捕らえた。逃れようとすればするほど杉浦の舌は麗華の口の奥へと入り込んできて、口の端から唾液が滴るほどに蹂躙された。
(キスって……こんなに激しいんだ)
そんな激しいキスをする傍ら、杉浦は器用に麗華のカーディガンを脱がせ、シャツのボタンを外し、スカートのファスナーに指先をかけていた。
「腰、浮かせて」
「はい」
指示されるがままに腰を浮かせれば、恥ずかしがる間もなくストッキングも脱がされてしまい、下着だけの姿になった。
「そんなにじっと見られると、照れるんだけど」
「す、すみません……」
「いいよ。目が合わないのも寂しいし」
麗華を脱がせ終えた杉浦が、自分のシャツのボタンを外すのをじっと見ていると、いたずらっぽく笑われた。見てもいいのか見るべきではないのかわからないまま目を逸らせずにいると、杉浦も下着だけの姿になっていた。
細く見えた彼の体には、ほどよく筋肉が乗っていた。ただ細いのではなく引き締まったその体は美しく、麗華は決して手入れが行き届いているとは言えない自分の体が恥ずかしくなった。
「隠しちゃだめですよ、麗華さん。これからもっとよく見るし、触れるんですから」
「んっ……杉浦さん、だめ……」
ブラジャーの下から指を入れられ、乳房のラインをなぞられるだけで、快感が走った。そのまま片手は乳房を、もう片方の手は首筋や脇腹をくすぐるみたいに触ってくる。そんなまだ愛撫とは呼べないほどの軽めのボディタッチですら、不慣れな麗華を震えさせるには十分だった。
「祥太郎って呼んで」
「しょ、祥太郎さん、くすぐったい……」
「やめないよ。これからもっと可愛がる」
「んっ……」
ぐっと押し上げるようにしてブラジャーを脱がせると、杉浦は——祥太郎は、見せつけるようにして乳房を舐め上げた。熱く湿ったものが肌を這う感覚に、驚いて鳥肌を立てつつも麗華は感じてしまっていた。
「柔らかくてすべすべで触り心地いいな。……こんなきれいな体にこれまで誰も触れることがなかったなんて、もったいない」
「ん……ぃや……」
「いや? ここはすごく気持ち良さそうにしてるけど?」
「あんっ……」
乳房の頂をちゅっと音が立つほど吸われ、もう片方の頂は指先でぴんと弾かれた。たったそれだけのことで、電流が流れたみたいに甘い痺れが走り、麗華は腰を仰け反らせた。
その反応に気をよくしたのか、それから祥太郎は執拗に麗華の肌に舌を這わせた。首筋を、鎖骨を、乳房全体を、脇腹を、臍を舐め上げられ、麗華は小さく喘ぎながら身をよじった。舌先で触れられることがこんなに気持ちがいいことなど、これまで知らなかった。
舐められるたび体の奥が疼き、熱を持ち、その熱が下腹部に集まって痛いほどの快感に変わることを、祥太郎の舌と指先に教え込まれていく。
ひとしきり舌での愛撫を施したあと、祥太郎はそっと麗華の両脚を開かせた。
「さっきから脚をすり合わせて……そんなにここに触ってほしかったんだ」
「え……やっ……」
「すごい……濡れてる。ローション買ってきてたけど、必要なさそうだね」
ショーツの上からでも、麗華の秘処が濡れているのはあきらかだった。その小さな布一枚を取り去ると、空気にさらされてひんやりとする。それによって、はしたないほどに濡らしていることを麗華は自覚させられた。
「濡れなかったらとか、ちゃんと気持ちよくさせてあげられなかったらとかって心配だったから、よかった」
「んん……」
祥太郎は、麗華の蜜を溢れさせている場所に指を宛てがった。さして力を入れた様子ではないのに、ぬぷ……と音を立てて沈み込んでいく。男の指が、この若く美しい男の指が自分の恥ずかしい場所に入り込んでいくのだと思うと、羞恥と快感が入り混じって肌が粟立つ。
「麗華さん、気持ちいい?」
「ぁっ……ふ、ぅん……きもち、いぃっ……!」